第31話
そして、ダブルデート当日。
好きな人に会うのだから、と今日も入念に小太郎は髪を整えていた。
学校が休みなので、どれだけ鏡の前に陣取っていても妹から文句は言われない。
代わりに、パジャマ姿の柚乃が洗面所にそっと顔を覗かせた。
「お兄ちゃあん」
「なに?」
その甘えた声に、思わず髪をいじる手を止める。
柚乃がそんな声を出すときは、何かお願いごとがあるときだけだ。
「今日、すずねえたちと遊びに行くんでしょ?」
「そうそう。すずと華蓮さんと、あと別の友達と」
柚乃は華蓮とも面識があるので、名前を出しても伝わった。
むしろ、知った名前だからこそ声を掛けてきたのだろう、と小太郎は予想する。
その予想に反さず、柚乃はそのお願い事を口にした。
「わたしも行きたいな~……。連れてってもらっちゃ、ダメ?」
どうやら、柚乃は暇しているようだ。
退屈な休日に姉たちが遊びに行くと聞いて、こうしてやってきたわけだ。
妹からそんなふうに頼まれると、お兄ちゃんとしては弱い。
もし、華蓮と鈴音と小太郎の三人組だったら、一報入れて連れて行ってあげただろう。
けれど、今日は一花がいる。
一花のことだから嫌な顔はしないだろうけど、突然そんな身勝手を押し付けられるほど、付き合いは深くなかった。
「う~ん……。連れてってあげたいけど。今日は、最近友達になったばかりの人がいるから。四人でって約束しちゃったし、今日のところはごめんな」
小太郎がきちんと説明すると、柚乃は「そっかぁ、やっぱりそうだよねぇ~……」と肩を落とした。
ダメ元で言ってみたが、やっぱりダメでがっくり、という感じだ。
「ごめんな。また今度、いっしょに行こう」
「ん~……。わかった」
柚乃は残念そうにしながらも、納得はしたようだ。
そのまま踵を返そうとしたので、訊いておきたかったことを尋ねる。
「柚乃。今日のお兄ちゃん、何点?」
ようやく身だしなみを整えたので、柚乃にその姿を見せる。
今日は太めのスラックスに柄カーディガンを合わせ、下は無地のTシャツ。雑誌で見た似合いそうなコーデを、そのまま取り入れた。
女友達と遊びに行くのなら、こんな感じ? という春の装いである。
柚乃は目を細めて、まじまじと小太郎の姿を見つめた。
腕を組んで十分に吟味してから、「う~ん。これは百点。我が兄ながら、見事な完成度」と満点の評価を頂いた。
柚乃がそう評価するのなら、特に服装は問題ないのだろう。
ほっとしつつ、質問を重ねる。
「これなら、すずも少しはドキっとしてくれると思う?」
「絶対ない。大体すずねえ、お兄ちゃんの服なんてちゃんと見てないよ」
「なんでそんなひどいこと言うの?」
「事実だし……。ドキっとさせたいなら、ボロい服着てったほうが反応いいと思うよ。『もぉ、こんなだらしのない格好で外に出て! ほら、着替えてきなよ!』って感じで」
「俺が欲しいのは、そういうドキっじゃない……」
文句を返しながらも、柚乃の感想には身に覚えしかない。
そうこうしているうちに、ちょうどいい時間帯になったので家を出た。
一花たちとは大須観音で待ち合わせているが、鈴音とはそこまでいっしょに行くことになっている。
どちらかが言い出したわけではなく、「明日、十時半くらいに出ればいい?」「それくらいじゃない?」「なら、先に出たほうが家に行くってことで」と、ごくごく自然に。
自宅の玄関を出て、たった数歩で彼女の家に辿りつく。
勝手知ったる人の家。そのまま中に入ろうとしたが、それより先に扉が開いた。
そこから、可愛らしい少女が現れる。
見慣れたセーラー服や部屋着ではなく、初めて見る私服だった。
オーバーサイズのタートルネックは淡いベージュ色で、その下にはチェックのショートパンツ。タートルネックには大きなサイドスリットが入っており、下のパンツがよく見えていた。
足がそれなりに出ているので、ブーツがいいアクセントになっている。萌え袖をしながら、ファーバッグを持っているのもなんとも可愛らしい。
少し癖のある長い髪が揺れて、服装の雰囲気にとても似合っていた。今日は、リボンのヘアアクセサリーを付けている。
いつもはすっぴんで登下校している彼女も、今日はほんのりメイクをしている。服装も相まって、普段の彼女よりさらに綺麗だった。
その少し大人っぽい姿に、小太郎はドギマギしてしまう。
かわいい。
こんな彼女が、待ち合わせ場所で「待った~?」なんて手を振ってきたら、間違いなく惚れ直してしまう。
鈴音は丸い瞳をこちらに向けて、「あ」と小さな唇を動かした。
「おはよ、こたろー」
「あ、あぁおはよ」
「それじゃ、いこっか」
鈴音はあくまでいつもどおりで、駅の方向を指差している。
思えば、こんなふうにオシャレした鈴音は、ほとんど見たことがなかった。
家族ぐるみで出かけても、せいぜい近所のご飯屋さん。大体いつもラフな格好だ。それに加えて、部屋着姿や制服姿をあまりに見慣れすぎている。
それだけに、今の鈴音が非常に眩しい。
すごくかわいい。似合ってる。
そんな言葉が頭の中に溢れては、消えていく。
伝えてしまって、いいのだろうか。
もし、弟から「姉ちゃん、めっちゃかわいいね」なんて言われたら、「なに急に?」ってならないだろうか。
いや、そんな関係から脱するために、こうして一花とともに様々な策を弄しているのだ。
ここで勇気を出さずに、どこで出すというのだ!
「すず――、その服、すごく似合ってるね。めちゃくちゃかわいい」
「なに急に?」
鈴音はノータイムでそう返してきて、はは、と気の抜けたように笑った。
全く響いている様子がない。びっくりするほど予想どおり。
やはり、こんなものなんだろうか。
小太郎が内心でへこんでいると、鈴音は髪をササっといじった。
「でも、ありがと。これ、前に柚乃と買い物行ったときに買ったんだ。気に入ってるから嬉しいよ」
そんなふうに、照れくさそうに笑った。
どうやら、照れ隠しもあったようだ。
今まで小太郎は彼女の服装を褒めたことはなかったし、大体いつもは普段着だった。
言ってよかった……、と心の中で拳を握っていると、鈴音は小太郎の身体を突然触ってきた。無遠慮なスキンシップに、過剰な反応を何とか抑える。
なに? とおっかなびっくりしている間も、鈴音はペタペタと服に触れてきた。




