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冬華の想い

「ちょっと、和樹くん…………その…………放課後……第3音楽室前に来てくれる?」

 和樹と春アニメについての討論を弁当を食べながらしていると、冬華がやってきた。

 

 第3音楽室。そこは常に誰もいなく、めったに使用しない教室。去年1年間でその教室に行った回数は、ゼロ。そのうえ、昇降口から最も遠い4階北側。

 つまり、誰も通らず、話している内容が聞かれる可能性は限りなく低い。

 

 要するに、絶好の告白スポットである。

 

「えっ? まあ、いいよ。何の約束もないし、どうせ何をするってわけでもないしね」

 本人は平静を装っていると思っているようで、口調だけは滑らかだ。ちょっと待て、今俺、放課後にお前の家に行くという約束をしたばかりなのだが?

「ありがとうっ。じゃあ、放課後第3音楽室前で」

 そう言ってそそくさとその場を離れていく冬華。

 フラグが立ちまくりなこの状況に、絶句する俺。

「これって、そういうことだよね? 光、そういうことだよね? 僕にも春が来たっていうことだよね?」

「悔しいがっ、たぶんそういうことだろうな……」

 言葉にできないくらい悔しい。いや、別に冬華のことが好きなわけではない。よく漫画やアニメ、ラノベでは幼馴染と主人公(俺にとっては俺が主人公なのだ)が結ばれるが、現実世界でそんなことは起きない。

 実際、あちらも恋愛感情など微塵もこちらに見せてこなかったし、こちらもあちらを好いているわけではない。

 確かに、友達としては居心地のいい関係ではあるのだが。

 じゃあ別にいいじゃないかって?

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 むかつく点が大きく2点。

 まず、この人でなしのろくでなしが人から好かれているという点。

 次に、この馬鹿が俺より先に彼女を作るという点。

 その上、この横柄さがひどくなると思えば、吐き気がする。

「ははっ。光、残念だが君より先にリア充なってしまうよ。まあ、今からでも遅くない。僕の弟子になりたいというのなら月額…………」

 そして、この傲慢な態度。

 あれ? 4つもある?

 誰が好き好んでむかつくやつの弟子になるというんだ。

 和樹をにらんでいると、少し小走りの靴音がこちらに向かってきた。

「ちょっと和樹、光、冬華知らない? なんか和樹に用があるって言って、食道から先に教室へ帰っちゃったんだけど」

「菜乃葉、そんなことよりも大事な話がある。ちょっと来てくれないか?」

「ひゃっ!?」

 俺は和樹から離れ、菜乃葉を連れて廊下に向かう。

 彼は察したように微笑を浮かべながらこちらを見送る。

「冬華が好きな人って知ってるか?」

 冬華といつも一緒にいる菜乃葉なら、何か知っていると思ったのだ。

 ぞれに、冬華とさっきまで一緒にいたと言うことは、そのことについて話していたのかもしれない。

 しかし、予想は外れた。正反対に、大きく外れた。

「知らないわ。でも、好きな人はいるみたいだけど」

「そうか」

「なんでそんなことを急に? 幼馴染の光の方がそう言うことには詳しいんじゃないの? え? もしかして、冬華のことを好きになっちゃった?」

「いいや、そんなことはない。ありえない。さっき冬華が来て、和樹に放課後第3音楽室前で会おうって言った来たんだ」

「えっ!? もしかして、そういうこと? 告白…………!?」

「多分そうだろうな。まあ、俺のいる前で言ってきたのは不思議だったんだが……」

「見に行くわ。冬華が本当に和樹のことが好きなのを確かめに……あと、和樹がなんて答ぇ……」

 彼女は、そこまで言いかけて、あと一歩のところで言葉を濁した。

「まあ、それは、いいことにしましょう。光もくるわよね」

「もちろん」

 そう意気込んだところで、チャイムが鳴り、俺たちは席へと戻る。

 席に座ると、前に座っていた和樹が後ろを向き、あのうざったい満面の笑みで話しかけてきた。

「え? 何話してたの?」

「教えるか」

「気になるなぁ。教えてよ、別に減るもんじゃないし」

「俺の精神が削れるんだよ。ていうかわかってんだろ」

「バレた?」

「バレるも何も、その表情とこの状況だ。どちらかを見るだけでわかるわっ!」

 本鈴が鳴り、5時間目が始まった。

 冬華はその後どこに行ったんだろうと思い、隣の席を見ると、まだ冬華は帰ってきていない。教師が気にしていないということは、あれか。女子の溜まり場、保健室か。


 冬華は7時間目が始まったときに帰ってきて、7時間目が終わったとたんに教室から出て行ってしまったので、何も聞けず、帰りのHRが終わった。

 和樹は浮かれながら、第3音楽室前へと向かって行った。行く前に「君たちは2人で先に帰っといていいよ♪」などと、非常にむかつく発言を残して。

「さあ、行くわよ」

 菜乃葉の掛け声とともに、和樹に気づかれないよう第3音楽室前へと向かう。

 最初のほうは部活に向かう人ごみに紛れ談笑しながら向かっていたが、人気がだんだんとなくなるにつれて、緊張してくる。

 それをほぐすかのように、声を潜めて会話を続ける。

「それにしても、よく冬華はこんな変な場所を選んだな。人に見られたくないのなら、学校が終わった後にでも告白すればいいのに」

 いまどきLINEで告白なんてのも聞いたことがある。

「それだから理系のあなたたちはモテないのよ。何かと効率を重視するでしょ? 効率厨などと呼ばれていてもおかしくないほどに効率を重視したがる」

「いや効率に関係なく、こんな学校の一番隅っこの教室を選ばなくても」

「えっ? あなた、知らないの? ここ、学校でも結構有名な告白スポットなのよ?」

「そうなのか!? 初めて知った」

「噂好きの冬華がよく言ってくるのよね。そういう話。でも、結構有名で、ことねでさえも知ってたわよ?」

「本当か? じゃあなぜ俺達にはそういう情報が回ってこないのか……」

「まあ、しょうがないわよ。リア充グループとのつながりがないんだから。オタクってやつ?」

「リア充以外を全員オタクにするな! もうちょっと分類あるだろっ」

「で、あなたはどっちなの?」

「オタクです……」

 向かう途中、和樹はいろいろな教師に呼び止められ、嫌われている教師からはお叱りを受けて、好かれている教師からは世間話で盛り上がって、今ここに居る弁解をしていたが、何とか第3音楽室前までたどり着いた。

 袋小路となった第3音楽室の扉の前に冬華がいる。

 その表情は、少し緊張していて、憂色を浮かべたような表情で、それでいても何かを決心したような前に進む光を灯した眼をしていた。

「ここに来るまでに30分もかかったわよ。本当に何してんだか。でも、和樹って、以外と先生方に好かれているわよね」

「そうだな。特に物理の神村先生からは好かれているよな。でも、その分敵も多いが」

「そうだわよね。平川先生もそうだけど、基本文系の先生から嫌われているわよね」

「しょうがない。あいつはそういうやつだ。好きな人からはとにかく好かれるが、嫌いな人からはとことん嫌われる」

「しっ、和樹が冬華に話しかけるわよ」

 遠くから和樹と冬華の話し声が聞こえる。

「あ、和樹君、来てくれてありがとう」

「いや、別に大したことないさ。で、どうしたんだい?」

 飛び出して和樹をひっぱたいてやりたい衝動を抑えながら、柱の陰に静かに身を潜ませ続ける。

「いや、あのね……ちょっと和樹君に……」

 逡巡する恋する乙女は、口ごもりながら、恥ずかしそうに、金に染めた髪を人差し指でくるくるといじる。

 それを無言で見つめる和樹。

 腹が立って一瞬で見てられなくなり、ふと横の菜乃葉を見ると、浮かない顔をしていた。

 冬華が和樹にとられるのが嫌なのだろうか。逆かもしれない。いや、それはないか。

 迷っていてもしょうがないので、聞いてみることにする。

「菜乃葉、どうしたんだ浮かない顔をして」

 聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの声で訊ねる。

「なにか、心の底で、もやもやした気持ちが渦巻いているのよ。なんだろう。この気持ち。どこか遠くへ行ってしまいそうな……」

「しょうがない。でも、和樹と一緒になったとしても、冬華なら付き合い続けてくれるだろ」

「なんか、そうじゃないのよね……」

「あっ、冬華がしゃべり始めるぞ」

 見ていられないし、見たくもないが、やっぱり気になるので視線を冬華に戻す。

「その……わかんないんかもだけど……和樹君が断ってくれてもいいんだけど……」

 しばらくすると、決心したように俯かせていた視線を急に和樹に向けて、

「好きなのっ! もうどうしてもどうしてもっ」

 スカートの横でぎゅっとこぶしを作って大きな声を出す。

 うすうすどころか、濃くわかっていたのだが、やっぱりそうなのか。横で何かがくらっと揺れたと思ったら、菜乃葉が気絶する。

 音を立てないように背中を受け止め、静かに廊下に寝ころばせる。

 本当は起こしたいところだが、今はそんな余裕ないのだ。

 気になる和樹の回答は。

「ごめん、冬華……ありがたいんだけど……僕、好きな人が……」

 そう言いながら、申し訳なさそうにする和樹。無性に腹が立つ。

「……? えっ? どういうこと? それとこれと何の関係が……」

 対して、冬華は頭の上に「?」マークを浮かべる。

「うん?」

 同じく、和樹も頭の上に「?」マークを浮かべる。

 そうなれば、俺も「?」マークを浮かべるしかない。

 しばらく冬華が考え込んでいたあと、急に気づいたように、顔を上げた。

「あっ、ごめん、大事なことを言い忘れてたっ。私、氷室君のことが好きなの。で、告白するのを手伝ってくれる?」

 その明るい声とは裏腹に、和樹含めた俺たち3人には衝撃が走る。

 数秒、沈黙が続いた後。

「くすくすくすくすっ、ぷぷぷっ。あはははははっ。あっはっはっはっはっ」

 俺は笑いをこらえられなくなり、大声で笑ってしまった。

「ああ。光。気づいていたよ。もう笑いたければ笑うがいいさ」

 彼は落胆した声でこちらを見る。

 見つかればしょうがない。立ち上がり、冬華と和樹の前に顔を出す。これは絶好のチャンスだ。

「えっ、もしかして盛大に勘違いしていた? 自分が冬華から好かれていると思って!? 何これ、こんなに面白いことある? 本気だったの? 本気でそう思っていたの?」

 俺自身も本気でそう思っていたわけだが、この機会に思う存分、恥をかかせてやる。

「だってしょうがないだろっ!? この流れでこの場所でこうくれば、告白しかないじゃん!」

「えっ? なんだってっ? 『ごめん、冬華……ありがたいんだけど……僕、好きな人が……』だっけか? それ今日の昼休みからずっと考えてたのか?」

 とにかく悔しそうに、恥ずかしそうに下を向く和樹。

「わかったわかったわかった。光、僕の負けだ。で、冬華。本題は何だったんだ?」

 俺たちの登場に驚いていた冬華だったが、少し息を整えると和樹を呼び出した理由を話し出す。

「光に聞かせるつもりはなかったんだけどなぁ。私ね、実は氷室君のことが好きなの」

「氷室って、氷室翔君のことか? サッカー部キャプテンの?」

「そう」

「でもまた、どうして?」

「いや、自分でも恥ずかしいと思っているんだけど……1年生の時、光とは別々のクラスになったじゃん? でね、私、クラスで孤立してたんだ……でも、氷室君が声をかけてくれて。私と一緒に話してくれて。とっても優しくしてくれた。菜乃葉と知り合ったのもそれがきっかけなんだ。いつからかは分からないけど、少しずつ、氷室君と話すたびドキドキしてきた。そして、冬休み。この気持ちはなんだろうって思って、じっくり考えてみたの。とても長い時間、考えてみて、やっと分かったんだ。これが恋だって。でも3学期、やっぱり断られたらどうしようとか、色々血迷っちゃって。結局春休みまで来ちゃった。春休みにも告白のチャンスはあったんだけど、そのことごとくを逃しちゃって。で、これからも血迷いそうだったから、いっそのこと和樹君に話して、勇気をもらおうと思って」

 多分、その眼は恋する少女の瞳だったのだろう。まるで星みたいに輝き、恋焦がれていた。

「でもなんでそこで和樹を選んだんだ?」

 菜乃葉や琴音、それこそリア充グループと仲のいい冬華なら、頼れる相手はいっぱいるはずだ。俺だって和樹よりかはましだろう。

「リア充って、そう言うこと言いふらしちゃうから、嫌だったんだよね。菜乃葉やことね、光を除外した理由は、和樹君が1番バカっぽくって、恋愛ごとに疎そうだから」

「ぐはぁっ」

「それに、友達も少ないし、言いふらされる危険が低いから」

「ごがぁっ」

「あと、」

「どはぁっ」

 ズタボロの和樹は、まあ無視して。

「2個目3個目の理由はわかるが、1個目の、恋愛ごとに疎そうだからって、なんでなんだ?」

「なんか、恋愛に詳しい人に頼んだら、すぐに答えを教えてくれそうじゃん? でも、和樹君ならバカっぽいけど一緒に、真剣に悩んでくれそうだから。いや、菜乃葉達が真剣に考えてくれないって思ったわけじゃないよ。でも、あとの2個の理由を付け足したら、和樹君が1番良かったんだよね」

 非常に納得できる話だった。確かに、恋愛ごとは親身になって本人と一緒に悩んでくれる人の方が良さそうだ。バカだしな。

 そう言った冬華は、しゃがんで倒れている和樹に視線を合わせて。

「だから和樹君、頼まれてくれる?」

「ああ゙いいよ」

 瀕死の和樹だった。

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