自称花嫁、登場!
異世界にやってきたら、魔法使いから花嫁扱いされて屋敷に軟禁されているが、自分こそが真の花嫁だと名乗る魔女が現れた!(らしい!)この場合、どうするのが正解なんだ?!
ルリエルの屋敷に暮らし始めて数日が経過した。
未だにジャックとは会えない。
というより、ルリエルが何かの魔法で遮ってる説が濃厚だ。
私は屋敷の中を、ジャックを探して巡回しているが一向に出会わない。
「ねえ、ルリエルさん、ジャックは何処にいるのかな?」
「さあ、何処か出歩いているんじゃないのかな?そのうち会えるよ」
「ふぅん」
何度かルリエルに聞いたが、はぐらかされている。
お前なら魔法で探せるだろ!と思っているが、それをしないという事は、彼にとってはそのままでいい事象ということだろう。
強く訴えれば会えるかもしれないが、ルリエルの機嫌を損ねそうだ。それは最終手段としたい。
特にすることはないので、ルリエルと優雅にお茶をしたり、雑談の中で疑問があればその都度聞いたりしてのんびりと過ごしている。
この世界で自立して生きていける様にしなければ!と思っていた意志は既にゆっくりと解けつつある。
学ぶ気はあるのだが、焦って身につくわけでもない。
気になるのは、日に日にルリエルの距離が近付いている事だ。物理的に。
そのうち衝突して消滅してしまうかもしれない。
ふざけている場合ではなく、彼は距離を縮めようとしてきている。
彼のことは嫌いでは無い。
しかし、話せば話すほど、近づけば近づく程に、普通の人間と魔法使いとの差が浮き彫りになり、傍で生きていくのは難しいと感じる。
それなのに、彼は物理的な距離を縮めてくる。
今も何時の間にか、隣りに座っている。
私がルリエルから体を引くと、徐々に近付いていた彼も止まる。
その配慮があるだけマシだと自分に言い聞かせているが、いつかはきちんと話をしないといけないだろう。
それくらいの誠実さは、私も持ち合わせている。
しかし、それが彼にとっては面白くない事なのは確かだ。
破滅の予感しか無い。
私の隣に腰掛けて、此方を見つめていたルリエルがハッとして顔を上げた。
彼は目に見えない何かを感じ取っているようだった。
「何だ?」
「え、どうしたんですか」
「何か来た。僕のかわいい花嫁、僕の部屋はわかるかい?」
初めてルリエルが真剣な顔でこちらを見ていた。
透き通る青い双眼が、私を見据える。
彼は、笑っていたり悲しんでいたり、感情表現が豊かなのだ。
私の側にいる時は、大体笑顔だった。
美しい顔が真剣に何事かを吟味している。
「私の部屋の隣ですよね」
「そうだ。そこへ行って。何があっても僕が開けるまで出て来ないで。」
「え、あ、はい」
「良い子だね」
彼は少しだけ口角を上げて、私の頭を撫でると、次の瞬間には表情を消して能面の様な顔で目の前から消えた。
魔法で何処かへ移動したのだろう。
何があったのかは分からないが、緊急事態なのは間違いない。
魔法使いであるルリエルが、焦るような状況。
人間には生死を左右する案件である可能性が高い。
私は走ってルリエルの部屋へ飛び込んだ。
ルリエルの部屋は、私の部屋と比べて質素で生活感の無い部屋だった。
私の部屋は、柱には細やかな彫り物が施され、壁には鮮やかな柄が這っている。
床には現代で言うペルシャ絨毯の様なものが敷かれていた。
複雑な柄が編み上げられたその床を、靴で踏んでいいのかわからず私は靴を脱いで裸足で歩いたりした。
それに比べると、なんというか、全体的に陰気臭い。
部屋の中には書き物をする机と椅子。そして、ベットが一つ。
ミニマリストかな?と言いたくなる。
彼は本来はモノに執着しないのかもしれない。
彼は、彼なりに『花嫁』に喜んでもらおうとしているのだ。
かなり空回っている感は否めないが。
元来、彼は他人の事になど関心が無さそうだ。
それは、ジャックへの対応を見ればわかる。
ジャックが兄であるルリエルの振る舞いで街の人間にどう思われるかを考えている様にはみえないし、何時も身だしなみを整えているルリエルと違ってジャックは古びたシャツを着て、顔に泥汚れをつけて街を歩き回っていた。
いや、それは違うのかもしれない。
部屋がこの状態なのだ。
ルリエルは身なりに頓着するタイプでは無いのかもしれなかった。
それを、『花嫁』の為に整えたのだ。
そこまで思いを馳せて、見た目に必要以上に囚われて体裁を気にしているのは己だと思った。
成る程、それでいうと、ルリエルの形から入る戦略は功を奏している。
部屋の中は静かだった。
しばらくは立っていたが、それも疲れてきた。
この部屋には、何も無いのでする事がない。
白い大きなベッドに腰掛けて、そのうち眠くなってきた。
なにか大事が起きているのかもしれないが、それは私に何とか出来るものではない。
それに、もし万が一の事が起きるなら、微睡みの中で旅立ちたいものだなと思った。
そんな風に自分に言い訳をしながら、目を閉じた。
身体が擽ったい。
何かが身体の上を這っている。
脳がそう認識して、ゾッとして目を開けた。
「おや、起きたかい?かわいい僕の花嫁」
頬に吐息がかかる距離にルリエルの顔があった。
私とルリエルは、ベッドに二人で寝転がっている。
「うわっ」
身体を離そうとしたが、腰に回っていたルリエルの腕が邪魔して離れられない。
「ふふ、恥ずかしがり屋なんだね。でも嬉しいよ!君が積極的になってくれて、これで僕は…「待って、ちょっと嫌だ、待って待って」…なんだい」
ルリエルの手が太腿まで降りてきたのを、左手で遮り、右手で顔面に迫りくるルリエルの顔を抑える。
身体の角度がえらいことになっている。
「一旦やめ、ベットで勝手に寝てたのはごめんなさい!それはそれとして、謎の何かはどうなったの?!」
「そんな事どうだっていいよ、それより続きを…」
「よくない!よくない!全然よくない!」
遮っていた右手を躱して、ルリエルが顔を近づけてくる。
私は近づいてきたルリエルの顔めがけて、思いっ切り頭を振った。
「グッッ」
ルリエルの端整な顔に私の頭突きが叩き込まれた。
私から頭突きを食らうとは思っていなかったルリエルの手が緩んだ。
私は離れた隙に身体を反転させてルリエルの上に乗った。
そして彼の青い目に人差し指と中指を突き立てる。
所謂、目潰しである。
「…ねぇ、私と仲良くしたいなら、嫌だって言ったら、そういう事、しないで、わかった?」
「ご、ごめんよ。怒らないで。」
「もうしない?」
「ええ、あ、花嫁が嫌がることは、しないよ」
なんか歯切れ悪いな。
これは強く反抗されなかったらやるということだろう。まあいい。次は鼻くらい折ろう。
「ねえ、僕のこと嫌になっちゃった?」
私が沈黙していたので不安になったのか、ルリエルが、弱々しく声を上げた。
「や、やっと僕の事を愛してくれたと思ったのに。うう、ううう、イヤダイヤダイヤダ僕から離れていくなんて!やっぱり魔法使いは嫌なんだ!人間の男のところに行くんだ!そんな、そんなの、耐えられない!」
空気が震え始めた。
ああ、ルリエルが癇癪を起こしてしまう。
気を付けていたのに。
「違うよ。ちゃんと、私の話は聞いてほしいだけ。ね、聞いて、ちゃんと、こっちをみて。」
「うう、僕の事、嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ、大丈夫。それで、やって来た何かはどうなったの?」
本題がおろそかになり過ぎている。
まあ、私の迂闊な行動も悪いのだが。
「ああ、それは地下に置いてるよ。何かに使えるかもしれないから。」
「なにかって飛んできたの?モノ?」
「いや魔女だ。僕の花嫁を名乗って屋敷に乗り込んできたんだよ。外国からきた、紫の魔女だ。全く、愚かだよね。花嫁は此処にいるんだから。」
いや、それ多分本物のやつ。
貴方が探してた花嫁だよ。
紫の魔女と言っていた。魔法使いや魔女は彼らが生まれた地方によって髪色が違うので色で区別して呼ぶらしい。紫の髪の者はこの国には少ないのだ。
「ああ!心変わりなんてしないよ!心配しないでね!!僕のかわいい花嫁を名乗るなんて!なんて不届きなんだろうね!!愚かな魔女はバラバラにして箱に詰めておいたから。あ!!勿論君が不快なら焼き払うよ!そうだよね!嫌だよね同じ屋敷の中にあるなんて!!今、転移したよ!!」
私の顔色が変わったのを、見て何を勘違いしたのかルリエルは慌てて捲し立てた。
そして早合点して、魔女の身体を何処かに投棄したらしい。
止める間も無かった。
いやしかし、魔女とやらがどういうものを指すのか私にはよくわからない。
人間と同じ様に考えてはいけないのかもしれない。
「ちょっと待って、それってもう、死んじゃってるの?」
「え?まあそのままにしておいたら死ぬかもしれないけれど、繋ぎ合わせれば復活すると思うよ。魔女だからね。」
「そういうものなんだ…」
私は迷った。
どう考えても、その魔女とやらがルリエルの求めていた花嫁だと思う。
ルリエルの自身も、花嫁は魔女だと思っていたと言っていた。
伝えるべきだろうか。
彼は自分が探し求めていたものを、自ら手離した形になるが。
選択をせまられる。
私は自己保身の為に、彼に対する誠実さを捨てるか否か。
答えは一つしか無い。
私は自分自身の安全を選択する。
誰も、私が気づいていることに気付いてなどいないのだ。
彼は探していた魔女を自らの手で放棄してしまった。それは後々、彼を不幸にするかもしれない。
しかし、私は解体されて箱詰めにされる未来は御免被る。
そもそも、なんでそんなにやり方が過激なんだ。
追い返すのにそんなに過激な手段を取る必要があるのか。
ルリエルのその凶行を実行してしまえる魔法の力と精神性に恐ろしさしか感じない。
見ていないので何が起こったのかは分からないが、できれば確認したくもない。
頭が痛くなってきた。
今後のことを考えて憂鬱になり始めた私を他所に、ルリエルも何か考えていた。
じっと私の方を見ながら思案に耽っている。
ルリエルが口を開いた。
「紫の魔女が気になるの?」
「ええ、私、魔女なんて会ったことが無いから」
「会ったことがないのに気になるの?僕の事は知らなかったよね。」
「え、ああ、そうね。ルリエルの事は会うまで知らなかったね。」
何を聞かれているのだろう。
よくわからない問答だ。
魔法使いや魔女はお互いの存在を感じ取るらしいから、そういう話だろうか。
「知らないのに、会いたいの?君は魔女じゃないのに?」
さっきから同じことを聞かれている気がする。
対抗する力を持たない人間が魔女に会うのは危険だと言いたいのだろうか。
「興味はあるかな。でも、危なそうだから、やっぱりいいや。」
「そう。そうなんだ。危ないよ。会ったらいけないよ。
ああ、なんてことだ。あの女。次見つけたら殺さないと。
そう、奪いに来たんだ。僕の花嫁を」
ルリエルは焦点の合わない目で此方を見た。
輝いていた青い瞳は、今は暗く淀んでいる。
「ねえ、何処にもいかないでね。紫の魔女に近付いたらいけないよ。」
ルリエルは私の両肩を掴んで、私の目を覗き込むようにして言った。
青い目の底に暗く淀んだ狂気がみえる。
「ええ、勿論。暴力沙汰は御免よ。」
私は、手の震えを抑えながら答えた。