第7話
焦ったほうがいい。
それはわかっているものの、具体的にどう行動を起こしていいかわからない。
気持ちは逸るが何もできず、ただただ授業に集中できない一日を過ごした。
そして、放課後。
帰宅部である小太郎がのんびり帰り支度を整えていると、せかせかと鈴音が教室から出て行こうとする。
席の近くを通りかかったので、声を掛けた。
「すず、また明日。部活、頑張って」
「うん、がんばる。ありがと」
鈴音は両腕で力こぶを作るようなポーズをして、そのまま教室から出て行った。
かわいい~……。
なんであんなにかわいいんだろうな、俺の幼馴染は……、と思いながら、小太郎も鞄を持ち上げる。
そのタイミングで、華蓮も立ち上がった。
「ん」
「んん」
どうやら今日は特に予定がないらしく、いっしょに帰ろう、ということらしい。
華蓮も部活はやっておらず、女の子との予定がないときは、こうしていっしょに帰ることもあった。
ふたり並んで廊下を歩いていると、女子からの視線が集まってくる。
華蓮はそれを気持ちよさそうに眺めていたが、ふっと顔をこちらに向けた。
「そういえば、夏目。高校では部活やってないけど、吹奏楽部に入ろうとは思わなかったの? ずっと鈴音といっしょにいられるのに」
「入ろうとしたし、トランペットをやろうとしたんだけど。すずにちょっと真面目に嫌がられて。家族と同じ部活はちょっと、って結構ちゃんと拒絶された」
「あぁ~……。いやでも、わからないでもないか……。鈴音、真面目に部活やってるし……」
「あとこの話、前にも話してる」
「そだっけ?」
「すずがいないと暇だし、バイトでもやろっかな~、って思うんだけど。でも、お金貯めても使い道がないんだよなぁ。かといって、勉強と筋トレ以外やることないし」
「夏目、ほんとに鈴音以外に興味ないね。趣味作ったら?」
「俺の趣味はすずだから……」
「それ格好いいと思って言ってるんなら、センス磨く趣味作ったほうがいいよ」
気の抜けた会話をしながら、昇降口に降りていく。
下駄箱を開くと、小太郎はつい「げっ」と声を漏らしてしまった。
靴の上に、見慣れないものが置いてあったせいだ。
すると、すぐさまシュバババ! と華蓮が近付いてくる。
小太郎の両肩を握り、身体をくっつけながら下駄箱をぐいぐい覗き込んできた。
「ラブレター? ラブレターあった? ラブレターだろ。こちらはラブレター回収者です。使わなくなったラブレターを回収します。壊れていても構いません」
「早い早い早い、一足先に飛ぶんじゃない。華蓮さんが回収するのは絶対違うだろ」
「どうせあたしが女の子回収するんだから、もうよくない?」
「よくないだろ。華蓮さん、倫理がどんどん失われていってるよ」
そう答えつつも、ずぅんと気が重くなってしまう。
華蓮の言うとおり、下駄箱の中には一通の手紙がちょこん、と置いてあった。
スマホ全盛期の現代でも、ラブレターは存在する。
スマホで告白するためには連絡先を知っている必要があり、直接告白するのなら関係が必要になる。
それらを持たない人たちが手を出す手段が、恋文である。
しかし、これらは相手に多大な負担を強いる。
時間や場所を指定して呼び出すパターンが多いし、そうでなくても返事が欲しい、と連絡先が書かれていることも多かった。
小太郎には好きな人がいるので、断る以外に選択肢はなく、この一連の流れはただただ精神的な負担を強いられるのみ。
それでも勇気を出して告白してくれたのだから、こちらも誠意を持って対応するのが人の道だろう。
なので、小太郎はその場で手紙を開封したのだが。
「だれ? どこのだれちゃん? 一年がいいな。いやでも、上級生もいい。あぁごめん、やっぱ同級生もいいや。ねぇ、夏目どうしよう」
「知らん。ていうか、人のラブレターで興奮しないでくれない?」
まるでもうそれは自分のだ、と言わんばかりに喰いついている華蓮に、「見るのはよくないよ」と言っても聞いてくれない。
仕方なく身体でブロックしようとすると、手紙がひらりと開いた。
慌てて閉じようとするも、そこに書かれた文章はほんのわずか。
少し目に入っただけで、全文を把握してしまう。
『あなたの恋は、決して成就しません。』
書かれていたのは、その一文のみ。
ぽかんとしてしまう。
ラブレターかと思いきや、むしろ人の恋愛を否定する文章だけが書かれていた。
それを見つめたまま、小太郎はわなわなと手を震わせてしまう。
「……だ、だれがこんなひどいことを……⁉ な、なんてこと言うんだ……っ!」
「いやまぁ。事実しか書いてないけど、確かに不思議な手紙だな。いたずらにしても、よくわからん」
ラブレターでないことがわかり、急速にテンションを落ち着かせた華蓮が、冷めた目で手紙を見ている。
そう、意味がわからないのだ。
わざわざ、小太郎の恋路が上手く行かないことを書面で伝える理由がない。
ただの嫌がらせにしては、変に湾曲である。
小太郎が混乱していると、華蓮が「ん」と声を上げた。
「夏目。下のほうになんか書いてある」
「ん……?」
手紙のど真ん中に書かれた『あなたの恋は、決して成就しません。』にばかり目がいってしまったが、どうやら下のほうにも文章があったらしい。
二つ折りの手紙をしっかり開くと、一文の続きが書かれていた。
『あなたの恋路に協力します。文芸部室に来てください。 二年二組 綾瀬一花』