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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
おまけの小話
87/93

小話 3-5 ◇◆ 冒険者兄弟の現在地

 特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。

 全7話執筆済。基本毎日投稿の予定です。

 ──赫灼火龍の群れを見た。この街にかなり近いところまできてる。



 ある日。

 血だらけになった冒険者パーティーが、ベスティレッダのギルドに駆け込んできた。


 ギルドは実質、治外法権。

 とは言え、俺もさすがに王国民として最低限のことはする……というか、さすがに義務付けられている。


 俺は通話機を取って、ベスティレッダの街を治める領主に連絡を取る。


「ギルドの冒険者から報告があった。街の北北西にある山の麓で赫灼火龍の群れを確認したらしい。魔導騎士団の派遣を要請してくれ。」


 冒険者パーティーの奴らから聞いた、分かる限りの詳細を話す。すると1時間も経たないうちに、領主から折り返し連絡が来た。


 ──すぐに王都から魔導騎士団が派遣される。少なくとも十体以上の群れだということで、2部隊編成で来てくれるそうだ。距離的に丸一日は掛かる見込みだから、ギルド側でも避難命令を出してくれ。


 そして俺は、ギルドの依頼受注をすべて中止して、ギルドにいた奴らに街の南側への避難を形だけでも促した。

 ……まあ、このギルドの建物自体、街のギリギリ南側ではあるがな。


 案の定、冒険者たちは「南に逃げろっつーならここでいいじゃねえかよ。」と言って、依頼が受けられない代わりに食事処で酒を飲みながら入り浸りだした。


「『魔導騎士団』なんて温室育ちのお貴族様方に助けられるくれえなら、このまま死んじまっても後悔しねえよ。」

「テメェも温室育ちの()()()だろうが。僻んでんのか?一緒に仲良く貴族同士で討伐行って死んでこいよ。」

「うっせえ黙れ!」

「まー、いずれにしろ魔導騎士団様が全滅してから考えりゃいいんじゃねえか?」

「そうだな!そしたら逃げりゃいいか!」


 そうしてゲラゲラ笑う男ども。相変わらず(ひで)えことしか言わない馬鹿しかいなかった。


「そういや、魔導騎士団っつったら、王女様もくんじゃねえの?せっかくだから一目拝みに行ってみっか!」

「もしかしたら俺らを憐れんで(かね)くれっかもしれねえぞ!おいおい、上から目線でムカつくなぁ!」


 勝手に盛り上がって勝手にムカついている奴らを横目に、俺はカウンターで寝ることにした。



◇◆◇◆◇◆



 通報から丸一日が経った。いや、正確には丸一日と半日か。

 建物の外に出てねえから見てねえが、どうやら魔導騎士団の皆様方が、ついさっき無事に赫灼火龍の群れを丸ごと討伐してくれたらしい。

 領主から連絡があった。これでギルドも無事に営業再開ができる。ありがたいことだ。


 ギルドの床に転がっているのは、昨日の昼間っから酒で盛り上がって、ついに酔い潰れた馬鹿どもだ。


 ……お前らが全滅してどうすんだ。温室育ちのお貴族様方よりも頼りねえじゃねえか。


 通り道に転がっている奴らをわざと踏み潰しながら、申し訳程度に扉の鍵だけを開けておく。


 明日の朝までは誰も来ねえだろうとは思ったが、日中丸々寝ていたせいで眠気もなかったから、適当に一人で食事処の方へ行って勝手に酒を飲むことにした。

 冒険者たちだけでなく、料理人の奴らまで机に突っ伏していびきをかいている。……この馬鹿どもには金を払う必要もねえな。



 そうして俺が一人晩酌を楽しんでいた夜中の2時半。


 奇妙すぎる時間に、ギルドの入り口の扉が開く音がした。



「エッ?何これ?……うわ、酒(くさ)っ!!やばっ!!」



 …………誰だ?

 地元の人間……は、あり得ねえな。こんな時間に、流れの冒険者か?


 聞き覚えのない声に、俺は疑問に思いながら顔を上げる。

 するとそこには、そこら辺では絶対に買えそうにない大層上質な騎士服を着た、一人の青年の後ろ姿があった。

 さっぱりと切られたくすんだ金髪。ただ、襟足だけが腰まで長く伸びていて、一本に括られている。


 ……ああ、魔導騎士団のお貴族様か。興味本位で覗きに来たか?

 そういや、討伐が終わったら一晩宿屋に泊めていくとか、領主が何か通話で言ってたな。



 ……見たことない。知らねえ奴。


 面倒(くせ)えから声を掛けずに息を潜めて、またソイツが帰っていくのを待っていても良かった。



 だが、その腰の左右には、冒険者の中でもなかなか珍しい()()が携えられていた。

 



「……もしかして、お前…………【ユン】か?」




 俺は何か考えるよりも先に、自然とそう口にしていた。



 するとご立派な騎士服を纏ったその青年は、尻尾のような長い襟足の髪を靡かせながらクルッと上半身を捻らせてこっちを向いた。



「──あ!()()()()()じゃん!!久しぶり!!」



 思い出の中の声とは違う、声変わりした男の声。


 だがその顔は、思い出の中とまったく同じ、憎めない毒気の抜かれる笑顔だった。



◇◆◇◆◇◆



「クソジジイ!元気にしてた?元気そうだね!」


 軽くひょいひょいと床に転がってる奴らを飛び越えながら、ユンは呼んでもいねえのにこっちに来て、当然のようにテーブルの向かいに座った。


「お前……心臓に悪いな。驚いたぞ。」

「うん!俺も驚いた!」

「テメェと俺とでは驚きの程度が違えよ。一緒にすんな。」


 俺がとりあえず「お前も飲むか?」と酒を差し出すと、ユンは首を振って遠慮をした。


「ううん、いらない。

 今、宿屋からこっそり抜け出してきてんの。酒飲んだらさすがにバレちゃうもん。

 ……まあ、この匂いでバレちゃいそうな気もするけど。ちょっと後でしばらく外に出て風に当たらなきゃ。」


「おいおい。お前その服、魔導騎士団の団服なんだろ?いいのか?そんな素行不良してて。バレたらお偉い方々に叱られちまうんじゃねえのか?」


 俺がそう聞くと、ユンは苦笑しながら「うーん、多分大丈夫。隊長は優しいから、もしバレても気付かなかったフリして見逃してくれるんじゃないかな。」と言った。


 久しぶり──恐らく十年以上ぶりのユン。

 ろくに構える暇もないままいきなり会話が始まったが、不思議なことに俺もユンも、特に変に盛り上がることもなくぎこちなくなることもなく、当時のように自然と話が続いた。


 どうやらユンは今、魔導騎士団だなんて大層ご立派なところで、お優しい隊長様のもと楽しくやっているようだ。

 だが、こんな夜中に宿屋を抜け出すなんてクソガキな部分は、完全には消し去れていないらしい。


「……随分とご立派になったもんで。

 魔導騎士様はギルドなんっつー汚ねえ場所、久しぶりなんじゃねえか?」


 俺が少しの皮肉を込めながらそう聞くと、ユンはあっさりと返してきた。


「俺、今でもギルドは行ってるよ?んー……忙しくても月に最低一回は行ってる。

 魔導騎士団だと大型魔物とか魔物の群れを団体討伐する機会しかないもん。たまには単騎駆けもしないとね。感覚鈍る。

 …………あと、別にいいんだけどさ、みんな貴族でいい人たちすぎて、ずっといると浄化されそうになるんだよね。

 ぶっちゃけ、たまに息詰まる。」


 ユンの言葉に、俺は声をあげて笑った。


「『浄化されそう』って、テメェは悪魔か!

 はっはっは!まあ、そうだよなぁ。血塗れのクソガキにゃお綺麗な王都はキツイよなぁ。」


 俺はそう言いながらも、らしくなく……ほんの少しだけ安心した。


 そうか。ユンはまだ、冒険者もやってんのか。


 ……王都に染まりきって、ギルドを完全に離れたわけじゃねえのか。


 別に「ギルドを忘れられたら寂しい」なんて可愛らしい感情じゃない。

 ただ、ギルドがまだユンにとって、自然に息ができると思える場所なこと──帰る場所になっていること──……そのことに対する安心だった。


 背伸びして、見栄張って無理をして、汚ねえ過去を捨て去って……そんで、ぶっ壊れたら意味がねえからな。


「んで?ゼンの方は何やってんだ?アイツも元気にしてんのか?」


 ユンが特に何も構えずにニコニコ俺に話してるっつーことは、少なくともゼンが健在なのは確定だ。俺は大して何も気にすることなく尋ねた。


「兄ちゃんも魔導騎士団にいるよ。元気にやってる。ギルドにもたまに一緒に行くよ。」


「ほぉーそうか。お前ら結局そこに行き着いたんか。」


 俺がそう言うと「俺は魔法研究所と兼任してるけどね。研究員もやってんの。」とユンが付け足してきた。


「そうか。……ってことは、お前は学校にでも行ったんか。思ったより賢いガキだったんだな。」


 するとユンは、嬉しそうに微笑んで「うん。俺、学校にちゃんと行けたんだ。全部兄ちゃんのおかげ。」と頷いた。



 ……そうか。…………良かったな、ゼン。


 お前はあんな無謀で馬鹿げたことを、弟のためにやり切ったのか。



 俺は口には出さずにしみじみしながら、またユンに質問をした。


「それで?ゼンの奴も今こっちに来てんのか?」


 俺が聞くとユンは首を振った。


「ううん。今日はいないよ。兄ちゃん、今は休み取ってるから。」



 それからユンは、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。



「今ね、新婚旅行に行ってるんだ。兄ちゃん。」



◇◆◇◆◇◆



「………………『新婚旅行』?」


「そう。新婚旅行。」


「…………『新婚旅行』か。」


「そう。新婚旅行。」


「『新婚旅行』っつーことは…………ゼン、アイツ結婚したんか。」


 ユンは昔のような調子のいい腹立つ笑顔を浮かべながら、悪戯っぽく「そう。驚いた?」と言ってきた。


「まあな。驚いたっちゃ、驚いたな。

 そうかそうか、あのクソガキもそんな……そうかぁ……もう結婚か。」

「ねえねえ、意外だった?」


 俺の反応を面白がっているユンに、俺は適当に返してやった。


「いや。驚きはしたが、意外じゃねえな。

 アイツはガキの時点ですでに腹が立つほどイイ(つら)してたからな。どうせあの顔でイイ女でも釣ったんだろ。ったく、ふざけた奴だ。」


 ユンはそれを聞いてけらけらと笑った。

 そんなふざけた弟のユンに、俺はついでに教えてやった。


「……ああ。そういや、今思い出した。

 俺も最近ちょうど聞いたんだった。【ギルド荒らし】のゼンの新しい噂。」


 ユンは「ああ、それね。何とかなんないかなぁ。ちょっと恥ずかしいんだよね。」と軽く愚痴をこぼしてから「兄ちゃんの噂って何?」と首を傾げてきた。


「ゼンは結婚したんだろ?

 俺もついこの間、冒険者の奴らから聞いたぜ。


 ──【ギルド荒らし】の兄のゼン。ソイツは王女様の旦那様だ。


 ってよ。

 ……ははっ!お前ら、今は魔導騎士団なんだろ?噂を聞いたときゃさすがに笑っちまったが、(あなが)ち間違いじゃねえんじゃねえか?たしかに王女様もいるもんなぁ!」


 俺がニヤニヤしながらそう言って酒を煽ると──……



 ……ユンは不意を突かれたように、くりっとしたお可愛い目を丸くした。



 ………………おい。



 急に固まんな、ユン。……馬鹿かお前。



「……おい、ユン。まさか…………それ本当か?」



 俺が聞くとユンはハッとしたように再起動して、下手くそな誤魔化し方をした。


「へぇー……ふぅーん。……面白い噂だね。どっから流れてきたんだろう?」

「テメェが分かりやすいからバレたんじゃねえか?今みてえによ。弟のせいだな。」

「……は?俺、何も言ってないし。」

「ってことはその噂は本当なのか。たまげたなぁ。」

「は!?俺まだ何も言ってないし!」

「ユン。テメェ、不意打ちに弱すぎんだろ。それか油断しすぎだ。そんなに間抜けで今までよく生きてこれたな。

 それにしても……はぁ〜そうかぁ〜。ゼンの奴、よりによって王女様を落としちまったのかぁ〜。」

「まだ本当って言ってないんだけど!」

「ったく、信じらんねえなぁ!ゼンは相変わらず腹立つ奴だなぁ!はっはっは!!」


 ユンはそれこそ、堅苦しい魔導騎士団を抜け出して久しぶりにガキの頃の知り合いの俺に会ったせいか、完全に気が抜けてしまっていたようだった。

 少しは青年らしくなっていたさっきまでの顔を崩して、完全にあの頃の美少女ちゃんに戻って「クソジジイ!まだ言ってないのに決めつけんな!」とガキらしく憤慨していた。


「さっさと諦めろクソガキ。

 ……ま、アレだろ?よく知らねえが、言っちゃいけねえんだろ?王女様の秘密だもんな?言ったら罰でもくらうのか?

 お前はギリギリ口には出してねえからいいじゃねえか。モロに顔には出てたけどな。」


 ユンは口を尖らせて唸ってから、しばらくして諦めたように「それ、絶対に言いふらさないでよ。」と釘を刺してきた。


「言いふらしたっていいだろ。床に転がってるコイツらが起きたら言ってやるか。

 ガキの頃のゼンを覚えてる奴、今ここにいるか確認してみっか?ユン。」

「クソジジイ!」

「っつーか、別に言いふらしたって変わんねえだろ。

 もともと俺だって噂で聞いたんだ。俺一人が言おうが言うまいが、もう冒険者の奴らの間じゃ噂の一つになってんだよ。」

「それは──っ、まあ……たしかに。じゃあ、いっか。」


 ユンは開き直ったようだった。

 そして「まあ、バレないよね。『木の葉を隠すなら森の中』じゃないけど、(ウソだらけ)の中に(ホンモノ)が一個紛れてるくらいなら大丈夫だよね。それに噂って言っても、どうせギルドの中だけの話だし。」と一人で言い訳をして、バラした罪から目を背けていた。


「んー……でも本当、どっから噂が漏れちゃったんだろう?

 兄ちゃんが魔導騎士団にいるのがバレちゃったのかな?まあ、別にそれは隠してないけど。」

「適当なこじつけじゃねえか?ただ王女様の旦那様が非公表だから、面白半分で言われてるだけだろ。テメェの似たような噂も聞いたことがあっからな。」

「エ゛ッ?何それ。」

「──妹のユンは魔性の女で、どっかの貴族の当主を誑かして屋敷に領地に財産に……当主の座を全部丸ごと乗っ取った──らしいぞ。」

「はぁ?!もう何一つ合ってないじゃん!誰だよそれ!

 ……ってかクソジジイ、兄ちゃんの噂を広めるくらいなら俺の性別訂正しといてよ。兄ちゃんと一緒のときとか、よく行く顔見知りのギルド(とこ)とかならいいんだけどさ。俺一人で遠めのギルドに行くと【ユン】って名前書くだけでたまに笑われんの。

 でも偽名使うのは自意識過剰な感じがして、逆にダサい気がするんだよね。そこは負けたくない。」

「負けたくねえって、何と戦ってんだよテメェは。

 っつーかよ、俺が今さら『ユンは男だ』っつったところで何になんだよ。何にもならねえだろ。噂のほとんどがもう意味不明でお前らのことじゃねえんだから。」

「それは──っ、まあ……そうだけど。……じゃあ、仕方ないか。」


 ユンはまた納得して頷いた。



 …………ま、でもそれも今だけだな。


 お前らはちゃんと王都の魔導騎士団に落ち着いて、そこで真っ当に生きてんだろ?


 だったら、本物の【ゼン】と【ユン】が気付かれんのも時間の問題だ。


 さっきお前が自分で言っていたような顔見知りのギルドの奴らから、だんだん「本物」が知られていって……だんだん信憑性の高い本当の噂が流れていって、嘘の噂は消えていって──……そんで、きっとすぐ逆転する。

 あと数年もすりゃ、真実だらけの噂の中に、たまに嘘が混じってる程度になるだろうな。


 ゼンが王女様の旦那様だ──ってことも、どうせすぐに知れ渡る。


 いいことじゃねえか。バレた暁には盛大に祝われとけ。


 …………文字も読めねえクソガキが、大層な出世をしたもんだ。



 ──【ギルド荒らし】のゼンとユン。



 一周回って……噂話がまたコイツらの生存報告代わりに使えるようになるのも、そう遠くはねえかもな。



 俺は口には出さずにそう思いながら、ゼンへの祝い酒として、新たに酒をグラスに注いで一気に煽った。


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