第14話
「あれ? 夏目くんって、格好いい? 男の子っぽい? あぁやっぱり男子なんだな――、そんなふうに、ちょっとずつ春野さんには認識を改めてもらいます。自分の隣にいるのは、〝弟〟ではなく、ひとりの男の子である、と意識してもらう――」
そこまでいくと、一花は少しだけ興奮した様子でこちらに手を広げた。
「夏目くんは、とっても格好いい男の子です! 一度、ひとりの男子であることを意識さえすれば、きっと春野さんも恋に落ちるでしょう!」
「おお……!」
なんともすがりたくなる言葉に、小太郎は思わず感嘆の声が出る。
もしそうなら、ここまで外見を磨いた甲斐があったというものだ。
けれど、一花は力強く宣言したことが恥ずかしくなったらしく、そっと目を逸らして三つ編みを撫でた。
「で、ですから、まずはその方向でいってみませんか」
「いいと思う。だけどさ、綾瀬さん。俺だって意識してもらうために、いろいろとやってみたんだよ。それでもぜんぜん効果がなくて」
「……たとえば、どんなことをやったんですか?」
「すずの前で、風呂上がりにパンツ一丁で出たこととか」
小太郎はサッカー部で散々身体を鍛えてきたので、筋肉質だ。裸はそれなりに自信がある。
湯上がりの男性は何割か増しで魅力的に見える――、と雑誌で知ったので、早速試してみたのだ。
「……結果は、どうだったんですか?」
「……『風邪ひくよ~』って言われて終わりだった……」
肩を落としながら、小太郎は答える。
本当になんとも思っていない様子だったし、むしろ呆れていたくらいだ。
よくよく考えれば、互いに下着姿をさらしている関係でもあるのだが、ここまで相手にされないと本当に悲しくなってくる。
一花は額に指を当てて、目を瞑った。
「やっぱり、家族みたいな関係なんですよね。まずは、そこから意識を変える必要があると思います……」
一花は、気を取り直したかのように目を開いた。
「ただ、夏目くんと春野さんはとっても仲がいいですよね。家族として、とはいえ」
「あぁそれは、もう。仲がいいっていうのは、断言できる」
毎朝いっしょに学校に行っているし、互いの家をよく行き来している。
家族ぐるみで出かけることも、ご飯をいっしょに食べることも、高校生になった今でもよくあるくらいだ。
一花はなぜかそこで寂しそうに微笑んだが、眼鏡の位置を直した。
「なら、夏目くん。ここ最近、春野さんとふたりきりで出かけたことってありますか? 登校以外で」
「え? あぁいや、どう、だろ……。ん~……。いや、ないかもしれない……」
どれだけ記憶を掘り起こしても、ふたりきりで出かけたことはほとんどなかった。
毎朝いっしょに学校に行っているせいで、その認識はなかったけれど。
そうか、なかったのか……、意外だな……、と唸っていると、一花は「そこです」と身を乗り出した。
「あんまり、姉弟ふたりきりで出かけることってないと思うんです。わたしもお兄ちゃんがいるのでわかりますが、仲がいいほうだとは言えますけど、ふたりで出かけたことはないです。
姉妹なら、また話は変わってくると思うんですが」
「あ、それはそうかも。柚乃……、うちの妹は、すずとよくいっしょに出掛けてるし」
小太郎が鈴音の弟扱いなら、柚乃も妹扱いでいいと思うが、柚乃と鈴音はたまに姉妹揃って出かけている。
逆に、小太郎は柚乃とふたりで出かけたことはない。
三人での外出はごく稀にあっても、小太郎が姉か妹とふたりで出かけることだけはないのだ。
それを聞いて、一花は深く頷く。
「なので、まずは春野さんとふたりで出かけてみるのはどうでしょうか。〝弟〟とふたりで出かけることはない……、そこで初めて、いろんな気付きがあるかもしれません」
「ふたりで出かける……、かぁ。確かにいいかもしれない。やったことないし」
確かにそれは、新しい一歩かもしれない。
言われるまで気付かなかっただけに、その提案は輝いて見えた。
小太郎としても鈴音といっしょにいられるのは嬉しいし、それで意識が変わってくれたら大成功だ。
小太郎が頭の中で算段を立てていると、一花はその行為に大仰な名前を付けた。
「ふたりで遊びに行けば、きっと新しいなにかが見えると思うんです。だって、男子と女子がふたりきりで出かけるんですから――、それはつまり、デェト、です」
「デデデデデ、デェト⁉」
突然出てきた恋愛っぽい用語に、小太郎は思わず頓狂な声を上げてしまう。
急にカーッと身体が熱くなって、しどろもどろで言葉を返した。
「いや――、いやいやいやいや。そんな、いくらなんでも、デートって言い方は、ちょっとアレじゃないか。ちょっと踏み込みすぎじゃないか。ねぇ」
「やややや、でででででも、男女ふたりきりでお出かけするんですよ、デデデデデデートって言い方が正しいと思うんですけど!」
急に小太郎が動揺したせいか、一花もパニクってスムーズに言葉が出なくなってしまう。
お互いしばらく、赤い顔で両手を意味もなく動かし合っていた。
やがて落ち着いてきて、それはそれでちょっと恥ずかしくなっていたころ、小太郎はじわじわと実感し始める。
デート。
デートか……。
鈴音とデートをしたことは、もちろん今までなかった。
たいていは家族の別のだれかがいるので、あくまで家族同士のお出かけ、という認識が消えたことはない。
これは、本当に意識を変えることができるかもしれない。
小太郎はそっと顔を上げた。
「綾瀬パイセン」
「はい」
「それは――、とてもいい方法かもしれない。ぜひ、実行したいと思う。だけど、ひとつ大きな問題があるんだ」
「――なんでしょうか」
「……名古屋って、デートするような場所なくない?」
「そこなんですよね」
大真面目に、一花は頷く。