第2話
「おはよー、こたろー。ごめん、ちょっと待ってて~」
平然とそう口にするのは、間違いなく小太郎の幼馴染だ。
春野鈴音。
中学に入ってから伸ばし始めた髪は、今は肩より下の長さで落ち着いている。くせっ毛のせいで毛先にはウェーブが掛かっており、それが大人っぽさを演出していた。以前は、髪が伸びると同時に大人びていく彼女を見て、ドキドキしたものだった。
瞳は大きく、丸っこいのが彼女の特徴だ。感情をころころと映し出すその瞳は、大きさも相まって吸い込まれそうな魅力を放つ。やけに澄んでいて、長いまつ毛がさらに瞳を飾り立てた。
ちょこんと上を向いた鼻も、ふっくらとした唇も、どれもが成長するごとに色っぽくなる。あどけない少女の顔を残しつつも、徐々に女性へと変わっていった。
子供の頃から整った顔立ちをしていたし、密かに憧れていた男子は多いはず。それが歳を重ねるごとに美しくなり、教室の中にいれば一際輝く。廊下を歩いているだけで、目を奪われる男子は後を絶たなかった。
彼女の綺麗な顔は、今日も健在。
こちらに向ける瞳は相変わらず大きいし、美人だなあ、と改めて思う。
そこまでは、いい。
問題は、顔より下の部分だ。
「やー、ちょっと寝坊しちゃってさ。ごめんね」
鈴音はいつもどおりの口調で、先ほど脱いだだろうパジャマをベッドの上に放っていた。
思いっきり、着替えの最中だった。
上も下も、下着しか身に付けていないので、肌が見える面積が物凄く多い。
細い首も、形のいい鎖骨も、ブラをふっくらと盛り上げる胸の形も、ぺったんこのお腹も、なだらかな曲線を描くくびれも、可愛らしいへそも、大事なところをかろうじて隠すショーツも、肉付きのいい太ももも、ぜんぶ。
ぜんぶ。
みえている。
彼女は発育がいいと思っていたが、ブラをぐっと持ち上げる胸は、結構な大きさだった。平均がどれほどかわからないが、それでも大きいと感じる。可愛らしいピンク色のブラが、窮屈そうにしていた。
同じ色のショーツはぴったりと肌に食い込み、太ももの大きさをより強調している。あまり飾り気のないシンプルなもので、それでもその存在感は凄まじい。
パンツ。
ちょっとした事故でスカートからちらりと見えるだけで、男たちは動揺し、喜びと罪悪感に苛まれる、あのパンツ。
それが、全開で晒されている。
それどころか、好きな子がほぼ裸の状態で目の前に立っていた。
男なら目に焼き付けて、一生物のお宝にしてもおかしくない光景だ。
小太郎だって、こんな状況じゃなければ、「すごいものを観てしまった……!」とドキドキして、夜な夜な思い出してしまうに違いない。
こんな、状況じゃなければ。
はっ、と声を出しそうになって、なんとか堪える。
小太郎は必死で、呆れたような顔を作った。
「……すず。着替えてるなら、外で待ってたのに。声掛けたでしょ、俺。お年頃なんだから、そういうの気にしなよ。もう高校生だよ。あと二ヶ月しないうちに十七歳」
まるで気にしてませんよ、という顔で、小太郎はそんな言葉を発する。
すると、鈴音はけらけらと笑った。
下着姿のままで。
「えぇ。や、別に小太郎に見られてもなんとも思わないし。あたし、今でも小太郎とならいっしょにお風呂入れるよ」
「この歳でいっしょにお風呂入ってたら、さすがにおばちゃんが心配するよ……」
鈴音が普段どおりの態度で接してくるものだから、小太郎も普段どおりに言葉を返す。
ここで、「好きな子の裸を見てしまった……!」というリアクションを取れば、たちまちこの関係は崩壊する。
だから、目の前で好きな女の子が下着姿でうろうろしていても、小太郎は毅然とした態度を必死で保っていた。
しかし、そこで初めて、鈴音の表情が気まずそうなものに変わる。
「あぁ、さすがにあたしの裸を見るのは嫌かな? ごめんね」
「いや、別に気にしないけどさ」
鈴音がどう思っているのかがより伝わり、小太郎は頭を抱えたくなった。
彼女の言葉の端々が、さっきから小太郎の心を抉っていく。
女の子に、「小太郎となら、いっしょにお風呂入れるよ……?」なんて言われたら、本当ならドキドキして鼻血を出してもおかしくない。
けれど今回の場合は、明確に男性として意識されていないことを意味する。
友人から「夏は、風呂上がりの姉が下着姿でうろうろしてるけど、マジでやめてほしい」と嫌そうに言っていたのを聞いたことがある。
家族の裸なんて当然見たいものではないし、相手も見られても気にしない。
彼女の「あたしの裸を見るのは嫌?」という発言も、姉の裸を見るのは気持ち悪いだろう、という意味合いなのだ。
そう。
春野鈴音は、夏目小太郎のことを弟くらいにしか思っていないのである……。
鈴音と小太郎は、幼馴染。
物心ついたときからいっしょにいて、家族同士の仲がいいから、本当の姉弟のように育ってきた。
その結果が、これだ……。
小太郎ばかりが鈴音を女の子として意識していて、鈴音は小太郎を弟としか思っていない……。
「あ、こたろー。スカート取って」
「はいはい……」
小太郎は言われたとおり、ハンガーラックに掛かっていた制服のスカートを手に取る。
基本的に男子とは無縁な、制服のスカート。
色の濃い紺のスカートは、彼女が毎日穿いているもの。
それを手に持っていることにおかしな気分になりそうだったが、今はただ落ち込んだ。
下着姿の鈴音に手渡すと、彼女は「ありがと」と笑って、その場で穿き始めた。
腰に巻き付け、ホックを付けて、きゅきゅっと折り曲げて長さを調整している。
スカートって、こうやって穿くんだなあ。
知らなかったなあ。
「お待たせー。いこっか」




