1 ◇ 幸せになれると言ってくれ
頑張り疲れた兄弟の、限界な人生への戻り方。
第五部(18話+幕間2話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
彼視点から始まる第五部、お付き合いいただける方は、どうぞよろしくお願いいたします。
すでに持ってるものを必死に探す様は滑稽に映る。
すでに掛けてる眼鏡を探したり。
靴履いてるくせに靴を探したり。
弟はそれだ。……ただし、重症の。
弟の場合は眼鏡や靴と違って、多分、一生気付けない。アイツは自分自身の力で、探してるモノを完璧に隠しちまったから。
誰がどう見ても一発で分かるのに、ずっとその手に持ち続けてるのに……アイツだけがずっと見失ってて、勘違いして悩んでる。
そんな弟を「馬鹿だな」っつって笑えれば楽なのに、俺は笑ってやることができない。
でも、指摘して教えてやることも、同情して声を掛けてやることもできない。
目の前で弟が泣きながら延々と探し続けているのを、ただ黙って見てることしかできない。
弟は拷問を喰らってる。人生をかけて、ずっと。
弟は自分がすでに持ってるモノを探しながら「周りはみんな持ってるのに」「持ってないのは自分だけ」「持ってない自分が許せない」っつって苦しんでる。
だから何度も改めて手に入れる。でも、そのたびに「あの日に持ってなかったから意味がない」「今手に入れたヤツは偽物だ」っつって認めない。
……馬鹿みたいだ。アイツは滑稽で不幸な人間にしかなれないのか。
アイツは強過ぎたんだ。
俺のために本当の自分を丸ごと隠しちまえるくらい、強過ぎた。
そのせいで弟はずっと、自分を見失って途方に暮れてる。
「自分はこんな奴だったのか」っつって絶望してる。
──弱くて、情けなくて、薄情で、誠意のない軽薄な奴。
違うのに、見事に勘違いしきってる。
本当は昔から何一つ変わってねえのに、変わっちまったと勝手に思い込んでる。……いや、それこそが自分の本性だったんだと、なんなら逆に塗り替えてる。
──気が強くて、クッソ負けず嫌いで、家族思いで、馬鹿がつくほどに一途な奴。
弟は本当はそういう奴で、それはずっと変わってない。
もうすでに全部持ってるから、今さら探す必要なんてない。
……親父がいたら、お袋がいたら。
サラが…………キミがいてくれたら。
俺が弟から奪っちまったモノを全部、全部、代わりに指摘して、弟の元に返してやれたんだろうか。
……………………もしかしたら、
俺が、ウェルナガルドが消えたあの日に自分も死んで楽になりたかったと思ってたように──……
──ずっと弟も、本心では……あの日に死んで楽になりたかったと思ってるのか。
俺と一緒に生き残らなかった方が…………弟は、幸せになれたのか。
弟が死ぬ夢を見るようになって、3回目のときだった。
一瞬そんな馬鹿な考えが頭に浮かんで、涙すら出ないほどに絶望した。
お願いだから違ってくれ。
アイツが「生きてる方が辛い」なんておかしい。「死んだ方が幸せだった」わけがない。生きててよかったに決まってる。
俺のせいだなんてのは今さらで、そんなのはもう分かってる。そんなのはもうどうでもいいから。
違う。お願いだ。アイツはこれから俺よりも、誰よりも幸せになれるって、お願いだから誰か言ってくれ。
星にも、神にも、今まで何かに願った記憶なんてなかった俺は、そのとき初めて、馬鹿みたいに片っ端から思いつく奴ら全員に願った。
片っ端から死んだ親父と、お袋と、ウェルナガルドの奴ら全員に願った。
何でもいいから、とにかく「弟は幸せになれる」って信じたかった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
──……キミだ。
「あれー?キミちゃんじゃん!どうしたの?ウチで買い物してたの?」
俺が気付くのと、サラが気付いて声を掛けたのは同時だった。
いつもみたいにサラが勝手に俺について回ってきて、なんか言い合いしながら家に帰ってたとき。
俺ん家とサラん家のある方から、俺の1こ下のキミが歩いてきた。
──……ユンか。よく会ってんなーコイツら。
キミはユンの友達……っつーか、町で唯一の勉強仲間だ。
表の道からは死角になってる、俺ん家の裏にある木。コイツらはその木に登って、よくそこで話してる。
最近はキミがユンに文字を教わって、何か書いて読み合ったり、たまにユンが本を貸したりしてるっぽかった。
二人とも頭はいいんだろうけど、相性はクッソ悪い。
ユンはキミと会った後、いつも家で愚痴を言ってる。たまに普通に泣かされてる。でも結局、またすぐに会ってなんやかんや話してる。
多分、俺とサラみてえなもんだと思う。嫌いじゃねえけどクッソムカつくみたいな。
「あ、サラ。ゼン。……ううん。ちょっとゼンの家のおばさんに用があっただけ。うちのお母さんから預かってたものがあって。」
キミが顔色ひとつ変えずにそう返す。これは多分、っつーか絶対に嘘だ。
……でも、口には出さない。サラが面倒くせえから。
サラは、同年代の中では自分がユンと一番多く会ってると思ってる。ユンと一番仲良い女子は自分だと思ってる。
だから、キミとユンがしょっちゅう二人きりで会ってることを知ったら、サラは100%動揺してうるさくなる。
具体的には、まずそれを知ってて隠してた俺にガチギレしてくる。次に俺に根掘り葉掘りキミとユンのこと聞こうとして、んでもってキミもユンも別に何も悪くないから怒るに怒れなくて代わりに俺に当たり散らす。
……で、最後にナナリーに「ゼンがひどい!!」っつって泣きながらいろいろ吹き込む。それで、ナナリーが俺に真面目な顔して「ねえ、ゼン。何でサラに教えてあげなかったの?……教えてあげてもよかったんじゃないかな。サラの気持ち、もうちょっと考えてあげて。」とか遠慮がちに意味不明な説教をしてくる。
…………終わり。最悪。クッソ面倒。だから言わない。
キミも似たようなことを考えてるのか、ユンによく会ってることを周りの奴らに隠してるっぽかった。
ユンは勝手にその理由を「……キミ姉が俺と会ってるって知られたら、キミ姉までみんなに馬鹿にされちゃうから?」っつって勘違いしてて、キミに「ユンのバーカ。全然違うんだけど。すぐに卑屈になるのやめて。鬱陶しいから。」って返されてた。ユンは半泣きで「じゃあ何ー!」っつってキレてた。
コイツらの会話は聞いてる限り、だいたいいっつもそんな感じ。考え方が捻くれてるユンと言い方が直球で容赦ないキミは、まじで相性が悪い。
サラが警戒してもしなくても、ここはどうせ絶対くっつかない。だからそれも込みで言わない。
「へぇー、そうなんだ!珍しいね。」
クソチョロいサラは疑いもせずに、キミの適当な嘘に納得して頷く。
ユンもサラも揃って鈍感すぎんだろ。お似合いだわアホ同士。
……キミとユンが別れた後っつーことは、ユンはキミに泣かされたか、熱か咳が出始めたかのどっちかだ。もしくは両方。キミに煽られてキレて興奮して咳出てるやつ。
サラはキミと次に遊ぶ約束だか何だかを取りつけて、「そういえば私、この後おばあちゃんと一緒に刺繍の練習するんだった!じゃあね!キミちゃん!」っつって俺の存在をガン無視して先に家に走って入ってった。
「…………サラって、本当に元気で明るいね。」
サラの後ろ姿を見ながらキミが呟く。
「お前、さっきサラに嘘ついたろ。今日もユンに会ってたんだろ。
……アイツの相手してやってくれてありがとな。」
俺がそう言うと、キミは真顔を少しだけ崩して笑った。
「ゼンはいつも私にそうやってお礼を言ってくれるね。……でも、お礼言われるようなことはしてないよ。ただ話してるだけ。」
「つっても、ユンに会いにわざわざ家まで来る奴自体、キミかサラくれえしかいねえし。」
「ユンが面倒くさいからじゃない?……まったく。ユンは変な劣等感ばっかり持ってないで、もっとちゃんとゼンに感謝した方がいいよ。こうやって心配してもらってることに全然気付いてないんだから。」
多分、キミはこういうこともユンの前で言ってんだろうな。そんでもってユンは「キミ姉の馬鹿!うっさい!」っつって拗ねたりしてんだろ。どうせ。
「……お前、ユンと話合わねえだろ。」
俺がそう零すと、キミはあっさり頷いた。
「うん。だからサラはすごいなって思う。
サラはユンがなんかうじうじ言ってても『そっかぁ。ユンはいろいろ考えてるんだね。頭いいなぁ、すごいよユン。』って褒めるの。それでユンも嬉しくなるんだろうな。サラと話してるときはユン、すごく明るいし楽しそう。
……私は真似できない。私はついイラッとしちゃうから。それで指摘しちゃう。『すぐそうやって屁理屈こねないでよ。』って。」
「サラはユンが何言ってようが変わんねえからな。アイツ何も考えてねえし。別にすごくねえよ。単なる相性だろ。」
俺がそう言うと、キミは「そうかもね。私、ユンと相性悪い。」っつって笑った。
「でも、うじうじしてないときは面白いんだよ。
ユンは本当に頭いい。読んだ本の内容の考察は聞いてて飽きないし、ユンの勉強の仕方は参考になる。私への教え方もすっごく上手で、例え話も分かりやすい。私の3つ下だって思えないくらい賢いの。大人みたい。
……だからこそイラッとするんだよね。普通に話してくれればいいのに、本や勉強以外のことになるとすぐに卑屈になっていじけだすから全部台無し。」
「…………。」
「ユンってさ、すぐに『俺なんか』って言って拗ねるけど、その話の内容は全然『俺なんか』じゃないんだよね。
自分を卑下するようなこと言うくせに、絶対に自分が負けてるとか、自分が下だとは思ってないの。本音は『俺の方が』『俺だって』なの。
……だったらそれを素直に言えばいいじゃん。
『俺のこといじめてくる奴らよりも、絶対に俺の方がすごいもん。』『俺だって、父ちゃんや兄ちゃんみたいな強くて格好いい男になるんだ。』って。
それを隠しながらごちゃごちゃ自分に言い訳してるから腹が立つんだよね。『それが一番格好悪いよ』って感じ。」
「…………お前はお前で、まじで性格キッツいな。」
「そう。直したいとは思ってる。……だからサラはすごいなって思うの。」
俺は直す気がねえ顔してるキミに呆れながら質問をした。
「んで、ユンは?熱でも出したか?」
「ううん。今日は珍しく円満に解散した。私がこのあと、家に帰ってやりたいことがあるから。」
「ふーん。」
するとキミは何かおかしそうに笑った。
「今日はね、ユン面白かったよ。
なんやかんやでユンはまだまだお子様だなーって思った。可愛かった。」
「は?何だそれ?」
俺が首を傾げると、キミは歩き出しながら俺に謎の言葉を残していった。
「ユンに聞いてみたら?
ユン、難しい科学や魔法のこととかはするする話せるくせに、恋話だといちいち細かいところでつっかえちゃって全然進まないの。ピュアすぎ。恋愛に夢見すぎ。
ま、ユンはサラと両思いだし、そのままでも大丈夫だろうけどね。
……じゃあね、ゼン。またね。ユンに『今度、診療所のケイさんから恋愛小説借りてきてあげる』って言っといて。」
◇◇◇◇◇◇
俺が家に帰ると、リビングに一人でいたユンが「兄ちゃん、おかえり!母ちゃん、なんかどっか出掛けてるよ。」って笑顔で報告をしてきた。
「そこでキミに会った。
お前、キミと今日何話してたん?キミが『今度、診療所で恋愛小説借りてくる』っつってたぞ。ユンに伝えとけって。」
とりあえず伝言を伝えてやると、ユンは思いっきり眉間に皺を寄せて口を尖らせた。
「うわ!キミ姉ムカつく!何なの?キミ姉が大人ぶってるだけじゃん。
いいもん。もう手紙の添削も代読もしてやんない!」
……全然「円満に解散」してねえじゃん。
「お前らまじで何話してたんだよ。っつか、『手紙』って何だよ。」
「あっ…………なんでもない。」
「お前、それ喋ったら怒られるやつじゃねえの?」
「今の忘れて。キミ姉には絶対に言っちゃダメだからね。」
明らかに口を滑らせたらしいユンは、目を泳がせながら下手くそな誤魔化し方をした。
「えーっと……あ!そうそう、何だっけ?恋愛小説の話?」
「それはただの伝言だっつの。俺はお前らが何話してたか聞いただけだろ。お前が勝手に手紙の話しだしたんじゃん。」
俺がそう言うと、ユンは「それ忘れて!絶対に言っちゃダメだからね!」っつってもう一度念押ししてきて、それから今度は何か言い辛そうにもごもごしだした。
「……ねえ兄ちゃん。」
「何だよ。」
「あのさ、……兄ちゃん、ついこの間、パーラさんに……その、告白、されてたんでしょ?」
「…………何で知ってんだよ。」
「キミ姉から聞いた。」
「…………何でアイツが知ってんだよ。」
「マチおばさんから聞いたって。」
「…………何でそこが知ってんだよ。」
「知らない。けど、母ちゃんも知ってたから、親の中じゃもう知れ渡ってるんじゃない?」
「は?!お袋まで知ってんのかよ!お袋はどこから聞いてきたんだよ!まじクソだろ!」
するとユンは「もー!全然話進まないじゃん!」って文句を言って俺を遮った。それで、遮ったくせにまた歯切れ悪くもごもご言いだした。
「それでね、……その、昨日ね?……ロウいるじゃん?あのクソむかつくやつ。
その、ロウのクソがね?パーラさんに、告白したんだって。……パーラさんが兄ちゃんに振られたから。」
いちいちつっかえながらも、律儀にロウをクソ呼ばわりするユン。
ロウに会う度に「病気のユンちゃん」っつって馬鹿にされてるユンは、ロウのことが大嫌いだ。っつーか、町の大半の男子のことが大嫌いで、ほぼ全員をクソ呼ばわりしてる。
ユンはいつか全員を魔法で片っ端から呪うつもりらしい。……魔法と呪いは違えだろ。混ぜんな。
「……でね?
それでね、パーラさんね、えっと……クソロウと付き合うことにしたんだって。」
そうしてユンは無駄に時間をかけて「ロウとパーラがくっついた」を俺に報告し終えた。
「ふーん。」
俺が一言で感想を済ませると、ユンは驚いたように「えっ?!それだけ?!」っつってきた。
「何だよ。他に何があんだよ。」
「……えっ?だって、パーラさん、兄ちゃんのこと好きって言ってたばっかじゃん。」
「で?」
「『で?』って……えっ?だって、そんなの、ロウもパーラさんもダメじゃない?」
「何でだよ。」
「え、だって、パーラさん兄ちゃんのこと好きでしょ?好きな人がいるのに、他の好きでもない人と付き合うなんて不誠実じゃん!」
「別にいいだろ。ロウがいいっつーなら。」
「そのクソロウもさ、付き合えれば何でもいいわけ?兄ちゃんに振られて落ち込んでるときにいきなり告白されたらパーラさんだって困るじゃん。好きな人のことは困らせないで、ちゃんと大事にしてあげなきゃダメじゃん!
それに、ちゃんと自分のこと好きになってもらってからじゃなきゃ付き合う意味ないじゃん!なんか弱ってるところにつけ込んで騙してるみたい!見境ない感じがやだ!」
……これか。キミが言ってた「ユンが恋愛に夢見すぎ」ってやつ。
っつか、まじで何の話してんだよコイツら。俺絡みのネタで恋愛観を語り合ってんじゃねえよ。まじでやめろ。
「……はぁ。……お前、サラに告白しねえ理由それかよ。」
ユンは「サラに自分のことをちゃんと好きになってもらってから」……つまり「両思いになってから」じゃないと告白しちゃいけないと思ってるようだった。
……だったらさっさと告白して付き合えよ。お前らもう両思いだから。お似合いだわ鈍感なアホ同士。
まあ、ユンが片思いだと勘違いしてんのは、サラがユンの前で無駄に歳上ぶろうとしてキモいくらい大人しくしてるせいではある。あと、周りのヤツらに「サラゼン」を吹き込まれてるせいでもある。
……まじで最悪。あれまじでやめろ全員。
俺が溜め息をついて軽くツッコむと、ユンは顔を赤くしながら「いっ、今はサラ姉関係ないし!」って文句を言ってきた。
「っていうかさ、兄ちゃんもいいの?……それで。」
「は?何が。」
「『何が』……って、えーっと……うーん、……自分のこと好きって言ってきた人が、速攻で別の人と付き合ってて。」
「……別に。いいんじゃねえの?俺関係ねえし。」
謎の質問をしてくるユンに俺がそう返したら、ユンは俺の顔をまるで不潔なものを見るかのような目で見てきた。
「えぇー……嘘ぉ……うわっ。」
「あ゛?何が不満なんだよ。むしろ俺が振ったくせにパーラにこだわってる方がキモいだろ。パーラが誰と付き合おうがどうでもいいわ。」
ユンの腹立つ視線に俺が若干キレると、ユンは「うーん……まあ、それはそうなんだけどさ……なんて言えばいいんだろう?んー……」ってぶつぶつ言いだした。
ユンはよくこうなる。
何の話題だろうと、一度持った自分の意見は絶対に曲げる気がない。だから相手を何とか説得しようとして、言い方を変えたり何個も例を出したりして、こっちの「たしかにそうかもな」って言葉を引き出すまで諦めずに話し続けてくる。
「んなこと言ったら、この町はそこら中で、親父に振られたヤツとお袋に振られたヤツ同士が結婚しまくってんじゃん。
別に不誠実でも何でもねえだろ。仕方ねえんじゃねえの?ある程度は。付き合ってる時期が被ってなきゃ別にいいだろ。
付き合ってりゃそのうち気も変わってくんじゃねえの。」
ユンが面倒くさい例を出してくる前に、俺は先に例を出して反論した。
この町の親世代は、今言った通り、だいたいが親父かお袋に一度は振られたことがあるらしい。
俺は最近、そこら辺のおっさん共に「あの頃の腹立つ親父の顔に似てきたな」って絡まれまくってる。当時の女子はみんな親父狙いで、自分たちは見向きもされなかったっつって、俺に謎に語ってくる。ぶっちゃけまじでウザいし腹が立つ。
……だったら何だっつーんだよ。テメェらはテメェらでどうせお袋狙いだったんだろ。
面倒くさすぎてこの前そう言い返したら、普通におっさん共から拳骨を喰らった。まじで意味分かんねえし。絡んでくんなよ。
そんな俺の例を聞いたユンは、目を丸くして
「じゃあ、兄ちゃんは『他に好きな人がいたり、別に何とも思ってなくっても、告白されたら適当に付き合っちゃってもいい』って思ってるってこと?それ『不誠実じゃないし全然アリ』ってこと?」
って、しつこく聞いてきた。
「……まあ、そうじゃね?知らねえけど。良いかどうかは別として、そこまで悪くはねえだろ。
あとから好きになったりもすんじゃねえの。知らねえけど。
…………っつか、こんな話させんなよ。」
恥ずくなってきたから俺が適当に返して話を切り上げようとすると──……ユンは驚いたようにまたもう一段階目を丸くして、クソみたいな例を挙げて俺を煽ってきた。
「えっ?だって、じゃあその理屈だと──次にナナリー姉ちゃんがジュードのクソに告白されたときに、気まぐれで『まあ別にいいかな』って付き合っちゃってもいい──ってことになっちゃわない?
それで、しばらくしてクソジュードとナナリー姉ちゃんがちゃんと両思いになったら、それはそれでアリってことになっちゃわない?
兄ちゃん本当にそれでいいの?……うわぁー……それでいいんだぁ。うーわヤバっ。」
「おい!何でそこでナナリー出してくんだよ!そこにその理屈適用すんな!」
「だってそういうことじゃん!何が違うの?」
「急に無駄に頭使って考えてんじゃねえよ!全然違えだろ!しかも何でジュードなんだよ!一番最悪な例を挙げんな!」
「今度クソジュードがナナリー姉ちゃんに告白するって言ってたって聞いたんだもん!」
「は?!どっから聞いたんだよそれ!っつかナナリーがんな告白受けるわけねえだろうが!パーラと一緒にしてんじゃねえよ!」
「うわっ!出た!兄ちゃんのナナリー姉ちゃん信仰!キモっ!!」
「チッ!調子乗んな馬鹿ユン!!」
「痛ぁっ!……うわぁーん!兄ちゃんが蹴ったー!足の骨折れたぁー!!」
「折ってねえだろ!!」
「──ゼン!ユン!また何を揉めてるの!?」
「あーっ!母ちゃん!今ね?!兄ちゃんが俺のこと蹴ったの!俺は事実を言っただけなのに!!
兄ちゃんがパーラさんに告白されてたの母ちゃんにバレてたからって、俺のこと勝手に怒って、俺何も悪くないのにいきなり蹴ってきたの!!」
「テメェ嘘ついてんじゃねえよ!そこ全然関係なかっただろ!!」
「……え?じゃあ言っちゃっていいの?母ちゃんに。ロウのクソの後の、ジュードのクソの続きあたりの話。」
「──っ!コイツまじふざけんな!!」
「うわーっ!ほら!また蹴った!ねえ母ちゃん今の見た?!兄ちゃんの馬鹿!暴力反対!!」
「はぁ……まったく。よく分からないけど、いい加減にしなさい!どっちもどっちなんでしょう?」
「どっちもどっちじゃない!」「ユンがクソなだけだっつの!」
「いった!また殴ったー!!」「テメェも今思っきし殴ったろが!!」
「っ、もう!いい加減にしてって言ってるでしょう?!
ユン!あなたまた熱が出たらどうするの!?ゼンもほどほどにしてちょうだい!!」
町一番の美人で「温厚な良妻だ」って周りの大人たちに言われてたお袋。
でも、お袋は家の中では、最低でも1日3回は鬼みてえな顔して怒鳴ってた。
全然温厚でも何でもなかった。俺たち兄弟が、いつも馬鹿な喧嘩ばっかりしてたから。
…………あの日に、二人ぼっちになるまでは。
そんなくだらないことでも、喧嘩してる余裕があったから。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
──気が強くて、クッソ負けず嫌いで、でも実は家族思いで、馬鹿がつくほどに一途な奴。
それが弟のユンだった。
俺の前でどんだけメソメソ泣いていようが、サラの前でどんだけヘラヘラ笑っていようが、根幹にあるユンの性格はそれだった。
……ただ、それを俺が壊した。俺が歪ませた。
もう一生治らない。もう一生取り戻せない。
あの日、あの状況で気付くのはさすがに無理だったと思う。
……でも、その後なら。
その後なら、どこかで気付けたかもしれなかった。
早く気付くべきだった。気付かなきゃいけなかった。
──他人の言うことを聞かないアイツなら、俺の「周りは見るな」って言葉を素直に聞くはずがない。
──泣き虫なくせに気が強いアイツなら、絶対に俺と一緒に戦おうとする。
──……それで、なんやかんやで俺のことが好きなアイツなら、絶対、俺を守ろうとする。
何があっても。どんなことをしてでも。
ユンが俺のためにとった手段。
それはあの日の記憶を「嘘」で塗り替えることだった。
ずっとユンの根幹は何一つブレてなかった。
ユンはあの日、誰よりも気が強いユンらしく、魔物たちから目を逸らさずに戦った。
それで誰よりも家族思いなユンらしく、俺のことを守るために、自分が戦った事実すらも捨ててみせた。
ユンはブレなかった。
ただ……そのせいで、ユンはずっと何一つ変わってなかったのに、ユンの自認は完全に反転した。
ユン視点でのユンは、気が弱くて、恐怖に屈して俺だけを戦わせた奴になった。
あの日の悪夢に魘される俺の横で笑っていられる、薄情な奴になった。
◇◇◇◇◇◇
その歪みから、本来のユンとのズレは止まらなくなった。
ユンは自分が卑怯て、薄情で、いざというときに何もできない弱い奴だと思い込んだ。
勘違いだと気付けるわけがない。ユンは誰よりも強い意志で自分に「嘘」をついたから。
その「嘘」を信じて、ユンは自分に自信を無くした。俺への罪悪感に染まっちまった。
それでユンは今度は、せめて俺の役に立ちたいと思うようになった。俺に迷惑をかけたくないと思うようになった。
……そのせいだ。
そのせいで、もっとユンはズレちまった。
アイツは馬鹿みてえにサラに一途な奴だったのに。俺よりも潔癖な奴だったのに。
俺のためにユンはそれすらも捨ててみせた。
せめて俺を困らせないように。ラルダとのことで、俺を悩ませないように。
ユンは、本来のユンが一番嫌う行動を取るようになった。
──恋も愛も持ち合わせない、不誠実な奴。
ユンはそれも背負うことになった。
…………兄貴の俺への「家族愛」と「誠実さ」を貫き通そうとしたせいで。
◇◇◇◇◇◇
ユンは昔から本当は何一つ変わってない。
「本当は、お前は俺の言葉を無視して、俺と一緒に戦ったんだ。」
「本当は、お前だって俺と同じあの光景を見て耐えきったんだ。」
「お前はそんな自分の強さすらも『嘘』で塗り替えちまえるくらい、意志の強い奴なんだ。」
「俺は、お前の『嘘』にずっと守られてたんだ。お前は優しい奴なんだ。」
「お前がずっと憧れてる『人の役に立てる』『大切な人に誠実』な人間。……それはただのお前のことだろ。お前は昔からずっとそういう人間だ。」
「……だから自信持て。もう自分を卑下すんのをやめろ。お前は誰よりも愛情深くて一途な奴だ。
絶対、誰も、お前ほどのことはできない。お前の真似は誰にもできない。
お前は世界で一番、大切な人を愛するのが上手い人間だ。」
言ってやりたい。それでユンの勘違いが治るなら。
「すでに手に入れてる理想の自分を見失ってるのはユン、お前だけだ。
俺も、ラルダも、アスレイも、クラウスも、第3部隊の奴らも前衛の奴らも。
とっくに全員知ってる。お前は『強い』奴だって。
……気付いてないのはお前だけだ。」
簡単なことなのに。ユンだけが気付けない。
アイツはまじで他人の話を聞かねえから、あの日の「嘘」を伏せながら伝えたところで「でも俺はあの日、兄ちゃんを一人で戦わせた弱い奴だし。」って速攻で言い返してくる。
そこで、俺は何も言えなくなる。
……ユンの「嘘」が強過ぎて、勝てない。
気が強いユンが、クッソ負けず嫌いなユンが、唯一の家族の俺を思って全力で作り上げた「嘘」。
アイツはきっと自分の記憶が「嘘」だと知ったら、あの光景に今度はもっと耐えられなくなる。しかもその「嘘」をもとに歪ませ続けてきた今の人生が、土台から滅茶苦茶になって崩壊する。
そうなったら絶対にユンは壊れて──あの日に帰って、そこで死んじまう気がする。
だから、勝てない。
……っつーか、俺は勝てなくてもいいんだ。別に。
別にユンが今さら記憶を取り戻す必要なんてない。
ただ、あの日に拘るのをやめればいいだけなんだ。少しは他人の話を聞いて、素直に喜んでくれればいいだけなんだ。
「なんだ!俺って、実はちゃんと強いんだ!」
「もしかして俺って、けっこう誠実なところある?」
「こんな俺って、本当に『最高にいい奴』じゃん!」
っつって。
とっとと気付けばいいんだ。お前が探してるモノはもうすでに持ってるってことに。
頼むから、さっさと苦しむのをやめて全部認めてくれよ。……ただの事実なんだから。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「……ねえ、兄ちゃん。
…………俺なんかでも、……普通に結婚できるかな?
俺みたいな奴でも、セレンディーナ様のこと……ちゃんと、大切にできるかな?」
頼まれてフィロソ王国で買ってきた魔法石を、ユンに宿屋で渡してやったとき。
ユンは俺に「お返し」っつってニヤけながら、新しいベスティレッダの魔法印を渡してきた。
討伐遠征でベスティレッダに行って、そこで赫灼火龍の群れを狩って、その角を換金しようとギルドに行ったら久しぶりにクソジジイに会ったらしい。
俺が「まじかよ」っつって驚いてたら、ユンは笑って報告してきた。
「クソジジイがね、兄ちゃんに『結婚祝い』だって。
俺たちが魔導騎士団に今いるって話したの。それでね、『ゼンも来てんのか』って聞かれたから『新婚旅行で休み取ってる』って言ったら、魔法印くれた。
兄ちゃんに『よろしく言っとけ』って。
……あとね、『二人とも、幸せになれよ。』だってさ。」
「…………それ、まじでクソジジイが言ったのかよ。」
「うん。絶対に言わなそうだけど、でもめっちゃ言いそうでしょ?クソジジイなら。」
ユンはそんな矛盾したことを言って笑って──……それから笑ったまま俯いて、自分の分の新しい魔法印を弄りながら自信無さげに呟いた。
「……ねえ、兄ちゃん。
…………俺なんかでも、……普通に結婚できるかな?
俺みたいな奴でも、セレンディーナ様のこと……ちゃんと、大切にできるかな?」
……直接聞いたわけじゃねえけど、クソジジイの「結婚祝い」は、俺だけじゃなくユンにも向けたものだったはずだ。
ユンはそれを察していたようだった。
──……それで、今のユンの「俺なんか」は、完全に本心になっていた。
キミが文句を言っていたあの頃のユンは、ユン自身の渾身の「嘘」で見事に塗り潰されて消えていた。
「──ねえユン、まさかそれ本気で言ってる?本気で思っちゃってるの?……馬鹿みたい。いい加減にしなよ。そういうの、ユンのこと『好き』って言ってくれてる相手にも失礼だから。」
俺の頭の中で、呆れるキミの声がする。
「──ユン、そんなこと言わないでよ。ユンはすごいんだよ?馬鹿でアホなゼンなんかより、よっぽど頭も良くて優しくてカッコいいんだから!だから、自信持ちなよ!……っ、ユンと結婚できる人は、世界一幸せなんだよ?」
……俺の思い出の中のサラが、泣きながらユンを励ましてる。
…………本当は自分がユンと結婚したかったんだって、涙でぐしゃぐしゃになった顔が、そう言ってる。
お前には、キミの声が聞こえねえのか。
サラのこの酷え顔が見えねえのかよ。
──お前は、あの頃の自分まで「嘘」で塗り替えちまったのかよ。
誰か、俺に教えてくれ。
俺はユンになんて言えばいい。
キミでもない、サラでもない…………ユンにこんな拷問みてえな「嘘」をつかせ続けてる俺は、なんて言ってやればいいんだ。
目の前にいる自信を無くした弟は、誰よりも馬鹿らしくて滑稽だった。
でも、その自信の無さを誤魔化すように作り笑いをしてる弟を……俺は笑ってやることができなかった。
「…………できるに決まってんだろ。
お前の婚約者のセレンディーナ。俺に顔合わせのとき言ってたぞ。『お前に出会えてよかった』って。
…………相手の言ってること信じてやれよ。」
もうここには、ユンを怒らせるキミも、ユンを励ますサラもいない。
だから俺は、今のユンの婚約者の、セレンディーナに願った。
お願いだ。
他はどんだけ滅茶苦茶でもいいから。
馬鹿みたいに自信を失くしている弟に、ただ一言
「貴方とならば幸せになれる」
って、ユンが負けを認めるまで言ってやってくれ。




