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意外な結果の一人観戦

 この部署に来てから、初めて待ちに待った休日が訪れた。頂いたチケットの試合は今日の十四時からの東京ドーム。ネットで調べた開場時間は十二時になっている。

 いつも通り朝の六時に目を覚ますと、部屋の掃除を一通り済ませてから身支度を始める。

 何と言っても、野球観戦は慣れていないどころか、ただの初心者。着ていく服からわからない。この前みたいにスーツで行くのはおかしいが、そもそもマナーはあるのだろうか。

 ネットの記事を参考に、服装の見本を見ながら自分の持っている数少ない服を見比べてみた。

 記事にはスタジアムデートのコーデや友達といくコーデなど、今日の私にはおおよそ関係のないものばかり。その中で、球場の席は狭いのでなるべくパンツを選び、ユニフォームを着やすいようにシャツと上着を合わせるのが無難という結論に行き着いた。

 黒のインナーシャツにボタン付きの水色のブラウスを選択した。ユニフォームは持っていないが、着ないといけないものなのか。確か、上司二人は着ていなかったが、結構な人数の人間が着用していた。

 まだ、ファンになりたての人間であるのは間違いないが、その場を乱してしまうような浮き方はすべきではない。他の人間にも失礼だと思う。

 ネットを見ると、ユニフォームは着なくても問題はなさそうだった。通販サイトで見てみたが、価格は一万円を超えており、簡単な気持ちで購入するのは危険な気がする。

 そもそも、私自身はまだ野球を見始めて一回目。前回はすべてが新鮮に見えたから、楽しかったのかもしれない。とりあえず、今回は浮かない程度に楽しければそれでいいし、もし感覚が違えば、まだこの趣味から足を洗うのは可能だ。

 何かにはまり込む経験がない分、すべてが不安だった。

 私自身は、北関東の人口が少ない町で生まれて、高校まで地元からほぼ出た経験がなかった。元々引っ込み思案で友達も少ない私は、学校行事か家族旅行以外で県外に出ることもなく、そこに不満もなかったのだ。

 転機になったのは、高校時代に出来た友達二人の誘いだった。二人が進学や仕事の関係で東京に行くので、一緒に来ないかと言われた。最初は乗り気ではなかったが、特に何もする気持ちが無かったのと、成績がよかったのでそれなりの知名度のある大学なら進学してもいいと家族の許しが出たので、受験は都心の大学に絞って受けた。

 しかし、本当にここにきて良かったのかはいまだに不明だ。都会の刺激に馴染まず、結局友達もそんなにできないまま、地味な学生生活をして就職しても地味な働き方でみんなに馴染めなかった。

 二人の友達は活躍をしており、会う機会も少ない。今回の野球も予定が合わなかった。

 それならば、私はわざわざ都会に出る必要はなかったのではないか。

 首を振った。これから楽しもうというのに、ネガティブになっている暇はない。二人には次に会ったときに少しは変わった自分を話せればいいと思う。いつも、何も変わらずにいる私を、二人は心配して様々な趣味を提案してくれていたのだ。

 朝ご飯を抜いて、十一時前に私は家を出た。前回はそのままついていくだけだった東京ドームの周りを歩いてみたい気持ちがあったのだ。ずっと眠っていたスニーカーを履くと、駅までの道を歩いた。

 トートバックの中には、必要最低限のものしか入れていない。もし気に入ったグッズなどがあれば、これに入れればいいと思って一応大きめのものを選択した。

 電車を待つ時間、上がっていく心拍数を感じる。積極的にとはいかないとはいえ、旅行に連れて行ってもらう前のドキドキした感情が溢れてくる。全く興味の無かった野球を楽しみにしている自分が滑稽に思えるが、とにかく楽しみだった。

 一人きりの不安はあるものの、行かないという選択肢は最初からなかった。

 休日の南北線は空いており、座って後楽園駅まで行けた。前回足取りが重かった長いエスカレーターも駆け上がりたいくらいの気持ちで乗っていた。危険なので、もちろん走りはしないが。

 ツインスターズのユニフォームを着た子供や若い女性の姿を見ると、親近感がわいてくるが、自分は着ていないという焦りも生まれる。小心者故、周りの姿に目が行ってしまい、心配とワクワクが押し寄せてきて変な感情になった。

 改札を出ると、みんなについていくように東京ドームへ歩いた。駅を出ると日差しに目を細める。

 音楽が流れている通路を歩き、正面のゲートまで来た。目の前のイベントスペースでは何かやっており、会場時間が少し経ったあたりでも、かなりの人間が来て盛り上がっている。知れば知るほど、楽しみは増えてくのだろう。

 見たい気持ちがあったが、まずは最低限のグッズを集める必要があった。ツインスターズは点数が入るとタオルを振るらしい。タオルだけは持っておかないと、一緒に盛り上がれない。

 正面デート近くにあるグッズショップに入った。この時間でも混雑した店内で、沢山並んだタオルを見て回る。

 どれがいいのかな。そもそも、選手がわからない。

 選手名が付いたものから選ぶようだが、誰が誰だかわからない。赤田さんからは、四番の佐伯選手やエースの前原投手が有名と聞いていたが、ネットで少し見ただけで顔すらあまりピンときていない。

 それでも、まずは佐伯選手のタオルを取ると、レジへ向かった。ここまで来たら、まずやってみよう。本日限定と書かれた棚の商品などを見ながら、列に加わった。この混雑は、期間限定のグッズを買うために来たファンのためだったようだ。

 会計はキャッシュレスと赤田さんに聞いていたし、前回の記憶があったのでチャージをしていた。有料の袋を買わずにトートバックにタオルをしまった。

 そのまま会計を終わらせて出口を歩いていく際、横で会計をしている女の子の声がした。

「あれ、入っていませんか」

 どうやら、電子マネーの残金が足りていないようだ。レジでは現金のチャージが出来ない為、困っている。

 カウンターには限定グッズのタオルとメガホンがおいており、表情を見ると焦っているのが伝わる。

「あの、えーと・・・残高ないのでやめ・・・」

「その会計、私払いますよ」

 あきらめを含んだ姿を見た時、私は自然と言葉が出ていた。店員と彼女が動揺したように私を見た。

「チャージできませんからね。一度立て替えますよ」

「いや、そんな、申し訳ないです」

「いいから、とりあえずお会計をお願いします」

 混雑もしているので、店員さんも何か言いたそうだが素直に会計を済ませた。

 別に、このくらいだったら問題もない。高校生くらいの女の子が困っていたので、何も考えずに助けた。別にお金を返してもらう気もなく、私は清算が終わると彼女を待たずにお店を出た。

「すみません」

 彼女は、私を追ってきた。そこまで見ていなかったが、綺麗なストレートの黒髪を肩まで伸ばした、大きな目をした可愛い女の子だった。

「どうしたの」

「あの、お金払います。持ってきていますので」

 そう言って、財布を出した。

「いいですよ、そんなに高くないから。せっかくの限定商品だったから、買えないとかわいそうだと思って勝手にお節介しただけだから」

「いや、そんなの申し訳ないです」

 化粧気のない顔から、やはり高校生くらいなのかなと思う。目鼻立ちが整っているが、真面目そうな顔で正義感も強そうだ。短絡的に考えていたので、本当に気にせずに受け取ってくれればいいのに。

「気にしないで。お互い楽しみましょう」

 言い残して、私は歩き出した。その姿を追ってきて、彼女は腕をつかんだ。

「そうだ、それなら一緒に見ませんか。今日、チケット二枚あるのですが、私しかいないので」

「そんな・・・」

「父がせっかくいい席取ってくれたのに、仕事が入っていけなくなったので。ぜひ、一緒にきてください。」

 強い目がこちらに向く。今回頂いた席もいいものだったので、あまり乗り気はしなかった。

「私ももらったチケットだから、流石に席も見ないで勝手に行くのはちょっとまずいの」

「それなら、その席も一度見に行きましょう。そのうえで判断してください。とにかく、今日は一緒に観戦しませんか」

 ジーパンに白いTシャツを着て、既にユニフォームを着ていた。髪留めはチームカラーのオレンジで、おそらくそれを意識しているに違いない。

「あの、私全然野球も詳しくなくて。足引っ張ると思うよ」

「それなら、なおさら一緒に回りませんか。私なりになってしまいますが、楽しみ方教えますので」

 しつこいが、嫌な気持ちはしなかった。むしろ、何も知らない中に一人で行動するのが不安だったので、この機会はチャンスに思える。

「本当に邪魔じゃない。こんなおばさんで」

「お姉さんじゃないですか。お願いします」

 きれいにお辞儀をされた。結局押しに負けて、二人で回ることにした。

 正面ゲートに各々のチケットで入場して、まずは私がもらった席に行った。

「内野指定席ですね。ここは見やすいですよね。応援もよく聞こえるので、私も好きですよ」

 彼女は笑顔で話した。そのまま、売店の方へ向かって歩き出す。

「私の席は後程にして、まずは食べ物を買いにいきましょう」

 歩きなれたように、迷わずに彼女は進んでいく。慣れたように、途中でファンクラブの来場登録と電子マネーへのチャージを済ませていた。

「あの、自己紹介忘れていました。私井上由香里と申します。高校二年生です」

「若いですね。私は鹿島雪乃と申します。今年で二十七歳になります」

 目当てのお店に並びながら、二人で話した。由香里の目が大きくなった。

「もっと若く見えました」

「お世辞は言わなくていいですよ」

 普段言われない発言をむず痒く感じた。

「いえ、そんな。そういえば勝手にきましたけど、お腹空いていますか」

 彼女は質問した。ただし、既に列に並んでいるのだが。

「はい、おいしいものを探そうと早めに来ましたので」

「じゃあ、今日はこのショップでいいですか。食べようと決めていたコラボメニューがありまして」

 何を言っているのかまだすべてを理解しているわけではないが、彼女がここに目的があって並んでいるのは分かる。今日は、この見ず知らずの女の子にすべてを任せる気持ちになっていたので、よくわからないが頷いた。

「佐武選手のたっぷり角煮丼っていうのがあって、ボリュームもありそうだから絶対食べようと思っていたのですよ」

「佐武選手・・・」

「そうです。ああ、すみません」

 数分前の会話をやっと思い出したようだ。真面目で聡明な外見とは裏腹に、先ほどからおっちょこちょいな言動が目立つ。

「選手の名前とかも、分からないですよね」

「ごめんね。ルールも含めて、本当に知らなくて。前回、先輩に誘ってもらったときに楽しかったから、勢いで来ちゃったの」

 由香里はしばらく考えこんでいた。さすがに、ここまで知らないとは思っていなかったのだろう。一人で来ているなら、最低限の知識は持っていると思われて当然だ。

 今からでも遅くない。やはり、迷惑をかける前に離れようか。

「あの・・・」

「じゃあ、今日は私の色に染めるのが一番ですね」

 私を遮って話すと、会計の順番が訪れた。

「佐武選手のたっぷり角煮丼を二つ、あとコーラと、飲み物を選んでください」

 私にメニューを指さした。先ほどの会計と違い、今度は私が焦ってしまった。

「そうしたら、レモンサワーください」

 お会計を彼女が出そうとしたので、急いで私の電子マネーを提示した。

「いや、ここは私が出しますよ」

「今日は授業料として私に出させて」

 この場面はそう言って押し切った。さすがに、女子高生に会計をさせた料理を食べるのは気が引けた。

「なんか、すべて出してもらって申し訳ないです」

「いいえ、何も知らない私を案内するのだから、それくらい当たり前です」

 商品を受け取ると、再び彼女に案内されるままに移動した。試合まであと一時間と二十分前。彼女は席に向かう前にもう一店寄っていくようだ。

「ここは私に出させてください」

 こちらの答えを待たない雰囲気を出した。彼女も、会計を私が出すのにお店に寄るのは気が引けたのだろう。この場面は、争わずに従った方がいい気がする。

「試合中にあまり席に立ちたくなかったので、一緒にいてくれて助かりました。お目当てをすべて買ってから、試合に集中しましょう」

 私は黙って頷いた。そして、十分ほど並んだ末に買ったのは大きなクレープ。こんなに食べるのと思ったが、甘い匂いに誘われて、お腹が鳴りそうになった。

「じゃあ、席に行きましょう」

 階段を上り、歩き出した。ついていくと先ほどの内野指定席とは違うエリアに来た。大きなビジョンがあり、選手が映し出されたモニターにファンがカメラを向けている。

 その近くの入り口を抜けていくと、彼女は指をさした。

「見てください。今日はここなんですよ」

 ありえないくらい、バッターボックスの近くの席だった。

「バックネット近くの席です。普通ではこんな席座れないのですが、今日は私の誕生日ということで父が取ってくれました。一緒に行くはずの妹が部活で行けなくなって、父も仕事だったので私一人になっていました」

 席の凄さに唖然として、彼女の言葉があまり入って来なかった。選手がこんなに近くにいる。頂いた席も素晴らしいものだったが、この席は普通では手に入らないというのは、素人目にでもわかる。

 素人が、こんな席で見ていいのか。

 何か、他のファンに悪い気がした。

「座りませんか」

「あの、いいのかな。何も知らない私がこんなにいい席座って」

 由香里が首を傾げた。

「話の意味がわかりません。お気に召さないのであれば先ほどの席でいいと思いますが、せっかくですのでこちらで見ましょうよ」

 指定された席に座った。ドリンクをホルダーにおいて、先にクレープを食べる流れになった。クレープには、選手の背番号が付いたビスケットが乗っていて、横で彼女がクレープをスマートフォンのカメラで写している。

「先ほどから、雪乃さんは素人だからって話していますが、ファンに知識の量は関係ないですからね」

 背負っていたリュックからメガホンを出しながら、彼女は話した。

「でも、知らな過ぎて邪魔ではないかな」

「全然思いませんよ。むしろ、仲間が出来るかもしれない期待しかないです。だって、同じことを共有できる仲間って欲しくないですか」

 趣味を持つ経験のない人間からすると、この質問には共感できない。

「とにかく、雪乃さんは迷惑と考えないでなんでも聞いてくださいね」

 やっとクレープを食べ始めながら、彼女は話した。準備が多くて忙しそうだなと思った。

それに、いつの間にか雪乃さんと呼ばれている。

「わかりました。ありがとう」

 クレープは甘くておいしかった。横で由香里からオーロラビジョンに映し出される表記や選手の説明を受けながら、試合の準備を進めた。

「私も最初は何も知らなかったですが、雰囲気で楽しんでいました。じっくり覚えればいいのですよ。ちなみに、試合中は演出も多いので、お手洗いは先に済ませておくのがおすすめです」

 各時間の演出も決まっているらしく、席にいた方がいい時間を教えてくれた。スターティングメンバーの発表を聞くと、交替で席を外した。

 試合開始からも、彼女は様々内容を教えてくれた。野球の簡単なルールや選手の話もしてくれて、楽しみながら見ることが出来た。

 そして、この席は本当に選手までの距離が近かった。バットに球が当たる音までが聞こえる。軽い気持ちでグッズを買っただけなのに、こんなことが起こるなんて予想もしなかった。

「由香里ちゃんは、佐武選手のファンなの」

 どさくさに紛れて、名前を呼んでみた。彼女の表情が緩くなる。

「そうなんですよ。彼、ルーキー時代に成績を出して、翌年からレギュラーだったんです。それなのに、試合中に大きな怪我をして、ショートが守れなくなってから二軍生活が続いてしまって。でも、諦めずにサードに守備を変えて結果を出して、レギュラーとしてチームを支えている姿が格好いいなと思います」

 一度話し出すと、まっすぐに私を見つめながら話した。先ほどのグッズも、今着ているユニフォームもすべて佐武選手のものだ。

「それで、全身佐武選手にしたんだね」

「はい、高校ではアルバイト禁止なので、お小遣いをためながらこうやってグッズを購入しています。このユニフォームは、今年の誕生日に友達からもらったので、宝物にしています」

 あどけない笑顔を見ると、私の気持ちも明るくなった。先ほどの姿からも、性格の良さがうかがえる。

 佐武選手の打席では、応援歌を教えてもらって二人で大きな声で応援した。ヒットが出ると、彼女は大喜びしていた。

 試合は結局三対一で、ツインスターズが勝った。

「勝ちましたね。この後、ヒーローインタビューといって、活躍した選手が出てきます。勝った日は、試合後に少し残るとこういうものが見られるので、すぐに帰らない方がいいですよ」

 彼女の説明に頷き、しばらく勝利の余韻を味わった。確かに、試合に勝つと選手のインタビューやチアも出てきて、応援歌が流れていた。前回の試合はファルコンズの勝利で、インタビューもそこまで大きなものではなかったので、演出の違いに驚いた。

「今日は、ありがとうございました。試合の説明もしてもらって、楽しかったです」

 先に、私の方から感謝を伝えた。一人で見る以上に、分かりやすく教えてもらったので満足したものになった。

「いえ、むしろ図々しく強引に誘ってしまってすみませんでした。雪乃さんが優しく聞いてくださるので、甘えてしまって」

 恥ずかしそうに俯いてしまった。試合中の興奮もあってはしゃいでいた感情が、試合も終わって冷めてきたのだろう。冷静に反省をしているのかもしれない。

「むしろ、私は普段からすべて消極的になるので、こうやって引っ張ってもらって助かった」

 私の言葉で彼女の笑顔が戻った。ドームの外に出ると、外は暗くなっていた。

「まだ春だから、六時でも暗いですね」

「そうだね。気を付けて帰ってね」

「はい」

 彼女は水道橋駅を使って帰るようで、ここでお別れになった。お互い、何かを言いたいのだが、言い出せない時間が流れる。

 この場合は、年上の私が言うべきか。でも、断られたらいやだな。

「あのさ、ユニフォームってあった方がいいかな」

 ストレートに言えず、話題を作ってみた。

「あった方がいいと思いますが、推しの選手が出来てからがおすすめです。これから見に行く中できっかけも生まれると思うので、その時に買うのがいいと思いますよ」

「ありがとう」

 長い話になるわけの無い会話。そうだよな。こんな女の子と試合を見られただけで幸せだった。彼女もグッズのお礼をしてくれただけで、私と試合を見たいわけではない。

 ここでお別れかな。そう言って、締めの言葉を考えた。

「今日は・・・」

「雪乃さん、一緒にきっかけ作りませんか」

 私の言いたかった言葉は、相手から出てきた。

「あの、雪乃さんってまだファンクラブも入っていませんし、ルールもそこまでわからなかったら、その、私と一緒にまた応援しないかなと思って」

 下を向いたまま話す彼女がかわいくて、恋愛をしている気持ちになってしまう。しかし、私にはそんな趣味はない。

「いいの、こんなおばさんで」

「だから、お姉さんですって」

 根暗な私を否定して、彼女と連絡先を交換した。結局自分がすべきだったのに、由香里のおかげで次も会うことになったのだ。

 嬉しいが、反省も多いな。

 少し前の自分なら、もっと前向きに誘っていたかもしれない。今の仕事になってから、かろうじて残っていた自己肯定感が無くなったのが大きいようだ。

「じゃあ、連絡しますね」

 笑顔に由香里に、私も笑顔で手を振って別れた。

 なんにせよ、ここにきて良かったな。

 彼女の後ろ姿を見ながら、しみじみ思っていたが、チケットのお礼を購入し忘れていたのに気づき、私は急いでグッズショップに走っていった。


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