第30話
「さすがだね、華蓮さん。女の子といい雰囲気になれる場所なら、いくらでも知ってそう」
「ま、ね。名古屋周辺でも、案外いくらでもあるよ」
「そのプラネタリウムにも、何人も女の子を連れ込んだんだ?」
「や~、言わせんなよ~。やっぱさ~、そんなシチュエーションだったら、盛り上がるもんじゃん?」
でへへ、といやらしい笑みを浮かべながら、華蓮は頭を掻いている。
すると、一花が「あ、そういう……」と低く呟いた。
その瞬間、華蓮ははっとして、手を意味なく動かしながらしどろもどろになる。
「……って! 兄貴が! あたしの兄貴が、言ってた! いやぁ、どうしようもない女たらしでさぁ!」
「華蓮さん、一人っ子じゃん」
「うるさい!」
華蓮に襟首をぐいっと掴まれ、そのまま壁際に追い込まれてしまう。
鬼の形相になった華蓮が、小太郎に人差し指を突きつけてきた。
「あんたがデートスポットを探してるって言ったから、アドバイスしたんでしょうが……っ! 余計な茶々入れんな……っ!」
「これ、俺が悪いのかなぁ……」
なまじ顔がいいだけに、凄まれると迫力がある。
ぼそぼそと文句を言うだけにとどめると、拘束から解放された。
おほん、とわざとらしい咳払いをして、華蓮は一花に向き直る。
「どう? ほかにもアイディア欲しいなら出すけど」
彼女がほとんど浮かべることのない愛想笑いに、一花はこくこくと頷いた。
「プラネタリウム、すごくいいと思いますっ。行ったことないので、ぜひ観てみたいです」
「あ、そお? それなら、行こうよ。プラネタリウムを見て、お昼ご飯食べて、栄でちょっとぶらついて……、って感じならいい感じのデートプランだと思う」
一花の賛同に、華蓮はだらしのない笑みでさらに詳細を口にする。
実際に、彼女が女の子相手に使うデートプランなんだろう。
それならむしろ、一花の取材には適しているのかもしれない。
そこで華蓮は突然、もじもじとし始めた。
何かを言い掛け、目をそっと逸らし、無意味に自身のスカートを撫でている。
こんな華蓮もまた、小太郎は初めて見た。
普段は言いにくいことでも、あっさりばっさり言う性格なのに。
「あの~……。それで、あたしも連絡先教えてもらっていい……? 夏目は知ってるだろうけど、何があるかわかんないし……。ね、念のため……」
スマホをおずおずと取り出し、華蓮は一花をちらちら見ている。
もっとさらっと言えばそんなことはないだろうに、なんだかとても気持ち悪い。
余計な一言がむしろ警戒心を強めそうだが、一花は「あっ」と慌ててスマホを取り出した。
「わ、わかりました、交換しましょう」
言われるがままにスマホを向ける一花に、華蓮はぱあっと表情を明るくさせる。
そのまま、ふたりは連絡先を交換していた。
そうこうしているうちに、それなりに時間が経っていたらしい。
華蓮が腕時計を見て、「あっ」と声を上げる。
「ごめん、あたしちょっと用事あるから。また連絡する」
慌てて、部室を出て行こうとする。
一花はなんと言っていいかわからないようだったが、「あ、お、お疲れ様でした」と、若干間違ってそうな言葉を掛けた。
それでも華蓮は嬉しかったらしく、頬を緩ませると、意を決したように手を振っていた。
それに一花が小さく手を振り返すと、さらに嬉しそうな顔になって、ようやく出ていく。
「…………」
……いやあ。
昔から知っている友人が、あそこまで違う顔をしていると、なんとも落ち着かない。
普段、女の子相手にも余裕を崩さない人だけに。
だからこそ、小太郎は「本気なんだなぁ」と思うことができた。
小太郎は一花に、「ちょっとごめん」と断ってから、部室から出ていく。
すると、廊下をご機嫌にスキップしている華蓮の姿があった。短いスカートがひらひらと揺れて、細い太ももが露わになっている。
「華蓮さん」
声を掛けると、彼女は頬に両手を挟んで笑っていた。
喜びすぎだろ。
どうやら緩んだ頬が戻らないらしく、そのままの顔で対峙する。
「なに、夏目。まだなんかあった?」
それでも声のトーンは、普段のものだ。
小太郎を前にしているせいか、表情も戻っていく。
「いや、華蓮さん。本気なんだなって思って。本当に綾瀬さんのこと、好きなんだなって」
「そうだって言ってんじゃん」
不機嫌そうにジトっとした目を向けてきたが、華蓮はすぐさま嬉しそうに手を組んだ。
「いっぱい喋っちゃった……。や~、可愛かったな~……。一花ちゃん、小動物っぽいところがかわいいよね~……。気弱そうだけど、一生懸命喋ってるところに本当ときめく……。守ってあげたい……」
「まぁ、その気持ちははわかるけど」
「わかってんじゃねえつーか見んな殺すぞ」
急に眉を寄せて、華蓮が睨んでくる。
理不尽すぎるだろ。
小太郎はつい呆れてしまうが、彼女から殺意を飛ばされるために、わざわざ出てきたわけではない。
考えていたことを、彼女に伝える。
「俺、ちょっと誤解してたよ。華蓮さんのことだから、また新しい女の子を見つけて、引っ掛けようとしてるのかと思ってた」
「それは誤解されても仕方ないから、言い訳はしないけど。今回のはそういうのじゃないよ」
華蓮は特に怒りを見せることもなく、受け入れたうえで穏やかに答えていた。
一花はいい人だ。
小太郎は世話になっているし、感謝もしている。そんな人に、遊び人である華蓮を近付かせたくないと思っていた。
けれどこれだけ華蓮が本気なら、話は別だ。
「だから、ちゃんと応援するよ。もし何かできることがあったら、言って」
華蓮が本気なのであれば、友人として応援したいし、手伝いたいとも思う。
それを伝えると、華蓮はいつもの快活な笑みを浮かべた。
「あぁ、そ? ま、恋愛経験のない夏目にどんなことができるかわからんけど。ありがと、って言っておくよ」
余計な一言を付け足すのは、小太郎のよく知る華蓮の姿だ。
それじゃ、と軽く手を挙げる華蓮と別れ、小太郎はひとり廊下に残された。
そのまま、うーんと天井を見上げる。
「……なんだか、意図せずダブルデートみたいになっちゃったな」
小太郎は鈴音のことが好きで、華蓮は一花のことが好きで。
この二組がデートするのなら、それはダブルデートと言っていいかもしれない。
……鈴音も一花も、全くそんな意識はないだろうけど。
それでも、お互いに気持ちが成就すれば、本当にダブルデートをすることがあるかもしれない。
そうじゃなくても今回のことは、鈴音との関係にきっと新たな刺激をもたらすはずだ。
「楽しみだ」
降って湧いたイベント事だったが、思った以上に大きな出来事になりそうで、小太郎は胸を弾ませていた。




