第28話
と、いうわけで。
放課後。
小太郎は一花の言いつけどおり、職員室で鍵を借りて、文芸部室の扉を開けた。
以前、部員でもない小太郎が部室に居座っているのはどうなんだろう、と思って尋ねたことがある。
その答えは、「わたし以外部員はいないですし、いいと思います」だった。
でも、こんなことが続くのなら、部に入ったほうがいいかもしれないなあ、なんて思いながら、待ち人を待つ。
幸い、一花はすぐに部室へとやってきた。
扉を開けて、小太郎の姿があると、嬉しそうに顔を輝かせる。
頬を弛緩させたまま、小太郎の向かいに腰を下ろした。
その表情があまりに穏やかで、小太郎はつい尋ねてしまう。
「どうかした? すごく嬉しそうだけど」
「あ、いえ……。二年生に上がってからは、ずっとわたしひとりだったので……。先に部室にだれかがいる、ってことがなかったんです。だから嬉しくて」
ふふ、と笑いながら、一花はそっと眼鏡の位置を直す。
そうやって笑う姿は、本当にかわいいな、と思う。
それからいくつか雑談を交わしたあと、小太郎は彼女にあの話を持ち掛けた。
「あのさ、綾瀬さん。実は、すずと華蓮さん――、今朝、俺たちといっしょにいた背の高い子、覚えてる? あのふたりが、俺と綾瀬さんと四人で遊びに行きたいって言ってるんだけど……。どうかな?」
突然の提案に、一花はきょとんとしていた。
そのまましばらく固まり、小さく首を傾げる。
「……なぜ、そんな話に?」
「ふたりとも、綾瀬さんと仲良くなりたいんだって」
「え、あ、え、そ、そうなんですか……⁉」
一花は目を丸くして、告げられた言葉に戸惑っている。
確かに、いきなり友人から「お前と仲良くしたいって言ってる奴がいるんだけど」と提案されたら、びっくりするかもしれない。
一花は恥ずかしそうに、そして少しだけ嬉しそうに三つ編みを撫でていたが、それでも疑問はあるらしい。
「な、なんでそんな話になったんでしょう……。わたし、そんな面白味のある人間じゃないですよ……? 春野さんとも、あんまりしゃべってないですし」
「すずは、純粋に綾瀬さんがいい人そうだから、仲良くなりたいって思ってるみたい。あとはまぁ、弟の友達だからってのもあるんじゃないかなあ」
自分で言っていて虚しいが、一花に小太郎が関わっていなければ、鈴音もそんなことは言わなかったと思う。
弟が仲良くしている人を見て、「お姉ちゃんにも紹介してよ」と肩をつついてくるような。
それは一花にはわかりやすかったらしく、やわらかく頬を緩めた。
なるほど、と頷いている。
その続きを口にするのは悩んだが、一花も当事者だし、伝えておくべきだろう。
「それとね~……。すずはまだ、俺と綾瀬さんの関係を誤解している節がある……」
「あ、こ、この前の……」
ふたりでデートしているところを見られた件を思い出し、一花はほのかに赤面する。
小太郎は腕を組んで、天井を仰いだ。
「だから、自分がアシストして、仲を取り持たないと! みたいなことを考えてる可能性がある……。だからもし、何か迷惑を掛けたらごめん。嫌だろうけど……」
「あ、いえ、そんな。嫌だなんて、ぜんぜん。ぜんぜん、嫌なんかじゃないです」
一花はぶんぶんと頭を振り、熱心な様子で「嫌じゃないです」と繰り返していた。
そこまで言ってくれると、小太郎としてもありがたい。
ただ、一花にはまだ疑問が残っているようだ。
「春野さんはわかりましたけど……。でも、ええと、その華蓮さん? という方は?」
一花の当然の問いに、小太郎は答えに迷う。
一花からすれば、たまたま教室でちょっと顔を合わせた人物だ。挨拶すらしていない。
正直に、「華蓮さんが綾瀬さんに一目惚れしたみたいでさ」と伝えるのは憚られる。
華蓮がどういったスタンスなのかわからないし、一花だって困るだろう。
迷ったものの、「俺たちと仲がいいから、いっしょに遊びたいってことみたい」と言っておいた。
「それで、どう? 綾瀬さんよければ、なんだけど」
おそるおそる、尋ねる。
一花はおそらく行きたくなくても、「嫌です」とは言えないタイプだ。
気を遣わせるようなら、小太郎のほうで判断すべきだと思った。
すると、一花はもじもじと手を合わせながら、話を反芻する。
「ええと……。四人で、ってことですよね? わたしと、春野さん、華蓮さん、そして――、夏目くんの、四人で」
「うん。そう。その四人」
「それなら、ぜひ。行きたいです」
一花は拳をきゅっと握りしめ、力強くそう答えた。
意外にも乗り気で、小太郎は目を瞬かせる。
無理して言っているわけではなさそうだった。
むしろ、ちょっと嬉しそう。
その反応にほっとしながら、小太郎は言葉を返す。
「それなら、よかった。俺も、綾瀬さんといっしょなら嬉しいし」
「え――」
小太郎の返事を聞いて、一花は呆然とした目を小太郎に向ける。
そのまま、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
一花の瞳は徐々に潤み始め、小さく震え始めた。
喉の奥から振り絞るような声で、彼女は尋ねる。
「あの――、それって。それって、どういう――」
「や、だってさ。綾瀬パイセンがいっしょにいてくれたら、すずとの関係を目で見て判断してもらえるじゃない? その場でこっそり話し合いもできるし。すごくありがたいよ」
「あ……、そういう……」
一花から肩の力が抜けていき、頭が小さく揺れた。
しかし、気を取り直したように顔を上げる。
「そうですね……。やっぱり、直接見られるとまた違ってきますし、春野さんの反応も気になります。そういう意味でも、いい集まりかもしれません」
そう、小太郎にとっても大変にメリットのある提案だった。
問題があるとすれば、一花が来てくれるかどうかの一点くらい。
それをクリアした今、小太郎は話を進めていく。
「それなら、綾瀬さん。行きたい場所ってある? すずたちから聞いておいて、って言われたんだけどさ」
「行きたいところ……、ですか……」
一花の表情が真剣なものになり、顎に指を当てる。
しばらくそのまま固まってしまったので、そんなに行きたいところがあるのか、と思ったが、そうではなく。
一花は別の考えを巡らせていたらしい。
「……ここで、行ってみます? デートスポットに」




