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第17話

 大きくて白い襟が付いており、それが特にお気に入りだった。

 とってもかわいいし、似合っているとも思うので、これを着ると気分が上がる。

 でも、こうして彼と並んでみると、自分の野暮ったさがより強調されるようだった。


 なんというか、子供っぽい。

 一花は背も低く、顔立ちも幼かった。本や飲み物を入れたいので、大きめのリュックサックを背負っているのも、なんとも田舎臭い。

 そのうえこのワンピースでは、中学生に間違われてもおかしくなかった。


 高校に上がったばかりの頃に母から買ってもらったもので、それでも気に入っていたのだが、デートに着てくる服ではなかったかもしれない。

 彼を前にすると、まるで子供と大人だ。

 なんだかそれがすごく恥ずかしくて、「なんで服を新調しなかったんだろう」と後悔してしまう。

 自分で選んでも、オシャレになれるわけじゃないのに。


 鏡の前では、かわいいと思えていたのに。

 一花が落ち込んでいると、それが伝わってしまったらしい。

 小太郎が首を傾げた。


「? 綾瀬さん、どうかした? もしかして、気分悪い?」

「あ、いえ、そんな。ただ、あの……。夏目さんがとってもオシャレだったので……、ちょっと気後れしてしまって……」


 そんなことをわざわざ口に出すのも恥ずかしかったが、既に一花は打ちのめされていた。

 釣り合っていない、と真っ向から現実を見せられたようで。

 しかし、そこで小太郎が意外な反応を見せた。

 目を見開き、「そうなんだよ!」と声を高くしたのだ。


「これさ、雑誌でめちゃくちゃ推されてたんだよ。女の子が絶対喜ぶ、最高のモテファッション、みたいな感じで。だから俺、バイト代はたいてわざわざ同じブランドを買ったんだよ。このシャツ見て。二万するんだよ。バカじゃない⁉ と思うだろ。俺も思う。だって布だぜ⁉ シャツで二万はバカだろ!」


 羽織っていたシャツを見せながら、そんな予想外なことを伝えてくる。

 確かに、高校生が着るような服の値段ではない。

 彼は腕を組み、納得がいかないとばかりに眉を寄せて、さらに力説した。


「でも、そういうものなのかな、と思って一生懸命揃えたわけ。こんなんにお金出すのバカらしいけど、すずが『小太郎、オシャレじゃ~ん』って言ってくれるかもしれないから。でも、な~んも言ってくれないんだよ。綾瀬さんは気付いてくれたけどさ」

「は、はあ」


 一花からすると十分にオシャレだが、確かに兄が同じような格好をしていても何も言わないかもしれない。


「だから俺、我慢できなくなって、すずに『この服、いくらくらいだと思う?』って聞いたの。そしたら、すずは『ユニクロで三千円しないくらい?』って言ってて! これってこの服が悪いのか、ユニクロの企業努力がすごいのか、どっちだと思う⁉」


 まさか、服を褒めたら小話じみたものが返ってくるとは思わなかった。

 確かに、二万円の服を三千円以下って言われたら、納得いかないかもしれない。

 絶妙に二九九〇円で売っていそうだし。

 小太郎はぷりぷりとしていた。


「だからもう、俺は服にお金かけるのやめたよ。すずが気付かないんじゃ、ブランド物にこだわっても意味ないし。雑誌の真似なら、安い服でもできるから。楽だから、本当は常にジャージがいいくらいなんだけどね。だから俺は服に興味ないけど、綾瀬さんが褒めてくれて嬉しかったし、でもそんなにオシャレじゃないよって言いたかった」


 鼻息荒く話し終えて、小太郎は腰に手を当てる。

 一花は彼をしばらくぽかんと見つめ、ようやく意味が理解できて、肩の力が抜けた。

 思わず、くすくすと笑ってしまう。


「俺はそんなにオシャレじゃない! って小話付きで力説されるとは思いませんでした」

「や、だって誤解されたらまずいと思って。俺の持ってる服で高いのって、これくらいだし」

「そうなんですね……。ふふ、ありがとうございます。なんだか、力が抜けました」


 気後れしてしまったけれど、目の前にいるのは、普段と変わらない小太郎だった。

 一花が困っているときに助けてくれて、「自分はそんな人間じゃないから」とさらけ出す、やさしい彼だ。


「でも、今日はそんないい服を着てきて、いいんですか?」


 気が抜けたこともあって、笑いながら一花はそう言ってしまう。

 すると、せっかく取れた強張りが、再び一花の身体を襲うことになった。


「や、だって女の子とのデートだしさ。俺も少しは気合を入れたほうがいいと思って。せっかく、綾瀬さんが付き合ってくれるんだし」

「………………………………」


 その一言に、身体がカチンと固まってしまう。

 女の子との、デート。

 小太郎は、きちんと一花を女子として扱い、今日はデートであると認識してくれている。

 彼に女の子扱いされていることがじわじわと実感してきて、顔がみるみるうちに赤くなってしまった。


 恥ずかしい。

 顔が見られない。


 何も言えなくなったまま、ただ視線を彼の胸元辺りに固定する。

 すると、さらに小太郎は爆弾を投下してきた。


「綾瀬さん、髪を下ろすとすごく大人っぽくなるね。かわいい。似合ってるよ」


 ――褒めてくれた。

 今日、一花は普段している三つ編みをほどき、長い髪を下ろしている。

 ハッキリ言って、不安でしかなかった。

 わざわざ休日に髪を下ろすなんて、「なんでこいつ、こんな気合入ってんの?」と思われたら、どうしようって。


 それでも、勇気を出してほどいてやってきたのだ。

 少しでも、いい、と思ってもらいたくて。

 それにきちんと触れてくれて、あまつさえ褒めてくれて。

 どうしようもない気持ちでいっぱいになってしまう。

 気持ちが溢れそうになって、少しでも動いたら余計なことを言いそうで、ただ固まることしかできなかった。

 でも。

「え~、なんか釣り合ってなくない?」

「子供じゃん」


 そんな声が背中から聞こえて、冷や水をかけられたようだった。

 露骨に自分に向けられたものだと、振り向かないでもわかった。

 小太郎は、ただ立っているだけで注目を浴びていた。

 そんな彼の待ち合わせ相手が自分みたいな子だったら、そりゃガッカリする。一花は、自分でもそう思う。


 いくら頑張っても、釣り合うとは思っていないけれど。

 でも、そんなことを直接言われるとは思っていなかった。


「さ、綾瀬さん行こう行こう」


 気分が沈みそうになったところで、さりげなく小太郎が肩を押して離れようとする。

 そして、すぐに「そのワンピース、かわいいね。綾瀬さんによく似合ってる。やっぱ似合ってる服を着るのが一番だよなぁ」なんて無邪気な笑みを見せてくれた。

 その気遣いに、ささくれだった心が癒えていく。

 そのあと、真剣に「やっぱり、ユニクロの企業努力はすごいと思う。俺もう全部ユニクロでいいと思うんだよ」なんて言うものだから、笑ってしまった。




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