第40話
しかも、それだけでは終わらないらしい。
「すみません、気を付けながら……。行きます……」
一花は再び立ち上がり、小太郎の隣の席に腰掛けた。
どうやら、取材を中断する気はないようだ。
ゴンドラは狭い。
向かい合わせでも若干圧迫感があったのに、それがすぐ隣だと意識せずにはいられない。
「せ、狭いですね……」
「そうだね……。ごめん、俺これ以上小さくなれなくて……」
「あぁいえ、そんな、ぜんぜん……。わたしこそ、もう限界で……」
「いや、綾瀬さんは身体小さいから……」
予想どおり、ふたり並んで座るとかなり狭い。お互いの肩が完全にくっついている。一花も小太郎も肩をすぼめるものの、相手の体温を感じることは避けられなかった。
小太郎は最近、一花とよく話をしている。仲良くなったとも思う。
でも、部室でもお店でも、基本的には向かい合わせだ。
こんなふうに肩をくっつけ合いながら、体温を交換することなんてない。
さっきのドキドキが戻って来てしまいそうだ。
隣で肩をくっつけている女の子を、意識してしまいそうになる。
いやいや、と小太郎は内心で頭を振った。
自分に言い聞かせるように、小太郎は一花に提案する。
「……もう気にしないようにしない?」
「で、ですね」
お互いにせーの、で肩の力を抜く。
当然、より肩の接着面が多くなり、彼女の肌の柔らかさが服越しに伝わってきた。
ドギマギしてしまうが、きゅっと肩を縮めるよりはいいのではないだろうか。
肩越しに感じる、彼女の身体。
温かく、それでいて小さい。本当に女の子の身体って小さいよなぁ、と実感するには十分だった。
小太郎の身体は大きいから、もし彼女を抱き締めたら、まるごと包めてしまうのだろう。
そんなふうに考えて、変な思考回路になってるな、と自分自身に呆れる。
この特殊な状況が、妙な感覚を呼び起こしていた。
それは、もしかしたら一花も同じなのかもしれない。
彼女はスカートの上で手を握りしめて、恥ずかしそうに呟く。
「て、照れますね……」
「そ、そうだね……」
気恥ずかしい言葉のやりとり。
小太郎は、鈴音のために磨き上げた容姿のおかげで、女の子から何度も告白を受けたことがある。
しかし、それに応えたことはないために、恋愛に対する経験値はほとんどなかった。
ましてや、こんなにも密着するなんてことは。
相手が好きな人でなくても、どうしても意識してしまう。
そのせいで視線をあっちこっちに彷徨わせていると、一花は熱い息を吐いた。
「あの……、わたし……。みなさんと仲良くなれて嬉しかったです」
その言葉に、小太郎は一花の顔を見る。
一花は頬を赤らめながらも、穏やかな顔で前を見ていた。
「前は、文芸部の先輩たちとよく遊んでいたんですけど……。やっぱり、卒業してからは難しくて。寂しいな、と思うことが多かったんです」
小太郎は、あの部室を思い出す。
小さな部屋で、本棚に囲まれているせいで圧迫感を覚える部室。
それでも、ひとりで使うには広すぎる。
かつて先輩がいたのなら、その感覚はより強くなるだろう。
一花は、おずおずと小太郎を見上げた。
「だから今、こうして夏目くんたちといっしょにいられて、本当に嬉しいんです」
「………………」
一花のまっすぐな瞳に、小太郎は狼狽えてしまう。
肩が密着し、相手の息遣いすらも感じられる距離で。
女の子らしい肌の柔らかさを、どうしても実感する距離で。
こうして、見つめられたら。
一花は、誤解を恐れずに言えば、地味な少女だ。
大きな眼鏡も、自己主張の苦手な性格も、真面目さを体現した容姿も、教室にいれば埋もれてしまう。
でも、周りが注目していないだけで、彼女の顔はとても綺麗だ。
眼鏡の奥にある澄んだ瞳も、真っ白な肌も、色素の薄い唇も。
彼女の雰囲気によく似合う私服姿で、こうしてくっついて、潤んだ瞳で見上げられて。
小太郎の胸は嫌でも高鳴ってしまう。
その事実に、小太郎自身が動揺していた。
夏目小太郎が片思いしている相手は、春野鈴音だ。
それは十年以上も変わらず、小太郎のアイデンティティと言える事実。
だからこそ、小太郎は女の子を見て、「かわいいなぁ」と思うことはあっても、胸が高鳴ることはほとんどなかった。
それだけに、一花に対して抱いた想いは、小太郎自身にもよくわからないもの。
自分の恋心への後ろめたさもあっただろう。
小太郎は慌てて、言葉を絞り出す。
「う、うん。お、俺も嬉しいよ。こんなふうに、遊べる友達が増えて。それに、綾瀬さんにはいろいろ手伝ってもらってるから……、すごく感謝してるし……」
普段の小太郎だったら、ここで身体を引いていたかもしれない。
そうすると、彼女の肩から離れることになる。
彼女の温もりが惜しかったのかもしれないし――、ここで距離を取ると、彼女に何かしらの感情を抱かせてしまうかもしれない。
無意識化でそう考え、小太郎は同じ体勢のまま、そう答えていた。
一花はやさしく微笑み、少しだけ頭を傾ける。
「友達……。はい、友達です。今後も、お互いに協力していきましょう」
その笑顔はとても可愛らしくて、小太郎の胸を無理やり躍らせる。
それから逃げ出すように、小太郎は観覧車の外に目を向けた。
遠くでは、真っ赤な太陽が沈んでいく。
鏡に反射した小太郎の顔が赤いのは、きっと夕焼けのせいだ。
観覧車はてっぺんに到達し、太陽とともに降りていく。
淡い夕暮が世界を照らす中、小太郎たちの休日も終わっていった。




