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第1話

「すずねちゃん、ぼくたち大人になったら結婚しようね!」

「ん? あたしと、こたろーが? 結婚?」

「うん! 結婚! 約束!」

「んん~……。ん~……」

「あ、あれ? 結婚しよ! ね? 約束!」

「んん~? んふふ」

「え、なんで愛想笑いなの? してくれないの? 結婚しようよ!」

「あたしとこたろーが~……? うーん……。んふふ」

「ねぇ、なんで笑ってるの⁉ してくれないの⁉ なんで⁉」



「……………………やな夢だなぁ」


 今まで何度も見てきた夢から覚醒し、夏目小太郎はしかめっ面で天井を見上げる。

 身体を起こし、はあ、とため息を吐いた。

 寝覚めの悪い夢から逃げるように、さっさとベッドから降りる。そのままの勢いで階段を下りて、顔を洗った。スッキリしてから、朝の準備を進める。

 リビングに向かうと、朝の早い両親は既に仕事に出ていた。テーブルに用意された朝食を手早く食べる。

 そのあとは、身支度をきっちりと整える時間だ。


 これに一番時間が掛かる。

 学ランを着込んだあと、洗面所に向かい、髪をあぁでもないこうでもない、といじくりまわしていた。

 好きな女の子に会うのだ、髪はどれだけ整えてもなかなか納得できない。

 しばし奮闘し、鏡に映った自分の顔を見つめる。


 すると、後ろからあくびが聞こえた。


「ふわああ……、おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、柚乃」


 洗面所に入ってきたのは、パジャマ姿の妹、柚乃だ。

 オーソドックスな長袖のパジャマが、まだ成長途中の身体を包んでいる。中学生になってから背がぐっと伸びたが、それも三年生で緩やかになっていた。兄は長身だが、彼女はどちらかと言えば小柄で終わりそうだ。

 妹さん、そっくりだね~! とよく言われるくらい、小太郎と似た顔立ちで、普段は括っている髪を今は下ろしている。寝ぐせで、所々跳ねていた。


 小太郎が洗面台の前に立っているのもお構いなしに、ぐいぐいと身体を押しのけて、顔を洗う用意をしている。

 小太郎は最後にサっと髪を直してから、妹に見せた。


「柚乃。今日のお兄ちゃん、何点?」

「ん~……。百点! 今日もカッコイイよ」

「よし」


 柚乃はまじまじと小太郎の顔を見たあと、しばらく考え込んでからそう宣言した。

 妹チェックが通って安心したので、さらに追加で尋ねる。


「なら、すずが俺にときめく確率は何パーセントくらい?」

「ん~、ゼロ!」

「ぜ、ゼロ⁉ お、お前、ゼロはないだろ、ぜ、ゼロは言いすぎだろ」

「ん~、ゼロ!」


 声高にひどいことを言い切る柚乃に、絶句する。

 彼女は全く気にせずに、歯をしゃこしゃこと磨き始めた。


「すずねえがお兄ちゃんにときめくことは絶対にないから。そこは覆らないよ」

「な、なんてひどいこと言うんだ……。見てろよ、今日こそは進展してやるからな……!」


 慈悲も何もない言葉に、捨て台詞を吐いて洗面所から出て行く。

 そこで時計を見ると、既にいい時間になっていた。外から柚乃に声を掛ける。


「柚乃、お兄ちゃんもう行くからな~! 戸締り気を付けてなー!」

「へ~い」という気の抜けた返事を聞きながら、小太郎は玄関に向かった。


 柚乃は近所の中学校に自転車で通っているのでまだまだ余裕だが、小太郎はそうはいかない。

 学生鞄とともに家から出て、そのまま隣の家に直行する。

 まさしくお隣さん。


 玄関から、徒歩三十歩も掛からない距離。

 小太郎が物心ついたときから、ずっと隣同士だった家だ。

 勝手知ったる他人の家、とインターフォンも鳴らさず玄関の扉を開く。玄関に靴がないから、おじさんは既に出勤したようだ。


 いつものようにリビングキッチンに行くと、エプロンを付けた女性が洗い物をしていた。

 小太郎の幼馴染がそのまま年齢を重ねたような、綺麗な女性だ。大人っぽい、やわらかな雰囲気を持っていて、エプロンがやけに似合っている。

 彼女は小太郎に気付くと、手も止めずにこちらを振り返った。


「あぁ、こた。おはよ。朝ご飯ちゃんと食べた? あんたほっそいんだから、ちゃんと食べなきゃダメだよ」

「食べてるよ。それに、そんな細くないって。筋トレして身体作ってんの。服着てるから細く見えるだけだって」

「本当に~? こた、ずっとヒョロヒョロだったから、ぜんぜんそんな感じしないのよね」

「ヒョロヒョロっていつの話してんの。勘弁してよ」


 何度も繰り返してきた軽口を交わすものの、それに介入するいつもの声はない。

 リビングにはおばちゃんしかいないので、小太郎は「すずは?」と尋ねると、「さっき、部屋上がってった。すぐ降りてくるんじゃない?」と答えた。

 ん~、と返事しつつ、小太郎は階段を上がっていく。


 二階には彼女――、春野鈴音の部屋がある。

 今まで何度もこの階段を上って、彼女の部屋を訪れた。それは小太郎にとって、密かな自慢だ。

 これから先、鈴音に親しい人ができたとしても、小太郎が鈴音の部屋に来た回数を超えることはない。

 ……と、思う。 


 それだけ、十年以上の積み重ねは重い。

 夏目小太郎と春野鈴音は幼馴染。

 物心ついたときからいっしょにいて、親同士も仲がいい。

 家族ぐるみの交流があり、二家族でご飯を食べることも、旅行に行ったこともある。


 まるで漫画の世界のようなシチュエーションで、さらに幼い頃に結婚の約束までした。(してない)

 こんなの、くっつかないほうがおかしい、とさえ思える。

 その事実に小太郎は鼻の下を擦りながら、部屋の前に立った。

 部屋の扉には、小学校の図工で作った木彫りの『すずね』というプレートが掛かっている。

 それを見ながら、小太郎は扉にノックした。


「すず~、俺~。来たよ~」

「あ、小太郎? 入ってー」


 扉越しに聞こえるのは、もう何度も聞いてきた少女の声。

 名前のとおり、鈴の音のような可愛らしい声で、最近少しだけ大人びてきた。

 その声を聞くたび、ほっと落ち着くのと同時に、心がざわっと盛り上がってしまう。

 どれだけ回数を重ねても、やっぱり好きな人の前に立つのは少し緊張した。


 その気持ちを押し隠しながら、小太郎は部屋の扉を開ける。

 そこには、見慣れたセーラー服姿の幼馴染――。

 では、なく。

 なぜか、下着姿の幼馴染がいた。


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