第37話
小太郎はこの日、とても満足していた。
華蓮の提案によりプラネタリウムを観に行き、名古屋市科学館を見て回り、お昼ご飯を食べて、栄をぶらぶらとする。
その間、ずっと鈴音といっしょにいられたのだ。
彼女とは毎日会っているし、ともに過ごすことも多いけれど、ここまでいっしょにいるのは久しぶりのことだった。
そのうえ、普段とは違う私服で。
絶対にふたりでは行かない、デートスポットなんて巡って。
純粋に楽しかった。
そのうえ、ふたりの関係にいい影響を与えている気がする。
小太郎にとっては、本当にいい一日だったのだ。
ただ、そんな休日も終わりを告げようとしていた。
時刻は夕暮時。
高校生らしく、「晩ご飯は家で食べる」と各々家族に言っているので、ぼちぼち解散すべき時間帯。
じゃあそろそろ、となったときに、華蓮がこんな提案をした。
「最後に、観覧車に乗らない?」
彼女が指を差したのは、街中にある観覧車である。
なんと、栄には観覧車が存在している。
栄は人通りも多く、大きなビルがいくつも建つ街。交通量もやけに多く、騒がしく車が行き交っていた。
そして、たくさんの人が行き来し、車もひっきりなしに通る大きい道路。それに面しているのが、栄の観覧車だった。
名古屋人からすると見慣れた光景だが、人によってはぎょっとするかもしれない。
その観覧車は、サンシャインサカエ、というショッピングモールに併設されている。
夕焼けに照らされる観覧車を見上げ、各々口を開いた。
「わ、わたし、あの観覧車乗ったことありません……!」
「あたしも。なんか、どっちかっていうとオブジェって感じよね。乗れるってこと、今の今まで忘れてた」
「俺も。大体の人がなんとなくスルーしてるよな、あれ」
どうやら、華蓮以外は全員乗ったことがないようだ。
華蓮もそれは予想どおりだったようで、気にした様子もなく話を続ける。
「恋愛小説の取材ってことなら、観覧車は外せない。だろ? あんなの、カップルのためにあるようなもんなんだから」
「確かに」
思わず、納得してしまう。
いやまぁ、家族で乗ることもあるだろうが、それ以上にカップル向けすぎる。
ゆっくりゆっくり景色がよくなる密室に、ふたりきり。
しかも、夜景や夕焼けをバックにしていたら、雰囲気はより盛り上がるに違いない。
「なるほどね。それで華蓮は女の子を連れ込んで、ちゅーして締めってわけ?」
「はぁん? んなことするわけないじゃん。人をそんな性欲モンスターみたいに言わないでくれる? いい景色だね、うふふって上品に笑って終わりだよ」
「絶対嘘。景色なんて興味ないくせに」
華蓮と鈴音がいつもの軽口を叩いているが、それを聞いた一花が密かに赤面していた。
そもそも華蓮は、プラネタリウムの時点でやることやってると思う、と小太郎は考えたが、黙っておく。
それよりも、観覧車だ。
「綾瀬さん、どうする? 取材って意味なら、乗っておくのはとてもいいと思うけど」
「は、はいっ。ぜひ!」
小太郎が尋ねると、思った以上に強い返事だった。
ふんふん、と一花は頷いている。
それならば、と四人は観覧車を見上げる。
ゴンドラはそれほど大きくはないが、おあつらえ向きに四人席だった。
大盛況、というわけではないが、家族連れやカップルがちらほら乗っているのが見える。
「ちょうど四人まで乗れるみたいだから、みんなで乗ろうか」
小太郎が当然そう言い、一花と鈴音はすんなり頷く。
けれど、華蓮だけが待ったを掛けた。
「おいおいおいおい。恋愛小説の取材だってのに、四人で乗ってどうすんの。二人組でふたつに分かれたほうがいいでしょ。料金だっていっしょなんだし」
「え、でも」
わざわざ分かれて乗る必要ある?
みんなで乗るほうが楽しくない?
小太郎が疑問に思っていると、一花がハッとした様子で顔を上げた。
「あ、ぜ、ぜひ、ふたりで乗ってみたいですっ! そ、そのほうが臨場感が出そうですし!」
「そういうことです」
華蓮が一花の両肩に手を置き、一花が頷いている。
なんだか、いつの間にか仲良くなってるな、このふたり。
「まぁ、そういうことなら、別にいいけど……。でも、どうやって分かれて……、あっ」
そこでようやく、小太郎が華蓮の思惑に気付いた。
なんて、なんて、野暮なことを言ってしまったんだろう。
華蓮は一花に恋をしている。
それならば、観覧車にはふたりで乗りたいに決まっているのだ……!
小太郎は、華蓮の恋路を応援すると宣言している。
ならここは、華蓮が一花とともに乗れるよう、アシストしなければならない……!
「それもそうだ……。観覧車はふたりで乗るって相場が決まってる……。そうしよう……」
小太郎が途端にやる気を出したせいで、鈴音が「そんなに?」という顔で首を傾げていた。
今ここには、鈴音の知らない思惑が飛び交っている。
華蓮は頷き、三人を見渡した。
「それじゃ、肝心のペア分けなんだけど~……」
一花、華蓮、小太郎、鈴音。
その中で、だれがだれと観覧車に乗るか。
当然、小太郎は鈴音とふたりで乗りたい。
彼女と遊園地に行ったのは本当に昔の話で、観覧車は乗った記憶もない。
そもそも、姉弟で乗ることも珍しそうだ。
だが今回は、前振りが効いている。
観覧車はカップルが乗るもの。
ここで、小太郎と鈴音がふたりで観覧車に乗り、狭い室内で夕焼けを眺めていれば。
鈴音の意識が変わる可能性は、十分にある。
そのうえ、そうなれば華蓮は一花とペアになる。
華蓮へのサポートも兼ねているわけだ。
華蓮は、「観覧車に乗っても、何もしない」と先ほどアピールしていたわけだし、ここは安心して一花と乗ってほしい。
「すず。俺といっしょに乗ろう」
小太郎がそう言うだけで、全員が幸せになれる。
鈴音は「あたしと?」と不思議そうな顔をするだろうが、華蓮とのふたりがかりなら、納得させることもできるはず。
休日の最後を、完璧な形で締めることができる。
たった一言、言うだけで。
けれど。
「ぐっ……」
その、踏み込みができない。
観覧車はカップルの乗り物。
その前振りが、むしろ小太郎を拘束していた。
ここで、いっしょに乗ろう、と言ってしまっても大丈夫か……⁉
変に警戒されないか……⁉
もし、「なんで?」と返されて、説得に失敗したら?
いやでも、やっぱり鈴音といっしょに観覧車に乗りたい……!
その想いを込めて、小太郎は必死に口を動かそうとしていた。
しかし、その前に、鈴音がすっと手を挙げる。




