小話3-2 ◇ ラルダの告白の回顧録
特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。
全7話執筆済。基本毎日投稿の予定です。
それで、当時ゼンの方はどうだったのか。
ゼンはもともと照れ屋だし口が堅いから、少なくとも僕には恋愛相談なんてしてこなかった。
だから僕視点での推測でしかないけど……ゼンは、ラルダがゼンへの恋心を自覚するのとほぼ同時期かその少し後くらいにはもう、ラルダのことを好きになっていたと思う。
騎士団にいる女性はラルダ一人だけだから、他の女性への態度と比べてどうこうって訳じゃないんだけど。なんとなく雰囲気的にそう思った。
もともとゼンは入団1年目のときからラルダには優しかった──というか、態度が柔らかかったしよく笑っていた。
でも、それからラルダの恋心に気付いた頃のゼンは、また距離を「同期の友人」に戻そうと試みていたのか、割とラルダに素っ気なくなった。……まあ、当然だと思う。相手は王女様だし。僕がゼンでも多分そうした。
ただ、度々そんなゼンの反応を受けて「そうか。……呼び止めてすまなかった。」みたいな感じでラルダがしょんぼりしていたから、ゼンはどうやら良心が傷みまくっていたようだった。結局「いや……別に話聞かねえとは言ってねえだろ。」みたいな感じでゼンの方が折れることが多かったし、最終的にはなんやかんやで二人で笑って話してた。
脈無しな態度を取るならちゃんとやらないと意味がない。
ゼンは中途半端に素っ気なくなっただけで、ラルダをうまく突き放しきれていなかった。側から見たらただの「照れて戸惑ってるシャイな純情男」になっているだけだった。
ラルダが開き直って僕たちにも恋心を打ち明けて、ゼンに分かりやすく好意を見せるようになってからは尚更。
ラルダが真っ直ぐな性格で、誠実にゼンに向き合っていて、健気で可愛かったから──っていうのがもちろん一番の理由だったと思うけど、それを抜きにしてもゼンは割とチョロかった。早々に陥落していた。
「まさかこの年齢になって、こんな恋愛模様を目の前で繰り広げられることになるとは思わなかったな。協力した甲斐があるというものだ。実に愉快だ。」
「『この年齢になって』って、アスレイはまだ20歳になったばっかりじゃん。」
「まさか20歳にもなって、こんな中等部男女のような甘酸っぱい恋愛模様を目の前で繰り広げられることになるとは思わなかったな。協力した甲斐があるというものだ。
ラルダはともかく、あのゼンが初心なのは実に愉快だ。アイツは実は誠実な男なのか。」
「言い直しついでに悪化させたね。」
アスレイはそんな感じで、ゼンの様子を遠くから見てはよくニヤニヤと笑っていた。
◇◇◇◇◇◇
ラルダは王女としての公務なんかもあって、当時から多忙だった。
だからラルダが不在で、僕とアスレイとゼンの男三人でつるむときもけっこうあって……そのときには女性のラルダの前ではしないような話もたまにしていた。
僕が聞いた範囲では、ゼンには入団直後と、入団1年目の間に2ヶ月くらいかな?一般市民の彼女がいた。
「──へぇー。ところで、その入団したときにいた前の彼女とはどのくらい続いてたの?」
「2週間。」
「早っ?!」
「違えよ。あれは不可抗力だっつの。」
「ほう?何が『違う』んだ?……詳細は?」
「言う訳ねえだろ。」
「それでゼンは、今も彼女いるんだよね?けっこう……こう、次に行くまでの期間が短いというか、案外あっさりしてるんだね。」
「……お前ら貴族の感覚からしたらそうなんじゃねえの。知らねえけど。」
「逆に聞くが、庶民の感覚としてはゼン程度のものが一般的なのか?」
「知らね。人によるんじゃねえの。」
そんな会話の流れの中で、当時の僕は純粋に疑問に思ってゼンに尋ねた。
「ゼンは今の彼女と結婚するの?」
「はぁ?しねえよ。」
「…………うわ。言い切るんだ。」
僕は即答してきた庶民のゼンの恋愛観に正直ちょっと引きながら、また純粋な疑問を口にした。
「じゃあ何で付き合ってるの?」
そうしたらゼンは雑に答えてきた。
「必要に応じて作ってるだけ。向こうもそんなもんだろうし、別に問題ねえだろ。多分すぐ別れる。」
「結婚しないのに『必要に応じて』って……えぇー……何それ。」
「俺たちには到底理解できない感覚だな。」
僕とアスレイが半ば呆れ、半ば感心しながらそう言ったら、ゼンは本気で不機嫌そうに眉間の皺を深めて舌打ちをして
「うっせえよ。テメェらには関係ねえだろ。」
と返してきた。
貴族の僕たちの反応が癪に障ったのかもしれない。「ずけずけと質問しておきながらその答えに引いちゃったのは、たしかに失礼だったかな。」と、そっと反省した記憶がある。
そんな会話もあったから、当時、僕は「ゼンは貴族とは根本的に価値観が違うんだろうな」と思ったし、正直「ゼンは恋愛面に関してはけっこう奔放な性格なのかな」なんて思っていた。
でも、ラルダの恋が始まった入団2年目くらいからは、ゼンは彼女をまったく作っていなかったと思う。少なくとも僕は知らない。
入団1年目の終わり頃、男三人での雑談の中で僕が「ゼン、そういえば最近は彼女いるの?」って聞いたときに、ゼンが機嫌良さそうに「いねえ。必要ねえし。」って答えてきた。あれがゼンの魔導騎士団外での恋愛事情を聞いた最後だった。
今思えば、かなりタイミングが良かった気がする。ラルダもゼンも運が良かった。
ちょうど庶民のゼンが「今は彼女は要らない」って思っていたタイミングで、ラルダの恋が始まったから。
もしゼンに彼女がいる時期にラルダが恋心を自覚して、ラルダがゼンの彼女の存在を知ったら……さすがにラルダは速攻で恋を終了させていたと思う。
ラルダは諦めは悪いけど、それ以上に馬鹿がつくほど真面目だから。「……そうか。ゼンにはすでに心に決めた大切な人がいるのだな。ならば私はゼンが幸せになれるよう、友として応援したい。」とか何とか言って、心からゼンを祝福する方向に切り替えていたんじゃないかな。それで、もともと結婚するつもりのないゼンを逆に困らせて、なんなら怒らせていたに違いない。
他人の恋愛観について口出しする気はないけど、僕個人としても本当に良かったと思う。
ゼンが結婚する気もなく彼女をコロコロ変えている姿を見ているよりは、ラルダみたいな人にちゃんと向き合っている姿を見ている方が安心できたし。僕に庶民の感覚が無いだけなのかもしれないけど。
アスレイが「あのゼンが初心なのは実に愉快だ。アイツは実は誠実な男なのか。」って言って笑っていたのも、多分この辺りのことを指していたんだと思う。
最近「人生なんて100%運だ」って台詞を聞いた気がする。
どこで聞いたんだっけ?……ああ、セゴット隊長か。この前、幹部会議の合間の雑談でそう言っていた。あの人はたしかに運の塊みたいな人だしな。
さすがに100%は言い過ぎだと思うけど、まあ……ちょっと分かる。そもそもゼンとラルダ、それにアスレイと僕が同期になったのも完全に運だし。
でも仮に人生の大半が運だったとしても、その運を味方につけたのはラルダの頑張りに他ならないし、そのラルダに応えたのはゼンの覚悟に他ならない。
結局のところ、運を手繰り寄せるのは自分の思考と行動だ。
ゼンはちゃんと、ラルダの想いと自分の気持ちを最後には逃げずに受け止めた。
◇◇◇◇◇◇
──そういえば、何で最終的にゼンはラルダの告白を受けたんだろう?
僕は過去を振り返りながら、今さら疑問に思った。
たしかに当時、ラルダとゼンは十中八九両片思いで、ゼンはチョロかったからラルダに「照れて戸惑ってるシャイな純情男」として余所余所しくも優しく接していた。
でも、ゼンが王女様と真剣交際をするほどの覚悟を決めたきっかけ──決め手がどこにあったのかは、僕視点では分からなかった。
19歳になったラルダが、いよいよ自身の政略結婚の気配を察して「私にはもう時間がない。玉砕覚悟でゼンに告白をしようと思うんだ。……ただ、少しでも成功する確率が上がるならば、私は最後までできる限りのことをしたい。クラウス、アスレイ。貴方たちの知恵を貸してくれないか。いつ、どういった場で告白をするのが最善か考えたいのだ。」と僕たちに言ってきた時点では、ラルダ本人も、アスレイも僕も、正直なところ告白成功の可能性は五分五分かそれ以下だと思っていた。
ゼンはラルダのことは好きみたいだったけど、やっぱりまだ何とか距離を取ろうとしていたように見えたから。ラルダほど開き直っているようには感じなかった。
だから、あのときは意外だった。
何でもない日の訓練終わり。
最後の団長からの解散号令の直後に、ラルダが「すまない。皆、私に少々時間をもらえるだろうか。」と言って手を挙げて前に出て、いきなりゼンに公開告白をしたあのとき。
魔導騎士団内ではいち平団員としてきちんと周りに敬語を使っていた当時のラルダが、あのときは珍しく素の喋り方に戻ってしまっていた。
恐らく人生で一番くらいの緊張だったんだろう。何万の民衆を前にしても、他国の王族を相手にしても、完璧な王女として完成された振る舞いをするラルダが、顔馴染みの同僚たちの前に出ているだけなのに分かりやすく強張っていた。そして「……ゼン、こちらへ来てくれないか。」と、硬い声でゼンを呼んだ。
ゼンはさすがにその瞬間にラルダが何をしようとしていたか察したらしく、サッと顔から血の気を引かせて「いや……ちょっと待て。いや、後で大丈夫ッス。今じゃなくていいッス。ここじゃなくて大丈夫なんで。」と、ラルダだか全体だかに向かって、ラルダとは逆に何故か敬語になってもごもご言っていた。
──緊張したときの言葉遣いまで正反対なのか、この二人は。
僕はちょっとそこでこっそり笑ってしまったのを覚えている。
ただ、ゼンはラルダにはチョロかったから、強張りつつも真っ直ぐな目でゼンを見つめるラルダの姿を見て、応えないわけにはいかなかったようだった。
少し照れて頭を掻いて、それから腹を括って皆の前に出ていった。
……でも、そこでラルダと向き合ってから、ゼンはまた気持ちが揺らいだのか「……ラルダ。話なら後で聞くから。今じゃなくていいだろ。おい。」ってコソコソとラルダにみっともなく訴えていた。
しかしラルダは首を振って「今でなければいけないのだ。身勝手なことは百も承知だが許してくれ。今このときだけは、周りの目は気にせず私の話を聞いてほしい。」と、ゼンにもっともらしい顔をして無茶苦茶な要求をした。
──僕は公開告白を決意するに至った経緯を知ってる
から、まだラルダの言いたいことが分かるけど……よりによってゼンに「周りの目は気にせず」って。いきなりこの状況でそれは不可能でしょ。さすがに。
って、心の中でツッコミながら僕は二人の様子を見ていた。
でも、そこはさすがラルダだった。
カリスマの権化のようなラルダは、告白を始めたその瞬間から、圧巻のオーラで視線も意識も惹きつけた。
ラルダに向き合っていたゼンだけじゃなくて、隊列の中から見守っていた僕も、周りの皆も、いつの間にかここがどんな場なのかも忘れてラルダに集中してしまっていた。
ラルダの告白は格好良かった。
第一王女らしい気高さと、魔導騎士らしい力強さ。それに何より、いかにもラルダらしい謹厳実直さ。
ラルダのすべてが詰まった、堅苦しい告白だった。
「ゼン。貴方は一般の国民で、私はこの国の第一王女だ。
私たちが魔導騎士団の同期であろうと、そこには決して無視することのできない壁が存在する。
だが……それでも私は、後悔だけはしたくない。
一度きりの人生ならば、私はその壁に立ち向かい、打ち砕くことを選びたい。
そう強く思ったからこそ、私は決心した。今日、この場で、貴方に想いを伝えることを。
──ゼン。私は貴方が好きだ。
私は一度きりの人生を、貴方とともに歩みたい。
これからの日々を、貴方とともに過ごしたいのだ。
貴方と並び立つためならば、私は困難を恐れない。
私が必ず壁を打ち砕いてみせる。いかなる逆風からも貴方を守り抜いてみせる。
何があろうと貴方を不幸にはさせない。必ず幸せにすると約束する。
──だから、ゼン。今はただ、私のこの想い一つだけを受け取ってくれ。」
そうしてラルダは一世一代の告白を見事に言い切った後、緊張を再び感じたのか、今度は第一王女としての顔も魔導騎士としての顔も忘れて──ただの一人の乙女のように、少し不安そうな顔をした。
頑張った。言いたいことは言い切った。でも、今から自分は振られてしまうかもしれない。……そんな顔。
ラルダはそれから、先ほどまでよりも一回り小さい声で、最後にゼンにこう伝えた。
「…………ゼン。
貴方がもし、私の想いに応えてくれるのであれば……どうか、この手を取ってくれないか。」
不安そうな目をしながら、それでもしっかりとゼンを見つめて、ラルダはそっと左手を差し出した。
左利きのゼンへの、過剰なくらい細かな気遣い。
0.01%でも成功の確率を上げるための、ラルダの本当にささやかな足掻き。
皆が気付いていたかは分からないけど、僕はそれを読み取った。
ゼンはそんなラルダの顔を見て、それから差し出されたラルダの左手を見た。
静寂に包まれた第1演習場で、皆に見守られながらしばらく黙ってラルダの手を見つめて──……そして、ゼンは再びラルダの顔を見て笑った。
「相変わらず大袈裟だな、お前。
……わかった。ありがとう、ラルダ。これからよろしくな。」
そう言ってゼンは、少し荒っぽくパシッと小気味良い音を立てながら、差し出されたラルダの左手を握り返した。
乙女の手を取るというよりは、まるで戦友と誓い合うかのようだった。……でも確実に、そこには仲間に向けるものとは違う、ちゃんとゼンなりの彼女への愛があった。
あのときのゼンはちょっと格好良かった。
貴族の僕たちには出せない、庶民のゼンならではの格好良さ。ラルダが握り返された手を見つめながら、じわじわと目を見開いて口元を緩めていったのが遠目でも分かった。
そんな可愛らしい反応をするラルダを見て、ゼンがもう一度笑ったのを覚えている。
その後、周りの団員たちが拍手をしだした音を聞いてゼンは現実に引き戻されたらしく、スッと無言でラルダから手を離して、スッと無言で団員の隊列と反対の方に顔を背けて、それから「ッスーーー」っと静かに息を吐いて「………………ども。あざっした。」と小声で言った。
それからゼンは、しばらくしても皆が帰らないどころか、より一層盛り上がる構えをしだしたのを察して「……じゃ、そういうことで。お疲れっした。……じゃ、帰ります。あざっした。」と言って、ラルダを残して僕たちを無視してスッと帰っていった。
あれはまあ、ゼンも可哀想ではあるんだけど……頑張って告白したラルダを一人残して帰るのは、さすがにちょっとダサかった。
でも、ラルダは信じられないものを見るかのような目で自分の左手を見つめて、それから去っていくゼンの後ろ姿をキラキラとした瞳でとっても嬉しそうに見つめていた。
だからラルダの目には、あんな姿すらも格好良く映っていたのかもしれない。
こうしてラルダの告白は成功して、ラルダとゼンは魔導騎士団内で唯一の恋人同士になった。
◇◇◇◇◇◇
ちなみに、ラルダが魔導騎士団全体の前で公開告白をする決意をしたきっかけはアスレイだ。
実はラルダは最初、ちゃんと人前が苦手なゼンのために配慮をしようと考えていた。
第27期生で集まっているときに僕とアスレイに席を外してもらって場を整えて、二人きりになって告白をする──っていう、いつものアレを計画的に行おうとしていた。その場所やタイミングをどうするかを、僕たちに相談しようとしていた。
でもそれをアスレイが遮って、根本から覆してきた。
「それではゼンがはぐらかしたり誤魔化したりして、有耶無耶にしてしまうかもしれない。むしろ人目は多い方がいい。どうせなら皆の前で言ってしまえ。」
「そうだろうか?ゼンはたとえ人目が無かろうと、告白の場になれば真摯に向き合ってくれると思うのだが。」
ラルダはアスレイの言葉に首を傾げたけど、アスレイは「お前はゼンを買い被りすぎだ。」と軽く反論した。
そしてそれからアスレイは「他にも理由はある。」と言って、別の切り口に触れていった。
「玉砕したときのことはとりあえず置いておけ。まずは成功したときのことを想定してみろ。
もし仮に、ゼンと一対一の状態での告白が成功したとする。
この場合、それからどうなる?
ゼンと隠れて交際を始めて……まあ、お前のことだ。『他に正式な婚約者を迎え、ゼンを愛人扱いにする』などという道は取らないだろう?
遅かれ早かれラルダが交際の事実を王宮側に伝えることになるんだろうが──……そうなれば100%、その時点で即破局させられて終わるだろうな。
ゼンがどれだけ化け物じみた戦闘力を持っていようが関係ない。ゼンは権力の前では、ただの弱者だ。
庶民一人を我々の前から消すくらいならば、いくらでもやりようはある。
四大公爵家の俺でもその気になればできる。王族ならば尚更簡単なことだろうな。」
「………………何が言いたい、アスレイ。」
アスレイの厳しい物言いに、珍しく嫌悪感を滲み出させるラルダ。
そんなラルダに、アスレイは「まあ聞け。」と言って続けた。
「だからこそ人目が必要になるんだ。
──告白の成功を公開しろ。ゼンとの交際を、消しきれないほどの人目に晒せ。
王宮側からすれば、ゼン本人だけなら簡単に揉み消せる。他に俺とクラウスがその場にいたとしても、まだ何とかなるはずだ。適当な理由を付けてゼンを魔導騎士団から追放し、俺たち二人には実家への影響でもチラつかせながら口止めをすればいいからな。
だが、魔導騎士団全員が一気に目撃したらどうなる?
口止めは何とかできたとしても、さすがに告白の事実自体を無かったことにはできなくなるだろう。
ゼンを追放しようにも、その理由に誤魔化しは効かない。かと言って、ただ『王女様にいきなり告白された』というだけの理由でゼンを魔導騎士団から追放でもすれば、団員たちからの王家への不信感は確実に高まる。自分たちに人権がないと言われているも同然になるからな。
せいぜい取り急ぎ『王女の暴走を謝罪して、魔導騎士団内に留めるよう箝口令を敷く』くらいの措置しかできなくなるはずだ。
そうしてようやく、お前はスタート地点に立てる。
あとはゼンとの交際を認めてもらえるよう、ラルダが周囲を説得するなり、話し合うなりすればいい。以降のことはラルダ次第だ。王宮側の細かな様子は、俺は知らないからな。何とも言えない。」
「………………。」
黙ってアスレイの言葉を咀嚼するラルダに向かって、アスレイは最後にこう付け足した。
「──とまあ、お前一人の負担が増えるようなことを言ったが……俺の予想が正しければ、実際は負担ではなくむしろプラスなる。公開告白はメリットの方が大きいはずだ。」
「……どういうこと?」
黙っているラルダの代わりに僕が横から尋ねると、アスレイは軽く笑って丸眼鏡を指で押し上げた。
「恐らく他の魔導騎士団員たちも、俺やクラウスと同じようにお前に『恋が成就するよう協力してくれとは言わない』と気遣われたところで、その通りにはしないだろう。結局は影の協力者になってくれるんじゃないか?
お前の真摯な告白を聞いたら、皆きっとゼンの返事の後押しをして、そして成功した暁には祝福して交際を応援してくれるはずだ。
お前の人望の厚さは恐ろしいからな。きっとそうなる。……利用できるなら全員利用してしまえ。」
ラルダはそのアスレイの熱い語りに感銘を受けて、そして全面的に納得をしたらしく、最終的にはその通りに告白を決行した。
僕も当時は仲間思いのアスレイにこっそり感激したんだけど……あのときは、ほんのちょっとだけアスレイを買い被り過ぎていたと思う。
アスレイは実際、同期の僕たちを本当に大切にしてくれてるし、いざというときは熱い奴だとは今でも思ってるんだけど。
でもラルダの例の告白が成功した後、アスレイはこっそりと「まさか本当にやるとはな。……俺の案だとゼンには絶対に言うなよ。」ってラルダと僕に念入りに釘を刺してきた。
ゼンの怒りの沸点ギリギリを攻める天才アスレイがそう言ってきたってことは、公開告白教唆はゼンに激怒されかねないレベルのものだったってことだろう。
僕は「ラルダなら絶対アスレイの言った通りに公開告白するだろうな」って予想してたけど、アスレイはどうやらそこまでの確信は持てていなかったようだった。
……まあ、アスレイがゼンのことを一際よく理解しているように、僕は僕でラルダの思考を読むのが同期の中では一番得意かもしれない。単に一番気が合うとも言える。
それで、この事実から察せること。
アスレイは実は、強い口振りの割には自分の主張をそこまで通そうと思っていなかった。
つまり、「絶対に公開告白をしないと駄目だ」みたいな雰囲気を出しておきながら、当の提案者本人はそれほど公開告白が必須だとは思っていなかった──っていうことだ。
だから、15%……20%……いや、30%くらいは「事を大きくしたら面白いだろうな」程度の愉快犯だった可能性がある。
アスレイは後付けの理屈を言わせたら天下一品だから。あの熱い語りも、ただの後付けだった可能性は大いにある。
うーん……やっぱり40%……いや、50%かもな。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
ラルダが新婚旅行の予告を終えて、昼休憩の時間になった。
皆が好き好きに動きだすのを眺めながら懐かしい思い出を振り返っていたら、いつの間にかゼンが僕の横に来ていた。
もう「一緒に昼飯食おうぜ」なんて言葉すらない。何も言わないくせに当然のように一緒に昼食を食べる気でいる。
この前、ユンが「兄ちゃんは顔面が『孤高の狼』みたいなだけで、中身は『寂しがり屋のウサギ』だよ。」ってクロドに話していたのを横で聞いて、うっかり笑ってしまった。
割と的確な表現だと思う。どっちかっていうと、実は単独行動が好きなのはユンの方な気がする。
ゼンは強面で人見知りなくせに意外と寂しがり屋だし、ユンは人懐っこくて社交的な割に意外とよく一人でどこかに消えている。
……生まれ持った性質と性格が捻れてて完全に初見殺しだよな、この兄弟。
「……おいクラウス。お前、何ずっと無言で突っ立ってんだよ。」
僕が呑気にいろいろと考えていたら、ゼンがついに声を掛けてきた。
そんなに長い間ボーッとしてたかな?
僕は怪訝な顔をしてこっちを見てくるゼンの方を向いて、素直に答えた。
「ラルダの休暇取得の報告を聞きながら、昔のこと思い出してたんだ。それで、不思議に思ってた。
何で最終的にゼンはラルダの告白を受けたのかな──って。」
「はぁ?」
「今さらだけどね。当時は意外だなって思ったんだよ。
だって相手は王女様だし。……あのとき、よく付き合う気になったね?ゼン。」
「………………。」
僕のいきなりの質問に、ゼンは一層眉間の皺を深めた。
でもそれから、今度はなんだか可哀想なものを見るような目で僕を見て「んー……昼飯食いながら話す。」とだけ言って、演習場の出口に向かって歩き出した。
………………え?話してくれるんだ?
別に返答を期待して聞いたわけじゃなかったから、僕は不意打ちに驚いた。
……ゼンも新婚旅行に、意外と浮かれてるのかな?それで機嫌がいいとか?
僕は適当にそんな感じで納得をしながら、ゼンと一緒に第1演習場を後にした。




