灰色の魔法使いと紫の魔女
紫の魔女がやってきた。
かの魔法使いの求めに応じて、花嫁になるために。
屋敷の表門が独りでに開き、美しい女が一人現れた。
蛇のような女だった。
切れ長の目が薄黄緑に光っている。
形の良い唇には赤黒い口紅が引かれて、見る者を惹きつける。
長く艶めく紫の髪が緩く巻かれて、背中まで伸びていた。
髪の色より深い紫のドレスを身に着けており、長くしなやかな四肢を包んでいた。
肉体は美しい曲線を描き、彼女が歩を進めるたびにドレスのスリットから艶やかな足が覗く。
「さあ、会いに来てあげたわよ。灰色の魔法使いさん!」
「呼んでいないよ」
ルリエルが宙に現れる。
彼女は、ルリエルが姿を現す前から、そこに在ることを知っていたし、ルリエルもまたそれを理解していた。
「そんな筈がないでしょう!私は貴方の花嫁になる為に来たのよ!貴方が望み、私が来た。契約は成立したのよ!」
「ああ、なるほど。君が〝そう〟なんだ。でも、君は必要無いよ。僕の花嫁はもういる。」
「はあ?私が『花嫁』でしょう?何を言っているの」
「そうだったね。でも、もう必要なくなった。」
「…誰かが成り代わったのね。巫山戯るな!!私が本物よ!わかるでしょう灰色の魔法使い!」
「そうだね。そうだと思うよ。でも、本物である必要はもうないんだよ。僕は、素敵な花嫁を見つけた。だから君は必要無い。」
「何を言っているの。ならば何故ソイツは出て来ない?!」
「必要が無いから。あるべき場所へ戻れ、紫の魔女。君の居場所はここにない。」
「まあ!誑かされたのね!あらあら。ここに貴方以外の魔力は感じない。その花嫁とやらは私より格下でしょう。何が貴方をそうさせるのかしら?」
「うんうん、そういうところ。
僕も最初は『花嫁』は僕と同じく強い魔法を使うものがいいと思ったんだ。
でも、本当にそうかな?魔法を使うものは、己以外は信用しない。
思い直したよ、利己的で高慢ちきな魔女なんて傍に置いても楽しくない。
そうだろう?」
「何ですって」
「君も魔女なんだから分かるだろう。
僕らは強く分かり合うからこそ、お互いがお互いを信じない事を誰より知っている。そこに愛は生まれない。」
「愛?そんなものを求めているの?そんなものがあると思っているの?お伽噺ね。」
「ふふ、僕らは魔法の徒。お伽話を信じる者達の集まりだろうに。だから君ではダメなんだ。」
「許せないわ。ええ、本当に。私を侮辱するのも大概にしてほしいわね。
ああ、馬鹿らしい!
貴方なんか、バラバラにして、アルテルミア山脈にばら撒いてあげるわ!」
「おや。僕はきちんと対話をしたつもりなのだけど。ふむ。うまくいかないね。仕方ない。では先に僕が君をバラバラにしようかな。」
「ッ」
その先に言葉はなく、 魔女の身体が少し揺れた。
彼女の体は、血の一滴も零すことなく、無数に切り刻まれた。
そして宙を舞いながら、透明な四角い箱の中に閉じられていく。
青い花が咲き乱れる庭の空中に、赤い箱が綺麗に整列した。
そして、次の瞬間、消えた。
ルリエルが移動させたのだ。