第6話
「やっぱ、中学の頃とは感触違うよ。一年のときはそうでもなかったけど、最近は男子から『夏目って彼氏じゃないの?』ってよく訊かれるし」
「……そうなの?」
「ん。マジで狙ってる奴も、増えてきたってことだよ。夏目と鈴音は確かに仲いいけど、よく見ていれば恋人のそれじゃないってのもわかるし。諦めきれない奴だっているだろうし」
……それは、よくない。
隣で彼氏面を頑張っていたから、今まで悪い虫が付かなかったのに。
「すずがフリーだとバレたら、全校生徒のほとんどがすずに言い寄るじゃないか……」
「あぁ、うん。夏目は夏目で、鈴音に自信持ちすぎ」
モテるのは同意するけどさ、と呆れた様子で華蓮は呟く。
そこで小太郎ははっとして、華蓮に苦言を呈した。
「というか、華蓮さんは否定してくれなかったの? 夏目は彼氏だよ、結婚の約束もしてるらしいよって」
「それただの嘘じゃん。結婚の約束なんて、鈴音はしてないって言ってたけど」
「したが?」(してない)
「まぁそれはどうでもいいけどさ……。あたしは中立だし、正直に答えるよ。そもそも、鈴音に彼氏ができないのって夏目のせいだと思うし、むしろ反対派まである」
「う……」
確かに『鈴音の友人』という立場からすると、ただただ鈴音に男が寄り付かないように目を光らせている存在は、むしろ邪魔かもしれない。
小太郎が何も言えなくなっていると、華蓮は肩を竦めた。
「ま、あたしは応援はしない。夏目が幸せになると、なんかムカつくし」
「なんでだよ。いいだろ、少しくらい幸せになっても」
「あたし、イケメン嫌いだし。まぁでも、夏目からおこぼれをもらっているから、かろうじて中立でいるんだよ。いつもすまんね。また告られたら教えてね」
「俺、華蓮さんが一番あくどいと思うわ……」
小太郎はつい渋い顔をしてしまう。
小太郎は見た目がいいし、成績も上々、運動神経も優れている。性格も鈴音のことを除けば、特に難はないためまぁモテる。
けれど鈴音一筋なので、告白されても交際はすべて断ってきた。
そんな傷心の相手に付け込んで、「辛かったね。あたしでよかったら、話を聞くよ……」とハイエナのごとく搔っ攫っていくのが、目の前の伊達華蓮なのである。
イケメン嫌いで女の子が好きな華蓮が、小太郎と仲良くしているのもそのメリットが大きい。(チビのときは喋ったことすらなかった)
ただ、華蓮の忠告はトゲとなって心に刺さる。
憎まれ口を叩きながらも、なんだかんだで華蓮はアドバイスをしてくれたのだ。
華蓮が言うように、いろいろとタイムリミットは迫っていた。
小太郎は振り返って、鈴音の席を見やる。
鈴音は別のクラスメイトと笑い合っていて、その笑顔はどんなものより眩しかった。
あの可愛らしい顔を見て、恋に落ちない者などいない。
『今までは隣にやけにイケメンがいるから諦めていたけど、どうやら彼氏じゃないらしい、鈴音も「弟みたいなもんだよ」と言っている』……、となれば、行動を起こす人は絶対に増える。
もし、それで鈴音が「付き合ってもいいかな」と思える人が出てきたら、その時点ですべてが終わってしまう。
……お腹痛くなってきた。
それが嫌なら、小太郎が勇気を振り絞らなければならない。
だが、それは。
「……ねぇ、華蓮さん。俺が今、すずに告白したらどうなると思う?」
「最初は冗談でしょ、って笑って、本気だと悟った瞬間、めちゃくちゃ動揺して、気まずくなって、『え~……、困る……』って言って、完全に距離取られると思う」
「なんでそんなこと言うの?」
「夏目が訊いたんだろ」
呆れたように華蓮が眉をひそめるが、あまりに人の心がなさすぎないか。
彼女は再び頬杖を突いて、小太郎に指を差す。
「それとも、夏目には別のビジョンが見えてんの。素敵なハッピーエンドがさ」
「いや……。それは……。俺も……、同意見だけども……」
ぼそぼそと声が小さくなるのを感じながら、肩を落とす。
今、告白したところで、間違いなく鈴音を困らせてしまう。
彼女からすれば、実の弟に告白されるに近い。
どうしていいかわからず距離を取られ、今までの関係はもちろん壊れ、家族ぐるみの付き合いでも彼女は顔を出してくれなくなるかもしれない。
大体、妹の柚乃からもキツく言われていることだった。
『お兄ちゃん。絶対にすずねえに告白とかしないでね。お兄ちゃんの暴走で、すずねえ家族と気まずくなるとか、冗談じゃないから』
『も、もしすずが告白を受けてくれたら、そんなことにはならないし……』
『万が一にもないから。もし告白したら本気で怒るからね。ていうか、家出てって』
割と本気トーンでそう言われた。
柚乃は実の兄より鈴音に懐いているので、本当に家から追い出されかねない剣幕だった。
柚乃の目からも、とても告白が上手くいくとは思われていない。
それは、華蓮も同じ。
残念なことに、小太郎も同意見だった。
しかし、このままでは鈴音はほかの人に取られてしまうかもしれない。
かといって、告白したところで上手くいきようがなかった。
「俺は、どうすればいいんだ……?」
「諦めたら?」
「人の心がないのかよ」
あっさりと十年以上の恋を否定され、小太郎は白目を剥くしかなかった。
「なに、何の話で盛り上がってるの?」
そんな中、何も知らずにやってくる小太郎の想い人、鈴音。
まさか自分のことについて、ここまで絶望的な見解を広げられているとは思うまい。
小太郎は咄嗟になんと言っていいかわからなかったが、華蓮がさらっと答えた。
「あたしが新しく女の子と仲良くなったから、その話をしてた」
「またぁ? 華蓮、好きだねえ。そのうち刺されるんじゃないの」
「でへへ」
「今、照れる要素あったかな」
華蓮はだらしのない笑みを浮かべて、鈴音は呆れた顔で返している。
華蓮はいろんな女の子にちょっかいを掛けているし、いつか本当に刺されるんじゃないかと思うのだが、友人としては愉快な人だ。
華蓮は鈴音のことを美人、いい子、と称しているが、恋愛対象としては見ていない。仲のいい友人同士だった。
ふたりが仲良く話しているのを見ながら、小太郎は考える。
今の関係を壊してしまうなら、この穏やかな時間を大切にしたい。
そんなふうに考えていたが、このままでは本格的にまずかった。
小太郎はどうしたものか、と鈴音の横顔をそっと盗み見る。
答えはもちろん出なかった。