魔法使い、思い込みが激しい
魔法使い、まともなやついなさそうだな
結局、ルリエルの屋敷に滞在することになった。
街ごと水没エンドを回避する為には、それしか選択肢が無かったともいう。
私も行く当てがないので助かるが、聞く限りこの街でいちばん危険なのはルリエルな様な気がする。
滞在する部屋は断固として別室を要求した。
ルリエルは不服そうだったが、そうでなければ滞在しないと言うと引き下がった。
魔法でなんでもありの相手だとしても、気持ちとしての一線は引かせてほしい。
「この屋敷の中にあるものは何でも好きにしていいからね!もちろん、僕の事もね!」
「……ありがとう」
突っ込みどころに、あえて突っ込みを入れないからな。
一先ず私の滞在が確定してルリエルはご機嫌だった。
私はルリエルを刺激しない様に、そっと微笑んで佇んでいる。
この魔法使い、ずっと私の近くにいるのだ。
驚いたのは、彼が宙に浮いて移動する事だ。
そして、突然現れたり、消えたりする。
今もふわふわと私の周りを漂って、離れたり近付いたりしながら私のことを観察している。
ルリエルの居ない所で、ジャックからこの世界や魔法使いについての詳しい話を聞きたいのだが、ルリエルがずっと付いて回るせいで話す機会が無い。
ジャックもルリエルが側にいると、近付こうとしてこない。
兄弟仲はあまり良くないようだ。仲が良かったとしても、自分の兄が女にくっついて回っている様子なんて見たくはないだろうが。
やむを得ないので、ルリエルから話を聞くしか無いだろう。魔法使いは物事の捉え方や感覚が人間と違う様なので、出来れば人の視点で話を聞きたかったのだが致し方ない。
「ルリエルさん、少し教えてほしいんですが、いいですが?」
「ああ!何が知りたいんだい?何でも教えるよ!!」
「えっと、まず地理、この世界の全体像といいますか、この街の位置がわかる地図とかありますか?」
現在地がわからなければ、何も出来ない。先ずはこの世界の全体像と勢力関係などは把握しておくべきだろう。
魔法使いがいるのだから、私の知らない技術や文化が数多くあるに違いない。文字や通貨等も覚えなくては。
「あるよ!旅行でも行くかい?ハネ厶ーンだ!」
私の気の遠くなるような学習計画を他所に、ルリエルは踊るように宙を舞った後、何処からか取り出した大きな地図を机上に広げた。
もうその辺りについては何も突っ込まない。
彼の恋に恋するお花畑の中でいいように考えてもらう事にした。
下手に突っぱねて人形にされたら堪らない。
この世界には、大きく5つの国があり、その狭間に緩衝地帯として小さな国や集落がある様だ。
この国は、魔法使いの王が統治する国で、それ故魔法使いには比較的、寛容らしい。
人の力では魔法使いに勝てないので、実質的に野放しという方が正しいのか。
しかし、あまりにも目に余る横暴を働くと、魔法使いの王とやらに処断される様だ。
それで一応の統治が成されているらしい。
「といっても、魔法使いの王、赤の魔法使いは自分の縄張りで好き勝手する奴を殺してるだけだから、別に人の世を統治してる気は無いけどね。彼は乞われると断れないところもある様だけど。フフ、善良だね。」
「はあ、その魔法使いの王をご存知なんですね」
「ううん、知り合いっていうか、強い魔法使いはお互いの存在を感知してるから、わかるってだけ。親しくないよ。魔法使いは自分の力しか信じないからね。お互いにソレを知っているから近寄らない。側に寄る時は、そいつを殺す時だ」
「そ、そうなんですか」
想像より殺伐としてる。
魔法使いの距離感は難しい様だ。
魔法学校で一緒に学んだりするのかしら?と想像を膨らませていたのだが、夢は夢のままの様である。
「……他の魔法使いに興味があるの?」
ルリエルの青い目が鋭くなる。
口元は笑っているが目が笑っていない。
あまり他の魔法使いの話はしたくないのだろうか。
「いえ、危なそうなので近付かないようにしようかと。でも、相手の事を知らないと避ける事もできませんから」
「そうか!そう!いい心掛けだと思うよ。でも心配しなくても大丈夫だよ。僕がいる限り君が他の魔法使いと出会う事なんて無いからね!」
色々含みのある物言いであるが、これ以上危険な魔法使いと遭遇したくないのは事実だ。
ルリエルの花嫁とやらになるのは納得してはいないが、少なくとも好意的に接してもらっているし、衣食住を提供してもらう予定だ。
次に出会う魔法使いが、好意的だとは限らない。
出会うのはできる限り避けるべきだろう。
今のところ一番怖いのは、このルリエルの好意が反転することだ。
彼は頭が良く強い魔法使いなのだろうが、なんというか、情緒面が酷く幼い。
今は、カルガモの子の様に私の後ろをついて回って、世話を焼く事を楽しんでいるようだが、いつ飽きるかわからない。
一方的に与えるだけの関係性は破綻する。
彼がそこまで人間を対等に見ているのかは怪しいが、自立する術はなるべく早く身に着けるべきだ。
「それより、ねえ、君の為にドレスをたくさん用意したんだ!気に入るものがあるといいんだけど!」
彼がするりと手を伸ばすと、色取り取りのドレスが空中に出現した。
ドレスの群れ宙に浮いたまま、くるりと円を描く様に、私とルリエルの周りに整列した。
「すごい……」
「喜んでくれたかい?サイズはさっき合わせたよ。どれでも好きなものを選んでくれ。全部、君のものだよ」
ルリエルは、玩具を見せびらかす子供の様に目を輝かせて、たくさんのドレスを次々と私の体に合わせていく。
ドレスも凄いが、ドレスが宙を舞う姿がとても美しい。
確かに、『魔法』だ。
ルリエルがずっと私の周りを漂っていたのは、ドレスのサイズ調整の為だったのだろうか。
どちらにしてもやめてほしいが。
ドレスが宙を舞うのを眺めていると、ルリエルからの期待の眼差しに気付いた。
ルリエルは自分が用意したプレゼントを早く受け取ってほしいのだろう。
私は着心地のよさそうな黒のシンプルなドレスを手に取った。
ドレスはどれも美しいが、実用的では無い。
ワンピースに近いソレが一番、動きやすそうだった。
「それにするかい?ふふ、とっても似合うよ。さすがは僕の花嫁だ!」
言うが早いか、手に持っていた筈のドレスが何時の間にか消え、私の体にひんやりした布地の触れる感覚がある。
魔法でドレスに着替えさせられたのだ。
ルリエルはうっとりこちらを見つめて、うんうんと何度も頷いていた。
「あ、ありがとうございます。でも、着替は自分の手でしたいですね」
「そうかい?気がはやってしまってね。失礼した。今度からはそうするよ!」
ルリエルは上機嫌で返事をして、くるりと宙を回った。