おはよう世界
おはよう世界。
全くもって清々しくない朝だった。
空は淀んだ雲に覆われ、雲の間から血のように赤い光が漏れている。
映画でよく見る世界の終わりが来る前のような天気だ。
ぼんやりと赤黒い空を眺めていると、稲光が走った。
どうしてこんな事になったのか。
そうだ、朝、珍しく早く起きたので、散歩に出たのだ。
そうしたら、何時の間にか荒野に立っていた。
全く見たことのない場所だ。
見たことが無い場所というか、全く違う次元の何処かに出たのだと思った。
私は、なにか、掛け違えたのだ。
何故か、この場所は私のいた世界とは別の場所だとわかった。感覚的なものを言語化するのは難しい。特に意識をしなくても、自然と息を吸うように、ただ“チガウ”というのがわかったとしか言いようが無い。
流行りの異世界モノだ!
とりあえず気分を盛り上げておかないと、家がない、金もない、食料もない、そもそも人がいる世界なのかもわからないという現実に押し潰されそうだった。
せっかく異世界に来たのに、世界が終わりそうな空模様で、今から先行き不安である。
世界が変わったというのがなんとなく感じられるなら、世界観設定とかもわかるようにしてくれ無いのだろうかと思った。
地面は栄養のなさそうな乾いた土が広がり、ほとんど枯れている様に見える木々か処々に生えていた。
見渡す限りに人家は無い。
どうしろというのだ。
とりあえず、周囲を見て回ろう。
状況を確認するのだ。
子供を拾った。
突然の展開だ。
いや、子供に拾われた、の方が正しいかもしれない。
世界の終わりみたいな荒野を歩いていると、小さい少年が岩陰で丸まっていた。
一見して、身なりはよくない。
見たことないくらいの、ボロ布を着ている。
くすんだ灰色のシャツとズボンを身に着けた、髪も灰色の少年だった。
顔は伏しているのでわからない。
大変に失礼だが、現代ではここまで着古した服を着ている人は、見かけたことがない。
この世界は貧富の差が激しいのだろうか。
しかし、現代的な倫理観を持つ大人としては放置するのは憚られる。
ほつれたシャツから伸びる手は、痩せて、どう見ても健康状態が良くない。
少年の下に歩み寄り声を掛ける。
「えっと、大丈夫?」
「なに、あんた、だれ?」
少年は私の存在に気づくと、顔を上げた。
白い顔に青い目の少年だった。
所々に泥汚れがあるが、顔立ちは美しい。
「えっと、あれ…?私の名前なんだっけ?」
なんという事だろう、自分の名前が思い出せない。
どうしたというのだろう。
確かにあったのはわかるのに、思い出せない。
「あんた、何言ってんの?」
「あ、うん、何を言ってるんだろうね?」
青い目を見開きながら問いかける少年を見返して、首を傾げた。
「あんたの方が大丈夫かよ。いかれてんのか?」
「そうかも…?」
少年が訝しむ。
声を掛けてきた人間が、記憶喪失だったら驚くだろう。
「何故か名前が思い出せないんだよ。いま、思い出そうとして気付いた…。」
「何だよ、ソレ。変な魔法でもかけらてんのか?あんた、身綺麗にしてるし、どっかの魔法使いに囲われてたんじゃないのか?」
「そんな事があるの?」
魔法使いが存在する世界なのだろうか。
そして、人間を囲ったり、記憶を忘却するような魔法が人に向かって放たれたりする世界なのか。
治安悪いな。
「俺が知るわけ無いだろ!」
「それはそうだよね。困ったな…。」
少年は思ったより元気だった。
受け答えもはっきりとしているし、この世界の事を何一つ知らない私より、余程しっかりしていそうだ。
何時の間にか座り込んでいた少年は立ち上がり向き合っていた。
「…他のことは、覚えてんのか?」
少年は、私への警戒をしている様子だったが、その表情からは心配する様な気配があった。
彼から見れば私の方が、悪い魔法使いから逃げてきた不憫な女性に見えているのかもしれない。
悪い魔法使いからは逃げていないが、行く先がなく、この世界の知識もなく、不憫な人なのは間違いない。
異世界のから来たことは、この世界の異世界人の扱いわからないので、一先ず黙っておく。
記憶喪失のふりをしよう。
「覚えてない。此処が何処なのかもわからない。少年が苦しそうに見えたから、具合が悪いのかと思って話しかけたの。ごめんね。」
「はぁ~?なんにも覚えてないのに、人の心配してるのか?記憶ないとしてもあんたどうかしてるよ。」
少年は呆れていた。
そして彼の目には侮蔑があった。
「ええ、厳しい」
「…あんた、いいトコのお嬢さんかなんかだろ。あんたみたいな“お上品”な奴、この辺じゃみたことねえよ」
「はは、そうなのかな、わかんないけど」
「はあ、そんなんじゃ直ぐ身ぐるみ剥がされて、売られるぞ。…あ〜とりあえずウチに来い。兄貴が魔法使いなんだ。運が良けりゃ診て貰える。」
「いいの?」
「なんにも覚えてねえんだろ。行く当てあんのか?」
「無い。助かるよ。ありがとう。」
「診て貰える保証はねえからな。兄貴は、なんていうか、変わってる…。」
「そうなんだ」
この世界に、私にとって変わってないものなんて無いと思うが。
取り敢えず、この少年について行ってみることにした。