第10話
「ですが、わたしには知識があります。それはきっと、役に立つと思います……!」
「でも、それってフィクションの話でしょ……? 実際の恋愛でもいけるかなぁ~……?」
「参考にはなると思いますっ。恋愛作品は、作者の経験を反映させた作品も多いもの……。それに、夏目くんたちのような関係を描き、そして結ばれた作品もあるんです! 確かにフィクションの世界かもしれません。でも、道しるべになると思いませんか……?」
少女は自信がなさそうな表情ながらも、一生懸命にそう言っていた。
胸に手を当てて、きゅっと拳を握って。
必死に、想いを伝えようとしている。
「………………」
小太郎は今まで、一度たりとも『鈴音と結ばれる未来』を指し示されたことはない。
小太郎たちをよく知る人物であればあるほど、「いやぁ、恋人になるのは無理じゃない……? 絶対」と確固たる意志で未来を否定してきた。(やんわりですらない)
それに小太郎が反論しようとも、覆いかぶさった現実はあまりに重い。
小太郎自身もどうすればいいのか、もうわからなかった。
どれだけ格好良くなっても、鈴音は「シュッとしたねえ」と笑うくらいだったし。
ちょっと踏み込んだことをしても、いたずらを見つけたように笑われて。
大体、今朝、下着姿を見たばっかだぞ。
着替え中に遭遇しても、「スカート取って~」って言われるような男に脈あるわけないだろ。
だけど、一花は協力する、と言ってくれている。
それは、初めての経験だった。
「……綾瀬さん」
「? はい」
「俺……、頑張れば、すずといっしょになれると思う……?」
こわごわ尋ねると、一花はきょとんとしていた。
しかし、小太郎の気持ちを察したようで、力強く頷く。
「断言はできません。でも、わたしは協力します。夏目くんが望む、春野さんとの関係のために」
「――――――」
その言葉は、光明のようだった。
唯一頼りになりそうな華蓮からも、「諦めたら?」と突き放され、「何か行動を起こさなくては」と右往左往しているところで。
頑張りましょう、と彼女は手を差し伸べてくれている。
こんなの、握り返すしかなかった。
「よろしくお願いします……ッ!」
気が付けば、小太郎は彼女の手を両手でがっしり握っていた。
一花の手は身体といっしょで小さく、やわらかく、力を込めることを躊躇うほどにか弱い。
その熱を感じていると、一花は見る見るうちに顔を真っ赤にした。
顔から煙でも出そうなくらいに赤くなり、握られた手をまじまじと見ている。目が白黒としていて、唇は引き結ばれていた。
慌てて、小太郎は彼女から手を離す。
「あ、ご、ごめん。急に」
「いいいいいえいえ、あの、わたしこそ、こんな過剰反応して、すみませっ……!」
一花はきゅっと手を引っ込めると、もじもじと俯いてしまった。
もし、鈴音の手を握ったとしても、「あはは、小太郎、手ぇでか~」と笑われるくらいで、絶対にこんなふうに照れてくれない。
なんだかそんな反応が新鮮で、胸がむずむずしてくる。
それから目を逸らすように、小太郎はもうひとつの疑問を口にした。
「えぇと……。でも、綾瀬さん。なんで、俺に協力してくれるの? 綾瀬さんにはメリットなくない?」
小太郎の問いに、一花はようやく顔を上げる。まだほのかに頬が赤かった。
彼女は小さい手を振りながら、静かに答える。
「わたし、恋愛小説を書きたくて……。その取材をしたいんです。お互いを意識してなかった幼馴染ふたりが、やがて恋人同士になる、っていう話を考えていて。夏目くんと春野さんは、まさしくピッタリで。ふたりの意識が変わっていくのを見せてもらえたら、これ以上ないほどありがたいんです」
「それは、いい小説だね。完成したらぜひ読ませてほしい」
そして絶対ハッピーエンドにしてほしい。
ならば、お互いにメリットのある協力関係、ということになる。
小太郎は、現実の恋愛が上手くいくように。
一花は、小説を上手く書くために。
今まで、小太郎には味方らしい味方がいなかった。
小太郎の恋愛に協力しようにも、既に「家族のような関係」が固まっている状況では、周りにできることはあまりに少ない。
恋愛を楽しむ友達はいても、「全く意識されていない、家族のような関係」から恋仲に発展したケースは一切なかった。
それでも、彼女は協力します! と言ってくれている。
嬉しくないわけがなかった。
「ぜひ、協力してほしい。俺も綾瀬さんのために、なんでもするから。よろしくお願いします、綾瀬さん。いや、綾瀬パイセン……!」
小太郎はそっと手を差し出す。
さっきみたいに、無遠慮に手を掴むことはなく、猫が相手のようにゆっくりと手を出した。
彼女はその意図に気付き、少しだけ躊躇ったものの、おずおずと手を握り返してくる。
「はい、よろしくお願いしますっ。頑張りましょう! 早速明日から、いろいろと話し合いましょうね……!」
「わかった! ありがとう!」
互いに手を握り返し、協力関係を結ぶ。
もしかしたら、彼女の協力をきっかけに、十年以上も停滞した関係が前に進めるかもしれない。
ようやく、変化が起き始めていた。