第23話
「春野さんが、『わたし、実は小太郎のことが好きだったんだ……!』と気付いたところで、夏目くんの彼女は、実は恋人でもなんでもなかった! ただの春野さんの勘違い! と披露します! そうなればあとは、好き同士のふたりが付き合ってハッピーエンドです……!」
「おお……っ! な、なんという筋書き……!」
思わず興に乗って力説したところで、小太郎が拍手せんばかりに興奮している。
ここがお店でなければ、スタンディングオベーションをしていたかもしれない。
キラキラした目には、尊敬の色が滲んでいる。
「さすが綾瀬パイセン……。恋愛のすべてを掌握してしまった女……」
「い、いぇへへへ……。ぜ、全部妄想ですけど……」
素直に褒めてくれるものだから、恥ずかしくなって頭を掻いてしまう。
一花に恋愛経験はないものの、それでも小太郎がアドバイスを納得して聞いてくれるのだったら、それでいいと思う。
彼が信頼してくれるのは、純粋に嬉しかった。
だからこそ、ここから踏み越えるのは、少しばかり躊躇う。
これ以上は、言わなくていいかな……?
そんなふうに躊躇していると、脳裏に先輩たちの姿が浮かんだ。
彼女たちに背中を押されて、こうして好きな男子とふたりで休日に出掛けている。
周りから釣り合っていないと笑われたものの、こうして向かい合ってお昼ご飯を食べているのだ。
それは、勇気を振り絞ったおかげ。
決して正攻法では周りに勝てないから、からめ手と勇気と先輩のおかげで、ここまで来た。
なら、それを貫かなければ、どこかで絶対に止まってしまう。
だから一花は、清水の舞台から飛び降りるつもりで口を開いた。
「そ、それで、ですね。もし、よければ……、なんですけど……。わ、わたしが偽物の彼女役、やりましょうか……?」
「偽物の彼女?」
小太郎はきょとんとした顔で、見返してくる。
オウム返しされて恥ずかしさが加速し、一花は思わずわたわたと説明した。
「さ、さっきも言ったとおり、夏目くんに彼女ができれば、春野さんの中で意識が変わると思うんです。だ、だれかと付き合っているところを見せるのは、決して悪い策ではないです。ですが、本当の恋人を作るわけにはいかないですよね……。な、なので、に、偽物の彼女として、どうでしょうか……?」
話しているうちに、「何を言っているんだろう」と猛烈に恥ずかしくなり、顔を伏せてしまう。けれど、ぼそぼそとした声ながらも、それでも伝えたくて最後まで言い切った。
偽物の彼女。
これもまた、恋愛漫画ではよくある展開。
ストーカーから守るためでもいい。周りを欺くためのカムフラージュでもいい。
偽物の恋人関係を演じるのは、恋愛作品ではよくあることだった。
そして、偽物から本物に転じることも、ごくごくありふれている。
最初は偽物だったとしても、そう接しているうちに本物に成り代わるのは、人の気持ちとして自然な流れだ。
いくら、自分に自信がない一花でも、「偽物の彼女でもいいから、恋人関係になりたい」なんて思っているわけではない。
これは、本物に成るための前段階。
そして、明確に彼を騙す行為でもあった。
そのせいで、胸がちくちくと痛む。
けれど、正攻法であの春野鈴音に勝てるとは思えないし、夏目小太郎が自分になびくとも思えない。
一花は自分に自信がないなりに、勝てる道筋を辿ろうとしていた。
だからこそ、ぎゅっと手に汗を握ってしまう。
もしここで、小太郎が「本当に? いいの? ありがとう、綾瀬さん!」と答えれば、一花は一時的に小太郎の恋人になる。
そうなれば、ふたりの関係は一気に進展する。
逆に、小太郎が訝しんで一花の恋心――、というより下心に気付けば、この関係は終わりだ。
結論を急ぎすぎだ、と思わないでもない。
だが、小太郎と鈴音がいつまで経っても前に進まないうちに、鈴音はだれよりも早く前に出る必要があった。
果たして、結果は。
「綾瀬さんが、偽物の恋人……?」
小太郎はそう呟き、持っていたスプーンを皿に戻した。
そして、ゆっくりと首を振る。
「いやいや、綾瀬さん。それはダメだよ。そんなことしちゃダメ」
「……っ」
真っ向からの否定は、暗い穴に落ちていくようだった。
やんわりと断られるわけではなく、明確な拒絶だった。
今まで浮かれていたのがバカみたいに、ずうんと全身が重くなる。
けれど、小太郎は意外な言葉を続けた。
「偽物の恋人なんて、綾瀬さんにとっては絶対よくないことだよ。ダメだよ、そんな自分を安く見積もっちゃ。もっと自分を大切にしてください。綾瀬さんは素敵な女の子なんだから」
「え、あ、う、は、い……」
怒られてしまった。
しかも素敵な女の子、とまで言ってもらって……。
自分をもっと大切にしろ、なんて本当に言われるんだなぁ……。
思わず、カァっと照れてしまう。謙遜すらできない。
真っ赤な顔で、たじたじと声にならない声を漏らすばかり。
まさか、好きな人にこんなことまで言ってもらえるなんて……。
もじもじとしながら彼の言葉を反芻していると、小太郎は再びスプーンを持ち上げた。
「それに、その作戦ってすずが俺に好意を持ってること前提じゃない? 隠れた気持ちがないと成り立たない。そうじゃなかったら、普通に『おめでとう!』って言われて、関係が薄くなって、ただただ偽物の恋人が残るだけにならない?」
「あ、まぁ……、そうですね、はい……」
思ったよりも冷静に、問題点を指摘されてしまう。
彼の言うとおり、鈴音が本当になんとも思っていなかったら、この作戦は全く意味がない。
一花としてはむしろ、その『偽物の恋人関係だけが残る』という状況が理想だったのだが、やはりそう簡単にはいかないらしい。
一旦、仕切り直し。
ならば今は目下の問題である、鈴音の誤解。彼女の誤解を解くための方法を、あーだこーだと話し合っていた。
そして、食後のドリンクも飲み終えたころ。
「そろそろ出よっか」
と彼が提案する。
あ、はい、と返事し、一花が帰る支度をしていると、「今の、恋人同士っぽいやりとりだなぁ」なんて考えて、にやにやしそうになってしまう。
そのまま、ふたりでレジに向かった。
一花が自分のお会計を頭の中で計算して、財布の中を覗き込んでいると。
「あ、いいよ。ここは。俺が出すから。付き合ってもらったんだし、これくらい」
小太郎にさらりと言われて、一花は固まってしまった。
いいよ。ここは。
おれがだす。これくらい。
おおおおおおおおおおお、奢ってもらうやつだ!
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