第4話
「恋人とか、欲しいと思わないの? 小太郎だったら、作ろうと思ったらすぐ作れるでしょ」
「そりゃ欲しいとは思うけど」
恋人になってほしい子は、目の前にいるけども。
そう思うだけで言わないでいると、鈴音はスマホを揺らして見せた。
「欲しいなら、いくらでも紹介してあげるよ? むしろ、紹介してってみんなうるさいんだから」
鈴音から幾度となくされた提案に、小太郎は小さく手を振る。
彼女が友達にせがまれているとおり、小太郎は女子にモテる。
鈴音は女性の中では背が高めだが、隣に並んだ小太郎はその鈴音の頭一個抜けるほど。
顔立ちは人気の男性アイドルに似ていると言われるほど甘く、やさしい。スキンケアも欠かさないため、女子に負けないくらい肌も綺麗だ。
中学ではサッカー部で走り回っていたから、身体もほっそりしている。サッカーをやめた今も筋トレは続けているので、身体はしっかり締まっていた。
髪も鏡と睨めっこをして、毎日「好きな人に会うんだから!」ときっちりセットしている。髪型は、似ている男性アイドルに寄せた。
モテるために全力で努力してきたのだから、その効果が出ているのは素直に嬉しい。
だが。
「……すずはさぁ。どんな男がタイプなの?」
「え、なに急に。なんであたしのタイプ?」
「いや、ほかの人の恋愛観って気になるから。どんな感じなのかなって」
この会話も何度かしているのだが、鈴音は特に気にした様子はなかった。
もしかしたら、忘れているのかもしれない。
鈴音は顎に人差し指を当てて、視線を上げる。
「う~ん。そうだなぁ。まぁあたしは、背が高い人がいいかな! 並んだときにさ、こっちが見上げるくらいの高さだったら、あ、男の人なんだな~、って思えてドキドキするし」
「うん」
今、小太郎と鈴音は並んでいるが、まさしくそれくらいの身長差はある。
この話を中学時代に聞いてから、小太郎は毎日十時間寝るようにした。たらふく食べて、サッカー部では全力で走り回っていた。
おかげで成績がかなり疎かになり、鈴音と同じ高校に行けるかどうか、物凄く危うくなってしまった。
おかげで、身長はすくすく伸びたけれど。
「あとは、オシャレな人も素敵だよね~。会うときに、頑張ってオシャレしてくれる人は、かわいいってなるかも。それに、肌綺麗な男の人とか、スタイルがいい人とか? ちゃんとしてるんだ~、ってときめいちゃう。あとは大切にしてくれる人~……とか? あ、これ理想だからね。本当にこんな人、いると思って言ってるわけじゃないし」
「……うん」
おるがな。
目の前に。
毎日、よく見られたくて洗面台を占拠し、妹の柚乃に「お兄ちゃん、邪魔ぁ~」とぐいぐい肩を押されながら、バイトで稼いだお金を服に変えながら、スキンケアも欠かさずニキビのひとつも許さず、そして幼馴染を大切にしている男が、
今、目の前に、おるがな!
そう言いたくて仕方がない。
今まで、鈴音にモテたくて全力で頑張ってきたのに、理想の男性を体現しているのに、その気持ちが一切通じていないのだ。
虚しい。
混み合うホームで電車を待ちながら、小太郎は内心でぐったりする。
けれど、なおも鈴音の理想の話は続いた。
「それと、できれば年上の人がいいかも? 大人っぽいお店に、サラっとエスコートしてもらう、みたいなのをドラマで観てね。そういうの、やっぱり憧れるよね~」
「…………」
女子は、年上に憧れる、という話は聞いたことがある。
小太郎は鈴音と同い年……、どころか、弟、年下扱いする節があった。
どれだけ理想の男を体現できたとしても、「弟」という要素ひとつで吹き飛んでいるのかもしれない……。
とはいえ、鈴音から好きな人の話を聞いたことがないし、恋人がいたわけでもない。
今、話している内容も、どこまで本物の理想かはわからなかった。
ドラマ、って言ってるし。
それに、と小太郎は思い直す。
落ち込んでばかりではいられない。
せっかく恋愛の話になったのだ。
少しは、攻めるべきかもしれない……!
「……でもさ。もし俺が彼女作ったら、こうやってすずと登校するのは嫌がられるかも。俺はすずといっしょに学校行けなくなったら、やだな」
手に汗握りながら、少しだけ前進した言葉を向ける。
恋人よりも、鈴音といっしょにいるほうがいい。
鈴音は、十年近くいっしょにやっていることがなくなっても、寂しくないのか?
そんな遠回しのアピールに、鈴音は「あ~」とホームを見上げた。
「まー、別にいいんじゃない? 無理していっしょに学校行かなくても」
嘘でしょ。
さらっとしたその声に、小太郎はガラガラと身体が崩れそうになる。
お、俺はこんなにもこの時間を大切に思っているのに……⁉ と大声で主張しそうになってしまった。
……いや。
わかっては、いたのだ。
同じ時間を過ごしていても、その意味合いは異なる。
小太郎にとっては大好きな人と居られる大切な時間でも、鈴音にとってはそうではない。
わかっていたはずでも、辛いものは辛かった。
小太郎が密かに落ち込んでいると、鈴音は笑顔を見せる。
「あたしたちは、別にいつでも会えるでしょ? お互いの家に行けばいいだけの話だしさ。登校の時間くらい、彼女に譲ってあげなきゃ可哀想だよ」
ガラガラと崩れた身体が、めきめきと回復してくる。
え、なにそれ……。
もしかして、鈴音、俺のことめっちゃ好き……?
もうこんなの、愛では?
実はめちゃくちゃ愛されてない……?
小太郎が内心で物凄くときめいていると、ホームに電車が滑り込んできた。
それを見ながら、鈴音はぼんやりと呟く。
「あー。でも、そういうのも嫌がられるのかなぁ。彼女からすると、あたしみたいな存在って、嫌だと思う?」
「……まぁ~。普通は嫌なんじゃない? 同い年の異性が、家に上がったり仲良くしてるのは……。いくら家族みたいなもの、って言っても……」
言葉を選びながら、小太郎は答える。
ちなみに小太郎はめちゃくちゃ嫌だ。
もし、鈴音の家に平気で上がったり、部屋に入ったり、あまつさえ下着姿を見る野郎がいたら、唇を噛みすぎて血が出ると思う。
しかし、鈴音はいまいちピンと来ていないのか、小さく首を傾げた。
「姉みたいなものなんだけどね~……。そういうの、通じないかな~」
「通じないと思う」
通じてたまるか。
お兄ちゃんみたいなもんだから、と主張して、鈴音と登校する男がいたら、そいつは今すぐ八つ裂きだ。
そんな話をしながら、ふたり揃って混雑する電車に乗り込む。
すると、視線を感じた。