第13話
そうして彼女たちが持ってきた計画が、今、一花が実行しているものだ。
小太郎がいつも隣にいる幼馴染、鈴音に恋慕していることは一目瞭然。
けれど、どうやら鈴音のほうが相手にしていないらしい。
フィクションの中でもよくある、意識されていない幼馴染のようだ、と。
つまり、幼馴染の片思い。
恋愛作品が大好きな自分たちが、幾度となく観てきたシチュエーションだった。
だからこそ、付け入る隙がある。
「最初から異性として近付いたら、きっと夏目くんは相手にしないでしょう。でも、良き相談相手になれれば? 叶わぬ恋に協力する友人としてなら、おそらく心を許してくれる」
「そしてたぶん、幼馴染の子は夏目くんを異性として見ることはない。叶わぬ恋に奮闘する間に、相談相手のほうに情が湧いてくる」
「恋の相談をしているうちに、相談相手のほうと恋に落ちてしまうのは、古今東西よくあること。ここまで親身になってくれる子に、俺はいつの間に……、ってやつ」
「「「だから、一花。そのポジションに収まりなさい」」」
三人の先輩は、一生懸命にそう説明してくれた。
女子四人、揃いも揃って恋愛作品は大好きだけど、実際の恋愛は未経験という状況で。
それでも先輩たちは、「女子だけでワイワイしている青春だったけど、めちゃくちゃ楽しかった」と笑いながら卒業していく。
でも、一花にはその道は残っていない。
だからせめて、と別の道を示してくれたのだ。
「……よし」
一花は震えている脚を叱咤し、立ち上がる。
計画の第一歩は上手くいった。
これから小太郎といっしょに、彼の恋路を応援することになる。
ずっと遠かった彼の近くに、一花は踏み出すことができた。
自分の恋愛のために。
「ごめんなさい、夏目くん。わたしは、あなたの恋を心から応援することはできません……」
嘘を吐いたことには、ちくりと胸が痛む。
純粋に嬉しそうにしていた彼に、申し訳ないとも思う。
でも、自分のような地味な女子には、使える手札は限られている。
先輩たちとそれを全力で使っていき、この恋を成就させたい。
先輩たちのためにも。
それに。
それに。
一花の目から見ても――、小太郎の恋が上手くいくとはとても思えなかった。
なら、せめて。
立候補するくらいは許してほしい。
一花が小太郎に抱く恋心も、本物なのだから。
小太郎が、一花という頼もしい存在を味方につけて、翌日。
小太郎は早速、昼休みに文芸部室を訪問していた。
一花は一年生からの習慣で、いつもここでお昼ご飯を食べているそうだ。
なので、小太郎もお邪魔させてもらった。
一花は既に席に着いていて、小太郎が部室に入ると、ぺこっと頭を下げた。
「こんにちは、綾瀬さん」
「こっ……、こんにちは、夏目くん……」
小太郎が来た瞬間、表情に緊張が走りつつも、なんとか挨拶を返してくれる。
おどおどと視線が彷徨っていて、なんとも落ち着かない。
昨日話していてわかったが、彼女はあまり男子に慣れていないようだった。
そんな状況でも協力してくれる人のよさに、改めて心の中で感謝していた。
彼女の机のそばには、牛乳パックとジャムパンがひとつ。
いそいそとジャムパンを袋から取り出す一花に、思わず疑問が付いて出る。
「……綾瀬さん、それで足りるの?」
「? はい」
何かおかしいかな? と言わんばかりに首を傾げる一花。
ジャムパン一個はさすがに燃費がよすぎやしないか。
一花は小さく切り取って、ゆっくりと食べ進めている。その姿は小動物のようで可愛らしいが、お節介にも心配になった。
小太郎は、自分の弁当を見下ろす。
今日も鈴音お手製のお弁当で、それはそれは幸せな気持ちだ。そして、一回り小さいとはいえ、鈴音の弁当もそれなりに大きい。
一花は、鈴音の三分の一も食べてなさそうだ。
まぁ鈴音は食べること自体が好きだし、「ぐえぇ! 太ったぁ!」と頭を抱えていることも多いのだが……。(かわいい)
まぁいいか、と今日もありがたくお弁当を堪能する。
お互いがもそもそと食べ進める中、一花はゆっくりと話し始めた。
「まずですね、おふたりには大きな問題があると思うんです」
「うん。すずが結婚の約束を忘れていることだな?」
「いや、それは知らないですけど……。結婚の約束、したんですか?」
「した」(してない)
「まぁ子供の頃の約束なら、覚えてなくても……。そうじゃなくて、春野さんが夏目くんのことを、恋愛対象として全く意識していないのが問題です」
それは全くもってそのとおり。
反論の余地もなく頷くと、一花は続きの言葉を口にする。
「春野さんと夏目くんは幼馴染。まるで家族のような間柄と聞いています。一度、関係が確定してしまうと、それから恋愛に発展するのは難しい……、とは様々な作品で注目される問題です。夏目くんの場合の『ほとんど家族』は、特に恋愛に進展しづらい関係と言えます」
またもや頷く。
鈴音にとって、小太郎は大きな弟。
基本的に、姉が弟に恋心を抱くことはない。妹がいる小太郎には、それがよく理解できた。
だからこそ、たいていの人はここらで「もう諦めたら?」なんて匙を投げる。
しかし、一花はそこから一歩、話を進めた。
「なので、まずは〝弟〟の立場から脱却しましょう。夏目くんは決して弟ではなく、同い年の男の子であることを春野さんには認識してもらうんです。そのために必要なことは……」
「わかった。愛の告白だな」
「違います」
違った。
一花は初めて呆れたような表情になって、ズレた眼鏡を直す。
「いきなりすぎます。それで断られたら、全部終わっちゃいますよ……。そうじゃなくて、もっとゆっくりいきましょう」
「ゆっくり? 一日一文字ずつ送って、それを揃えるとラブレターになるとか……?」
「変なディアゴスティーニはやめましょうよ……。そうではなくて、徐々に男性であることを意識してもらうんです」
ごほん、と咳払いをして、一花は声色を変える。