知らん魔法使いと結婚させられようとしてる
魔法使いの恋
客間に通された。
写真で見た宮殿にこういう部屋あったなと思いながら、きらびやかな調度品をみる。
人生で一度も座ったことの無い様な、鮮やかなブルーのベルベット生地に金細工の脚のついた高そうなソファーに座るよう促された。
腰掛けるだけでこんなに緊張する事があるとは。
恐る恐る体重を掛ける。
私はともかく、ジャックも何やら居心地が悪そうにしてソファーに座っている。
君の家ではないのか?!
「お茶をどうぞ」
ルリエルは、優雅に向かいのソファーに腰掛けると、何時の間にか机の上にセットされ湯気を立てている、いい香りのするお茶を薦めてきた。
部屋に入ったときは無かった。
これが魔法だろうか。
「あ、どうも、ありがとうございます」
ルリエルは、にっこり微笑んで私がお茶に口をつけるのを見ている。
大変飲みづらいが、温かいお茶を飲んだら気持ちが少し落ち着いてきた。
「えっと、それで、先程、私が来るのがわかっていたというような事を仰っていましたがそれはどういう意味なのでしょうか?」
何から問いかけていいかわからない。
まず、彼が何を知っているのかを把握したかった。
「ああ、その通り。僕は予見していた。僕にはそういう力があるのさ。君もそうだと思っていたんだ。その様子では違うようだね。」
「違いますね。私は自分がここに来ることは知りませんでしたよ。」
「では、君が僕の花嫁ということは?」
「知りません。一体どういう意味なんですか?」
『花嫁』ってなにかの隠語なのか?
生贄的なもので無いといいんだけれど。
「言葉どおりの意味だよ。僕が愛する唯一の人。祝福の人だ。」
「ええ」
ルリエルは、夢見る少女のような目をしてうっとりこちらを見つめている。
その目の方向は見ているが、私自身のことは見ていない。
なんと言葉を返すべきなのだろう。
この魔法使いの言う『愛する』が、私の考える愛とずれていたら恐ろしい。
返答に迷っているとジャックが口を挟んだ。
「なあ、兄貴が少し前から言ってた『花嫁』がこいつなのか?」
「ああ、そうだとも。彼女以外にいないだろう!」
「俺にはわかんねえよ。俺は兄貴と違って魔法使いじゃないからな。」
ルリエルの言う事は意味がよくわからない。
ジャックに助けを求めて視線を投げかけると、ため息をついて説明をしてくれた。
「ああ、兄貴の説明じゃわからないよな。まず、こいつは俺の兄のユリエル。魔法使いだ。この街に魔法使いは二人しかいない。銀の塔の主と、此処にいるルリエル。」
「へえ」
「魔法使いは、みんな変わってると言われてるが、兄貴は特に変だ。魔法で民に施しをする事もあれば、気紛れに街に魔獣を放ったりもする。」
「迷惑すぎない?」
「その通りだ。」
横暴な魔法使いの弟として、かなり苦労して来たのだろう。
ジャックが強く頷いた。
「違うんだ、花嫁!民の方こそ気紛れなのだ。彼等は自分たちの都合で、やれ病を治せ、畑を肥やせ等と言って来るくせに、僕が少し魔法で嵐を起こしたり、魔獣を生成したら、今度は悪の魔法使いだの穢れた灰色等と罵ってくる。同じ様に風を操り、与える生命の形を変化させただけだと云うのに。何が違うのだ!」
ルリエルがすかさず口を挟んで、墓穴をほった。
成る程、魔法使いというのは人間と認識の感覚が違い過ぎるらしい。
彼には彼の言い分があろうが、人間の身である私としては、それに振り回された民の方に気持ちが寄り添うというものである。
「まあ、認識に差があるんでしょうね。ジャック、続けて」
「ああ、そんな兄貴が、3年程前から花嫁が来ると騒ぎ出した。そして、兄貴は花嫁の為にと言って魔法でこの屋敷と庭をつくった。それからは屋敷にこもり、花嫁へのドレスやら宝石やらを魔法で生成していたな。俺も街のみんなも、最初はどんな厄災が来るのかと恐れたが、花嫁は一向に現れない。気まぐれで暮らしを破壊されるよりは屋敷に引き込もって、いもしない花嫁に貢物を作っててくれる方が平和だから誰も触れなかった。」
「そ、そうなんだ」
弟の兄への扱いが中々に辛辣だ。しかし、仕方ないのかもしれない。ジャックは街の人達と魔法使いの兄との板挟みで苦労したのだろう。
「で、兄貴が言うにはその花嫁があんたらしい」
「そんな事ある?!」
私が、困惑しているとルリエルが焦った様に捲し立てた。
「どうしたんだい、花嫁。何か気に入らない?屋敷はもっと広いほうがいい?もしかして庭の花は好きじゃなかった?お茶が口に合わなったのかな。ああ、少し早いけれど、食事のほうがいいかな!」
「あ、いえ、その」
そういう問題では無い。
「ああ、そんな顔をしないでくれ!どうしたら君を笑顔にできるんだい?僕は君にそんな顔をされると、うぅ」
勝手に一人で喋って、勝手に哀しまれている。
ルリエルは、泣き出しそうな雰囲気だ。
自分の腕で自分を抱える様にして蹲った。
「お、おい、あんた兄貴を慰めろ!嵐が起きる!!」
その様子を見ていたジャックが慌てて私の方を向いて叫んだ。
「は?」
「魔法使いが泣くと街が水没しかねない!」
「そんな馬鹿な」
「兄貴、大丈夫だ!花嫁は兄貴の魔法に少し驚いただけだって!!」
「ま、魔法使いが好きじゃないって事だろう?僕はそれしか脳がないのに!」
ジャックが大慌てでフォローをするが、ルリエルは、ヒステリックに言葉を返す。感情の波が激しい人だ。
しかし、街が水没するとは。ジャックの焦りようからあながち誇大表現ではないのかもしれない。
「ルリエルさん、えっと、ごめんなさい。少し驚いてしまって。魔法使いの事はよく知らないので、好きでも嫌いでもないですよ。でも、魔法が使えるのは素敵だと思います。」
「ほ、ほんとに?僕のこと素敵だって?」
ルリエル個人について言及したつもりはないけれど、良いように受け取ってもらおう。
にっこり笑って返事を濁した。
「ああ、良かった!!花嫁を魔法で人形にしてしまうなんて、とても悲しい事だと思っていたんだ!君が僕を好きでいてくれてとっても嬉しいよ!!」
なんだか、とんでもない言葉が聞こえた気がする。
私のことを人形にするって?
この魔法使い、自分の思い通りにならなければ、なんでも魔法という力業で解決するタイプか。
しかも、素敵だといったのが勝手に好意に変換されている。
かなり思い込みの激しい気質らしい。
これは、大変かもしれない。