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鈍感彼女が振り向かない!~隣の家に住む幼馴染が、距離が近すぎて俺を全く意識してくれない~  作者: 西織


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第24話

 一花の頭の中に電流が走った。


 聞いたことがある。男性が奢るか奢らないか論争。ネットでもよく話題になるやつだ。男は女に奢って当然じゃない? だって、女の子は自分にお金を掛けてるんだから。自分に奢ってもらう価値がある、って考えてるのが傲慢。そんな奴に奢りたくない。奢られるのは借り作るみたいで嫌。え~、やっぱり男には出してほしい~。いくらでいいよ、って言われるの本当むかつく。それなら割り勘のほうがいい。


 一花が聞いたことあるフレーズが、頭の中を奔走していく。

 一花だって、女の子だ。特に恋愛作品が大好きな。男性が女性に奢ることがあるのも、知識では知っている。


 もし彼氏ができたら、ご馳走してもらうこともあるのかなあ、なんて考えたことはある。

 でも、学生同士だったら割り勘が普通なんじゃ? そもそもお金を出してもらうほど、自分に価値があるとは思ってないし……、うんぬんかんぬんうんぬんかんぬん。

 だけどそんなこと、随分先の話だと思っていた。


 こんな、こんな突然やってくるの⁉

 一花がフリーズしている間に、小太郎は財布を取り出している。

 慌てて、一花は小太郎にすがりついた。

 普段は肩が触れ合いそうになるだけでビクッとなるのに、今はそれどころではない。


「いや、あの、だめです、は、はらいます、そんな、そんなそんなそんな、そんな、もうしわけないですっ! そんな、そんな!」

「綾瀬さん、そんなしか言ってないじゃん。いや、ここは払わせてくれない? さすがにさ、綾瀬さんの休日をもらってるわけだから。申し訳なさすぎるって。いくら取材って言っても。俺のわがままで申し訳ないんだけど、ここは払わせて」


 小太郎が気の抜けた笑みを浮かべて、さっさとお札を取り出している。

 一花は、パタパタと手を動かすばかりで、どうしていいか本気でわからない。


 こ、これどっち? 遠慮して言ってる? それとも、本心? いや、ここは払います、って毅然とした態度を取ったほうがいい? いやでも、わがままって言ってる……、それ自体が遠慮? ここで払ってもらったら、「なんだよ、がめつい女だなあ」って思われる? それはやだ。で、でも財布は出してるし……。いや、ここで意固地になって払っても、それはそれで……? な、なんか奢ってもらうほうが可愛げのある女だって聞いたことある! 素直にご馳走してもらったほうがいい? いやもうわかんないよぉ~~~~~~~~~~~~~!


 散々悩んだ挙句、結局、一花は小太郎に支払ってもらうことになった。

 頭をフル回転して気疲れしたし、とにかく申し訳なさでいっぱいになる。

 奢ってもらってラッキー、とか嬉しい~、とかいう感情は、小太郎には申し訳ないが、なかった。


「これなら自分で払うほうが、気が楽」と思う人の気持ちが、正直わかってしまう。


 結局、どうするのが正しかったんだろう……。

 ぐらぐら頭を揺らしながら店を出ると、小太郎は振り返ってぐっと腕を持ち上げた。


「……綾瀬パイセン。今の、どうだった? スマートに払えた?」

「え……?」

「なんかよく言うでしょ。男が払うとき、どれだけさりげなく払えるかが肝だって。いや、俺、女の子とご飯食べるのも初めてだからさ、練習したくて。いやぁ、めっちゃ緊張したよ」


 小太郎は頭を掻きながら、「上手くできてた? どうだった?」と笑っている。 

 その姿に、ようやく肩の力が抜けた。

 一花はご馳走されるのも初めてだったが、彼も奢るのは初めてだったらしい。


 初めて同士の攻防だったこと、かつ彼も緊張していたのがわかって、なんだかほっとする。さらに気持ちをあけっぴろげに言うところが、なんとも彼らしかった。

 これはデートの下見。

 予行練習。

 そういう意味では、とにかく彼が挑戦したのは、今回の目的に沿っているように思えた。

 一花はほ~……、っと息を吐きながら、正直な気持ちを告げる。


「初めてとは思えないくらい、とってもスマートだったと思います……。でも、すみません。わたし、パニクっちゃって……。ちゃんと見られてないかもしれないです……。わたしもご馳走されるの、初めてで……」

「綾瀬さん、今までで一番動揺してたもんなぁ。申し訳なかったよ。あらかじめ言えばよかったなって、後悔した。でも綾瀬さん、そうするとお金出させてくれなさそうだし」

「それは……、そうかもしれません……」


 もしテーブルで「俺が出すよ」って言われたら、一花は頑なに払うと拒んだだろう。

 だって、申し訳なさすぎる。

 ご飯をご馳走してもらうほどの価値が、自分にあると思えなかった。

 それでも身を引いたのは、レジ前で問答していてはほかの人に迷惑だ、という気持ちがあったから。

 それを聞いて、小太郎は笑う。


「でもまぁ、俺のわがままだから本当に遠慮しないで。やっぱ休み潰して付き合ってもらってるし、これぐらいさせてほしくて……。それに俺、バイトしてたからお金あるし。だから本当に気にしないで。これは気を遣ってるとかじゃなくて、本当に」

「は、い……。ありがとうございます……」


 小太郎があまりに自然体でそう言うものだから、とにかくお礼を返す。

 でもやっぱり、気持ちは晴れなかった。

 だって、小太郎といっしょに遊べるだけで、一花は嬉しくて堪らなかった。

 一花にとって本当にいい一日になったし、裏でいろんなことを画策していたのだから。


「でも……、わたしも取材として来てるわけですし……。今日はすごく楽しかったので、出してもらうのはやっぱり申し訳ないです……」


 ぽろり、と本音をこぼしてしまう。

 楽しかった。 

 あぁそうだ、文句なく今日は楽しかった。 

 休日に好きな人といっしょに買い物して、ご飯を食べているのだ。楽しくないわけがない。


 一花ばかりが得しているのではないか、と思えてならなかった。

 けれど、小太郎はニッと笑って答える。


「俺もすごく楽しかったよ。途中ですずと会ったのは予想外だったけど。普段は休みの日なんて、特にやることないし。今日は来てくれてありがとね、綾瀬さん。いい休日になった」

「――――――」


 その笑顔と、「楽しかった」という言葉が一花の心を温める。

 きゅっと切なくなりながらも、全身を包むふわふわとした幸福感。

 それについ、気の抜けた笑顔を受かベてしまう。

 でも、あんまり喜んでいると、恋心が見つかってしまいそうで。

 一花はそっと話題を戻した。


「夏目くん、人にご馳走したのが初めてだなんて、ちょっと意外でした。春野さんとご飯を食べに行ったら、夏目くんは出したがりそうですけど」

「そもそも、すずとふたりでご飯に行くことがないしなぁ。大体あったとして、すずが俺にお金を出させてくれると思う?」

「あ~……」


 もし、一花と兄がいっしょにご飯を食べに行ったとして。

 一花が「わたしが出すよ」と財布を出したら、「意味わからん」と一蹴されて終わりだろう。

 本当に姉弟みたいな間柄だ。

 先は長いなあ、と密かに一花は笑う。

 その遠い道のりは、一花にとって望むものであったけれど。

 先輩たちに、ご馳走してもらったお礼はどうすればいいか、あとで訊いてみよう……。そう思いながら、一花は小太郎の隣にそっと並んだ。


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