第21話
慌てて、言葉を返した。
「いや、いやいやいやいや。綾瀬さんは彼女じゃない。そういうのじゃないって!」
「え、そうなの? あぁそっか、それなら先を越されたって焦んないもんね。でも、今日はデートなんでしょ? ふたりきりで買い物に行くなんて、よっぽど親しいわけだし。今から特別な関係になる予定ってこと?」
先ほど、小太郎が口にした理屈がそのまま跳ね返っている!
違うんだよ、鈴音とデートがしたいから、その下見に付き合ってもらってるだけ! 鈴音を恋人にしたくて、一花はその協力をしてくれてるの!
事実としてはそうだが、もちろん言えるはずもない。
まごまごと小太郎が困っていると、「あのあのあのっ!」と後ろから声を掛けられた。
一花が慌てた様子で、手をパタパタ振りながら口を開く。
「な、夏目くんはわたしの取材に付き合ってくれてるんですっ! わたし、文芸部で……! 小説を書くために、取材中で! 男女で買い物をするシーンを書きたくて、それを手伝ってくれてるんです……っ!」
たどたどしいながらも、一花は誤解を解いてくれようとしている。
ギリギリで、本当のことしか言っていない。
だが、それゆえに説得力に欠けてしまっていた。
案の定、鈴音は「取材?」と首を傾げ、小太郎に顔を向ける。
「なんで、こたが文芸部の取材を手伝ってるの?」
「あ、あ~……。さ、最近文芸部に入るか悩んでて……。それでちょっと、綾瀬さんに相談してて……。その流れで、手伝うことになった、っていうか……」
訝しげな鈴音の視線に晒されながら、しどろもどろで適当にでっちあげる。
一花はふんふんと力強く頷いていたが、付き合いの長い鈴音は騙されない。
「文芸部~……? 小太郎が~……? 今まで、本なんてぜんぜん読んでこなかったのに~……?」
「さ、最近興味が出たんだよ……。いろいろと面白い小説が部室に揃ってるらしくて、気になってて……」
ぐぐっと身体を近付けてくる鈴音から、そっと視線を逸らす。
幼馴染ゆえの距離感の近さ、すぐそばに彼女の顔があるのは、普段なら嬉しい。
しかし、ジトっとした目を向ける鈴音に、小太郎は必死で表情を取り繕うことしかできなかった。
小太郎があまり本を読まないことを当然鈴音は知っているし、いきなり文芸部なんておかしすぎる。
つぎはぎだらけの嘘だったが、そこで鈴音はにま~っと笑った。
珍しい表情はとっても可愛かったが、なんとも不穏な空気を感じる。
鈴音は再び一花に「ちょっとごめんね」と詫びて、ぐいっと腕を引っ張ってきた。
一花から離れたあと、耳元に顔を寄せてくる。
頬が触れ合いそうな距離の中、鈴音はにやにやしながら囁いてきた。
「わかった。こたろー、あの子が気になってるんでしょ。だから、文芸部に入ろうか迷っているんじゃない?」
「ちっ……、違うってっ……!」
そ、そうきたかぁ……っ!
誤解に辻褄が合い始めている……!
確かにこの状況では、小太郎が一花とお近づきになりたい、と思って行動しているように見える。
急に読書に目覚めた、という嘘よりも、よっぽど説得力がある。
思わぬ誤解に慌てて否定しようとするも、鈴音は嬉しそうに小太郎の肩を叩いた。
「いいじゃん。小太郎にも春が来たね。あたしにできることがあるなら、何でも言って。協力するよ。頑張りなよ~」
「だ、だから違うんだって!」
「照れなくていいのにぃ~。こたろー、意外とかわいいところあるよねぇ」
いやらしい笑みをニマニマ浮かべながら、鈴音は小太郎の身体をペタペタ触ってくる。
そりゃ姉の立場からすれば、弟の色恋沙汰は面白いだろうよ!
けれど、小太郎からすれば全く笑えない。
必死に否定しても、ただの照れ隠しだと思われてしまう。
どうすればいい……⁉ と悩んでいる間に、「あっ」と鈴音が声を上げた。腕時計を見下ろす。昔、小太郎が誕生日プレゼントであげたものだ。
「ごめん、部活行かなきゃ。うっかり話し込んじゃった。それじゃあね、小太郎っ」
「あ、ちょっと待って……っ!」
鈴音はさっさと小太郎から身体を離し、小走りで一花に近付く。
「綾瀬さん、小太郎と仲良くしてあげてね! またどこかで話そっ」
一花に爽やかにそう告げて、鈴音はたったか走り去ってしまった。
嵐が去っていき、小太郎と一花は呆然と見送ることしかできない。
店内に迷子を知らせるアナウンスが流れ、ふたりの耳にはやけに大きく聞こえていた。




