和樹、ロリコン疑惑①
番外編みたいな?
それは突然であった。
まさに青天の霹靂である。
菅原和樹はその日、1人で下校していた。
光は今日、家族旅行で欠席していた。どうやら北海道に行っているらしい。
ただ、今日のうちには帰ってきているはずだ。
そのことを思い出し、和樹は、光の家によって少し遊ぼうと、目的地を自宅から光の家へと変更し、次の角を左へと曲がった。
そこに彼女はいたのだ。
そう、その女子小学生は。
4月の春風に純白のワンピースのすそをひらひらとたなびかせ、頭には麦わら帽子を乗っけている。
年齢は7、8歳くらいだろうか。そのあどけない、無垢そうな姿。
そして、その幼い瞳には少し涙が浮かんでいる。
この少女を見た瞬間、和樹の思考回路が動き出し、彼は1つの結論を導き出す。
いや、和樹のその天才能を用いなくても導き出されるであろう結論。
それは、迷子であった。
一瞬だが、彼女のことをかわいいと思ってしまった和樹は、自分の頭にロリをかわいいと思えるプログラムがインストールされている、つまりはロリコンになる可能性が秘めてあるとわかり、その迷子の子に聞こえないように唸り声をあげる。
そして、和樹はその幼女を無視することに決め、その子の前を素通りしようとしたのだが。
(なぜだ? なんでだ?)
どうしてもその幼女のほうに視線がいってしまう。
すると、その幼女は和樹の視線に気づき、和樹を見つめながら、1滴涙を垂らした。
見れば見るほど、いたたまれなくなり、気が付けば、彼女に声をかけてしまっていた。
「どうしたんだい? そこで。お母さんは? それとも、お父さんはどこにいるの?」
「わからない。どっかに行っちゃった」
和樹の予想通り、その幼女は迷子であった。
「どこではぐれたの?」
彼は、できるだけ優しく、甘いような声を出そうと努力する。
「わかんない。気付いたらお兄ちゃんが迷子になっていた」
どうやら、彼女は自分の兄と来ていて、自分が迷子になったのでなく、兄が迷子になったと思っているらしい。
「そう、じゃあ、どこら辺まではお兄ちゃんと一緒にいた?」
「うーんと、えーっと、あ、白い猫ちゃんを見たところまで」
どうも場所を特定できない情報を得た和樹だったが、凡人では考えられないような努力を積み重ねてきた彼は、記憶力がものすごく良い。
よって、彼の脳内検索は、猫の集まる場所、猫を飼っている家、猫を集めるのがうまい子など、様々な情報を検索し、それをつなぎ合わせ始める。
このすさまじい性能をもつ検索能力により、数秒以内に、膨大なエネルギーを使い、結構疲れたうえで何ヵ所かの白い猫の通る可能性のある場所をピックアップしたのだが、まだ情報が少ない。
そして、もう少し情報が欲しいと判断し、迷子の彼女に聞いてみることにした。
「どんな家が周りにあったとか、どんな感じの道路だったとか、覚えてない?」
「あ、そうだ、なんかななじゅうにかなんかのコンビニの前だった」
彼の莫大のエネルギーを消費した思考は一瞬で水の泡となった。
セブントウェルブのことをさしているのだろう。
この街にそのコンビニは何十ヶ所もあるが、そのうち、幼女の足でここまで歩ける距離にあるものは、1ヶ所しかない
大量のエネルギー消費を後悔しながら、彼はそこに向かおうと判断する。
「じゃあ、そこに行ってみようか」
この子の兄がそこで待っているかもしれない。それが一番早い解決への近道に思えた。
だが。
「学校で、習ったの。ふしんしゃ? 知らない人について言ったらダメだって。なんか、変なことされるかもしれないからって。お兄ちゃん、知らない人だから、ついていかない」
「いや、でもお兄ちゃんを探さないと、本当の不審者が来ちゃうよ」
「お兄ちゃんが、ふしんしゃ? じゃない証拠はあるの?」
「えーー、そのですね、いや、まあ、ないけど、善良な一市民として君のお兄ちゃんを探すために、1回そのコンビニにまで行ってみないかい?」
「だめ。誘拐されちゃうかもしれない」
「じゃあ、1000円あげるから」
その少女を見捨てられないのと、最終的には見つけた保護者に1000円請求しよう、という魂胆の上、和樹はそんな提案をする。
「だめ。おかねのもんだいじゃない」
「じゃあ、1万円」
和樹は現在の所持金の最高金額を提示する。
「だめ。言ったでしょ、おかねのもんだいじゃない」
だがしかし、その幼女の守りは堅かった。
和樹は少し悩みながらも、ダメもとでこんな提案をする。
「じゃあ、コンビニがどこか教えてくれる? その、セブントウェルブに行きたいんだけど……もし、教えてくれたら、好きなお菓子を1つ買ってあげる」
「えっ! 好きなお菓子かっていいの? なんでも!?」
彼女の顔が夏に輝くひまわりのように、ぱっと明るく輝く。今は春だが。
「うん。1つだけならなんでもいいよ」
もちろん、何でもは良くないが、お菓子くらい1,000円以内には絶対に収まるだろうと考え、そして迷子を見つけてもらったお礼に何かもらえるかも♪ という腹黒い考えがあった彼は、お菓子の値段くらい比べ物にならないだろうと、快く承諾した。
つまり、思いっきりフラグを立てた。
「じゃあ、ついて行ったらダメって言われているけど、教えるのならいいんだよね。うん。いいよ、教えてあげる。ついてきて」
その幼女はその小さい手で、和樹の手をぎゅっと握り、歩き始める。
(ちょろいな、こいつ)
引っ張られながら、そんなことを思う和樹であった。
「ここだよ。おっかしー♪おっかしー♪」
さっきまでの涙はどこへやら、迷子の幼女はスキップしながら和樹を引っ張ていた。
このコンビニまでの20分間、彼はお菓子で釣ったり、言葉巧みにだましたりしながらその幼女の個人情報を聞き出すことに成功していた。
ただし、その代償に和樹はアイス1つ(350円税込み)と通りかかった書店にあった雑誌(550円税込み)を購入、計900円を失うこととなり、和樹の所持金1万円が9100円となったのだが。
しかし、和樹は、4月からアイスを売っている駄菓子屋に恨みを覚えるも、迷子を見つけたお礼と比べたらこんな値段、塵も同然であるのに加え、最悪、保護者の方々に請求してしまおう、という腹黒い魂胆があったため、どうということはない。
この一時的な900円の犠牲から得た情報によると、その幼女の名前は本人によると、桜というらしい。
そして、この4月からこの街に住み始め、学校が終わり、自分の兄とこの街を探検していた時に迷子となった(桜によると、兄のほうが迷子になっている)ということである。
ここからは和樹本人は聞こうと思っていなかったのだが、年齢は7歳、小学2年生。誕生日は8月26日。好きな食べ物は唐揚げだという。
和樹は地方特有の、20台は停車できるであろう、広大なコンビニの駐車場に入ると、桜の兄と思われる人物がいないか探す。
(コンビニにはいない……か。そうだよな、探しに行くよな、普通)
ため息を吐くと、桜は和樹の手を引きながら、ご機嫌にスキップしてコンビニの入り口まで連れてくる。
その姿に、和樹は最近の小学生の無防備さに心配になった。
さっきまでは『知らない人にはついていかない』とあれほど口を酸っぱくして言っていたのに、少し言い方を変えただけでこれである。
と同時に、自分がこの子を人気のない場所に連れて行こうとしても、不審に思わず、誘拐できるだろうな、襲えるな、などと下種の考えるようなことも考えていた。
「いらっしゃいませ」
来店するとともに、いつものコンビニのドア開閉のチャイムが鳴り、店員が声をかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん、こっちこっち」
和樹が、店員のあいさつって、いらないよな、などと考える隙も与えず、桜はお菓子コーナーまで和樹を連れてくる。
ウキウキでお菓子コーナーを眺めていた桜は、もう1度確認を取る。
「うーん、どれにしようかなぁ、本当に何でも買ってくれるんだよね、お菓子」
「ああ、1つだけだけど、何でもいいよ」
うーん、と1分ぐらい考えたのち、桜はお菓子コーナーの1番目立つ場所に置かれていたある商品を指さした。
和樹が指の刺された方向に視線を向けると。
そこには『今日からあなたも魔法少女! 魔法少女の光る杖付き、実験セット』とあった。
それを見た瞬間、和樹は目を見張った。
もちろん、こんなものがコンビニに置かれているとは思っていなかったのもあるのだが、その値段である。
なんとお値段、おひとつ2500円。
こんな値段のものがコンビニに売られているとは、それもお菓子コーナーに置かれているとは夢にも思わなかったのである。
箱を見てみると、しっかりと『チューイングガム』『玩具菓子』とある。
あるのだが。
和樹の中でのお菓子の最高金額はボトルガムの598円であった。
それを桜に選ばれてしまった場合は、板ガムにでも変えさせようと思っていたのだが、予想最高金額の4倍以上の値段である。
「いやぁー、それはぁー、ちょーっと、高すぎませんかねぇ」
さすがの和樹も、この値段には尻込みしてしまう。
「えっ、もしかして、買ってくれないの?」
急に桜が今にも泣きだしそうな表情になる。
「『何でも買ってあげる』って、あれ、嘘だったの?」
子供にしかできない、大人への攻撃方法だ。
「もしかして、お兄ちゃん、ふしんしゃ?だったりしちゃうの?」
加えて''周囲の目線''という攻撃を食らった和樹は、ダブル攻撃を食らい、HPが10000減った。
社会の圧力に根負けした、和樹の完敗であった。
「いやいやいや、ぜんぜんぜんぜんぜんぜん高くない。安いぐらいだ! もちろん買うよ!」
「ほんとっ!? ありがとっ!」
和樹の思いとは裏腹に、桜の顔はぱっと明るく輝く。
(絶対合計3400円保護者に請求してやるっ!!)
そう思いながら、和樹は、魔法少女のアニメの鼻歌を歌う桜と共に、レジへと向かうのであった。
時間を少し前に戻す。
俺、星野光は午後6時頃、北海道旅行から帰ってきた。
家に入ると、いつもの風景が広がっていて、旅行ロスのような急に現実に引き戻さた気分になる。
その憂鬱な気分の憂さ晴らしにと、片付けは妹と両親に任せ、北海道土産を手に、和樹の家へと向かっていた。
帰宅部の和樹は1人だろうから、早く家に帰っていると思ったのだ。
しかし、向日葵に聞いてみると、まだ和樹は帰ってきていないという。
それならと、どうせ本屋にでも寄って、官能小説かラノベなのかよくわからないようなラノベを読み漁っているのだろう、そう思い、和樹の家から高校へと向かう。
まだ下校途中なのであれば、この道を通るはずだから、和樹と会えるはずだ。
そう思っていつも通る道を歩いていくと、いつの間にか星ヶ丘高校までついてしまった。
途中にすれ違っていたけど、気づかなかったのか、まだ書店にいたのか。
和樹には到底及ばない頭脳で考え、唸っていると、前から菜乃葉とことねが二人そろって歩いてきた。
どうやら女子テニス部はもう終わっているらしい。
「どうしたの? 光。今日まで家族旅行だったんじゃなかったっけ?」
俺に気づいたらしい菜乃葉が話しかけてきた。
「ああ、今帰ってきたばっかりだ。和樹を探しに来たんだけど、和樹を見なかったか? それとも今日は無断欠席?」
「今日は学校に来ていたけど、まあ、いつも通りの無断遅刻で。光がいなかったからか、帰りのホームルームが終わった後、すぐ出て行ったわよ」
あと何回無断遅刻するつもりなんだ、和樹。
「そうなのか。じゃあ、行き違いになったかもな」
「どうしたの? 和樹君を探しているの?」
ことねがそう聞いてくる。
「ああ、家にも帰ってきていないみたいだし、和樹の家からここに来るまでの本屋にもいなかった」
「そう。私も和樹に少し言いたいことがあるし、一緒に和樹の家まで行きましょうか。いい? ことねちゃん?」
「うん。もちろん。特に今日、予定ないしね」
ことねも同意する。
結果として、俺たちは和樹の家へ向かうこととなった。
「それにしても、またもや和樹、学校からまっすぐ帰らなかったわね」
菜乃葉の和樹への愚痴タイムが始まる。
「いや、小学生にそれを言うならまだしも、高校生なんだからいいじゃん」
「あれは精神が小学生未満なのよ。今日だって無断遅刻、この前は無断欠席、本当に、毎日報告する私の身にもなってみてよ」
それなら報告しなければいいじゃん、と思うのだが、そうはいかないらしい。恋心って複雑。
「まあまあ、そこまで和樹君のこと言わなくても。私のお兄ちゃんと比べれば、比べれば……比べれば………………やっぱり、同じくらいかな」
どうやら、インターネットの闇とラノベ(エッチな描写が多いやつ)の闇にはまり、抜け出せないでいることねの兄(大学受験に落ち、一浪目)と同等らしい。よかったな、おまえの尊敬する先輩と同レベルらしいぞ。和樹。
「それにしても最近、和樹に良くない噂が立っているのよね」
「和樹に良くない噂って、当然じゃないのか? あいつに良い噂があるとは思えないけど」
たぶん、和樹にいい噂があるのだとすれば、あの理不尽教師、平塚先生へ対抗していることぐらいだろうか。
いや、和樹が平塚先生を論破する度、平塚先生の機嫌が悪くなり全員が迷惑しているのだが。
「いいえ、なんだか、現実的なのよね。去年の夏ごろに流れていた和樹の噂は、彼は実は天才だったとか、彼の親はマフィアだとか、彼は学校を爆破しかけたことがあるとか、なんのまとまりもない噂が大量だったんだけれど、最近は1つに絞られて現実的な噂が流れているのよ」
「ああ、和樹君が実はロリコンだっていうこと?」
「そうなのか?」
現実的過ぎて驚きもしなかった。
「うん、女子はみんな言っているよ。和樹君はロリコンだった、正確に言えば、和樹君には小学生の彼女がいるって」
「その噂、どこから流れ出たんだ?」
女子の情報というのは何とも信憑性に欠ける。その噂の元が、調子に乗ったリア充の発言であれば、間違っている可能性が高いのだ。
仮に、和樹がロリコンだったとすれば、和樹に1発、いや、菜乃葉と協力して弾道ミサイル100発分見舞うだけだ。
「いや、噂の出どころは良く分からないんだけど、多分、信頼できるよ。だって、私この前の土曜日、和樹君が茶髪の女の子と歩いているのを見たもん」
「そうなの!?」
俺と同じく、その噂を信じていなかったらしい菜乃葉が高い声をあげる。
和樹、もう人としての道を踏み外してしまったか。
いや、元から踏み外していたか。
茶髪の女の子ねぇ。確かに、和樹が好きなラノベのキャラ、全員茶髪だよな。あれ、全員貧乳だったかも。
やべえ。和樹のロリコン疑惑、本当かもしれん。
いや、茶髪…………そういえば、和樹も茶髪だったよな。最初の頃は染めているのかと思っていた。
ちょっと待てよ。
「ことね、それいつのことだ? 土曜日の、何時頃?」
ここで俺にある仮説が思い浮かぶ。
「うーん、確か、夕陽が見えてきた頃だから、5時半くらいじゃなかったっけ?」
そうだ。和樹はロリコンではない。シスコンなんだ。
「その女の子、髪を、なんていうんだっけ、なんか髪の毛が肩くらいまであって、後ろが跳ねていて、後ろの真ん中らへんで髪を纏めてて、その纏められているところまでの髪は三つ編みじゃなかったか?」
「ハーフアップね。ミディアムの」
菜乃葉からありがたぁい訂正を受ける。男子は知らないんだよ、そんなめんどい名前! 可愛かったらそれでいいの!
「そうだった! とっても可愛かったよ」
うん。決まりだ。
「多分、その女の子、和樹の妹のだと思う」
そう、土曜日の夕方に和樹と一緒に歩いていたという少女は、和樹の妹、菅原向日葵である。
いつも、土曜日に妹のピアノ教室まで迎えに行かなければならない、などと毎週金曜日に同じ愚痴を聞かされている。
ならば行かなければいいのにとか思うのだが、妹を1人にさせるのは心配らしく『お母さんに怒られるから』などというもっともらしい、そして、小学生らしい理由をつけて迎えに行っていた。
シスコンである。
ひどいほどのシスコンだが。
ロリコンではない。
「そうなの!?」
少し元気になったかのような菜乃葉の声が聞こえてきた。
わかりやすっ。
「ありがとうっ! お兄ちゃん! 大好き!」
「えぇ? そうかい?」
前言撤回。
和樹の家まで歩いていると、途中にあるコンビニから和樹が出てきた。
幼女を連れて。
今回は和樹の妹ではない。『お兄ちゃん』と呼んでいるが、誰だろう。
俺が答えを出すより先に、菜乃葉がつぶやいた。
「和樹の、ロリコン」
同意します。同感です。賛成。
菜乃葉から和樹の方に視線を戻すと、和樹がこちらに気づいた。
そして、その幼女、俺たち、幼女、俺たち、と視線を2往復させてから。
「いや、これは違うんだっ! そういうのじゃなくて、この子が迷子・・・・・・」
「えっ、和樹くん、子供いたの?」
弁解をしていると、ことねがミサイルをぶっ込んだ。
そして、それを信じてしまった菜乃葉が。
「えっ? か……ずき……?」
絶望したように虚空を眺めている。
よし。ここからは別視点で語らせてもらおう。そう、神の視点から。
状況は――喜ばしくなかった。
この場にいる全員にとって。
ことねの一言により、情況を誤解した菜乃葉。その隣にはこの子は誰だろうと思索していることね。そして、全てを諦めた光。
そして、全ての元凶である和樹。
全員にとって。
(何言ってくれてんだ、ことねぇーーっ!)
和樹は冷や汗を流しながら今の状況に対して心の中で突っ込みを入れる。
(菜乃葉ぁーっ! お前もお前だ。この子見た目で5歳以上はあるだろぉーっつ! 仮にこいつが5歳だとしても、僕は12歳で子供を作ったことになるぞぉーっ! お前の偏差値幾つだよぉーっ! その頭を使えぇーっ!)
(光ぃーっ! すべてを悟ったような、理解したような顔をするんじゃねぇーっ! お前、これが俺の子供じゃないことは理解してんだろっ! お前も説明してくれぇーっ!)
心の中で一通り突っ込みを終えた後、和樹は弁解を始めた。
「ことね、わかっていると思うけど、こいつは僕の子供じゃないから。菜乃葉、少しは考えてよ、その頭で。仮にこいつが5歳だとしても、僕は12歳で子供を産ませたことになるじゃん」
「5歳じゃないもん、7歳だもん」
桜が反応する。
「わかったわかった。桜ちゃん、この怖ーいお姉さんがさ、お兄ちゃんのことを、桜ちゃんのパパだと思っているんだ。違うって、このとてつもなく怖ーいお姉さんに説明してくれる?」
「だ・れ・が・怖ーいですって! 和樹、もう一度言ってもらえるかしら?」
和樹が後ろを向くと、そこには怖い顔をした菜乃葉が立っていた。
そして、菜乃葉は和樹の背後から、左腕を和樹の首に回し、首を絞める準備をする。
「ほらほらほらほら、今怖いじゃん。じゃなくて、とても可愛くて、優しくて、天使のような菜乃葉お姉ちゃんに、説明してくれるって言った言った言った痛ぁーっ あ、でも胸があたってちょっとふかふぐぁっっ」
「天罰よ」
「天罰とは天が加える罰であって、今のは天ではなく菜乃葉がやったから、天に変わって征伐をすること、つまり天誅ね」
どんな場面であっても和樹の口は減らない。
「ちょっと黙ってて。で、桜ちゃん、かしら? この人とはどういう関係?」
まるで職務質問をするかのような態度で女子小学生に話しかける菜乃葉。
それに対して桜は少し怯えながら、
「うーん、パパ、かなぁ」
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数秒、その場を沈黙が支配した。
最初に口を開いたのは、和樹であった。
「桜ぁーっ、違うだろっ、お前なぁっ、なぜそうなる!」
「お前って言わないの、お兄ちゃん。なんでパパなのかと……」
「和樹、誰とやったの? 誰との子なのよ?」
和樹の胸ぐらを掴んで、コンビニの窓に押しやり、必死に問いただす菜乃葉。
その2人を興味深そうに見つめる桜。
そして、結構の人数の人から冷たい視線を送られていることに気づき、3人と距離を取ろうと、少しずつ後退する光とことね。
「まさか、向日葵ちゃんじゃないわよね」
和樹を射殺すようなきつい視線で菜乃葉は和樹の肩を壁に押しやる。
「そんなわけないじゃない。あいつ、ブラコンじゃないし。それより桜、なぜ僕をパパと呼んだのか説明してくれないか?」
「ひ・み・つ♪」
「『ひ・み・つ♪』じゃねぇ桜ぁーっ! さっき説明しかけてたじゃねぇかよっ!」
「えぇーっ、わかったよ。理由はね、学校で習ったんだ、『地球に住んでいる人はみんな家族』って。なら、お兄ちゃん、お菓子買ってくれるし、パパみたいな存在じゃん、だからパパ」
「えっ? 和樹、この子にお菓子を買って餌付けて誘拐しようとしてたの? やっぱりロリコン?」
「ちげぇーっ! こいつが迷子だったから、親を探してあげてるの! 優しいから!」
「お兄ちゃん、こいつって言わない」
「はいはい」
「『はい』は1回」
「はぁ゙ーーい」
「というわけだ。だから、桜の兄をこの優しい和樹様が探してあげようってんの」
誤解を解き、和樹は事情を一通り説明し終える。
「『優しい』っていうのは真実か嘘かはどうかとして、さっきも聞いたわ。で、その兄は見つかったのかしら?」
「いいや、まだ見つかってない」