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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
おまけの小話
89/93

小話3-7 ◇ お客様の素性は非公表

 特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。

 全7話執筆済。

 運河に囲まれたフィロソ王国の王都は「世界で最も美しい水の(みやこ)」だと言われているらしい。


 そんな世界一お洒落なフィロソ王国の王都にある雑貨屋さん。そのうちの一つが、私のお母さんのお店【リリ・アルベン】。

 高級ではない、庶民向けの雑貨屋さん。

 王都で一番の有名店ってわけじゃない。でも、その唯一無二のセンスに溢れたリリ・アルベンには、根強いファンがたくさんいる。替えが効かない、唯一無二のお洒落なお店。

 これは娘の私の贔屓目ではなく、実際のお客様からの評判。私は昔から、ずっとそういった声を聞く度にお母さんを誇りに思ってきた。



◇◇◇◇◇◇



 リリ・アルベンの雑貨のセンスの秘訣は、お母さんの出自にある。


 実は私のお母さんは、フィロソ王国の人じゃない。

 隣国のクゼーレ王国の、貴族のお嬢様だった。

 そんな隣国のお嬢様だったお母さんは、19歳のときにフィロソ王国のとある貴族のお家に嫁いできた。そして娘の私を産んだ。


 …………その後、お母さんは捨てられた。不倫されて。


 しかも「跡継ぎになる男児を産めなかったお前に落ち度がある」って言い掛かりまでつけられた。

 正妻だったはずのお母さんは、味方のいない異国の地で娘の私と一緒に放り出された。


 当時の私は8歳だった。だから割とハッキリと記憶がある。悔しいけど、お父さんの顔も覚えてる。

 でも、()()()()はもうお父さんでも何でもない。


 それで、お母さんは泣きながら母国のクゼーレ王国に娘の私を連れて帰り──……は、しなかった。

 お母さんはブチ切れて「あの男を地獄に落とす!」と宣言して「絶対に泣いてやるもんか!」と奮起した。


 ──「だからお母さんは全然平気よ。貴女も今まで通り、楽しくお母さんと暮らしましょう。」って、言ってくれた。


 きっと、私がもうフィロソ王国の人間として、ある程度大きく育っちゃっていたせいだと思う。

 お母さんは私のために、フィロソ王国で生き抜くことを決意した。


 一切の伝手もない状態から、気合いと根性で、お母さんは自分の「好き」を集めたお洒落な雑貨屋さんを王都の端っこに開いた。

 荘厳で格調高いクゼーレの雰囲気と、優雅で清らかなフィロソの雰囲気。両方を掛け合わせた唯一無二の独特なセンス。

 クゼーレ王国出身のお母さんにしかできない雑貨屋さんだ。


 リリ・アルベンは少しずつ、少しずつ、お母さんのセンスの良さと丁寧な接客で名を馳せた。

 そしてついに、3年前に王都の中心に新しく2号店を構えた。お母さんの雑貨屋さんは、そこで一気に人気店になった。



 それで、王都の中心から離れていてちょっと来店するのが大変な、この元祖リリ・アルベンの1号店は、3年前から娘の私に任されている。

 お母さんは私にお店を託してくれるときに、こう教えてくれた。


「いい?これからは『貴女の好きなもの』でこのお店を埋めるのよ。『お母さんだったらこうするかな』なんて考えないで。2号店とは完全に別物になったっていいの。

 お店の一番の成功の秘訣は、()()()()()()()()()()()こと。

 貴女自身が自信を持って『これが一番、私が思う素敵な商品です!』と言えないものは売っちゃダメ。

 お店の中のセンスが少しでもブレていたら、お客様にはすぐに伝わるわ。雑貨屋はね、お店の空間丸ごと全てが一つの商品なの。

 ……大丈夫。貴女は私とは違うけれど、とってもセンスがいいお洒落さんだもの。相談にはいつでも乗るわ。自分を信じて頑張りなさい。」


 20歳でお母さんに店主を任されてもうすぐ4年目に突入する。この1号店は、今はすっかり私のお店。

 お母さんに教わった通り、ここは私の「好き」で溢れてる。


 フィロソ王国の水の都で生まれ育った私は、やっぱり優雅で清らかな雰囲気が一番好き。

 だけど、その中にちょっとだけ混ざってる。荘厳で格調高いクゼーレの都出身のお母さんから受け継いだ、少しお堅い格好良さも好きな感覚が。


 綺麗で柔らかい雰囲気だけど、少しかっちりしたところもあって、控えめな個性がキラッと光る。

 そんな感じの小物や服に溢れた、私だけの雑貨屋さん。


 わざわざお母さんの2号店と私の1号店で、使い分けてくれる人もいる。

 お母さんの2号店に比べて客入りはそんなに多くないけど、私は胸を張って、ここが王都……ううん、世界一の素敵な雑貨屋さんだって言える。


 私は、私のセンスが世界一だって信じてるから。



◇◇◇◇◇◇



 そんな私の「好き」が詰まった【リリ・アルベン】の1号店。

 自信はあるけど、自信と客足は毎日絶対は比例しない。

 そもそも王都の端っこにある小ぢんまりとした雑貨屋さんだから、平日の午前中ならお客様がちらほらとしかいなくて当たり前。お昼過ぎからが本番だから。


 私はカウンターで頬杖をつきながら、ガラス張りのお店の外にある道と橋と運河を眺めていた。


 長閑(のどか)だなぁ〜。平和だなぁ〜。……暇だなぁ。


 お母さんはこういうとき、暇さえあれば新しい商品のこととか仕入れ先との交渉とか、とにかくいろいろやっていた。

 でも私は何もせずに、のんびりガラス越しの景色を眺める。これはこれで私の個性。……いいの、仕事はあとですれば。今はセンスを磨いている時間だから。


 自分に甘い言い訳をしながらのんびりまったり構えていたら、ぽつりぽつりとお客様が来始めた。


 私は頬杖をつくのをやめて、お客様に笑顔でそっと会釈する。


(いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧くださいね。)


 敢えて声は掛けない。これが私の接客の仕方。

 接客もお母さんとはちょっと違う。お母さんは「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧くださいね。」って、声に出すから。

 でも、ここでは接客も私のセンスで統一してる。「無言で会釈」。これが私が思う、一番素敵な接客法。お客様が声を掛けて欲しそうにしていたら、そこで初めて声を出す。


 お店の中で何組かのお客様がのんびり商品を眺めている。

 お店を入ってすぐ左側にある、私の好きな画家さんが描いた王都の景色のポストカードたち。右奥のハンガーに掛かっている、淡めの色合いに染まった7種類のストール。真ん中にあるいくつかの丸テーブルのうちの一つに飾った、ピアスにイヤリング、ネックレスにブレスレット。

 どうかな?気に入ってくれるかな。気に入ってもらえたら嬉しいな。



 そんなリリ・アルベンの前で、また一人足を止めてくれる女の人が現れた。


 お店の一番手前側。入り口すぐ横の窓のところに飾ってあるトルソーが着ているワンピース。バッグと靴も私のセンスで添えてある。

 私はマネキンよりもトルソー派。顔や手足がない方が、お洋服だけが見えてお洒落だから。

 そのトルソーの足元にいるのは、大判のスカーフを首に巻いた実物大のキツネのぬいぐるみ。何故なら顔が絶妙にぶすっとしていて可愛いから。それだけ。他に理由はない。


 そんなキツネのぬいぐるみと、その女の人はパチっと目が合った。


 女の人はキツネとじっと目を合わせて、それからトルソーのワンピースを見た。一歩動いて少し身体を斜めにしながら入り口からお店の中を覗いて──そして、隣にいる男の人に笑顔で何かを話しかけて、お店の中に入ってきた。


 綺麗な黒髪をハーフアップにして琥珀のバレッタで留めている、新しく来たお客様。耳元には白い花のピアス。お化粧は控えめ。

 白いボレロジャケットに、ベージュの綺麗めなワンピース。靴はワンピースよりも濃いベージュのショートブーツ。小ぶりのショルダーバッグの赤がアクセントになっていて素敵だな。


(いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧くださいね。)


 私はそっと会釈する。

 そのお客様は私の視線をそっと受け止めて、微笑んで軽く会釈を返してくださった。


 ほんの少しだけ目が合った。茜色の瞳の印象的な目元。

 そのとき、私はふと思った。



 …………あれ?


 この人、どこかで見覚えあるような……?



 うん。絶対に見覚えある。私、このお客様をどこかで見たことある。


 遅れて私は気が付いた。



 ──……あ!そうだ!クゼーレ王国の王女様だ!



 私が18歳のとき。

 お母さんが一度、私をクゼーレ王国の王都の祭典に連れて行ってくれたことがある。ど真ん中にある王城から放射線状に広がる大通り。重厚感のあるレンガや石造りの建物たちが盛大に色とりどりの花と旗で飾られていて、人々はみんな活気に溢れていた。

 そしてそんな格好いいクゼーレの都を象徴するかのような、祭典のパレードに現れた第一王子様と第一王女様。歯を見せることなく少しだけ口角を上げて微笑みながら、悠然と手を振る王子様。上品に美しく、でも親しげに歯を見せて笑いながら大歓声に応える王女様。とっても華やかで格好いいお二人だった。

 私はその光景に感動した記憶がある。その日はお母さんの実家に帰って、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに興奮しながら自分が見たものを語った。


 ──そうだ!そのときの王女様だ!


 服装やお化粧の雰囲気が違って一瞬気が付かなかったけど、その瞳を見て思い出した。

 そしてじわじわと、私はこの状況を理解し始めた。


(隣国の王女様が来てくださってるの?!私のリリ・アルベン1号店に?!)


 事前に何か国の機関?偉い人?から店主の私に連絡があったり?とかはなかったから、きっと公的なご訪問じゃなくて、お忍びのお買い物なんだろうな。

 ……ってことは、私の雑貨屋さんの雰囲気が気になって立ち寄ってくださったのかな?

 わぁー嬉しい!でも、緊張する!


 王女様はすでに私から視線を外して、興味深そうにお店の中を見渡している。

 代わりに、私は今度は()()()と目が合った。


 ──王女様の隣にいる、背の高い男の人。王女様のお連れの方。


 ダークブラウンの薄手のロングコートと黒い革製のブーツ。コートとブーツの間に見えるボトムスは、コートよりもさらに少し暗い深みのある色。普通に着たら全体的に重くて暗い印象になりそうだけど、背が高くてスタイルがいいからバッチリ決まってる。まさに素材の良さを存分に活かした、真似できそうでできない高難度の着こなし。

 王女様が黒髪で彼が金髪だからかな。お洋服の全体的な明るさは正反対なのに、並ぶととってもバランスが良い。


 彼は今さら緊張している私の顔を見て、それから店内を見渡している王女様を静かに見下ろして──そして無言でもう一度そっと私の方を見た。



 ……バレてる。


 王女様がバレてること、彼にバレてる。


 私が「クゼーレ王国の王女様だ」って気付いてることに、彼が思いっきり気付いてる。



 ………………。



 ……こういうとき、どんな顔をすればいいんだろう。



 お互いに無言のまま気まずい顔で見つめ合う。


 表情から察するに、どうやら私だけじゃなく、彼も()()()()()()に不慣れなようだった。

 高貴な方々のお忍び──的な。慣れてたらもっと堂々としているはずだもん。でも彼は私と同じくらい……ううん、私以上に微妙〜な表情をしていた。



 ………………。



「〈……お前、バレてんぞ。〉」


 ついに彼が、王女様にクゼーレ語で声を掛ける。

 すると王女様は彼の方を向いて、笑顔で堂々と言い切った。


「〈ゼン、気にし過ぎだ。私の顔は国内ならばともかく、国外ではあまり知られていないのだ。問題ない。もっと堂々としていろ。〉」


 自信満々の王女様の言葉を聞きながら、【ゼン】と呼ばれた彼はそっと私の方を横目で見た。

 それから彼は考えるのをやめたらしく「〈……ふーん。〉」とだけ言って私から視線を外した。


 あ。私、ちょっとあの人と気が合うかも。


 私もちょうど今、彼と同じ結論に至ったところだったから。

 深く考えてもしょうがない。気付きはするけど、気にしすぎない。そんな楽観的な私に似た雰囲気をちょっと感じ取った。


(そうだよね。王女様だって気付いたところで、何が変わるわけでもないし。いつも通りに接客しよう。)


 私はそう思って、身構えるのを早々にやめた。



◇◇◇◇◇◇



 いつも通り……と言いつつ、やっぱり王女様のことは気になっちゃう。


 王女様はお店の少し奥側の真ん中にある丸テーブルのうちの一つに近寄って軽く屈んで、そこに並べてある木製の髪飾りたちを眺めていた。


(あ!それ、木靴職人さんが趣味で作っている木製の小物シリーズなんです。どうです?素材の色や木目を生かした、大ぶりだけど優しい印象の髪飾り。両端だけに塗られた色がアクセントになっていてお洒落ですよね。)


 どうかな?気に入ってくれるかな。


 王女様は私の一押(いちお)し職人さんお手製の髪飾りを見ながら、半ば独り言のようにして、隣で腕を組んで立っている彼に話しかけた。


「〈ふむ。この髪飾りなど、とても可愛らしいな。シンプルなデザインだが、作り手のこだわりを感じる。〉」


(そうなんです!この曲線!木の削り方!色の入れ方!塗りの上手さ!すべてが絶妙で、個性が光る逸品です!)


 お母さんが家ではほとんどクゼーレ語を話していたから、実は私はクゼーレ語を話せるし聞き取れる。

 私は王女様のクゼーレ語を聞きながら、こっそりと嬉しい感想に同調していた。


「〈この臙脂色のものが無難だろうか。しかし、白色も捨てがたいな。……ゼン、どちらが良いだろうか?〉」


 どっちの色にするかを考え始めたっていうことは、買ってくださる気になったのかな。

 嬉しいな。ありがとうございます。


 お忍びのお買い物を楽しんでいらっしゃるのか、弾んだ声で質問をする王女様。

 彼は「〈迷うんなら二つ買ってけばいいだろ。んな高くねえし。〉」と答えたけど、それに対して王女様は首を振った。


「〈そうだな。……だが違うぞ。そういうことではない。〉」

「〈……?〉」


 彼が不思議そうに首を傾げる。そんな彼を見ながら、王女様はふふんと得意げになって続けた。


「〈私はずっとやってみたかったんだ。『何気ない買い物でどちらを買うか迷う』という行為を。

 ささやかな物事に時間や思考を割くというのは、たしかに非効率的ではある。だが同時にとても贅沢なことだ。頭を悩ませている今この瞬間すらも、私にとっては良き思い出となっている。最終的に選んだ方により愛着も湧きそうだ。〉」


 可愛らしく笑う王女様は、そのお堅い言葉通り、とっても楽しそうにしている。

 そんな王女様を見た彼は「〈しょうもねえなー。っつーかお前、全然頭悩ませてねえじゃん。〉」と言って呆れ笑いをした。


「〈──それで、ゼンはどちらが良いと思う?〉」


 迷っているにしては、ただひたすらにウキウキしている王女様。もしかしたらこの質問も、ずっと言ってみたかった言葉のうちの一つなのかもしれない。


(……たしかに。楽しい経験ですよね。お買い物に行って、一緒にいる人に意見を聞くの。その意見でさらに迷ったりしちゃうんですけど、それもまた幸せな悩みですよね。)


 どっちがいいか聞かれたときの反応は人それぞれ。

 こっちが似合うんじゃない?ってはっきり言ってくれる人、一緒になって真剣に悩んでくれる人、あえて自分の意見は言わずに買う人の本音を引き出そうとしてくれる人──いろいろあるけど、彼は割とスパッと返す人だった。


「〈んー……どっちかっつったら白じゃね。お前、こっちの方が好きそうだし。〉」


 そう言って白い髪飾りの方を指差す彼。

 その意見を聞いた王女様は、嬉しそうに頷いた。


「〈そうか!ふむ、そうだな。では白にしよう。〉」


 王女様も王女様で、彼の言葉を聞いてスパッと即決。

 ……たしかに。あんまり頭を悩ませてはいないみたい。でも、王女様はとっても満足そうだった。


 だいたい二つの色で迷うときって、「自分に合う自信がある色」と「気になるけどちょっと勇気がいる色」な気がする。

 前者を勧められると「やっぱり私にはこっちが似合うよね」って確信が持てるし、後者の方を後押ししてもらえると「思い切って挑戦してみちゃおうかな」って決心がつくんだよね。

 今、王女様は彼に後押ししてもらえたんだろうな。「お前が気になってて本当に欲しいのはこっちだろ。」って。


(お選びになった白色の髪飾りは、今のお洋服にも合うと思います。さすがに華やかなドレスに合わせるには素朴すぎますが、今日のようなちょっとしたお出掛けの際や、お部屋の中でお寛ぎになる際にはぜひ使ってくださいね。)


 忙しくないときは、選ばれた商品への思いを頭に浮かべる。でもお客様に質問されない限りは、声には出さない。私の中に留めておくだけ。

 これも私の接客法。


 私はいつも通りに、そっと思いを頭に浮かべた。



◇◇◇◇◇◇



 お買い上げする品を一つ決めた王女様。

 次は他の雑貨を見に行くか、もうお会計をしにくるか。「そろそろお会計かもしれないな」と思って、私は少しだけ身構えた。

 でも王女様はどちらもせずに、まだ木製の髪飾りたちを見つめていた。


 ……やっぱり二つ買うことにしたのかな?


 彼も同じように思ったようで、無言のまま少しだけ不思議そうな顔をした。

 王女様はそんな彼の顔を見ることなく、じっと髪飾りを見つめながら言った。


「〈…………ゼン。〉」

「〈……?〉」

「〈『お揃い』は、()()だと思うか?〉」

「〈……お前の母親と?〉」


 彼がそう聞くと、王女様は軽く首を振った。


「〈母上ではない。母上にはまた別のものを買うつもりだ。

 ただ、この髪飾りは私以上にフィリア様に合いそうだと思ってな。フィリア様にも一つどうかと思ったのだ。思ったのだが…………〉」

「〈…………『だが』何だよ。〉」

「〈……だが、義妹の私と揃いの品が土産(みやげ)というのは……果たしてありだろうか。どう思う?ゼン。〉」


 そう言って隣にいる彼を見上げる王女様。その表情は、何かを期待するようにキラキラとしていた。

 そんな王女様と目が合った彼は、おかしそうに笑った。


「〈お前、それもどうせ『やってみたい』だけだろ。〉」


 彼の言葉を聞いた王女様はニッコリして、髪飾りの方へと視線を戻した。


「〈ふふっ。よし、そうだな。やはり『義姉妹でお揃いを身に付ける』夢もここで叶えてしまおうか。

 フィリア様はお優しいからな、笑顔で受け取ってくださるに違いない。〉」


 彼は「〈決まってんならわざわざ聞くなよ。〉」と笑いながら、お忍びのお買い物にはしゃぐ王女様を見守っていた。

 王女様は「〈フィリア様は淡い黄色がお好きだが、この薄紅色のものも良いな。……悩ましいな。〉」と言いながら、今度は彼には意見を求めずに、一人で熟考し始めた。



 そんな穏やかで微笑しいお二人の様子を気にしつつ、他のお客様の様子もちゃんと見る。


 ちょうどお会計のためにカウンターに向かってくるお客様がいたから、私は気持ちを切り替えて、そちらの(かた)に笑顔を向けた。



◇◇◇◇◇◇



 続けて二組のお客様のお会計を済ませたところで、王女様も買うものをすべて決めたのか、お会計にやってきた。


 スッと綺麗な所作で髪飾りを二つカウンターに置いた王女様。お色は白と薄紅色。

 そして王女様はとっても自然に、まるで母国語かのように綺麗な発音で、ここフィロソ王国の公用語のペペクル語を喋った。


「お会計をお願いします。」

「ありがとうございます。プレゼント用にお包みいたしますか?」


 私は敢えてどちらとも言わずに、まとめて二つの髪飾りについてそう伺った。

 すると王女様は嬉しそうに微笑んで「では、この薄紅色の方だけ包装をお願いします。」とおっしゃった。


 包装して、小ぶりの紙袋に入れて、お会計。プレゼントをお渡しするときのためにもう一つ小ぶりの紙袋を入れておくことを忘れずに。

 その一連の動きをする間に、王女様と一緒にいた彼がチラッと視界に入った。

 ゼンと呼ばれていた彼は、お会計にはついて来ずに、先にお店の入り口に向かっていた。のんびり入り口の方に行きながら、途中でフラッと王都の景色のポストカードたちのところに寄って、なんとなくそれらを眺めていた。


「──ありがとうございました。」


 お会計を終えて、最後にお品物をお渡ししながら私がそう言うと、王女様は笑顔で受け取って──すぐに立ち去らずに、私と目をしっかり合わせた。

 そしてそれから、ふっと目を細めて優しく微笑んだ。


「貴女のお心遣いに感謝します。お陰様で、とても楽しく買い物をすることができました。」


 私が不意を突かれて目を丸くしている間に、王女様は軽く礼をして颯爽と去っていった。

 そしてポストカードのあたりにいた彼の肩をトンと叩いて声を掛けて、一緒にお店を出ていった。





 …………なんだ。王女様も分かってたんだ。



 私に「クゼーレ王国の王女様だ!」ってバレてたこと。





 私は今さら、王女様がお買い物を終えた後になって気が付いた。


 王女様は、別に彼に言われなくても、とっくに察してたんだろうな。

 物心つく前からずっと注目を浴び続けてきているから、自然と分かっちゃうのかも。「ああ、見られてるな。」って。私みたいな素人の視線なんかは特に。


 それで、気付いた上でしらばっくれてたんだ。

 王女様と違って視線に不慣れな彼に「気にしなくても大丈夫だよ」って伝えるために。


 ……もしかしたら、彼もそんな王女様の気遣いに気付いてたのかもしれないな。


 あのときの彼の「〈……ふーん。〉」は、「お前はあの店員の視線に気付かないのか。……別にいいけど。」って意味じゃなくて、多分「お前が『問題ない』って言うなら、まあいいか。お前の言う通り、気にしないようにする。」っていう意味だったのかも。


 ……うん。そんな気がする。……素敵なお二人だな。



 私がお二人にバレバレな態度を取っちゃったことは、ちょっと反省しなきゃ。

 王女様はリラックスしながらお買い物をされていたように見えていたけど、それは王女様が彼に──なんなら私にも気を遣って、自然に見えるように振る舞っていたからだったんだ。

 あれはまだまだ、100%のリラックスじゃなかったんだ。


 次からは気を付けよう。

 お客様がどんなに有名な御方(おかた)でも、もっと自然に素敵な接客ができるように。

 もし次にまた来ていただけたら、そのときはもっと気兼ねなくお買い物を楽しんでもらいたいな。


(またのお越しをお待ちしておりますね。)


 私は声には出さずに、心の中でそっとそう呟いた。



◇◇◇◇◇◇



 王女様と彼はお店を出て、すぐにお店の前からいなくなり……はしなかった。


 入り口すぐ横の窓のところに飾ってあるトルソーの足元にいる、実物大のキツネのぬいぐるみ。

 王女様は来たときと同じように、ガラス越しにキツネのぬいぐるみと目を合わせた。それから今度は、隣の彼に向かって、キツネを指差しながら笑って何かを話していた。

 その()()を聞いた彼はなんだか変な顔をして、王女様はそんな彼を見て、今までの中で一番楽しそうに笑っていた。



 …………あ。分かったかも。



 王女様と彼が並んで歩き出して、私の視界から消えていく。

 私はお二人をそっと見送りながら、うっかりちょっとニヤけてしまった。


 3年前に仕入れ先で出会って一目惚れした、一点物のキツネのぬいぐるみ。

 今はスカーフを巻いているけど、帽子を頭に乗っけたり、お洋服を着たり、傘を背負ったりする日もある。

 隣のトルソーが身につけているコーディネート一式と違ってキツネは非売品なんだけど、外から見える一番目立つところに置いて正解だった。


(分かります。分かりますよ王女様。

 あのキツネのぬいぐるみ、ちょっと彼に似てますよね。)


 ちょうど私がそう思ったとき、お店の中にいた別のお客様から「すみませーん」と声が掛かった。


(王女様まで射止めちゃうなんて。

 やっぱり、リリ・アルベン1号店の看板キツネは世界一だな。)


 私は改めて自分のセンスに自信を持った。


 そして笑顔で軽く手を上げている女性のお客様の方に向かいながら、気持ちをまた切り替えた。


 これほど長い連載作品のおまけ部分を追ってくださる方がもしお一人でもいらっしゃるとしたら、こんなにも嬉しいことはありません。

 ここまで読んでくださり、この後書きに目を通してくださっている方、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
一気に全部読ませていただきました。 辛い過去の話や濃いキャラクターが出てくる割には、お話全体がふんわりしていて、優しい気持ちになるような感じがしました。 文体のなせる技なのでしょうか。 読んでいて、楽…
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