第25話
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「柚乃? なに?」
「彼女ができそうなんだって~?」
「…………………………」
一花と、デートの下見を終えたあと。
自宅に帰ってきた小太郎は、やることもないので勉強をしていた。
別に勉強が好きなわけではなく、成績がいいと鈴音に、「小太郎、ちゃんと勉強してて偉いじゃ~ん」と褒められるからだ。
せっせと問題を解いているうちに夕方になり、パジャマ姿の妹がにゅっと顔を出したので、てっきり晩御飯かと思ったのだが。
朝と服装が変わっていないから、今日はずっとパジャマでゴロゴロしていたようだ。
ため息を吐きそうになりながら、情報源だろう彼女の名前を出す。
「すずから聞いたの?」
「そうそう。すずねえ、わざわざうちに来て楽しそうに話してたよ。小太郎についに春が来たかも! って嬉しそうだった」
「柚乃はどう思う?」
「んなわけなくない? すずねえの勘違いでしょ、って思いながら黙ってた」
「言ってよ」
「わたし、お兄ちゃんには早くすずねえ諦めてほしいし」
身内らしく、なんとも自分本位なことを言ってくる。
今度こそため息を吐いてから、もう帰ってよ、と手でジェスチャーをする。
それでも、柚乃は口を開き続けた。
「もういいんじゃない? すずねえは望み薄なんだし、本当に彼女作っちゃえば? お兄ちゃんなら、いくらでも作れるでしょ」
今まで幾度となく繰り返されたことを、またも言われる。
そのたびに、「なんでそういうこと言うの?」と軽く傷ついていたのだが、今日の小太郎は余裕だ。
この状況こそがある意味、前進と言えるから。
それを作り出した頼れる味方が、小太郎にはついているのだ。
「ふん。言っていればいいさ。今の俺には、ブレインがいるんだからな」
「ブレイン? こんな難問に挑戦する人がいるの? めっちゃ頭いいのか悪いのかどっち?」
「なんでそういうこと言うの?」
これ以上、妹と話しているとくじけそうだ。
はよ帰りなさい、と追い払おうとしたが、それでも柚乃は兄の部屋に居座り続けていた。
そして、翌々日の月曜日。
小太郎はいつものように鈴音の家に行き(今回はちゃんと着替え終わっていた)、お弁当をもらい、ふたり並んで登校する。
すると早速、鈴音はこちらに身体を寄せてきた。
にまぁ~っとした顔で肩をくっつけてくるものだから、小太郎としては愛しくて堪らない。
だが、その話の内容はとても歓迎できるものではなかった。
「それで? 聴かせてよ。あの子とは、どういう関係なの? もう告白した?」
まだ鈴音は、一花との関係を勘違いしている。
一花と相談した結果、ここで取れる選択肢はふたつ。
このまま誤解をしてもらい、鈴音に小太郎との関係を改めて意識してもらう。
ちゃんと誤解を解いて、また別の方法で恋仲になる策を練っていく。
前者は有効なのでは、という話にはなった。
しかし、それで気を遣われて鈴音と距離ができたら元も子もないし、好きな人相手に誤解され続けるのも耐えられない。
なので小太郎は、素直に誤解を解くことにした。
「そんなんじゃない。本当に。ただ最近、ちょっと仲良くしてるだけの友達。文芸部が気になってるのも本当」
「ふうん? ま、小太郎がそう言うのなら? 信じるけど? でも、協力してほしかったら、いつでも言ってね」
全然信じている感じじゃない表情で、鈴音は肩を小突いてくる。
ここで殊更に否定したところで、照れ隠しだと思われるだけだ。
まぁ実際に一花とはそういう関係ではないので、いずれ伝わるだろう。
今はもういいか、と流すことにした。
それでも、鈴音のほうが一花に興味津々らしい。
今まで散々、「彼女作らないの?」「紹介してあげようか?」と言われても靡かなかった小太郎が、初めて仲良くなったと言っていい異性だ。
鈴音としても気になるようだった。
「あの子、いい人そうだったよねぇ。綾瀬さん、だっけ。あたしも仲良くなりたいなぁ」
「実際、いい人だよ。なんなら紹介するよ。すずと波長合いそうだし」
「紹介だってぇ」
きゃっきゃとはしゃぐ鈴音に、小太郎はげんなりしてくる。
やっぱり、ちゃんと言ったほうがいいのかなあ。
電車に乗っても一花の話は続き、小太郎が対応に迷っていると、そこに第三者の声が介入した。
「おはよ~。何の話をしてんの」
駅を歩いている最中、小太郎と鈴音の間に入り、肩を組んでくる少女。
こんなことをしてくるのは、伊達華蓮くらいしかいない。
背丈の高い鈴音よりもさらに上背があり、さらさらの髪と端正な横顔を晒している。今日もやけに格好よかった。
この顔を見ていると、声を掛けられた女生徒が恋に落ちるのもしょうがない、と思う。
もう少し節度を持ってほしい、と友人としては思うけれど。
肩を組まれ、くすぐったそうにしている鈴音が、笑いながら答える。
「こたに、好きな人ができたかもって話」
「は?」
何言ってんだこいつ、という顔をする華蓮。
小太郎の気持ちを知っている華蓮からすれば、その反応は当然だった。
今度は小太郎に、何言ってんだこいつ、という顔を向けてくる。
小太郎は肩を竦めることしかできない。
それである程度伝わったらしく、華蓮は気の毒そうな顔になった。
それでも、華蓮は鈴音に問いかける。
「何の話? なんかあったの?」
「昨日ね、小太郎が女の子とデートしてるのを見ちゃったの。相手は、文芸部の子なんだって」
「文芸部……? あ。あぁ~……」
華蓮は得心がいった、とばかりに声を上げる。
華蓮は小太郎とともにあの手紙を見ているし、翌日、その話をおおまかだが伝えてあった。
どうやら華蓮は新しい女の子を引っかけることに成功したらしく、スマホを見ながら、「酔狂なことをする奴もいるもんだなぁ」とあまり興味なさそうにしていたが。
だが、華蓮の意外な反応に、鈴音は目をぱちぱちさせる。
「なに、華蓮知ってたの?」
「知ってる、ってほどじゃないけど。まぁ多少聞いたってくらい。そんな詳しくない」
「そうなんだ。えぇ、こたろー。華蓮には相談してたんだ?」
やっぱり、あたしに知られるのは恥ずかしかったの~? なんて肩を叩いてくる鈴音に、なんとも微妙な表情になる小太郎と華蓮。
「別にその子はそういうんじゃないと思うけど……、あぁ、まぁいいや」
華蓮は途中まで釈明しようとしていたが、途中で打ち切ってしまった。
説明したところで無駄そうだ、と思ったのかもしれない。
正解。
今、鈴音は弟に初めて出てきた浮いた話に、とにかくはしゃいでいる。
華蓮はそんな鈴音を放っておいて、女の子のほうに注目した。
「鈴音、その子と会ったんでしょ? かわいい?」
「かわいいかわいい。真面目で素朴そうな子で、そんで小柄でね。なんかこう、小動物? って感じの子。あ、こたろーってこういう子がタイプなんだ! って思っちゃった。ちょっとしか話してないけど、あれはいい子だね」
鈴音は顎に手を当てて、ふんふんと頷いている。
俺のタイプはあなたですよ、と言いたくなるのを堪えながら、小太郎は「まぁいい人だけどさ」と続けることしかできない。
華蓮は鈴音の評価を聞くと、興味深そうに「ふうん?」と呟いた。
「そういうことなら、あたしも会ってみたいなぁ」
「華蓮さんには会わせない」
「華蓮は会っちゃダメ」
「なぁんだよぉそれぇ」
舌なめずりでもしそうな華蓮に、ふたりして拒絶する。
かわいい女の子と見るや、だれかれ構わずちょっかい掛ける華蓮を、無垢な一花に会わせるわけにはいかない。
教育に悪い。
割と本気で「会わせたくない」と思っているのが伝わったのか、「じゃあもういいよ、別にぃ」と華蓮は唇を尖らせていた。




