魔法使い、本当に変わった人だったわ
少年は、ジャックと言うらしい。
道すがら、自己紹介をしてくれた。
荒野をジャックについて行くと、石の外壁に囲まれた街があった。
円を描くように高さ10メートルはある外壁が取り囲んでいる。
門は空いていおり、門番の様な人が居た。
男性二人。
鎧を纏い、剣を下げている。
中世の西洋世界の鎧のような作りだ。
それくらいの技術レベルなのだろうか。
門番の一人がジャックに向けて声を掛けてくる。
「ジャック、どちらさんだ?」
「兄貴の客」
「…ああ、ルリエルの」
「いくぞー」
私の身なりはこの世界では特異なのだろう。
普通のパーカーとズボンなのだが、明らかに化学繊維だからな。
門番二人は探るように私の上から下までを眺めだ。
門番と一悶着あるのではないかと身構えていたが、ジャックの一言であっさりと門を通される。
ジャックが早く付いてこいとばかりに手を振っている。
私は、慌てて追いかけた。
ジャックのお兄さんは「ルリエル」というらしかった。
ジャックの家は、思いの外、というかかなりの豪邸だった。
大きな洋館の様な造りで、美しい彫り物が施してある壁と、柱。
所々に、金の細工が施されている。
庭は美しく整えられ、青い薔薇に似た花が咲き乱れていた。
元の世界でも、一握りのお金持ちしかこんな建物には住まないだろう。
てっきり、あばら家に住んでいるのではないかと思っていたので、想像とは違う緊張が走った。
ジャックはこんな良い家の子なのに、なぜ身なりが悪いのだろうと思った。しかし他所様の家庭事情に気軽に踏み込むものでもない。
「おい、こっちだぞ」
ジャックが、美しい庭を過ぎて、白い石段を上がっていく。
大理石だろうか。
歩くだけで緊張する。
「あ、うん、いいの?いきなり入って」
「大丈夫だろ。流石に兄貴も敷地に入っただけで攻撃はしないって」
「待って、攻撃される可能性があるの?!大丈夫なの?!」
魔法使いは過激なのだろうか。
「さあ?兄貴の事は俺もよくわからないし。」
「ええ?!お兄さんなんだよね?!不安だな」
鮮やかに彩られた玄関ホールに青い花びらが舞っている。
中央の階段から、ジャックと同じ灰色の髪に青い目の美しい男が舞い降りてきた。
正しく、舞い降りてきた。
彼は階段を踏むこと無く、2階からふわりと浮いて私の前に降り立ったのだ。
宙を優雅に飛行したのである。
私は映画の様なその姿を眺めていた。
彼はジャックとは違い、白いシャツに紺のベスト、上からローブの様なものを纏い、色とりどりの宝石のついた金属の飾りを身に着けていた。
灰色の髪は長く、アシンメトリーに切り揃えられた前髪から青く輝く目が覗く。
後ろ髪は緩く編み込まれて背中に流されていた。
整った目鼻立ちは、冷たい印象を与えるが、それを振り払うように彼は笑顔だった。
「ああ!待っていたよ!僕の花嫁!」
何だって?
彼は私の前で手を合わせると、生き別れになった家族をみつけたかの様に大仰に喜びを示した。
私とジャックは、言われた意味がわからないのでぽかんと見つめていた。
私はジャックに、『あんたの兄貴でしょ!何とかしてよ!』と視線を巡らした。
ジャックはその意を受け取って、少し顔を歪めると、小さくため息をついて言葉を発した。
「えっと、兄貴、何だって?花嫁って、聞こえた気がするんだけど」
「ああ、ジャック、まだいたのか。お前の役目は終わったから、もう行っていいぞ。」
「何だよ役目って!」
「僕の花嫁が此処に来るのは決まっていた。お前はその導き手。だからもうお前の役目は終わり。さあ、花嫁、此方にどうぞ!」
ルリエルは、めんどくさそうにジャックに向けて手を払うと、此方に優雅に手を差し出した。
エスコートするつもりなのだろうか。
全く手を取る気にはならない。
「あの、状況がよくわかりません。説明してもらえますか?あの、よければジャックも一緒に」
「……!ああ、もちろんだよ花嫁!まずはお互いのことを知るべきだよね!ジャック、ジャックね!君が望むならそうしよう!」
ジャックは『まじかよ』という顔をしていたが、渋々付いてきてくれた。
恨みがましい視線が痛いが、私をこのよくわからない。人物と二人っきりにはしないで欲しい。
出会ってまだ数刻しか経っていないが、この世界で見た人間の中で、ジャックが一番良心的かつまともな気がしている。