第5話
席に着いている他校の男子生徒ふたりが、そっと鈴音のことを見ていたのだ。
口の動き的に、「あの子、可愛くない?」「お、本当だ」と言い合っているのが見て取れる。
鈴音は身内のひいき目なしで見ても、魅力的な女の子だ。
長い髪を揺らす姿は思わず目を惹かれるほどで、顔立ちもどんどん綺麗に、大人っぽくなっていく。身体つきも少しだけふっくらしていて、やわらかさが伝わる。
そのうえ明るくてやさしく、気遣いができて、周りを照らす女の子。
普通の男なら、あっという間に恋に落ちる存在だ。
それほどまでに魅力に溢れた鈴音が、今まで恋人ができたことがない、という事実。
それはひとえに、隣を陣取る男の存在が大きかった。
「……………………」
小太郎がギンっと睨み付けると、鈴音を見ていたふたりはすぐさま視線を逸らした。
こうしたハッタリが利く意味でも、外見を整えておいてよかった、と小太郎は思う。
中学一年生の小太郎は、かなりのチビで太り気味だった。あのままの姿だったら、彼らにも鼻で笑われていただろう。
努力のおかげで背も伸びたし、スタイルもよくなったのだ。
……こういうのって、「全く意識してなかった男子が、急激に男っぽくなって、ドキドキ~⁉」っていうシチュエーションだと思うんだけどなあ。
ぐぐっと身長が伸びて、背の高い鈴音を追い越したときも、鈴音はむしろ不満そうにするばかりで、一向にときめいている様子はなかった。
辛い。
「……そういうすずは、恋人を作る気はないの?」
安心感を覚えたくて、今まで何度か尋ねた質問を鈴音にぶつける。
彼女は長い髪を撫でながら、景色の変わらない窓の外を眺めた。
「ん~。まぁ、今はいいかなぁ。部活のほうが大事だし。今年こそは全国行きたいし。作るにしても、引退してからかな」
「そっか。頑張って。ぜひ全国に行ってほしい。今年も来年も」
「こたはいつも応援してくれるねぇ。ありがと」
鈴音はやわらかく笑う。
鈴音は吹奏楽部に入っており、トランペットを吹いている。
部活が忙しくて彼氏を作る余裕がない、というのも、結構な本音だった。
吹奏楽コンクールは激戦だが、もし全国に行けば、部活の引退は十月まで伸びる。
つまり鈴音の恋人を作る猶予も、部活次第で数ヶ月伸びるということだ。
応援したくもなる。
「……いや」
そこで思い直す。
こういう後ろ向きな考えが、やっぱりダメなんだろうか。
『それなら、最大来年の十月までは安心だね!』なんて思って手をこまねいている間に、鈴音に彼氏ができる、という可能性は十分にある。
だって、鈴音かわいいし。
いい子だし。
「あ、こたろー。お弁当のおかず、何か食べたいものってある?」
「何でもいいよ」
「え~? 何でもが一番困るんだってば。何かないの?」
「すずの作るものって、なんでもおいしいからさ」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけどぉ。リクエストあったほうが作りやすいんだって」
「ん~、じゃあ前作ってくれた、からあげとか? あれすごくおいしかった」
「からあげは面倒だからダメ!」
「えぇ~?」
焦らなきゃいけない、というのはわかっているけれど。
こんなふうに穏やかに話せる時間が、あまりにも幸せで。
つい笑ってしまう空気が大好きで。
もう少しだけ、この時間を大切にしちゃダメかな? と思ってしまうのだ。
「ダメだろ」
いつもより少し遅れて登校し、教室に入って席に鞄を置いたところで、いきなりそう言われた。
ぐっと顔を近付けてくるせいで、おそらく香水だろう甘い香りが鼻をくすぐる。
小太郎は目を細めて、不躾に席にやってきた相手を見返した。
「……いきなり、なに。何がダメなの」
「いや、夏目が『今、この時間が幸せだから、もう少し浸っていたらダメかな?』みたいな顔をしてたから。ダメだろ」
「…………………………」
的確に心情を読むんじゃないよ、と小太郎は口を曲げてしまう。
彼女は小太郎の前の席に、無断で腰掛けた。
そのまま、長い脚を組む。短いスカートがひらりと揺れた。
「むしろ、鈴音に今まで彼氏ができたことがない、っていうのが奇跡なんだし。その奇跡が続くって考えるのは、楽観的すぎやしない?」
「そこはまぁ、俺の努力がね」
「確かに、夏目のブロックは鬱陶しいくらいだけど」
クラスメイトである彼女――、伊達華蓮は渋い顔で小太郎を見返す。
華蓮は首筋に髪が届くくらいの、ショートカットの女の子だ。形のいい頭をさらっとした髪が覆っている。
中性的な顔立ちで、切れ長の瞳も薄い唇も、その印象を強めるのに一役買っていた。セーラー服を着ていなければ、美少年だと見紛うかもしれない。
背も高く、スカートから覗く脚は細く、長い。
あまりにもスタイルが良く、美人すぎるせいでセーラー服が似合わない、という稀有な少女だった。
彼女が短いスカートを揺らす姿は、色っぽさよりも格好良さが先行するから不思議だ。
華蓮は、小太郎の机の上で頬杖を突く。
「夏目が隣に陣取ってるのは、大きいと思うよ。少なくとも、中学の中盤以降はそれで乗り切ったのも知ってる」
華蓮は、小太郎と鈴音と同じ中学校出身。
いわゆる腐れ縁だ。
まだ一年生で野暮ったかった鈴音と小太郎は、当時はあまり注目されていなかった。
しかし、急激に背が伸びた小太郎と、髪を伸ばして女の子っぽくなった鈴音は、一気に異性からの視線が熱くなる。
ただ、鈴音の隣に小太郎が陣取っていたせいで、鈴音を狙う男子はほとんどいなかった。
あんなスペックのいい彼氏がいるなら、どうにもならない、と思われていたから。
それに対し、鈴音は「弟みたいなもんなのにぃ」と不服そうにしていた。
それは今も続いている――。
と、小太郎は考えていた。
けれど、と華蓮は否定する。
周りのクラスメイトを見ながら、そっと顔を近付けてきた。
小太郎は鈴音一筋だし、華蓮のことはよき友人としか思っていないが、それでも彼女はとても美人なのでドキリとしてしまう。
「中学と高校じゃ、アクティブさが違うだろ。鈴音といっしょにいると、よく視線感じるし」
「それは、華蓮さんが隣にいるからってのも大きいんじゃないの?」
「まぁそれもある。美女ふたりだし」
華蓮は腕を組んで、うん、と頷く。
小太郎も人のことは言えないが、彼女も大概自信家である。
ただ、華蓮はそっと声を潜めた。