第20話
「あ、あれ? ヤバい、見失しなったかも……っ! ごめん、綾瀬さん、ちょっと急ごうっ」
「は、はい……っ!」
バタバタと店から飛び出し、通路で周りを見渡す。
だが、彼らの姿はどこにもなかった。
「ヤバい……。どうしよう。このままじゃ帰れないよ、俺……」
「ど、どうしましょう……。あ、春野さんに電話して、スマホを鳴らすとかどうですか……?」
「そ、それだ……っ、さすが綾瀬パイセン……っ。スマホ出すからちょっと待って……」
「……あのあのあのあの。夏目くん、わたし普段からこういうことやってるわけじゃないですからね。そういう小説を読んだことあるだけで……」
「いや、提案したアイディアに不安を覚えなくていいよ……、わかってるからさ……」
そんな話をしながら、バタバタとスマホを取り出そうとしたところで。
ぽん、と肩を叩かれた。
「さっきから、な~にを騒いでるの、君たちは」
「うわあ!」
探し求めていた人の声が耳に届き、すぐさま振り返る。
そこには、呆れ顔で立っている鈴音の姿があった。
腰に手を当てて、ジトっとした目で小太郎を見ている。
はあ、とため息を吐いて、周りに視線を向けた。
「も~。さっきから聞き覚えある声が聞こえるな~、と思ってたら、小太郎がいるんだもん。びっくりしたよ。あのね、お店ではしゃがない。迷惑でしょ」
「あ、あぁ、うん、ごめんなさい……」
お姉ちゃんらしく、子供相手にするように注意されて、さすがにばつが悪くなる。
どうやら、小太郎たちの存在にとっくに気付いていたらしい。
しかしそうなると、小太郎は糾弾せずにはいられなかった。
「そ、それよりっ! すず、さっきの人はなんなんだ……⁉ か、彼氏? 彼氏か……⁉」
真実を知るのが怖いと思いつつも、確かめずにはいられない。
心臓が嫌な昂ぶりを見せる中、鈴音は平然と答えた。
「違う違う。部活の先輩だよ。先輩の買い物に付き合ってただけ」
「そ、それにしては、随分と楽しそうだったけど……? 俺、すずがあんな顔で笑ってるところ、初めて見たんだけど……」
「え、そお? あ~、それは、ほら。先輩だもん。愛想笑いくらいするよ。あたしだって、外面はあるんだから。当たり前じゃない?」
けろっとした様子で答える鈴音に、小太郎は黙るしかない。
だれだって家族とそれ以外では、表情は変わる。小太郎だってそうだ。
そこは納得したものの、疑問は残る。
「で、でも。ふたりで買い物に行くくらいなんだから、親しいんじゃないの……?」
問題は、そこだった。
男女ふたりで買い物、つまりデェトである。
ふたりきりで買い物に行くくらいなのだから、少なくとも互いに憎からず思っているだろう。
その事実だけで、小太郎は身体がバラバラになってしまいそうだ。
けれど、鈴音は笑いながら手を振った。
「違う違う。仲いいのは、あたしと、あの先輩の彼女。彼女に誕生日プレゼントを贈りたいから付き合ってくれ、って呼ばれたんだよ。部活行く前にね。そう言われたら断れないでしょ」
あっけらかんと答える彼女は、本当にいつもの鈴音だった。
嘘を吐いているようにも、ごまかしているようにも見えない。
恋人のプレゼント選びということなら、あの男が鈴音と関係を発展させることもないだろう。
「そ、そうか……。そうだったのか……、そうかぁ……」
はぁ~……、と安堵のため息を吐いてしまう。
すべては早合点だったことがわかり、心から安心した。
鈴音たちが制服姿だったことも、納得だ。
確かに先輩から頼まれたら断りにくいし、部活前ならまぁいいか、と思えるかもしれない。彼女のほうと仲がいいのなら、余計に。
ただ、そこで小太郎ははっとする。
小太郎は誤解だと知って、これ以上ないほど安堵してしまった。
鈴音は当然、そのリアクションを目の前で見ている。
彼女は片眉を上げて、小太郎の顔をしげしげと観察していた。
「なに? こた、あたしが彼氏作ったんじゃないか、ってそんなに心配してたの?」
その質問に、身体が硬直する。
つい素直に反応してしまったが、こんなの「彼女に気がある」と宣言しているようなものだ。
この恋心は、知られていいものではない。
小太郎がなんと言い訳するか頭を必死に回転させていると、鈴音は笑った。
小太郎の胸をぽん、と小突いて、愉快そうに頬を緩める。
「そんなに、先を越された~! って焦っちゃったの? 先にあたしが彼氏作ったら、そりゃショックかもしれないけど。そんなに~? 案外、小太郎って変なところでプライドあるよね。だったら、さっさと作ればいいのにぃ」
「……………………」
けらけら笑いながら、からかうようなことを口にする鈴音。
バレなかったことは純粋に喜ばしいが、ここまで相手にされないと、やはり複雑な気持ちになってしまう……。
確かに、弟が「姉ちゃん、彼氏できたの⁉」と焦っている姿を見ても、「こいつ、あたしのこと好きなんじゃ?」と思う姉はいないだろうが……。
まぁでも、勝手に納得してくれたなら、いいか……、と小太郎が胸を撫で下ろしていると。
危機は去っていなかったことに気が付く。
鈴音の視線が、所在なさげにしていた一花のほうに向かったのだ。
鈴音は小さく咳払いをしてから、「こんにちは。ええと、確か二組の人よね? 話したことはないけど……」と一花に話し掛ける。
一花は慌てて、ぺこっと頭を下げた。
「あ、はい。二組の綾瀬一花といいます」
「あ、ご丁寧に。あたしは、一組の春野鈴音です。小太郎とは幼馴染で。まぁ姉弟みたいなものです」
鈴音はいつもの調子でそう伝え、一花は肩を縮ませていた。
そして、鈴音は小太郎の腕を掴むと、「ちょっとごめんね」と一花に詫びてから、踵を返す。
一花から背中を向けると、鈴音はぐっと顔を近付けてきた。内緒話をするように、手のひらをこちらに向ける。
とても近い距離に好きな人の顔があってドキリとしたが、それよりも心臓に悪いことを鈴音は口にした。
「こたろーのほうこそ、いつの間にって感じだよ。あんなに恋愛に興味ないって言ってたのに、ちゃっかりかわいい彼女作っちゃって。あの子、いい子そうだね。憎いねぇ、この、この」
このこの、に合わせて、鈴音は肘でつついてくる。
その動作が物凄く可愛くて、思わず生返事をしそうになったが、その内容に血の気が引いた。
思わぬ誤解が生じている!




