第32話
「小太郎は相変わらず、なんかオシャレっぽい服着てるねえ。これ、高いやつ?」
「……や、そんなに高くない。セールで買ったやつだし」
「あ、そうなんだ。そっかそっか」
褒めているんだか、そうでもないんだか、微妙な反応を鈴音が見せる。
服自体より値段を気にするあたり、柚乃の言っていた「お兄ちゃんの服なんてちゃんと見てないと思う」に説得力が出てしまう。
いっそのこと、クソダサい服を着て行ったほうが、「もうちょっと何とかしたら~? あたしが選んであげるからさぁ」と反応がいいかもしれない。
……それもむしろ、ありかなあ。
ぼんやりと考えながら、ふたりして駅のホームに降りていく。
今日は、普段とは逆の路線だ。
鈴音がいつもの調子で、学校の方向のホームに向かおうとしたので、その腕を掴んだ。
「すず。そっち学校。今日は反対方向でしょ」
「あ、そっかそっか。うっかり。こたがいなかったら、こりゃ学校行ってたな」
えへへ、と笑いながら、髪を撫でている。
階段を下りながら、鈴音は照れ隠しのように口を開いた。
「小太郎とふたりで、私服で学校以外の場所に行ってると、なんだか変な感じ」
「そう?」
「うん。普段、ふたりで出かけることってないでしょ?」
まさしく、一花が言っていたことだ。
姉弟ふたりで出かけることは珍しいから、まずはその意識を変えるところから。
実際、鈴音は違和感を覚えている。
その家族としての違和感は、これからもっと大きくしていかなくてはならない。
小太郎は少し躊躇ったものの、一花の顔を思い出してから、勇気を込めて口をを開く。
「たまには、ふたりで遊びに行くのもいいんじゃない? 今度、どっか行こうよ」
さりげなさを装った小太郎の言葉に、鈴音は先ほど、「服が似合っている」と言われたときと同じ笑顔を浮かべる。
「あたしと小太郎で? どこ行くの?」
「買い物とか? ほら、すずの誕生日が近いし。何が欲しいか訊きたい」
「え~? 別に気を遣わなくていいんだけどなぁ」
一花に教えられたことを総動員しながら、普段と違うアプローチを続ける。
鈴音は若干戸惑っていたし、『ふたりで出かける』ということにも、ピンときていないようだった。
最終的には、「まぁ別にいいけどさ~」と、肯定とは言えないものの、否定的でもない答えを口にする。
今はそれでいい。
今までの小太郎だったら、そんな問答さえできなかった。
ありがとう、綾瀬パイセン。
内心で彼女に感謝していると、ふと思う。
小太郎は一花の応援のおかげで、鈴音との関係がほんのわずかとはいえ、変化が生じていると思っている。
そんな一花とお近づきになりたい、友人の顔が浮かんだ。
彼女は、上手くできるのだろうか。
自分よりよっぽど恋愛慣れしているのに、なんだか危なっかしい彼女のことを考え、少しだけ落ち着かない気持ちになっていた。
伊達華蓮は、速足で街を歩いていた。
華蓮は持ち前の脚の長さもあって、ひとりだとさっさか歩いてしまう。歩幅を合わせる女の子も今はいない。
だというのに、鏡を見掛けるたびに立ち止まり、髪を直してしまう。
今も、店のガラスに映った自分と睨めっこしていた。
今日は薄い青のブラウスに黒のタイトスカート、というシンプルコーデ。ちょっとしたブレスレットとネックレスを身に付け、ブーツでアクセントを付けているものの、基本はごてごてしない。
鏡には、さらっとした髪がなびき、はっとするほど綺麗な顔立ちの女性がいる。丁寧にメイクをして、普段よりもさらに美貌が際立っていた。
これだけ顔がいいのだから、服装はシンプルのほうがいい。
スタイルがいいこともあり、こっちのほうが女子受けがよかった。
もちろん、せっかく好きな子に会えるのだから、もっとオシャレにしようとも考えた。だけど、今日はあくまで友人同士の集まりである。あまり気合の入った服装では浮いてしまう。
だから、これでいい。
いい、はずなのに。
「う~ん……。それにしたって、シンプルすぎたかな……。パンツのがよかった? でもなぁ~……。う~ん……」
鏡の中の顔のいい女が、悩ましげな表情になる。
悩んで悩んで、「いや、これでいい!」と決めて出てきたというのに、本当にこれでよかったのかな? とあーだこーだと考えてしまう。
今さら悩んだところで、着替えられるわけではないというのに。
風が吹くたびに髪を直すものだから、歩みは遅々として進まなかった。
けれど、遅刻の心配は全くない。
なぜなら、余裕がありすぎるから。
「……ま~だ三十分前じゃん」
待ち合わせ場所である、大須観音の前に辿り着く。
立派な門の前では、参拝客が行ったり来たりしていて、賑やかだ。
名古屋随一の観音霊場であるうえに、近くには大須商店街もある。ここはいつだって人通りが多く、休みの日はたくさんの人が訪れていた。
十一時にここに集合、ということだったのに、まだ三十分もある。
華蓮は、待ち合わせ場所に遅れて来るのが好きだった。
女の子がスマホを見ながら、不安そうにきょろきょろと辺りを見回す仕草。そこに近付いていくと、安心したように頬を緩ませ、遅れたことを咎めてくる。
「ごめんごめん」と華蓮が笑うと、それで相手は嬉しそうな顔になるのだ。
「このあたしが……。こんなことになるなんてね……」
自嘲じみた笑みを浮かべてしまう。
いつも三分後にやってきていた自分が、三十分前に来てしまうなんて。
早く着いておこう、と思ったわけではなく、単に落ち着かないから来てしまっただけ。
それもこれも、一花がいるせい。
彼女の存在が、華蓮のペースを狂わせ続けている。
ただ、悪いことばかりでもなかった。
待ち合わせ時間が近付くたびに心臓が強く主張し、落ち着かない。もうすぐで好きな子に会える! という喜びで、全身がはしゃいでいた。
足はふわふわと覚束なく、息だって浅い。
心の準備もなしでやってきて、「お待たせ~」なんて言える気がしなかった。
だからむしろ、待ち合わせの時間まで落ち着きがてら、少し歩いたほうがいい。
ただ。
「大須観音なんて見飽きたしな……。かといって、人の多い商店街は行きたくない……。どうしようかな……。ん」
迷いながら身の置き所を考えると、それに気が付く。
真っ赤な門の前に立つ、ひとりの少女。
辺りはたくさんの人が行き交っているが、見紛うはずがない。




