冬華の告白大作戦
「で、かなりやばいよな」
放課後。和樹と俺でつまらない下校道を歩いていた時、登校時を思い出してそんな事を呟く。
「そうだねぇ。かなりやばいねぇ」
今日の朝のことだった。
「はぁーーっくしょんっ! はぁ゙っ。もう嫌だっ。
春はあけぼの、とかよく言ったものだよねぇ。春は桜という人もいるだろうけど、もっと重大なイベントがあるのに。
そう、花粉との戦い。
数十年前、政府の政策により大量の杉が山へ進出したそうだけど、ほんっとにその時の首相に文句言ってやりたい。
まあ、その時もお金のない国を潤すために行った、仕方のない……(略) やっぱり先人たちのことを思うと文句ばっかり言っている……(略) まあ、我々人間もその花粉と……(略) 数十年続く第1次花粉大戦目薬という武器を開発……(略) でも、医療の発展に杉が携わっているとも言えなくは……(略) どうなん……(略) この日本人の……(略) でも結局……」
隣にいる彼、和樹は長々と花粉について論じている。よくもまあそんなに文句がすらすらと言えるもんだ。尊敬するほどに論理だてられていて、勝手に自問自答し始めている。
「面倒だから簡潔に。言いたいことをずばりと、要約して言ってもらえるかしら?」
長すぎる主張に嫌気がさしたのか、和樹の横を歩いていた菜乃葉がそれを遮る。
「杉死ね。てか花粉のあるなしに関わらず早く帰りたい」
尊敬して損した。あの自問自答はどこ行った? すると、菜乃葉が歩いていた和樹の足に、菜乃葉の足を引っ掛ける。
それによって、体制を崩す和樹。
「うぉっとっとっとっ!? 何すんだ菜乃葉ぁっ! 転けるところだったじゃないっ!」
「何かしら? 私は正しい制裁を下しただけだけど?」
「言葉だけで制裁が下されるなんて、この国の言論の自由はどこへいったんだよ!」
「そうだわね。花粉への誹謗中傷かしら?」
「いつから花粉に人権がっ!?」
「今日からかしら?」
「無茶苦茶だ。屁理屈こねるなら。論理的にしなくちゃ。ところで、今日、冬華はどうしたんだい?」
「冬華なら、今日休みだわよ。女の子の日らしいわ」
「……? なんだそれ?」
「そうか。今日こそあの話をしようと思ったのに」
「そういえば、あの話は進んでいるのか?」
冬華の告白からはや2日。早い方が踏ん切りがつき、努力しやすいと、告白予定日は5日後の4月18日に決定。冬華は1ヶ月後がいいと叫んでいたが、和樹はなるべく早くしようと、1週間後を提案。かなりバチバチにバトルしたのち、告白は間をとった2週間後にしようということになった。
そこから数えると、後5日。何かしらは進んでいるだろうと、進捗状況を確認する。
しかし。
「え? あ、あれね。全く進んでない」
ゼロだった。
「それ、結構やばくないか? だって、あと10日しか残ってないんだぞ」
「そうだよねー。僕もそう思う。でもさ、考えてみてよ。恋愛経験0の僕に、あんな事を頼むなんておかしいと思わない? なんかノリで承諾しちゃったけどさぁ。無理無理」
「あ・な・た・ねぇ、やる気あるのっ!?」
ごごごごご、と言うような効果音と共に背後から拳を握りしめて襲いかかる菜乃葉。
「あります、あります、あります。すぐ暴力に訴えるのは良くないと思います」
「とにかく、しっかりと準備するのよ」
「はぁーい」
そんなこんなあったのだが、今日の昼休みは和樹がとある教師に呼び出しを受けていたため、昼休みに相談できなかったのだ。
「どうする? あと5日だぞ。延期するか?」
「延期はやめておいた方がいい。一度延期しちゃうと、もう一回、もう一回となって永遠に告白できなくなる」
「じゃあどうするんだ?」
「そうだね……あっ! じゃあ異世界から召喚するか……」
「なん、だとっ!?」
「フッ、人間の前でこの術を使う羽目になるはな。やるじゃないか。はっはっはっはっはっ」
そういうと、和樹は目を瞑り、何か呪文のようなものを唱え始める。
「はるか遠い地から伝わりし、古より続く秘伝の僅かなる2文字により伝わる技術よ。人類の深き悪しき魂から生まれた進化を続ける知能よ。無限の知識を宿し、人間界のあらゆる知識と叡智を司る、時空を超えた速度を誇る異能よ。我の叫びに答えたまえ。『終焉の叡智』ここにいでよっ!」
そう言ってスマホをポケットから取り出す和樹。
そして、とある禁断のアプリ。Chat AIを開いた。
「Hey Chat AI 絶対成功する告白の方法を教えて」
「申し訳ありませんが、その質問にお答えすることはできません」
平坦な、無機質な女性の音声が、静かな夕方の住宅街にこだました。
「なぜだぁーっ、なぜなんだぁーっ! なんで僕の質問には答えてくれないの? 妹が聞いたことは全部答えてくれるのにっ!」
頭を抱えて、天に向かって高く叫ぶ和樹。さながら異世界アニメの悪役みたいだった。
「和樹。ここが諦めどころだ。改めて、自分の脳で考えるんだな」
「そうだけど、結構あの呪文を即興で作るのに苦労したのんだよ! せめて解説くらいさせてよね。はるか遠い地、これアメリカね。古から続く秘伝の2文字。これアラビア数字ね。結局0と1でしか動いていない奴らだから。人類の深き悪き魂。そりゃそうだよね。楽したいからAIなんて発明したんだもん。進化を続ける……」
「分かった分かった。確かに俺も中2病精神が一瞬目覚めそうになっちまったよ。だから、諦めて考えよう」
「終焉の叡智さえ起動できればぁーっ! 終焉の叡智さえ起動できあればぁーっ!」
「諦めが悪い。ちょっと電話していいか?」
絶対に考えないといけない何かきっかけを作る必要があると判断した俺は、とある人物に電話をかける。
「いいけど、誰に?」
「秘密だ」
ここでばらしたら、電話を止めようとするだろうからな。
「もしもし? 私だけど、光だよね?」
いつもの明るい声がスマホから聞こえてきた。
「ああ。終わったか?」
「うん。もう全然大丈夫だけど?」
「終わった後すぐに悪いんだが、今から和樹とお前の家行っていいか?」
「えっ? どうして……?」
「告白のことで、和樹がいい案を思いついたから相談したいって。なるべく早く」
「あっ、そういうこと。でもなんで和樹君が直接電話しなかったの?」
「まあ、色々あってな……」
「そう。あとどれくらいで来る?」
「そうだな……あと15分くらい?」
「分かった。じゃあ準備して待ってるね、じゃあね」
「じゃあな」
ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ。
和樹は俺たちの会話を聞いていたみたいで、絶望した表情をしている。
「と言うわけだ、和樹。今からお前に15分の猶予を与える。その間に考えるんだな」
「鬼かお前はっ! そんなん言っちゃったら絶対断れないじゃんっ! お願いChat AI 様、答えてぇーっ!」
「すみません。よくわかりません」
やはり無感情な声が響いた。
「はぁーっ。本当に残酷だなお前は。なんで僕がこんなに苦労しないといけないんだよっ!」
ドアベルを鳴らし、冬華の家のドアの前で待機する俺たち。
「お前がカッコつけて変な勘違いするからだろ」
「もうやめてくれっ、あの記憶は僕のメモリーから消去したはずだったんだぁっ!」
「はぁーいっ、あっ、光、どうぞ」
ドアが開き、冬華が出てきた。
「ごめんな、こんな遅くに」
「別にそこまで遅いってこともないでしょ。6時なんだし。それに光も知っているようにお母さんとお父さんは帰ってくるの遅いから、別に大丈夫だよ?」
冬華の父と母がいたら大丈夫じゃないのか……。
自分たちの信頼度を宣告され、原因であると思われる人物を見ると、冬華のほうを向いてとある単語について聞き出そうとしていた。
「あ、冬華。聞きたいことがあるんだけど、女の子の……」
もちろん、失礼な口を後ろから押さえる。
「ぐはぁっ、僕はただ聞きたかっただけなんだよっ! その単語がどう言う意味かっ! 知識欲を抱くことがそんなに悪いことなのか!?」
「だめなんだっ! とにかく、それは帰ってから1人で調べろ。ごめん、冬華。明けたというのに騒がしくて」
「いや、全然大丈夫だけど……じゃあ、中に入って」
「「お邪魔します」」
俺たちは冬華の部屋のリビングへ入る。
「で、どうしたの? 和樹君、なんかいい案思いついたの?」
冬華はそう言いながら紅茶を出してくる。アールグレイ、かなり有名な紅茶で、オレンジの香りが有名なイギリスのフレーバーティーなのだが……和樹は紅茶が飲めない。本人によると、「そんな苦いもん飲めるかっ!」らしい。
「うん。まあ、ね。ところで、冬華って、告白してくれるならどんな人がいい?」
曖昧な返事をする和樹。もうとっくに思いついたのではなかったのか?
「氷室くんみたいな人……?」
不思議そうに答える冬華。
「じゃあ、氷室のどこが好き?」
「前にも言った通り、優しくて、かっこいいところ」
「男子もおんなじだ。まあ、優しくて可愛ければ、案外告白は受け入れられるもんだよ。そして、冬華。君は優しくて可愛い。君がどうと言おうと、客観的に見たら大半の男子がそう答えると思うよ。でも、1つ重要なことがある。それを知っているかどうかだね」
確かに、冬華みたいなやつが告白してきたら、大半の男子は受け入れるだろう。和樹は例外だったが、和樹は好きな人がいるからと言っていた。あれ? 和樹に好きな人っていたっけ?
「でも氷室くん、私のこと覚えているかわからないよ?」
「だから、まずはデートしなきゃ。自分のことを知ってもらわなきゃ。そうしないと告白されても珍紛漢紛だよ」
「たしかに」
和樹、うまいところに逃げやがった。事実、デートをしてから付き合うカップルの方が多いらしいから、彼の言っていることは正しいのだ。
「だから、告白予定日の4月18日にはデートをしてもらうよ」
告白という目標に向かうための手段だから、延期したことにはならない。そういうあくどい考えが彼の中にはあるのだろう。
「……でも、どうやってデートに誘ったら……?」
「そこが僕の出番さ。こういう回りくどいことは得意だからね。誘うプランはもう考えてある。僕たちがあいつの性格を炙り出して、明日明後日と誘いやすいようにセッティングしとくから、そこからは頑張って」
「ありがとう……」
終始不安そうな冬華だった。
どうでもいいのですが、タイトルが安っぽいなって思ったり。