第46話
「すず」
「ねぇ、こたろー」
同時に口を開き、ふたりではた、と止まる。
鈴音は気が抜けたような笑みを浮かべ、こちらの顔を覗き込んでくる。
「なあに」
「あぁ、いや。すずが先言ってよ」
「そ?」
自分が口走ろうとしていたことを思い出し、自分自身に動揺していた。
そのまま、言ってしまいそうだった。
いくらなんでも、先走りすぎだ。
それで拒絶されたら、この関係は終わりなんだぞ。
冷や汗をかきながら、ようやく冷静になる。
とにかく、鈴音の話を聞きたい。
鈴音は何歩か前に出て、歌うように口を開いた。
「今日の小太郎、すごく落ち着いてたよね。お店に入るときも、注文するときも。服装も大人っぽくてさ、あたしの知らない小太郎だった。さっきも言ったけど、格好よかったよ。あたしがあたふたしてても、小太郎はいつもどおりでさ。だからね、あたし思ったんだ」
すぅー……、と鈴音が息を吸っている。
表情は見えない。声もいつもどおりに感じた。
しかし、その話の流れで狼狽えてしまう。
鈴音にいい印象を与えていることは、さっきの反応で十分わかっていた。
けれどどうやら、思った以上に彼女を揺さぶっていたらしい。
まさか、と思う。
自分の先ほど口走りそうになったことを思い出し、まさか、と。
本当に、彼女の意識を強く変えることができたのかもしれない。
目の前にいるのが同い年の男子で、しかも、自分の理想のタイプにきっちりはまっていて。
今まで気付かなかったけど、小太郎って――、という流れに。
なったと、したら?
小太郎が口を滑らせそうになったように、鈴音も同じことを考えていたら?
その考えに至った瞬間、急激に緊張を覚えた。
「ねぇ、こたろー」
「は、はいっ」
彼女は前を向いたまま名前を呼び、小太郎はビクっとしてしまう。
熱い息を吐きながら、彼女の反応を待った。
なにを、なにを言おうとしているのだろう。
彼女は、なにを伝えようとしているのだろう。
鈴音は、ゆっくりと振り返る。
丸くて大きな瞳も、つんとした鼻も、可愛らしい唇も、長い髪も。
どれも、愛しくてたまらない。
鈴音がその唇で、もし愛の言葉を囁いたら。
小太郎の十年以上の片思いが、成就する。
物心ついたときから抱えていた悲願が、達成される。
彼女は真剣なまなざしで、小太郎を見ていた。
小太郎はごくりとつばを飲み、鈴音の言葉を待つ。
鈴音の表情は徐々に変化していき、彼女の手がゆっくりと上がる。
鈴音は、人差し指を小太郎に向けて。
いたずらっぽい笑みを、浮かべた。
「小太郎。あのお店、綾瀬さんと行ったことあるんじゃない?」
ぴしり、と小太郎は完全に固まる。
あ、の形に口を固めて、違うよ、とも、そうだよ、とも言えなくて。
ただただ、反応できずに固まった。
そのまぬけさと言えば、今日積み上げたポイントを全部帳消しにするほどだった。
鈴音は、それを見ておかしそうに笑う。
「やっぱり~。そうだと思った。こたが初めてなのに、あんなに落ち着いているわけないって思ったもん。二回目だったら納得だよ」
鈴音はパンパンと手を叩きながら、笑い続けている。
予想が当たったことと、小太郎の態度に合点がいったのが、よっぽど嬉しいらしい。
けれど、小太郎はそれどころではなかった。
別に、鈴音とも一花ともそういう関係ではないし、悪いことをしているわけではないのだが……。
客観的に見ると、心証がいい話とは言えない……。
それになにより、見抜かれたのがあまりに恥ずかしかった。
せっかく格好つけていたのに、それが全部見透かされていたなんて。
こっそりしている努力がバレたときほど、恥ずかしいものはない。
そのうえ、変な誤解も生じそうだった。
鈴音は小太郎の反応が面白かったのか、しばらく笑い、目に涙を浮かべるほどだ。
涙を拭きながら、彼女は指摘する。
「なに? 例の取材ってやつ? 大人っぽいお店にふたりで行ってみよう、みたいな」
「あ、いや、ち、違う。た、確かに綾瀬さんと行ったんだけど……。俺が鈴音の誕生日プレゼントに迷ってるって話をしたら、このお店がいいんじゃないかって教えてくれて……。で、緊張しそうだったから、下見にも付き合ってもらって……、みたいな感じ……」
「あ、そうなんだ。じゃあ、あたしの誕生日が原因か~。それにしても、綾瀬さん、いいお店知ってるねえ」
「それは俺も驚いた」
誤解はあっさりと解けたので、そこだけはほっとする。
けれど、気まずいものは気まずい。
まさか、『余裕のある大人』を演出するために下見したことが、裏目に出るとは思わなかった……。
あぁ、格好悪い……。
小太郎はため息を堪えながら、数日前のことを思い出していた。




