第16話
一花にとって、一大イベントとなる次の土曜日。
……の、前夜。
一花は自室で、下着姿のままベッドの前で仁王立ちしていた。
一花の部屋はあまり広くはないうえに、大きな本棚が壁際に陣取っているので、より狭く感じる。棚にはぎっしりと本が詰まっていた。
小学校から使っている学習机には、小説を書くためのノートパソコンが置いてある。そのそばには、昔貼ってから剥がせなくなったキャラクターのシールが古ぼけて残っていた。
本棚にクローゼット、そしてベッドがあるせいで、部屋はかなり手狭だ。
華の女子高生らしいものはクローゼットのセーラー服くらいで、「なんでわたしの部屋はこんなに野暮ったいのかなあ」と思うものの、原因が多すぎてどうしようもなかった。
それに、一花自身もとても華やかとは言えない。
姿見に映った、自分の姿はなんだか、とても貧相だ。
中学からほとんど伸びていない背に、大きくて度の強い眼鏡……。髪型を変える勇気がなくて、ずっと固定している三つ編み。
お母さんが買ってくれた下着は子供っぽいが、サイズが変わっていないので新調してもらうのも気が引ける。ほとんど膨らみのない胸を覆うブラは、飾り気のない白。全く日焼けをしていないので、肌も真っ白だ。
高校生と言えば、身体は十分に大人なはず。
それでも、自分ではとても色っぽいとは思えなかった。
背が低く、ちんちくりんな女の子の下着姿。
それを眺めて、ため息を吐いてしまう。
「はあ……。春野さんは、あんなに大人っぽいのにな……」
小太郎の幼馴染である春野鈴音は、同い年とは思えないほどに大人びて見える。
さすがに小太郎と並ぶと小さく見えるが、女性の中では高めの身長、長い髪を揺らす姿、小太郎に引けを取らない垢抜けた顔立ちなど、彼の隣に立っていても遜色がない。
一花が勝っているところなど、せいぜい彼を想う気持ちだけだろう。
ため息を吐いても、今すぐ身体がナイスバディになるわけではない。
仕方がなく、一花は現状の最適解を見つけるべく、ベッドの上に目をやった。
「明日、どれを着て行こう……」
明日は、小太郎と、デデデデデデデデートだ。
世間一般的に、男女がふたりきりで出かけるのであれば、それはデートと言われる。
たとえ、小太郎に「デートの下見である」というていのいい理由付けをしていても。
一花は、男の子とデートをするのは初めてだ。
しかもその相手が、あの夏目小太郎というのだから。
着ていく服にも迷うというもの。
クローゼットをひっくり返し、悩んでいる間に、結局ほとんどの服がベッドの上に並べられていた。
「わたしがどれだけオシャレしても……、夏目くんには釣り合わないだろうけど……」
それでもせめて、精一杯の努力をしたい。
お気に入りの服を並べ、上下を組み合わせ、あぁでもないこうでもない、と下着姿で延々と鏡を見る作業を続け。
「くちゅんっ」
そのせいで、くしゃみが出てしまった。
春先で温かいとはいえ、ずっと下着姿でいれば身体も冷えるというもの。
さすがにこれで風邪をひくのは洒落にならない……、と慌ててパジャマを着込んだ。
結局、最初に取り出した、一番お気に入りの服に決めた。
そのまま、さっさと布団に入る。
明日の待ち合わせは十時。
早めに起きて、頑張ってオシャレして、心の余裕を持って、彼を待つんだ。
ということで、かなり早い時間に布団に入ったものの。
「……眠れない~……」
真っ暗な部屋で、呻くように呟く。
明日は、好きな人とデート。デート。
生まれて初めてのデェト。
楽しみすぎて、ドキドキしすぎて、そわそわしすぎて、不安もあって、全然眠れない。
早く寝たいのに~!
布団を頭からかぶるものの、しばらく一花は布団の中でもぞもぞとしていた。
そして、翌日。
なんとか予定どおりに目を覚まし、バタバタと準備を進めること数時間。
何度も何度も姿見を見るものの、どうあってもいつも以上に綺麗になるわけでもない。
それでも未練がましく、髪をいじっていじって、えいやっと家を出た。
土曜日の名古屋駅は、午前中でも人が多い。
名古屋の待ち合わせの代名詞、金時計にはたくさんの人が行き交っていた。
だだっ広い駅の空間に、堂々とそびえたつ金時計。そのそばにはエスカレーターがあり、この広間は吹き抜けになっている。二階部分にも待ち合わせらしき人たちが、広場を見下ろしていた。
一花はぴったり五分前に、金時計前にやってきた。
実は三十分前から駅には着いていたものの、心を落ち着かせたり、髪を整えているうちに、待ち合わせ時間になっていたのだ。
ドキドキドキ、は~。
心臓がうるさいくらいに高鳴るので、そっと胸に手をやって深呼吸。
そんなことを何度も何度も繰り返している。
そして、五分前だからと金時計前にやってきて、すぐさま目的の人物を見つけた。
金時計前には待ち合わせ目的の人がたくさんいて、いつもは相手を見つけるのに少しだけ苦労する。
でも今日ばかりは、びっくりするほどすんなり見つかった。
それは、小太郎が意中の相手だから、という理由だけではなく。
「あ、綾瀬さん。おはよ~」
てててっ、と一花が近付いていくと、小太郎は笑顔で手を振ってくれた。
眩しい。
その笑顔もそうだけれど、彼はただ立っているだけで様になっていた。
濃いブラウンのTシャツはタックインして、ベルトの存在を強調している。上から薄いグレーのシャツを羽織っていて、それがとても似合っていた。
下は黒のカーゴパンツで、少しダボッと気味。サラっと掛けたショルダーバッグは何も入らなそうなくらい小さくて、オシャレのためのアクセントであることが伝わる。靴もピカピカのドレスシューズを履いていた。
し、シンプルだけど、とってもオシャレだ……。
しかも、どれも値段が張っていそうな生地感……。
小太郎は素材からして、いい。
背は高いし、スラッとしているし、顔立ちも整っている。
そんな彼が真剣にオシャレをして、髪もバッチリ仕上げて、待ち合わせ場所に立っているのだ。
輝いて見えて当然だったし、周りの女性からもチラチラと見られている。
「お、おはようございます……。すみません、お待たせしました……」
ぺこり、と頭を下げる。
既に、一花の心はずうんと重くなっていた。
明らかに、明らかに釣り合っていない……。