第26話
三人並んでそのまま登校し、流れで教室でも三人で話していると。
なにやら、視界の隅で見覚えのある生徒の姿が見え隠れしていた。
「あれ? こたろー。あれ、綾瀬さんじゃない?」
「ん。だね。なんか用なのかな」
鈴音に肩を叩かれ、ふたりして扉の入り口を見る。
小さな影が、ぴょこぴょこと教室を覗いていた。
眼鏡を押さえながら、教室の中を見回す一花だった。
朝のホームルームが近付いているため、さっきから教室への人の出入りは激しい。人が通るたび素早くサッと離れるものだから、なるほど鈴音が「小動物っぽい」と言ったのも頷ける。
人を避けながらも、困り顔で教室を見ている一花に、小太郎は手を挙げた。
自分に用じゃないかもしれないが、それなら取り次げばいいだけの話だ。
一花は小太郎の手に気付くと、パッと表情を明るくさせた。
長いスカートを揺らしながら、パタパタとこちらに寄ってくる。
「夏目くん、春野さん、おはようございます」
「おはよう~」
「おはよう、綾瀬さん。何か用だった?」
「あ、はい。今日の放課後、部室に来ますか?」
一花はこて、と小さく首を傾げる。
どうやら、小太郎に用でよかったらしい。
彼女は昨日と違い、長い髪を三つ編みにしている。昨日の一花は少し大人っぽくて可愛らしかったが、やはり三つ編みも似合う。
カーディガンとセーラー服、それに三つ編みと眼鏡が、彼女の文学少女っぽさを強調している。彼女は自信なさそうにしているが、窓際で本でも読んでいれば、男子は思わず目を奪われるのではないだろうか。
本人が存在感を薄くしているが、一花自身はとてもかわいい顔をしているのだ。
密かに憧れている男子は多そうだよなぁ、と思ってしまう。
それはそれとして、小太郎は質問に答えた。
「うん。行こうと思ってたけど」
「わたし、今日掃除当番なんです。それなら、鍵を職員室から持って行ってくれます? どこにあるかはわかりますよね」
「大丈夫だと思う。ありがとう」
「いえ、それでは。また、放課後に」
「え? なに、綾瀬さん。それだけ伝えに来てくれたの? それなら、スマホにメッセージでよかったのに」
「………………」
わざわざ来てくれなくとも、お互いに連絡先は交換している。
小太郎が目をぱちぱちさせていると、一花は微妙な表情になった。
しばらく黙り込んだあと、「もし、鍵の位置がわからなかったら、ご説明しようと思ったので……」とごにょごにょ言って、一花は帰っていった。
ぺこ、ぺこ、ぺこ、と丁寧に華蓮にまで会釈して。
彼女を見送ったあと、鈴音はため息とともに頭を振る。
「バカだねぇ、こたろー。わざわざ言いにきてくれたのは、小太郎の顔を見たかったんでしょ。直接会って話したかったの。そんなこともわからないの? 女心がわからないな~」
「…………」
鈴音だって、男心がわからないくせに偉そうなこと言わないでほしいんだけど? と一花に負けない微妙な顔を作ってしまう。
変な誤解をしている幼馴染に、きっちり訂正を入れた。
「それだと、綾瀬さんが俺を好きって話になるでしょ。誤解がないよう言っておくけど、別に綾瀬さんはそういうのじゃないから」
「あ、そっか。こたのほうが綾瀬さんを気になってるんだもんね?」
「それも誤解なんだけど、まぁ綾瀬さんに勘違いするよりはいいよ。……それよりさ」
小太郎は、華蓮のほうに顔を向ける。
結局、小太郎、一花、鈴音の三人で話してしまった。
華蓮には申し訳なかったが、一花がちょっとした用で来ただけなら、わざわざ華蓮を紹介するのも変だと思ったのだ。
しかし、普段の可憐なら、むしろ自分から首を突っ込む。
『へぇ、君がふたりの言ってた綾瀬さん? 話は聞いてるよ。あぁ、本当にかわいいね。聞いてたよりも美人で、びっくりしたな。ねぇ、あたしとも仲良くしてくれない? 一花ちゃん、って呼んでいい?』
そんなチャラチャラした言動とともに、同性ゆえの気安さで顔を近付けたり、肩を抱いたりする。
華蓮は非常に顔立ちが綺麗で、背も高く、ショートカットがとても似合っている。かなりの美人なので男子からの人気もすごいが、女子からもきゃあきゃあ言われるタイプだ。
そんな彼女がぐっと距離を詰めてきて、甘い言葉を囁くものだから、コロッと騙される人も多い。
だから、小太郎も一花を紹介したくなかったのだが、そもそも彼女は動かなかった。
タイプじゃなかったのか?
それにしては、様子が変だ。
まるでフリーズしているかのように、直立不動で目が点になっている。
「華蓮? なに、どうしたの?」
鈴音が華蓮の顔の前で、手を振る。
そこでようやく、華蓮の目に光が戻った。
唾を飲み込む声が聞こえたかと思うと、小さく、口が「は」という形になっていく。
そして、ようやく声が漏れた。
「はああああああああ~~~~~~~~~????????」
「うわ、ビックリした」
「どういうテンション?」
突然、頓狂な声を上げた華蓮に、ふたりして動揺する。
けれど、華蓮自身は全く気にせずに、こちらに詰め寄ってきた。
「え、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って、え、え、え?????」
「うわ、なになになになに」
「こんな華蓮さん初めて見た」
ぐいぐいと鈴音の肩を掴む華蓮に、今度は鈴音のほうが目を白黒させている。
小太郎としても、普段は冷めている華蓮ばかり見ているので、その変化に驚くばかり。
さらに、華蓮は白い頬を紅潮させていた。
目を潤ませ、眉をきゅっと下げながら、両手をワキワキと動かす。
そのまま、動揺した声を吐き出した。
「な、な、なに、あのかわいい子は……ッ⁉ め、めちゃくちゃ可愛すぎない……⁉」
「お、おお……?」
いつもどおりに見えて、その実、普段と全く違う華蓮の様子に面喰らう。
かわいい子を見つけるや否や、唾を付けたがるのは華蓮の悪癖。
それでも、「え、あの子めちゃくちゃかわいい。紹介してよ」「ちょっと声掛けてこよっかな」「いい、もう自分で口説く」といった感じで、基本的にクールな少女だ。
こんなふうに、顔を真っ赤にして、どうしたらいいかわからない! とばかりに、手と足を無意味に動かすところは見たことがなかった。
今まで何度も恋を楽しんできただろうに、初恋に直面したかのようだ。
「な、なんなのあの子! めちゃくちゃかわいい……ッ! 見た目も、声も、しゃべり方も、雰囲気も、可愛すぎない……⁉ うそ、あんな子うちの学校にいたの⁉ し、知らなかった……? こ、このあたしが……っ⁉」
動揺したまま、無意味に髪を撫で、足をバタバタさせ、視線を行ったり来たりしている。
中学からの長い付き合いである鈴音は、友人の変貌にぽかんとしていた。




