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第3話

 制服に身を包んだ鈴音が、にっこり微笑む。

 白を基調としたセーラー服に、紺の襟。スカートも同じく、紺色だ。そしてスカーフは赤色、というなんとも古風なセーラー服だった。

 全国的に学生服はブレザーが多くなっているそうだが、愛知県は今でもセーラー服の文化が根強かった。

 長い髪がふわりと揺れて、白いセーラー服を隠す姿に目を奪われる。


 それに内心でどぎまぎしながら、小太郎は鈴音とともに部屋を出た。

 ふたりで階段を下りながら、小太郎はそっとため息を吐く。

 自分が幼馴染になんとも思われていないことは、もちろん小太郎は自覚していた。

 しかし、下着姿を見られても平気、お風呂もいっしょに入れる、とまでは……。


 想い人の下着姿を見たのに、全く気分が弾まない。

 むしろ落ち込んで、そのまま玄関に向かおうとしたところで、「あぁちょっと、小太郎」と鈴音に肩を叩かれた。

 振り向くと、鈴音がお弁当箱を差し出してくる。


「おべんと。忘れないでよ」

「あ、あぁ。ありがとう」


 彼女に手渡されたのは、青色のお弁当包み。

 鈴音の手には、小太郎のより一回り小さな、ピンク色のお弁当包みがあった。

 それにほわっとした気持ちになりながら、小太郎はきちんとお礼を口にする。


「すず、いつもありがとう」

「ううん。別に、ひとつ作るのもふたつ作るのもいっしょだし。小太郎、放っておくと食べないし」

「こた、パンとかで済ませるんでしょ? ダメだよ」


 キッチンから顔を出したおばちゃんの言うとおり、小太郎は昼食を適当に済ましがちだ。

 母は面倒くさがってお弁当を作ってくれず、いつもお昼代に五百円玉を渡されるが、これがあまりよろしくなかった。

 学校に購買はあるものの、小太郎はあまりパンが好きではない。買っても一個や二個。さらに、のんびりしているとパンは売り切れることも多く、カロリーメイトで昼を過ごすこともあった。


 かといって、わざわざコンビニで買っていくのも面倒くさい。

 それを見兼ねた鈴音が、「なら、あたしがこたろーの分も作ってあげるよ」と言ってくれたのだ。

 そう、これは彼女の手作り弁当だった。

 今は小太郎の母が鈴音に、お昼代を渡している状態である。


「さすがにこたのお母さん、申し訳なさそうにしてたけどね」

「気にしなくていいんだけどねぇ。あたし、好きで作ってるだけだし。小太郎のはそれのついでなんだし」


 春野母娘の言うとおり、これは小太郎と母の面倒くさがりが生み出した状況なので、母としてはさすがに気にしていたようだ。けれど、鈴音が場をまとめてくれた。

 小太郎としても味気のない市販のパンより、好きな子の手作り弁当のほうが何千倍も嬉しい。

 それはきちんと、言葉にしないといけない。


「いや、すず。いつもありがとう。すずのお弁当、めちゃくちゃ嬉しい」


 そうまっすぐに伝えると、鈴音は少しだけ面喰らっていた。

 さすがにストレートすぎたようで、照れくさそうに「大げさ」と笑っている。

 その笑顔は本当に可愛らしくて、心がぽかぽかと温まった。

 好きだなあ、と改めて思う。


 小太郎が見惚れていると、鈴音は軽く手を振った。


「弟が教室でカロリーメイトかじってたら、さすがに思うところあるよ。ちゃんと食べてくれるのなら、あたしも嬉しいし」


 ……「弟」という一言がなければ、完璧なんだけどなぁ。

 密かに落ち込みそうになっていたが、おばちゃんに、「もう出ないといけないんじゃない?」 と言われ、小太郎と鈴音は慌てて家を出た。



 ふたり並んで、学校へ向かう。

 これもまた、いつもの光景だった。いっしょに登校するのは、小学校からの日課だ。

 小学生のときは女子といっしょに登下校するだけで、男子からとやかく言われる。外野から「うわー、夫婦かよお前ら~」「夫婦だ、夫婦! 結婚おめでと~」とよく冷やかされたものだ。

 小太郎は「そんなんじゃねーし!」と怒ってみせたが、内心で「もっと言え!」と思ったのも、昔の話。


 鈴音は全く気にせず、「男子がまたアホなこと言ってる」くらいの顔をしていたが……。

 中学に上がってからは自転車で通い、高校は電車に変わったが、それでも登校はいっしょだ。

 鈴音は元々頭がいいので今の高校にはすんなり入ったが、小太郎は部活に打ち込んでいたため、死に物狂いで勉強し、なんとか同じ高校に入った。(鈴音は、絶対無理だからやめときなよ、と言っていたくらい)

 その努力の甲斐あって、今も同じ学校に通っている。

 まさに愛の成せる業。


 お弁当を作ってもらって、毎朝いっしょに学校に行くなんて。

 これはもう完全にカップル以上なんだよなぁ……、と小太郎が内心でポヤポヤしていると。

 そんな気持ちを真っ向から壊すようなことを、鈴音が言う。


「ねぇ、こたろー。部活の友達が小太郎のことを紹介して、ってうるさくて。連絡先、教えていい? どうしても、ってずっとお願いされてるんだよ」

「……断ってよ。俺、そういうの興味ないし」

「断るあたしの立場も考えてよ~。も~、どんだけ言われてると思ってるの~」


 鈴音が小太郎の腕を掴み、ぐらぐらと揺らしてくる。

 その様子はとても可愛らしいし、スキンシップも嬉しいが、その提案はとても飲み込めなかった。

 何が悲しくて、好きな子に別の女子を紹介してもらわなきゃならんのか。

 小太郎がぶすっとしていると、鈴音が肩をぶつけてくる。


「小太郎は本当に恋愛に興味がないねえ。気になる子とかいないの?」


 目の前におるがな。

 むしろ恋愛にしか興味ないがな。

 生活ぜ~んぶ恋愛に支配されるとるがな!

 そう言いたくなるのを堪えながら、小太郎は黙って東山線の出入り口を降りていく。


 やけに閉塞感のある地下道を歩いていると、学生やスーツ姿の人がどんどん増えていった。

 改札を抜ける際、別の学校の女子生徒が、小太郎をそっと指差すのが見える。

 はしゃいだ様子で隣の女子に何かを伝えているので、きっと「あそこにいる人、格好よくない?」とでも言っているのだろう。

 それを見て鈴音は、「相変わらず、小太郎はモテるねえ」と笑った。


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