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婚約者様は非公表  作者: 湯瀬
おまけの小話
86/93

小話 3-4 ◇◆ 冒険者兄弟の回顧録

 特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。

 全7話執筆済。基本毎日投稿の予定です。


 クゼーレ王国全土に散らばる、冒険者が集う民間ギルド。

 そこら中の街にあるが、この国でまともに生きている国民の大半は一生お世話になることがない別世界。


 一歩そこに踏み入れれば、命も尊厳も一気に軽くなる。実質、治外法権だ。


 まともな奴は一人もいない。


 家や名前を失った訳ありな奴か、命知らずの狂った奴。現実を知らずに憧れて、迷い込んできた愚かな奴。

 大半がそんな人間だ。


 そんなまともじゃない奴らの巣窟で、伝説になっている冒険者がいる。



 【ギルド荒らし】のゼンとユン。



 それが生ける伝説の名前。



 王国中……かどうかはさすがに知らねえが、王都以南の一帯のギルドでこの名を聞いたことがない奴はいないだろう。

 二つ名を持つ有名冒険者はそれなりにいるものの、ここまで名が知れ渡っている冒険者はコイツらだけだ。


 冒険者という生き物は、気が向けばギルドからまた別のギルドへと放浪する。そして行った先々で奴らは噂を広め、そうしてまた噂が噂を呼ぶ。


 ──「ギルド荒らし」のゼンとユン。奴らは小せえガキの兄妹だ。


 ──ふらりとどこかのギルドに予告なく現れては、依頼を根こそぎ奪っていくらしい。


 ──討伐、撃退、採取納品……高難度のものを何でもこなす。ギルド側がその高額な報酬を一度に支払いきれなくなって、ギルドの主人が片腕を担保に取られたなんて話だ。


 ──ギルドでソイツら兄妹と揉めた奴は、全員拷問された挙句に魔物の餌になったらしいぜ。


 ──化け物じみたその強さ。正体は龍の血が混ざった人外だ。


 ギルドに来た奴らから聞く噂はどれも不確定の眉唾物ばかり。

 一周回って「そんなのはただの、新人冒険者を脅かすために作られた御伽話。ゼンとユンは架空の人物だ。」と逆張りする奴もいる。


 ただ、さすがにそんな極端な逆張りは少数派。ゼンとユンは実在するからだ。

 名前の欄に雑に「ゼン」「ユン」とだけ書かれた、所属パーティーも認定ランクも連絡先も空欄の、単発登録の手続き用紙。そいつをサイン色紙代わりに飾っているギルドもある。それが一応の存在証明。


 とはいえ、噂を聞いた他の冒険者が面白半分でなりすますことも多い。なんなら今は、本名を知られたくない奴が使う偽名の代名詞だ。俺も月に数回は「ゼン」か「ユン」の名が書かれた登録用紙を目にしている。

 本物か偽物かは鑑定できない。その単発登録者がどんな依頼を受けたかで推測するしかないらしい。


「なんだ。それならやっぱり、ただの作り話じゃないか。ゼンとユンなんて本当はいないんだ。」


 その繰り返し。堂々巡り。

 どれだけ噂を集めても、ゼンとユンの正体は掴めない。冒険者たちは何一つ真実を知らないまま、その名だけを語り継いでいる。



 …………まったく。どれもこれも、全部馬鹿みてえな話だな。



 もはや原型すら怪しい眉唾な噂話の数々。【ギルド荒らし】のゼンとユン。


 俺は真実を知っている。


 何故なら、ソイツらが本物かどうかを見分ける()()()()()は、この場所──【ベスティレッダ】の民間ギルドにあるからだ。



◇◆◇◆◇◆


◇◆◇◆◇◆



 ギルドには、まともな人間もいなければ、いい人間もいない。

 弱い者にはお優しく、強い者には敬意を払う──なんてお美しい心を持った真っ当な人間は、早々にギルドの奴らの汚い性根にショックを受けて去っていく。


 弱い者は叩き潰して面白がり、強い者でも気に食わないなら容赦はしない。


 理不尽だなんだと騒ぐ奴もいるが、だからどうした。ここでは理屈なんて通用しない。

 認められれば受け入れられて、そうでなければ排除される。それがギルドの常識だ。


 何も知らねえ女子供なんて来た暁には、散々イジられて馬鹿にされて弄ばれて追い出されるのが当たり前。


 だからお優しい俺はあの日、まさに女みてえなガキが来たときに、()()()()()()()()()()()、優しく洗礼をしてやった。



 あの日は、嵐みてえな大雨の日だった。

 外は昼間っから雨雲のせいで薄暗く、ぐしょぐしょに濡れた冒険者たちでギルドの建物の中もびしょびしょだった。


 そんな雨と汗のジメジメとした湿気がただただ不快でイラついていたとき。

 ギルドの入り口の扉が開いて、ぐっしょり濡れた人間がまた一人現れた。


 ──……小せえ女のガキだ。


 俺を含め、ソイツに気が付いた全員がそう思った。


 肩に届くくらいのくすんだ金髪を一本に結った、毒気の抜かれるお可愛い顔した女のガキ。

 将来有望でしかない美少女だが、その身なりは酷かった。

 当然ガキ向けの装備服なんてそこら辺には売っていない。ただの庶民服なのはいいとして……それが酷かった。泥だらけで血だかなんだかのシミだらけの服が、雨に濡れてボロ雑巾のようになっていた。

 腰には申し訳程度の武器にしかならない、安っちい短剣。そして肩から下げたヨレた鞄を大切そうに、両手を添えて持っていた。


 そんなクソ汚ねえ美少女ちゃんが、明らかに場違いなギルドに一人で入ってきた。

 ソイツはそわそわしながらキョロキョロと建物の中を見回して、俺のいたカウンターのところにとてとてと小走りでやってきた。

 そして鞄の中からゴソゴソと何かを取り出す。


「すみません。これ、いくらで売れますか?」


 俺のことを上目遣いで見上げながら、お行儀よく両手で黒光りしたモノを差し出してくる美少女ちゃん。

 それを見た俺は驚いた。


 ──……赫灼火龍の(つの)だ。


 決して高価な素材ではない。

 赫灼火龍の角自体は、十分な硬度も無ければ魔導伝導率も低い。完全に観賞用の代物だ。愛好家が収集品(コレクション)として欲しがるか、武器の装飾に(こだわ)る奴が欲しがるくらい。……まあ、このくらいなら4万リークで買い取りといったところだろう。根元じゃなくて中ほどで折れてるのが減点だな。


 ただ、これを何故このガキが持っているのか。驚くべきところはそこだ。

 赫灼火龍は素材としてはほとんど使えねえが、魔物本体は相当強い。比較的小型なやつでも冒険者たちが手こずる相手だ。素人冒険者なんかが遭遇したら、10秒と持たずに死んでもおかしくない。冒険者は狂った奴らだとは言っても、わざわざ狩って納品しようとする奴はなかなかいない。

 ここベスティレッダのギルドの主人(マスター)をしている俺でも、この角は久しぶりに見る代物だった。


 ……たまたま街のどこかで、冒険者の落とし物でも拾ったか?

 街のガキにしては身なりが汚ねえから、どっかから盗んできたのかもしれねえな。


 俺はそう思いながら、驚きを隠してすました顔をしながら、息をするようにガキを揶揄った。


「なんだ?それは。そこら辺で拾ってきたゴミか?」


 ゴミじゃねえのは百も承知だが、この街で赫灼火龍の角をいい値段で買い取ってくれる場所はこのギルドしかない。このガキは「じゃあいいです。他のところで売ります。」と言えるわけがない。

 俺は余裕をこいてそう言った。


 すると、俺の言葉を聞いた美少女ちゃんは、すっとぼけた俺に焦って必死に訴えてきた。


「……えっ?ちっ、違うよ!ゴミじゃない!これ、赫灼火龍の角だよ!」


 そりゃそうだ。見りゃわかる。


 と、そう簡単に言ってやるほど俺は今ご機嫌じゃない。どっちかっつーと天気のせいで機嫌が悪いんだ。


「おいおい。嘘はいけねえなぁ?ガキがそんなもん持ってるわけがねえ。そこら辺のヤギの角でも折ってきたんだろ?それか道端で拾ったか?どっちにしろ偽物じゃねえか。」

「うっ、嘘じゃない!本物だもん!兄ちゃんがちゃんと折って()ったやつだもん!拾い物でもない!」


 俺が軽く嘘つき呼ばわりをしたら、そのことが癪に触ったらしく、美少女ちゃんは可愛らしく憤慨しだした。


「んー、ただなぁ。()()()()本物だとしてもよ、そんな汚ねえ身なりの怪しい奴からは買えねえなぁ。」

(めし)と武器買ったら(かね)が無くなっちゃったんだもん!これを換金したら服買うの!いいから早く買い取ってよ!」

「そうかぁー。残念だったなぁ、ガキ。ソイツは1000リークにもなんねえよ。ただのガラクタだ。出直してこい。それか500リークで買い取ってやろうか?」

「嘘!この前、別のところでちゃんと見たもん!赫灼火龍の角の相場は5万リークだって!」

「そりゃ知らねえな。ならその()()()()で買い取ってもらったらどうだ?

 ここから一番近くにあるギルドなら、5時間ありゃ行けるぜ?場所は教えてやらねえけどな。」


 俺と美少女ちゃんの一連のやりとりを聞いていた周りの冒険者たちが「おい主人(マスター)!優しすぎんぜ!どうせなら()()()()()()を売っ(ぱら)っちまえよ!高く売れるぜ!!」と馬鹿にしながらゲラゲラと笑う。

 そんな下卑たことを平気で(のたま)う大人たちに囲まれたソイツは「……うぅーっ!嬢ちゃんじゃない!馬鹿にすんな!!」と目からボロボロと涙を溢してガキっぽく泣き始めた。



 あーあー。すぐ泣きやがって。面倒くせえなぁ。


 ……ま、本当に馬鹿な奴らに売っ払われちまう前に、外に追い出してやるか。

 せっかくだからこの角はきちんといただいて、3万リークくれえ握らせてやりゃコイツも満足すんだろ。



 俺がそう思って立ち上がって、目の前のガキの首根っこを掴もうとしたそのとき。


 ギルドの入り口の扉が勢いよく開いて、圧のある怒鳴り声がした。



「──おい、【ユン】!テメェ勝手にどっか行ってんじゃねえよ!探しただろ!」



 扉を開けてすぐにこのガキを見つけて怒鳴ってきた人物。

 それは、このガキよりは大きいもののまだまだ子供の、腹が立つくらいに整った(ツラ)をした美少年だった。


 ……なるほど。兄妹か。


 兄の方も、少し伸びたくすんだ金髪を首元で一つに括っている。そこら辺によくいる、ありふれた田舎のガキらしい髪型。ただ、その身なりはやはり酷い。兄妹揃って同じように全身びしょ濡れで、ボロ雑巾のような服だった。

 ただ、最初に来たガキの方とは違って、汚ねえ服には不釣り合いの、まあまあ使えそうな二丁の魔導銃が腰につけてあった。


 その兄らしき美少年に【ユン】と呼ばれた美少女ちゃんは、泣きながら地団駄を踏んだ。


「うぅーっ!兄ちゃん!コイツ俺のこと舐めてくる!俺のこと馬鹿にして金払ってくれない!!」

「おいガキ!『コイツ』だと?!口の利き方に気を付けろよ!」

「『コイツ』じゃないなら『クソジジイ』!!」

「っ、このクソガキ──……!!」


 俺が本格的にユンと呼ばれたガキの首根っこを掴もうとすると、先に兄の方がソイツを静止した。


「おいユン、やめろ。……もういいから。一旦諦めろ。下手に喧嘩売ってんじゃねえよ。」

「う゛ぅーっ!コイツ、兄ちゃんが獲った角を偽物って言った!俺のことも馬鹿にしたぁぁー!」

「そんなんいちいち気にすんな。この後、もう一度行こうぜ。場所分かったし。それでいいだろ。……な?」

「うぅーぇえーーん!!」


 兄は悔しそうに泣いているユンの頭をガシガシと撫でてポンと背中を叩いて、それから食事処の方へと向かった。

 そして、鞄の中からかき集めたらしい小銭を出して、一番安い汁物を二人で分けて、また雨が降る中、ギルドの外へと出て行った。



 ……よく分かんねえが、珍しいガキどもだったな。


 …………結局、角を買い取りそびれた。損したな。


 まあいいか。



 本物の赫灼火龍の角を持ってきた、明らかに訳ありのお可愛いガキの兄妹。

 もともとギルドにはほとんど訳ありな奴しか来ねえが、その中でもちょっと珍しい奴らだったな。


 ……暇つぶしにはなったな。もう二度と見ることもねえだろうが。


 俺はそう思ったが、予想は外れた。




 その日の晩。


 まだ止まない大雨の中。もう一度そのガキどもは現れた。


 昼間のとき以上にぐしょぐしょの服。

 だが、その原因は雨だけではない。明らかに大量の血を浴びた色だった。


 そして今度は兄妹並んで真っ直ぐに、俺の元へとやってきた。

 ……ボタボタと、手に持っているモノから血を滴らせながら。


 そしてカウンターの前にやってきた兄妹。今度はユンの方ではなく、兄の方が俺にそのモノを出してきた。



「──オラ。これで文句ねえだろ、クソジジイ。

 ふざけてねえでとっとと金払えよ。」



 そう言って血塗れの兄は、カウンターの上にさっきユンが持っていた角と、もう一つ──……


 ──片方の角が折れた赫灼火龍の生首を転がした。



◇◆◇◆◇◆



 赫灼火龍と対峙して生還するどころか、討伐までやってのける謎のガキ二人。


 ソイツらは赫灼火龍の素材で得た金12万リークで人並みの服を一式買って、街の宿屋に泊まる金を払ったようだった。

 衝撃の出会いから1週間。ソイツらは度々ギルドに現れては、ガキとは思えねえ難度の高い依頼をこなしていった。


 ……ついでにどうでもいいことだが、あの美少女ちゃんの方は妹じゃなく弟だった。



「おいゼン!ユン!またギルド中を血塗れにしやがって!黒猿獣の死体丸ごと裸で引き摺ってくる奴がどこにいるんだ!」

「だって、黒猿獣の爪の納品でしょ?あと、他のところも(かね)になるなら売りたいもん。だから全部持って帰ろうって、兄ちゃんが。」

「そういうことじゃねえ!せめて専用の袋に入れろっつってんだ!」


 赤黒い血の跡を作りながらズルズルと黒猿獣の死体を引き摺ってきて、勝手にカウンターの下に置くゼン。

 その横で、ユンが「ねえ、これいくらになるかな?」と上目遣いでニコニコしながら尋ねてきた。


「……金になるところは引き取ってやるが、そこから死体処理代と清掃代は()()くからな。」

「はぁ?ふざけんなよ。」

「ふざけてんのはテメェらの方だ。納品袋と素材採取道具の一式ぐらいとっとと揃えろ。」

「コイツ換金したらその金で買う。とっとと換金してくれよ。」

「素材採取のセット、高いんだもん。ギルドで貸してくれないかなぁ。そういう仕組みないの?」


 口々に好き勝手言うゼンとユン。

 俺は溜め息をついて、黒猿獣から金になりそうな部位を取りはじめた。荒くれ者ばかりが集うギルドとはいえ、いつまでも魔物の死体は転がしておけない。さすがに殺伐とし過ぎだ。


「なー。そのクソジジイが使ってるやつ、どこで売ってんの?」

「ゼン。テメェ、俺の名前を『クソジジイ』にすんな。」

「じゃあ名前なんだよ。言えよ。」

「…………『主人(マスター)』でいいだろ。」

「名前じゃねえじゃん。言えねえなら文句言ってくんなよ。やましいことでもあんの?」

「……大人にはな、色々と事情があんだよ。」

「じゃあクソジジイでいいじゃん。どうせクソなことしたんだろ。」

「コイツ……ッ!」

「あ、そうだ!ねえ兄ちゃん。どうせならクソジジイからそれ貰っちゃえば?きっと他にもいくつか持ってるだろうし。一つくらいくれるよ。」

「おい、ユン!テメェはいい加減調子乗んじゃねえぞ!こんな(たけ)えやつ無料(タダ)でやるわけねえだろ!

 そもそも、元はといえばテメェが俺を『クソジジイ』呼ばわりしたせいで──……!!」


「ねえ、それちょうだい?…………だめ?」


「………………。」


 微塵も悪びれずに「クソジジイ」呼びをしてくるゼンとユン。

 コテンと首を傾げながら上目遣いで強請(ねだ)ってくるユンの顔に、俺は毒気が抜かれてしまった。


「はぁー……ユン。お前、女に産まれなかったことを後悔するんだな。……いや、むしろ感謝すべきか?良かったな、男に産まれて。女だったら人生狂ってたぞ。」

「え?何それ。よく分かんないけど、それくれるの?やったー!ありがと!」

「んなこと一言も言ってねえだろクソガキ!」

「……じゃあいくら?」

「売るとも言ってねえよ!」

「そっか。…………やっぱり、だめ?」

「………………。」

「………………。」

「…………せめて7万リークだな。」

「本当?!いいの?!ねえ兄ちゃん、今いくら持ってる?7万も持ってないよね?5万はある?」

「んじゃ5万でいいわクソガキ。とっとと持ってけ。」

「え!?そんなに安くしてくれんの?!わーい!やったぁ!ねえ兄ちゃん!これくれるんだって!」

「俺が言うのもなんだけどよ、チョロすぎんだろこのクソジジイ。

 …………あ。今5万もねえわ。4万5千しか持ってなかった。」

「ったく、優しくしてやったら調子に乗りやがってこのクソ兄弟!

 それとゼン!テメェはせめて持ち金を確認する素振りくれえしろ!嘘つくな!」



 上級ランクの冒険者顔負けの化け物じみた腕を持つ異質な兄弟だったが、一度(ひとたび)慣れて話すようになってみれば、なんてことはない。ゼンもユンも、調子のいい、憎めないただの悪ガキだった。



 ……ギルドにまともな人間は来ない。


 ゼンとユンは、ただの仲の良い兄弟。そこら辺にいるガキと大差ない。

 ……ただ、まともじゃないことは分かった。


 二人には当然だが親の影はない。分かりやすく誰がどう見ても孤児(みなしご)だった。

 そんな孤児が何故こんな化け物じみて強いのか。


 …………聞くまでもない。聞きたくもない。


 どうせ、ろくな背景がないことは明らかだった。



◇◆◇◆◇◆



 アイツらは本当に馬鹿だった。

 世間知らずで、常識知らず。本当にガキ二人分の知識しか持っていなかった。


 ふざけた奴らにあっさり騙されて、何日も掛けて怪我しまくってボロボロになって飛竜を狩ってきて「そんな『裏依頼』なんてあるわけねえだろ」と笑われていた。

「まさか本当に狩ってくるとは思わなかった」「生息域に辿り着く前に逃げ出すか死ぬかで賭けていた」と言われて、ゼンがキレてソイツらを殴っていた。

 実際、本気で死にかけていたようだった。


 二人して鞄から離れていたその隙に、あっさり鞄ごと盗まれて、有り金全部を失くしていた。

 辛うじて装備していたゼンの銃とユンの短剣、それと俺から4万5千リークで買い取った素材採取道具一式が入った特殊鞄は無事だったらしいが。

 その日の晩の宿代も、晩飯代すらも払えなくなって宿屋を追い出されて、ゼロからまた金を稼ぐために腹を空かせながらギルドに依頼を受けにやってきた。

 ユンがずっと大泣きしていて、ゼンが「いい加減泣きやめ。大丈夫だ。また稼げばいいだけだろ。」とユンを宥めて続けていた。

 ……そんな兄のゼンの顔も酷かった。

 弟に先に泣かれて、泣くに泣けなくなった、途方に暮れた哀れなガキの顔だった。



 化け物じみて(つえ)えだけで……ただそれだけ。


 何も知らずにクソみてえに効率悪いことばかりしていた孤児兄弟。


 最低限の生きる(すべ)すら知らない、いつ死んでもおかしくない兄弟だった。



 目の前で野垂れ死なれても寝覚めが悪い。

 見るに見かねた俺は、ただでさえ危険な夜中に野宿でもしようと外に出て行こうとする哀れな兄弟を呼び止めた。


 適当に安い飯を食わせてやって、仕方ねえから物置きの一部を寝床代わりに使わせてやった。


「クソジジイ優しい!」「ありがとなクソジジイ。」


 優しいとクソジジイは両立しねえだろ!礼を言うならせめて「クソ」を外せ!──と心の中ではツッコんだが、もう面倒(くせ)えから口にはしなかった。


 アイツらにとって、俺の名前はもう完全に「クソジジイ」になっていた。



◇◆◇◆◇◆



「いいか?お前ら。稼いだ金をそのまま丸々持ち歩く馬鹿がどこにいるんだ。ちゃんと預けろ。」


 俺はゼンとユンに、ギルドの口座を作ってやった。

 ギルドで口座を持てば、王国中の公認民間ギルドで預金と引き出しができるようになる。

 もちろん、銀行の方が安心安全に決まってる。だが、訳あって本名が使えねえ奴や、ゼンやユンのような15歳未満で親もいねえガキは、銀行で口座を持つことができない。銀行と違ってギルドは金の引き出しには一週間近く時間がかかるが、無いよりは絶対にいい。全財産を持ち歩いて旅する危険を冒すよりは百万倍マシだ。


「ギルドではな、名前とギルド名があればすぐに口座が作れる。

 ウチの【ベスティレッダ】では──……運が良かったな。お前ら。まだ【ゼン】も【ユン】も使われてねえ。二人ともここで、本名で口座作れるぞ。」

「ねえねえ。それで、どうやれば金を預けられるの?引き出し方は?やり方教えて。」

「まあ待て。まずは口座を作ってからだ。ユン、さっさとこの書類記入しろ。二枚分な。」

「分かった。…………あ、そうだ。ねえ兄ちゃん。俺たち個別の口座とは別に、共通の二人で使える口座とか作っとく?」

「何でだよ。いらねえよ面倒臭えし。」

「そう?じゃあいいや。また必要になったら作ろう。とりあえず二人分ね。」


 ユンは文字の読み書きができないゼンの代わりに、ガキなりに一生懸命いろいろ考えながら、俺の説明を聞き逃さないようにしていた。

 俺はユンの書いた書類を受け取って、口座の証明となる、ベスティレッダギルド特製の魔法印を二人に渡してやった。

 ゼンとユンは、もうこれで金を盗られる心配がなくなったと、笑って礼を言ってきた。俺はそんな呑気な兄弟に「油断すんな。魔法印盗られちまったら同じだぞ。このギルドに直接来て本人証明しねえと金引き出せなくなるからな。」と教えてやった。



◇◆◇◆◇◆



 ユンは毎回掲示板の前で依頼書を全部見て、ゼンに良さげなものを説明する。当然依頼を受ける手続きもユンの担当。

 登録用紙を二枚分せっせと書くユンを見下ろしながら「健気なもんだな。」と零したとき、ユンは手元の用紙から顔を上げずに


「俺、まだ魔物と戦うときに全然兄ちゃんの役に立ててないから。

 これくらいは俺がやらなきゃ。」


 と返してきた。

 そしてそれからこっそりと、俺に依頼書と二枚分の登録用紙を渡しながら


「……ねえ。今度、俺に剣の使い方教えて。兄ちゃんは強いけど無茶苦茶すぎて、教えてもらってもよく分かんないの。」


 と、いつもの上目遣いでお願いをしてきた。



 お可愛い小せえ美少女ちゃん。

 まだ10歳にもなってねえチビなユンは、いつも健気に兄のゼンの役に立ちたがっていた。


 今にも折れそうな安い短剣しかまだ持ってねえくせに、それで健気に魔物に立ち向かって戦おうとしていた。



 ……まったく。命知らずなガキだ。


 テメェの年齢(とし)でそんな馬鹿なことする奴はまずいねえよ。

 こんなボロい中古の短剣で立ち向かおうもんなら、一瞬で腕ごと喰われて終わりだろ。

 欲張ってねえで、逃げ切ることだけを考えろ。生きて帰ってこれたら上等だと思っとけ。


 化け物の兄貴を一丁前に支えようとすんな。


 まだ小せえくせに、一丁前に人の役に立とうとすんな。


 …………お前にはまだ、戦うなんて早すぎる。



 俺はそう思ったが、ユンは馬鹿だった。

 ユンは、ゼンが物置きで少し寝ている隙にこっそり出てきて、俺に短剣を教えろと何度もせがんできた。

 しつこくて面倒(くせ)えから、俺は仕方なく基本的な立ち回り方だけ教えてやった。

 ユンは一生懸命俺の話を聞いて、目の前で拙い素振りをした。


 ──筋はいい。すぐに強くなる。まあ、お前はゼンの弟だしな。


 そう言ってやったら、ユンは嬉しそうに破顔した。


「これできるようになったら、兄ちゃん驚くかな?俺、兄ちゃんの役に立てるかな?」と言って笑う、その毒気を抜かれる間抜け顔を見たせいで……続きまでは言えなかった。



 ──……それでも、お前じゃまだ駄目だ。努力や才能がどうこうじゃねえ。

 体格も筋力も……まだ何もかもが足りねえよ。



 …………本当に、馬鹿な奴だった。



◇◆◇◆◇◆



 弟のユンは身の程知らずな馬鹿だったが、兄のゼンも大概だった。

 ゼンはゼンで、ユンが寝ている間に起きてきて、こっそり取ってきていた素材の換金をして、俺に「この金、俺の口座に預けてえから代わりに書類書いてくれよ。」と手続きを頼んできた。


「ユンにバレたら『じゃあこの金でまず兄ちゃんの装備服買おうよ』って言われっからな。バレる前に口座に入れる。

 ユンの新しい短剣はもう買えたし。装備服は急ぎじゃねえ……っつーか、このギルドにろくな装備服ねえし。」


 そう言うゼンに、俺は尋ねた。


「お前な。品揃えにケチつけんな。いいのがねえっつったって、お前の背丈ならとりあえず着れる装備服はあんだろ。

 何そこまで切り詰めて金貯めようとしてんだ?」


 するとゼンはあっさり答えた。


「ユンを学校に行かせてやるんだ。

 だから金貯める。アイツは頭いいから。」


「………………。」


 俺はあまりにも常識知らずなゼンをさすがに哀れに思って、現実を教えてやった。


「ゼン。……『学校』っつーのはな、その……親っつーか、保証人になる大人がいねえと入れねえんだ。そういうもんなんだ。」


 だが、ゼンは聞き入れなかった。せっかく気を遣ってやったのに、一丁前に反論してきた。


「うっせえな。知ってるよ。前に他の大人たちから聞いた。

 でも『()()王都まで行きゃ、金さえあれば学校行ける』って。ソイツらが言ってた。

 そういうとこの貴族学校なら、親がいんのが()()()()()()()、もともと学費を踏み倒されるなんて想定(そーてー)してねえから、保証人(ほしょーにん)制約(せーやく)もねえって。ちゃんと金さえ積めれば入れる──って。それで実際に通った奴がいるって。

 ……だから、本当かどうかは知らねえけど、とりあえず金貯めて王都行く。」


 ゼンは俺の言葉よりも、どこぞの誰とも知らない大人が適当に放った戯言を信じようとしていた。

 どうせ嘘だろう噂話をもとに、金を貯めて王都に行って──……一丁前に、弟を「学校」なんて立派なもんに通わせることを夢見ていた。


「……ゼン。『入学試験』って、知ってっか?ただ金払うだけじゃさすがに入れねえぞ?」


 俺がそう聞くと、ゼンは当たり前のように答えた。


「アイツはもともとずっと部屋ん中こもって本読んでるようなヤツだったからな。

 勉強くれえ余裕だろ。知らねえけど。金に余裕出てきたら本買ってやればいいし。」


「…………そうか。」



 弟のユンがいなければギルドの依頼書の文字すらも読めない、一切の学がない兄のゼン。

 俺が話を止めて書類を記入し始めると、ゼンは自分が辛うじて読める金額の欄の数字だけをじっと見つめて「金額ぜってー誤魔化すなよクソジジイ。」と健気に釘を刺してきた。



 …………馬鹿な奴だ。馬鹿すぎる。


 俺がそもそも別の名義のとこに金を入れてたらどうすんだ。

 お前はそれにすら気付けずに、またこの金を失うんだぞ。

 鞄さえ盗られなきゃいいってもんじゃねえんだ。世の中、金を奪う手段なんていくらでもある。また痛い目見てえのか?

 変に背伸びして、無理して金を貯めようとすんな。また悪い奴らに目をつけられて騙されて泣きを見るぞ。


 それだけじゃねえ。テメェは文字すら読めねえくせに、たった一人の弟が「頭がいい」と信じて疑ってねえけどよ。

 お前、王国がどんだけ広いか知ってんのか?王都がどんだけ遠いか知らねえだろ。

 ただ文字を読み書きできるってだけなら、王都中のガキ全員ができんだぞ。

 たしかにユンはちょっとは賢いかもしれねえが、でも特別なんかじゃねえ。頭がいいなんてのは幻想だ。お前らの世界が狭すぎるだけなんだ。


 いいから、さっさと諦めろ。

 お前はギルドで稼いで食っていけて、弟を死なせずに生かしてる。それで上等じゃねえか。


 必要以上に弟を幸せにしようとすんな。ガキのくせに欲張りすぎだ。

 ほどほどでいいのに、わざわざ難度の高え依頼狙って、怪我しまくって。そこまで命懸けてやることか?

 兄貴だからって、そこまでやってやる必要はねえだろうが。……それとも、一丁前に親代わりにでもなったつもりか?……それを欲張りすぎだっつってんだ。


 ゼン。そんなに弟のために頑張るな。


 化け物みてえに強くたって……お前だって、まだまだガキじゃねえか。



 俺は現実を突きつけてやりたくなったが、あまりにもゼンが馬鹿すぎて、哀れすぎて……弟のために健気でいたせいで……何も言ってやれなかった。


 代わりに俺は、せめてこの健気な兄がまた馬鹿な金の取られ方をしねえように、二つだけ教えてやることにした。


「……ったく。いいか、ゼン。金額だけ見てりゃいいってもんじゃねえんだ。

 金額以外にも、名義と、口座があるギルド名。そこを確認しねえとダメに決まってんだろ。またどこぞの奴らに金取られんぞ。


 ──【ゼン】と【ベスティレッダ】。


 この二つだけは書けるようにしろ。この文字列だけでいいから覚えろ。分かったか?」


 俺から二つの単語が書かれた紙切れを受け取ったゼンは、それをじっと見つめて「分かった。」と言ってから、ふざけたことを抜かしてきた。


「…………これ、【ゼン】の方は分かっけど。

 もう一つの方、ちゃんと合ってんの?クソジジイの名前だったりしねえ?」


 ここまで優しくしてやってる俺のことを律儀に疑ってくるクソガキに、俺は拳骨を喰らわせてやった。



◇◆◇◆◇◆



 そうして、ゼンとユンがこのギルドにやってきてから2ヶ月ほどが経ったある日。

 アイツらはあっさりと、この街を出ることを決めた。


「世話んなったな、クソジジイ。助かったわ。ありがとな。」

「ありがと!クソジジイ!これ、宿代!」


 結局だらだらと物置きに泊まり続けていたゼンとユン。「最近目ぼしい依頼がないから」という理由でまた旅に出ることにした二人は、最後に俺に、まあまあ希少な薬草を何種類か渡してきた。

 だいたい値段にすれば2万リーク程度。物置きには40日ほど泊めてやったことを考えると、一泊500リーク。

 ……舐め腐ったクソガキどもだった。


「足りねえよ。」

「『要らねえよ』の間違いだろ。」

「ゼン、ふざけたこと言ってるとその銃を代わりにぶん取るぞ。」


「大人げねえなークソジジイ。」と言って笑うゼン。

 ガキのくせに背伸びしてるテメェらに言われたくねえ!──と、口には出さずにツッコんだ。


「気を付けてな。また来いよ。」なんて、わざわざお優しく送り出してやることはしない。

 ギルドの扉のところで、外に出る前にもう一度振り返って「ばいばい!」と明るく手を振るユンに「とっとと行け。」と言ってやった。


 俺よりもむしろ、すっかりあの兄弟に慣れたベスティレッダの冒険者どもの方が、魔物の血の跡がない妙に綺麗な床を見て、何だか物足りなさそうにしていた。



◇◆◇◆◇◆


◇◆◇◆◇◆



 ……それから何年が経ったか。


 別に数えてねえが、十年以上は経ったか。

 あの兄弟はもうずっと見ていない。



 ただ、アイツらがここを出て行ってから半年くらい経ったときに初めて、とある冒険者から話を聞いた。


主人(マスター)。知ってっか?最近、東のギルドで噂になってる奴らがいるんだ。


 ──【ギルド荒らし】のゼンとユン。


 化け物みてえに腕が立つ、ガキの兄妹らしい。

 二丁銃を使う兄のゼンと、双剣を使う妹のユン。

 行く先々で高額報酬依頼を根こそぎ奪っていく、最高に狂った()()()らしいぜ。」


 その噂話のお陰で、俺はソイツらが生きていて相変わらずそこら辺のギルドで稼いでいることを知った。

 ……面倒臭えから訂正しなかったが、相変わらずユンは美少女ちゃんと勘違いされていた。


 アイツら一体何してんだ。馬鹿みてえに依頼受けまくって、失敗して死んだらどうすんだ。アホな二つ名貰ってる場合じゃねえよ。少しは程度を考えろ。

 んでもって、ユンは双剣に持ち替えたのか。……ま、そっちの方がアイツには合うかもな。


 俺はそんな風に思いながら、その冒険者の話を聞いた。


 それから月日が経つにつれて、噂はどんどん増えていった。

 最初はアイツらの生存報告代わりに使っていた噂話だったが、何年か経った頃に聞いた「兄のゼンがギルドにいた冒険者どもを全員半殺しにした。」あたりから怪しくなってきた。

 たしかにゼンは強え奴だが、別に野蛮な奴じゃねえ。何があったかは知らねえがそこまでするか?──と思っていたら、またしばらくして「ゼンとユンは月下狼に育てられた、人に産まれた魔物の子らしい。」という噂を聞いた。

 さすがにそりゃねえだろ。アイツら普通に人語を喋るぞ。──と思っていたら、とうとうある日「ゼンとユンは龍の血を引く化け物だ。」という話を聞いた。そこで俺はもう完全に噂が生存報告として機能しないことを確信した。


 ──【ギルド荒らし】のゼンとユン。


 その名前はもう、アイツらのもとを離れて独り歩きを始めていた。


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