第35話
「こりゃ」
「う」
ぺち、と頭を叩かれ、目を開ける。
そこには、呆れた顔でこちらを覗き込む鈴音の姿があった。
「な~にを眠ってるんだ。隣に口説く相手がいないと、星空も興味なしかい」
どうやら、目を瞑っている間に眠りに落ちたらしい。
昨夜、あまり眠れなかったせいだろう。
むしろ好きな子が隣にいたから目を瞑ったのだが、当然言えようもない。
華蓮は慌てて道化の仮面をかぶり、笑いながら答えた。
「ごめんごめん。プラネタリウムって眠くなるじゃん? あたし、もう観たことあったし」
「ま、それはわかるけどね。あたしも正直、途中危なかった」
鈴音は気の抜けたように笑っている。
華蓮が身体を起こしていると、一花が小太郎に「綺麗でした……!」と感激した様子で告げていた。
どうやら、一花は純粋に楽しんでくれたらしい。
それなら来た甲斐があったかもな、なんて思う。
「はっ」
自分の思考に呆れ、乾いた笑いが出る。
華蓮は間違いなく、失恋をした。
とても一花の心に入り込む隙間などなく、アプローチを仕掛けたところで困らせて終わりだろう。
いつもの華蓮なら、「しゃーない、次次」とあっさり損切りし、次の女の子を引っかけるところだ。
けれど、とてもそんな気にはなれない。
今でも、目で追ってしまう。
喜んでくれて嬉しい、なんて考えてしまう。
華蓮たちはそのあと、せっかくなので名古屋市科学館を見て回ることにした。
科学館と言われてもピンと来ないが、観ていると案外面白いものである。
華蓮も、よく女の子ときゃっきゃしながら見て回ったものだ。
そして今、華蓮が一花を目で追うように。
一花は、小太郎を追いかけている。
今見ているのは、竜巻を作り上げる、という展示だ。男子小学生が喜びすぎて失禁しそうなもので、周りのお客さんといっしょに眺めていた。
目の前で本当に竜巻が作り上げられ、ぐるぐると上の階にまで手を伸ばしている。
今はショーの真っ最中で、魔法使いに扮した職員さんがマイク越しに説明をしていた。
風船が竜巻に運ばれて、くるくると上に飛んでいく。
ライトアップされていることもあり、なんだか本当に魔法のようだ。
「うわ、すず。すごいよ、あれ」「お~……。昔、小学校の校庭に竜巻できたことあったよね」「あったあった。みんな飛び込もうとして、先生に怒られたやつ」「ここの竜巻は、あとで入れるみたいだよ。こた、入れてもらえば?」「勘弁してよ」と、鈴音と小太郎ははしゃいでいる。
そして、竜巻そっちのけで、一花は小太郎を見つめていた。
楽しそうに笑う横顔を、一花の熱い瞳が映している。
華蓮は瞼を閉じて、心からのため息を吐いた。
しばらく気持ちを整理して、もう一回ため息。
よし、と気合を入れてから、そっと一花の肩を叩いた。
小さな肩だった。
「一花ちゃん。ちょっといい?」
「え、え、なんでしょう……?」
一花は、不安そうな目を華蓮に向ける。
タイプがあまりに違うせいか、それとも接した時間が短いせいか、彼女からはまだ警戒心を感じる。
さりげなく小太郎たちと距離を離しながら、彼女にそっと囁いた。
「一花ちゃん、夏目のことが好きなんだね」
それを伝えたときの反応といったら、なかった。
一花は目を見開き、華蓮のことをまじまじと見返した。口を小さく開けて、あっという間に顔が青ざめていく。
バレてしまった、と顔に書いてあった。
知られたくないなら、バレバレでもしらを切るべきだと思うが、これだけの素直さではどうにもなるまい。
一花は唇をキュッと引き結んだあと、泣きそうな顔で華蓮の腕を掴んだ。
「い、言わないで……」
そのか細い声に、華蓮は気分が沈んでいく。
小太郎に、「一花ちゃん、夏目のことが好きっぽいよ。もちろん恋愛対象として」と伝えたら、彼女たちの関係はあっという間に瓦解する。
一言告げるだけで恋敵の邪魔をできるのなら、こんなにもコスパのいいことはない。
相手が一花でなければ、迷わずその選択を取ったかもしれない。
けれど華蓮は、一花を安心させるために笑みを浮かべ、両手を小さく上げる。
「言わない言わない。一花ちゃんも夏目も困るだけだし」
無害であることをアピールすると、一花の顔色が少しずつよくなっていく。
ほっと胸に手を当てていたが、その瞳が気まずそうに揺れた。
一花がそっと呟く。
「……あの。わたし、そんなにわかりやすいですか」
「ん~……、どうだろ。注意深く見ていれば、気付くかもって感じ? 今のところは。まぁでも、夏目はたぶん気付かないと思うよ。あいつ、女の子に好かれるの慣れてるし」
腹が立つ話だが、小太郎はモテる。
基本的に女子は大体小太郎に好感を持っているので、一花が露骨な態度を見せなければ、まぁ気付かないだろう。
鈴音も大概だが、鈍さで言えば小太郎もそれほど変わらない。
華蓮の言葉に、一花はほっと胸を撫で下ろす。
そして、周りに声が届かないことを確認してから、頬をゆっくりと赤らめていった。
「……はい。好きなんです。身の程知らずだってことは、重々承知なんですけど……」
彼女はきゅっと手を握り、そんなことを呟く。
まぁ客観的に見れば、小太郎は華やかな存在だ。
一花は周りから地味だと思われているだろうし、釣り合わないと思うのもわかる。
けれど一花は、華蓮が一瞬で恋に落とされてしまったほどに魅力的な女の子だ。
当然、華蓮は否定する。
「んなこたない。むしろ、あたしからすると、夏目のほうが一花ちゃんに釣り合ってないよ。一花ちゃんはすごくかわいいし、いい子。そこは自信持って」
「そんなこと……」
「ある。大体、恋愛なんてくっついたもん勝ちなんだから。釣り合ううんぬんなんて、考えるだけ無駄だよ。好きだから。それだけで十分」
自分で言っていて、心がちくりと痛む。
その痛みを無視していると、一花は「はぁ~……」と感嘆の声を漏らしていた。
もしかしたら、肯定されるとは思っていなかったのかもしれない。
華蓮が一花に並々ならぬひいきをしているとはいえ、小太郎のほうが一花に釣り合っていない、というのは本心。
くっついたもん勝ち、というのも本心。
本音で言っていることが伝わり、かつ、それなりに説得力もあったのだろう。
華蓮を見る一花の瞳に、今までとは違う感情が芽生えつつあった。
華蓮は一花を見下ろす。
小さな身体だ。
華蓮はかなり背が高いから、隣に並ぶとよりそう感じる。
小さくて、儚くて、それでも一生懸命で、思わず抱きしめたくなるくらい可愛くて。
彼女の力になりたい、と思わせる何かがあった。
心から。
こればかりは、惚れた弱みだろう。
気付けば華蓮は、損得勘定なしに口を滑らせていた。
「一花ちゃん。あたしが、一花ちゃんの恋に協力してあげる。手伝うよ」
「えっ……?」




