小話3-3 ◇ ゼンの心境の回顧録
特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。
全7話執筆済。基本毎日投稿の予定です。
いつも通り食堂に来て、いつも座っている席に着く。
ゼンは日替わりメニューとパンのセット。僕は今日は特にピンとくるものがなかったから、一周回って結局ステーキ定食にした。
……それで、よく分からないけど、どうやら生粋の照れ屋なゼンが珍しく当時の思い出を話してくれるらしいから、僕はとりあえずもう一度同じ質問をし直した。
「──で、どうしてラルダから告白されたあのとき、ゼンは付き合う気になったの?
それまではずっと、なんだかんだ誤魔化して逃げようとしてたじゃん。」
するとゼンは、チキンソテーを雑に切って食べ始めながらあっさり答えた。
「あの頃はテメェもアスレイも、俺とラルダだけ残して勝手に消えたりしてたろ。
そうやってお前らが普通に煽ってくっから……なんか……貴族の奴らからしたら、思ったよりもアリなんかなって思った。別に大したことねえのかなって。
…………騙されたわ。
あのラルダの告白の次の日に速攻で箝口令が出されたときは、まじで終わったと思った。
っつーか、振り返ってみたらどう考えてもやばかったじゃねえか。まじでおかしいだろ。
クソふざけてるアスレイはともかく、何でテメェはずっと俺とラルダのこと煽って推してきてたんだよ。俺の感覚が麻痺して常識が狂ったのは完全にお前のせいだわ。」
………………たしかに。
ゼンに今さら指摘されて、僕は気付いた。
「言われてみればそうだね。
……何でだろう?あの頃は何故かラルダから話を聞いてすぐに『そっか。じゃあ、僕はラルダの恋を応援しよう。』って自然に思えたんだ。
でも……うん。落ち着いて考えたら、おかしいよね。普通は止めるか。
うーん。ラルダの勢いに呑まれて、あんまり頭が回ってなかったのかな?当時の僕。」
僕の反応を聞いたゼンは「はぁ〜あ。ハイハイ、そういう奴だよなオメーはよ。あんときは完全に買い被り過ぎてたわ。お前をもっとまともな奴だと思ってた俺が間違ってた。」と、特大の溜め息をつきながら言い放って、付け合わせのミニトマトにブスッとフォークを突き刺した。
あ、ゼンもなんだ。
……僕たち、お互いにけっこう買い被ってたんだな。
いやぁ、若いな。……でもまあ、そんなもんか。出会って1、2年くらいなら。
「今はもう知り合って……もうすぐ9年だっけ?けっこう経ってるな。あの頃に比べて相互理解が深まったよね、僕たち。」
「呑気に感慨に耽ってんじゃねーよ。少しは反省しろ、反省。」
ゼンが文句を言ってくる。でも僕はそれを聞き流した。
もう今さらだし。それに何より、結果としてゼンはラルダと結婚して幸せになってるし。
いいじゃん。むしろ僕とアスレイには大いに感謝してほしい。
僕はそう思いながら、ゼンに尋ねた。
「じゃあ、ゼンがラルダの告白を受けた一番の理由は『事の重大さを見誤って、案外大丈夫そうだと思っちゃったから』ってこと?」
「……別にそれが一番ってわけじゃねえけど。」
…………まあ、それはそうか。
それが一番の理由だとしたら、事の重大さに気付いた時点で「やっぱり無理だ。別れよう。」ってなるもんな。
ゼンはラルダの告白を受けてから何年もの間、ずっと王宮側に存在を認められなかったのにも関わらず、辛抱強くラルダと付き合い続けた。
絶対に許されない交際。不毛に時間だけを消費して、何も実らないまま一生が終わってしまう可能性すらあった。
庶民のゼンならラルダと違って何の責任も背負う必要はない。いつでも諦めて投げ出せたはずなのに、ゼンはずっとラルダの側にいて、一緒に先が見えない不安に耐え続けた。
本当にゼンは、ある意味でラルダ以上に誠実だった。
「じゃあ、一番の理由は何だったの?
ラルダの告白を受け入れて、事の重大さに気付いても別れずにずっと付き合い続けた理由。
ただ『ラルダが好きだから』って想い一つで、ゼンはあの期間を乗り切ったの?」
するとゼンは、少しだけ口を尖らせて、ほんの少しだけ視線を下げてボソッと言った。
「…………あのとき、ラルダに手を差し出されて、そんでそれ眺めてたら……なんか、思い出した。
で、『もう後悔したくねえな』って思った。それが理由。」
「『思い出した』って、何を?」
気になったから素直に聞くと、ゼンは食べるのをやめて、フォークを左手で軽く弄びながらしばらく黙って考えて──それから静かに口を開いて、僕に教えてくれた。
「…………ウェルナガルドんときのこと。
あの頃……俺には、普通にラルダみてえに……ずっと、好きだった奴がいて。
で、普通にお前らみてえに……いや、お前ら以上に毎日そのことを煽ってくる奴もいて──……
……でも結局、何もしねえで終わった。
向こうも俺のこと同じように思ってるって、分かってたけど……何もできなかった。何も言えなかった。
そのこと思い出した。」
そしてゼンは一拍置いてから、自嘲するように笑った。
「そもそも俺はラルダと付き合うとかどうせ無理だと思ってたけどな。
だから、ずっとラルダが何考えてっか分かんなかった。
俺に一対一で話しかけて勝手に満足してんのか、どうにかする気があったのか、まじで読めなかった。
ただあの日、本当にラルダが俺に告白してきて……そこでアイツらのことを思い出して──……そこまできて、ようやく気付けた。
あそこでラルダの手を取らねえと、もう一度、一生後悔することになるって。
そんで、相手が死んじまったあの後悔に比べたら……やべえ状況もなんか、全部マシに思えたんだよな。
だからべつに『想い一つで乗り切った』とか、んな大層なもんじゃねえよ。
ラルダの方から別れを切りだされるか、お互いに冷めねえ限りは、別れる必要はねえなって思ってただけ。
ラルダの方はどうだったか知らねえけど。
……俺はただ、普通に付き合ってただけだな。」
◇◇◇◇◇◇
あまりにも意外過ぎて、僕は心底驚いた。
ラルダが婚約者の非公表を決めた、あのクゼーレ・ダインに行った日。
あそこで一度ゼンが大泣きしたとき以外に、僕はゼンのウェルナガルド時代の思い出なんて聞いたことがなかったからだ。
誰よりも口が堅くて、中でも特にウェルナガルドのことなんて絶対に言わなかったゼン。
……それ以前に、そもそも生粋の照れ屋なゼンは、真面目な恋愛話自体をほとんどしたがらないのに。ましてや自分のことなんて、いつもは全然言いたがらないのに。
そのゼンが、まさか「ウェルナガルド時代の恋の話」まで口にするなんて。
……いきなりどうしちゃったんだろう?
僕は不思議に思いながらも、ゼンの話の内容について考えた。
そして、ゼンへの認識をこっそりと改めた。
……うん。今の話だけじゃ確証は持てないけど。
多分ゼンは、もともと彼女をコロコロ変える奔放な恋愛をするタイプ──じゃなかったんだろうな。
ゼンは本来は、一途に両片思いして、周りにくっつけって散々煽られて、それでも結局言い出せなくて──……そんなじれったい恋を大切にするような奴だったってことだ。
それから何か心境の変化でもあったのか、価値観がちょっと変わったのか。たまたま僕たちが出会った時期には、恋愛の仕方が変わっていたんだろう。
その辺りは僕は分からないし、あえて詮索する気もない。
でもゼンは、ウェルナガルド時代に一度していたような素朴な恋愛を、魔導騎士団に来てラルダを好きになって、もう一度始めたんだ。
紆余曲折したようだけど、最後にはゼンにとって自然な恋の形で、ラルダのところにうまく着地できたんだ。
……よかったよかった。協力した甲斐があった。ゼンはアスレイが言ってた通り、実は誠実な男だったんだな。
僕はそう思いながら、いま初めて聞いたゼンの「普通」の恋愛観に対する感想を、そのまま飾らずに口にした。
「ラルダとゼンって、やっぱり似てるね。」
未来の政略結婚が迫ってきたから告白を決意したラルダ。そのラルダの告白を聞いて、過去の死に別れを思い出したゼン。
見ている方向は真逆だったけど、最終的な動機は一緒。
ただ「後悔したくない」って強い気持ちだけで、二人はお互いの手を取った。
僕たち第27期生の中だけで繰り広げられていたあのささやかな恋。魔導騎士団の皆に見守られて始まったお付き合い。
あれはラルダとゼンの二人にとっては、王国中を揺るがす決死の覚悟の大恋愛なんかじゃなかった。
二人ともちょっと現実を甘く見過ぎてて、国王様からの箝口令を受けて事の重大さに遅れて焦って……でも、ただお互い「後悔したくない」から前に進んだだけ。「別れたくない」から別れなかっただけ。それで粘り勝ちしただけだ。
割と単純な話だったんだ。
…………本当に、正反対なのによく似てるな。この二人は。
◇◇◇◇◇◇
僕がそんな風に思っていたら、ゼンは「『似てる』ってどこがだよ。何も似てねえだろ。」って言って、弄っていたフォークを置いて、代わりに皿の上にあったパンを手に取って食べ始めた。
そしてそれから、ゼンは淡々とまとめに入った。
「──だからまあ、お前もとりあえず後悔だけはしねえようにしときゃいいんじゃねえの。
深く考えたところで仕方ねえし。どうにかなんだろ。」
………………ん?
僕が静かに首を傾げると、ゼンもちょっと不思議そうに片眉を上げながら軽く首を傾げた。
「そんで?お前の方は今どうなってんの。」
「………………あっ!そういう流れ?」
僕は今のゼンの言葉でやっと理解した。
そういうことか。今日ゼンが珍しく僕の話に乗っていろいろ恋愛のことを喋ってくれた理由。
──なるほどね。ゼンは僕の相談に乗ってくれたつもりでいたのか。
前にちょっと僕の現状……というか、うちの侯爵家に来てた縁談の話をゼンにぼやいちゃったから。地味に心配をかけていたのかもしれない。
…………そんなつもりはなかったんだけどな。まあいいや。
僕はありがたくゼンの厚意を受け取って流れに乗っておくことにした。照れ屋で口の堅いゼンが、僕のために苦手をおして話してくれてたってことだし。素直に友人として嬉しく思う。
「うーん、そうだなぁ。
あれから特にまだ何も変わってないよ。検討中。」
僕がそう返すと、ゼンは「ふーん。」とだけ言ってパンをまた一口齧った。
「もしかして、けっこう心配かけてた?」
そう聞いてみたら、ゼンはあっさり否定してきた。
「別に。何も心配してねえよ。
お前はどうせ結局、何があろうが最終的には自分の意見ゴリ押して騎士団に居続けるんだろ。お前もラルダみてえに強引だから。
好きにやれよ。お前なら大抵のことは何とでもできんだろ。」
ゼンの言葉を聞いて、思わず僕は苦笑した。
「そう?さすがに僕、ラルダよりはマシだと思うんだけど。
……まあでも、そうだね。ゼンの言う通りかも。
僕もラルダと今のゼンの話を参考にしつつ、何とかいい感じになるように考えてみるよ。アドバイスありがとう。」
すると、それを聞いたゼンはけらけらと笑った。
「あ〜、自分のことが一通りカタ付いた状態で他人見てんのまじで気楽だわ。アスレイがクソ煽ってきたのも今なら分かるわ。
面白え報告期待してっから。頑張れよ親友。」
「…………………………。」
訂正。僕はゼンのことを買い被っていた。
コイツ、思ったよりも親身じゃない。
今のゼンの一連の語り。20%……いや、30%は確実にただの愉快犯だ。
ゼンとアスレイは、同期の中では一番気が合う者同士だからな。
ゼンも今「どうせなら面白い方向に話が進むように煽ってやろう」って思って、わざわざ話してくれてたってわけだ。あの頃のアスレイみたいに。
……僕は今回の縁談の件、割と本気で困ってるのに。
僕は普通に腹が立ったから、ゼンのありがたい厚意にお返しをしてあげることにした。
「そっか。ありがとう親友。
じゃあゼンがここまで親身になってくれたお礼に、僕はラルダに新婚旅行のデートコースをアドバイスしてあげちゃおうかな。」
「……は?」
「ゼン、知ってる?フィロソ王国って舞踊文化が盛んだから、劇場がけっこう多いんだよね。」
「…………?」
「それでさ、実は少し小さめの劇場だと『観客もステージに飛び入り参加可能』な舞台があったりするんだ。面白いでしょ。
ラルダは知ってるかな?意外と知らないかもしれないな。きっと来賓として大劇場に招待されたことしかないだろうから。」
僕がそこまで言ったところで、ゼンが続きを察して「おい、やめろ!」って言いだした。
「ラルダは活発だから、きっとそういう文化も積極的に楽しもうとするんだろうなぁ。ゼンと普段できないことも、たくさん体験したがるんだろうなぁ。
ラルダと二人で舞台に上がったら、きっと他の観客も盛り上がるよ。大丈夫、大丈夫。国外だから多少目立っても平気だよ。お忍び旅行ならではのいい思い出になるね。楽しそうだなぁ。
……よかったね親友。記念写真よろしく。同期の僕へのお土産はそれでいいよ。」
「ふざけんなよクラウス!まじでやめろ!」
どれだけゼンが喚こうが知ったこっちゃない。
隠しもせずに目の前で僕の現状を面白がってきたゼンが悪い。
まあ、そうは言っても思いやりがあるラルダのことだから、人目が苦手なゼンのために舞台に上がるのは諦めてくれると思うけどね。
……僕やアスレイが後付けの理屈で説得でもしない限り。
優しい妻に感謝しなよ、ゼン。
…………もし僕の予想が外れて、実際に舞台に上がる羽目になったらごめんね。
僕は文句を言うゼンを無視してステーキ定食を食べ終えた。
そして午後の訓練の休憩中にちゃんと宣言通り、ラルダにフィロソ王国の小劇場文化を教えてあげた。




