第45話
お会計をする際、やっぱり鈴音は「あたしも出すよぉ」と小太郎の腕を引っ張った。
小太郎がレジの前で当然のように支払いをしようとすると、罪悪感が勝ったらしい。
店員さんに揉めている姿は見せたくないのか、小声でこしょこしょと、自分も出す、とアピールしてくる。
こたろー、こたろー、と腕をくいくい引っ張ってくる鈴音はとても愛らしい。
なんだか、デジャヴ。
一花の場合は目を白黒させ、あたふたと慌てふためいていたから、ちょっと違うかもしれないが。
当然鈴音に出させるわけがなく、いいから、と言って店を後にした。
お店から出ると、鈴音はようやく観念したらしい。
本当にいいの……? と改めて確認してきたので、誕生日プレゼント代わりだから、と手をひらひらさせた。
鈴音はふぅ、と息を吐いてから、ぺこりと頭を下げる。
「ご馳走様でした。おいしかったです」
「いえいえ。お誕生日、おめでとうございます」
小太郎も頭を下げてから、同時に顔を上げる。
目が合って、へへ、と笑い合った。
「いや~、すごい誕生日になったな~……」と呟く鈴音の横に並び、ふたりは帰路に就く。
鈴音が「ちょっと遠回りしてこ~、こっちにおっきな公園あった」と指を差すので、それに頷いてふたりで歩いていく。
公園は広く、道も大きい。木々に囲まれており、温かい日に歩くならぴったりだと思った。既にとっぷりと陽は暮れているが、街灯が明るく照らしている。
人気はあまりなかったが、時折、犬の散歩をする人や仕事帰りの人が通りかかっていた。
それを眺めながら、小太郎と鈴音はゆっくりと歩く。
鈴音はお店を出てから、終始ご機嫌だった。
鼻歌まじりで、足取りも軽い。彼女の身体が揺れるたびに、ワンピースと長い髪もいっしょになって揺れていた。
かわいい。
こんなに喜んでくれるなら、ここまで来た甲斐があった。
「ご飯、おいしかったねぇ」
「おいしかった。鴨肉なんて滅多に食べないから、どうなんだろう、と思ったけど」
「あ~、柔らかかったね。ソースもおいしかった。デザートもよかったな~……。確かに、あれだけのものが出て、あのお値段はお得だね」
「でしょ?」
「まぁ、それでも普段のあたしなら手が出ないけど……。やー、まさか小太郎にあんな雰囲気のいいお店でご馳走してもらうなんてな~……」
鈴音はしみじみといった様子で、そう呟く。
ふたりの関係を、鈴音の意識を、変えていく。
一花が提案した、鈴音との関係改善。
それは上手くいっているように思えた。
少なくとも鈴音は、今日の小太郎にいい意味で驚きを覚えている。
今までの小太郎なら、なんとか適したプレゼントを探し出し、それを贈って「ありがとね~」とお礼を言われて終わりだっただろう。
今年の誕生日は、いろんな意味で変化が生じた日だった。
そして、彼女はこちらを覗き込むようにして、首を傾げる。
「……どしたの、すず」
「ん? や、こたもさ、いろいろと成長してるんだなって。そうだよね、あたしたちもう高校二年生だもんね」
そんなこと、初めて言われた。
成長した、だなんて。
今までずっと、大きな弟だと思われていたのに。
まるで小学生の頃から変わらない距離感で、「今でもいっしょにお風呂入れるよ」なんて言われていたのに。
どうやら小太郎が思った以上に、今日の出来事は鈴音に影響を与えたらしい。
目の前の男を、自分と同い年の男子だと、認識してくれたのだろうか。
鈴音はやわらかく笑うと、照れくさそうに目を細めた。
その笑顔が本当に、綺麗だった。
「今日のこたろー、大人っぽかったよ。服装もそうだし、立ち振る舞いっていうの? 落ち着いてて――、そうだな。格好良かったよ。小太郎すごいな、って思っちゃった。あたし、慌ててばっかりだったし」
「――――――――――」
その言葉を聞いた途端、嬉しくて――、嬉しすぎて、むしろ反応ができなかった。
大人っぽい、も、格好いい、も初めて言われた。
ようやく、弟から卒業できたのだろうか。
恋愛の土俵に立つことができたのだろうか。
それを意識すると、目の前の少女が愛おしくて仕方がなくなる。
ずっと片思いしていた、とても近くにいて、だけど遠い女の子。
家族としてしか、接してこなかった女の子。
だけど、今日は。
明確に距離を変えられたのではないだろうか。
そのせいで、小太郎は胸が熱くなってしまう。
今まで、分厚い壁があったせいで抑え込んでいた思いが、溢れ出そうになる。
鈴音を自分のものにしたい。
自分だけのものにしたい。
彼女に――、想いを伝えて、応えてもらいたい。
もしかしたら、困らせるだけかもしれない。
でも、案外。
案外、上手くいってしまうのではないか――。
今日の、ように。
むしろ今日でなければ、特別な夜が終わってしまう。
おそらく、明日からはいつもどおりのふたりに戻ってしまう。
ならば。
ならば、今。




