小話 3-1 ◇ ラルダの恋の回顧録
ここまで長い投稿を追ってくださっている方、本当にありがとうございます。
特に何かあるわけではないのですが、ただ「兄弟(◇と◆)で話の数をなるべく揃えたい」という個人的なこだわりのために書きました。
全7話執筆済。基本毎日投稿の予定です。
湿気が多くじめじめとした曇りの日。
みんなお世辞にも爽やかとは言えない汗をかいていて、心なしか団員たちはいつも以上に怠そうだ。
しかし、そんなどんよりとした空気を吹き飛ばすような爽やかな報告が、午前の訓練終わりの魔導騎士団内に告げられた。
「──さて。昼休憩に入る前に、皆に一つ報告がある。
私事だが、私は来月頭から一週間休暇を取らせてもらう。
私の休暇期間中の団長代理は、副団長のドルグス。ドルグスの補佐となる副団長代理は第4部隊長ゲンジ。そしてゲンジの部隊長業務のフォローは第2部隊長セゴットに引き受けてもらった。
不在の間、皆には少なからず苦労をかけるが、よろしく頼む。」
普段は公私混同をしないはずのラルダが、今日は分かりやすくウキウキにこにこしながらそう口にする。
嬉しくてうまく顔を引き締めることができないんだろう。僕は第3部隊長だから先々週の幹部会議の時点で話は聞いていたけど、そのときからすでにラルダはウキウキしてたから。
団員たちに報告している今この瞬間にもじわじわと実感が湧いてきているんだろう。最後にラルダは、だらしなく頬を緩ませながらウッキウキで宣言した。
「今度、ゼンと新婚旅行でフィロソ王国に行くんだ。
皆にも土産を買ってくるぞ。楽しみにしていてくれ。」
「ドヤッ!!」っという音がしそうなくらい分かりやすくドヤ顔をするラルダ。
──「新婚旅行」に「皆にも土産を買ってくる」。
人生で一度は言ってみたい言葉ランキング上位二つを一気に口にして、ラルダは完全に浮かれているようだった。
そんなラルダに、団員たちは笑顔で拍手を贈る。中でも特に第1部隊の列の方が「ウェーイ!」と歓声を上げて盛り上がっていた。軽くそっちの方を見てみると、隊列の中にいるゼンが次々に小突いてくる周りの部隊員たちを蹴り返していた。
……ああ、平和だなぁ。
僕は第1演習場に鳴り響くこの上なく幸せな拍手の音を聞きながら、ここに至るまでのことをしみじみと振り返った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
クゼーレ王国第一王女として自由のない日々を送ってきたラルダ。彼女の喜びや楽しみは、いつもささやかなものだった。
「あ゛ぁ〜!やってらんね〜!
こんなん覚えきれねえっつの。っつーか、まじで何文字あんだよ。」
僕たちの入団1年目。多忙なラルダが時間を取れる日に開催される、第27期生4人の自主勉強会。だいたいは仕事終わりに、騎士団施設内の資料室で小一時間くらい行われる。
そんな自主勉強会の開催3回目にして、ついに……いや、早々にゼンがペンを投げ出して勉強を放棄し始めた。
「クゼーレ語は基本文字が106文字、常用の意味文字が約2000字だ。」
アスレイがゼンに淡々と事実を教える。それを聞いたゼンは「はぁ?!106?!2000?!狂ってんだろ!」と文句を言い、それに対してアスレイは「ちなみにお前はまだ基本文字を覚えている最中だからな。先は長いぞ。」と非情に現状を突きつけた。
「……やめた。もういいわ。俺は今後も読み書きできねえ人生送るわ。」
そう言って椅子の背もたれに身を預け、天を仰ぐゼン。
当時の僕は、初等部教育すら受けていないゼンにどう気を遣っていいのか分からなかった。ゼンが本気で諦めているのか、それともただ飽きているだけなのか、冗談なのかそうでないのかがまったく読めなかった。
だから僕はゼンの言葉に中途半端に苦笑したけど、ラルダは違った。ラルダはゼンの発言を真っ直ぐ受け取って、環境に恵まれていなかったゼンを心の底から憐みながら、なんとかやる気を出させようと真剣に説得し始めた。
「クゼーレ語はリーベンヌ語に並んで『世界二大難解語』と言われる、習得がとりわけ難しい言語なのだ。ゼンが投げ出したくなるのは仕方がないことかもしれない。
だが……ゼン、どうか諦めないでくれ。まずこの基本文字の106字だけでも習得できれば、言葉を文字に起こせるようになる。その段階に到達すればゼンも学習の手応えを感じられるはずだ。
意味文字については追々覚えればよい。プレッシャーを感じる必要はないぞ。」
「おいラルダ。テメェは毎回真面目にフォローしてくんな。んな深刻にプレッシャー感じてねえよ。」
「そうだぞラルダ。ゼンは本気で諦めたのではなく、ただ飽きて文句を言っているだけだ。こいつは何に対してもすぐ愚痴を零すからな。真面目に受け取るだけ無駄だ。適当に聞き流せ。」
同じ第1部隊員としてゼンの人となりを一足早く掴み始めていたアスレイの言葉を聞いて、ラルダは納得して頷いた。
「ああ、そうなのか。ゼンは簡単に物事を投げ出すような人物ではないのだな。疑ってしまって悪かった。」
「…………投げ出し辛くしてくんなよ。」
善意と誠意しかないラルダの謝罪に、ゼンが複雑な顔をしてツッコむ。
しかしラルダは微妙な表情のゼンとは対照的に、やる気に満ち溢れた笑顔を浮かべながら新たな提案をした。
「──であれば、ゼン。気分転換を兼ねて、この時間は別のものを学ぼうではないか。
これまでの2回の勉強会では、座学の習慣を持たないゼンに対する配慮が足りていなかった。たしかに一つの内容ばかりやっていては、飽きもきてしまうというものだ。
そうだな……計算などはどうだ?日常でも買い物などで金銭を数える機会はあるだろう?ゼンは数字は読み書きできるだろうか。」
張り切るラルダに、ゼンは微妙な表情のまま首を傾げた。
「まあ、買い物んときの計算くれえならある程度できっけど。
……っつーかお前、何でそんな楽しそうにしてんだよ。そこで意味分かんねえ論文の話してるアスレイとクラウスはまだしも、お前はずっと俺に文字教えてるだけじゃねえか。
どっちかっつーと俺よりお前の方が飽きてんじゃねえの?」
ゼンの素朴な疑問に、ラルダは目を輝かせ力強く答えた。
「まさか!飽きるわけがない!私はこの勉強会の時間が楽しくて仕方がないんだ。」
「は?」
理解ができないといったように、さらに首を傾げるゼン。
そんなゼンに向かって、ラルダは嬉しそうに語った。
「こうして皆で集まって何かを学ぶ。まるで学校のようだろう?私は幼い頃からずっと『学校』に憧れていた。この部屋は私にとって、教室のようなものだ。
それだけではない。私は『友人』というものにも憧れていた。ゼン、クラウス、アスレイ。貴方たちと対等な立場で、共に語らい、笑い合うことができて、私はとても嬉しい。
学びの場で友人の勉強の役に立てている今などはまさに、夢のような時間だ。」
それを聞いたゼンは「相変わらず大袈裟だなー、お前。」と零してから、また素朴な疑問を口にした。
「っつか、学校行ってねえの?王立学園があんだろ。王女サマは通わねえの?」
「ああ。私は王宮で個別指導を受けていた。我が国の通例では、王女は学校に通わないのだ。」
「ふーん。で、お前には俺ら以外に話せる奴もいねえの?」
「社交の場で同世代の貴族子女と会うことはあるが、私的な関わりはない。そのような機会が無いからな。クラウスやアスレイのことも見知ってはいたが、こうして互いに日常会話ができるようになったのは魔導騎士団に入団してからだ。」
ゼンはラルダに同情するわけでもなく、ただ「ふーん。俺とあんま変わんねえじゃん。」とだけ言って軽く笑った。
敬語を使われない雑な会話。贔屓されない厳しい訓練。魔導騎士団食堂の定番メニュー。それから同期の僕たちとの自主的な手合わせや勉強会。
ささやかでありふれた日々を、ラルダは心の底から喜んだ。
そんなラルダに必要以上に同情せず自然に接することができたのは、別に僕が人格者だからというわけじゃない。ただ、ラルダの隣にゼンがいたからだった。
ゼンにとっても、ささやかでありふれた日々は新鮮に映っていたようだった。ただし、ラルダとは真逆の視点から。そしてそれをゼンはラルダと同じように、素直に顔に出していった。面白がったり、不思議がったり、割と露骨に嫌がったり。
世間知らずな王女様の大袈裟な感動は、常識知らずな平民の喜怒哀楽によって中和されていた。だから僕とアスレイは、二人の愉快な反応をただ笑って見ているだけで良くなった。
むしろラルダの方が、ゼンの生い立ちが垣間見える度に何かと同情して申し訳なさそうにしていた気がする。
でもゼンはそんなラルダを毎回鬱陶しがったり面白がったりして、まともに取り合おうとしなかった。
──大国の王女と孤児の平民。正反対の境遇のラルダとゼン。
別に波瀾万丈でも何でもない人生を送ってきた侯爵家次男の僕にとって、二人の言動はどっちも全然「普通」じゃなかった。
でも毎日のように第27期生で集まって過ごしていくうちに、正反対なのにいつも一緒になって笑い合っているゼンとラルダの姿の方が、僕にとって「普通」の光景になっていった。
アスレイはそんな二人に度々ツッコミや茶々を入れて面白がるようになったし、僕はそんな三人を見ながら好き勝手にのんびり過ごすようになった。
一言で綺麗に表せるほど単純なものではないけど、だいたいそんな感じで、僕たち第27期生の仲は形成されていった。
◇◇◇◇◇◇
ラルダとゼンは入団1ヶ月目の喧嘩を経てからは特に揉めたりすることもなく、すぐに第27期生同士、皆で仲が良くなった。
そして入団2年目くらいになって、僕たち第27期生の仲は少し変わった。
きっかけはラルダだった。
ラルダは鈍感じゃないから、ちゃんと自分の恋心を自覚した。
でもしばらくの間、ラルダは当然「身分違いの恋だから」と、恋心を隠してゼンと変わらず仲良くし続けようとした。
ただ……ラルダは口には出していなかったけど分かりやすかったから、僕もアスレイも早々に察せたし、ゼンも割とすぐに気付いて困ってた。
ラルダは端々でゼンへの好意をうっかり滲み出してしまっていたし、ゼンはもう一度ラルダと距離を取り直そうとして分かりやすく余所余所しくなっていた。
そんなぎこちない関係が数ヶ月くらい続いて──……でも、それも数ヶ月くらいですぐに変わった。
ラルダは結局、吹っ切れてゼンへの好意をあまり隠さなくなった。
当時、僕はラルダに対して「王女なのに相当な覚悟だな。たくさん悩んで決断したんだろうな。」と思っていたけど……今振り返ってみると、僕はちょっとラルダを買い被り過ぎていた気がする。
──多分、ラルダはただ「諦め方」を知らなかっただけだ。
ラルダはそれまでの人生で、何でも自分の思い通りにできてしまっていたから。
何にでも才能があり過ぎたせいで、挫折らしい挫折もなかったのかもしれない。……強いて言うなら、あの例の喧嘩でゼンに剣でボロ負けしたくらいだろうな。
だからラルダは、目の前に好きな相手がいるのに黙って身を引く──なんてことをして後悔したくなかったんだろう。
ラルダはゼンに誠心誠意向き合って、好かれるよう精一杯の努力をしようと決意した。そして「そうすれば自分の想いはゼンに届く」と信じて疑っていなかった。自分の心に従って正直に生きていれば、自分の家族も国民も、皆がそれを最後には認めて受け入れてくれるはずだと思っていた。
傲慢にも程がある。失敗を知らない、純粋な強者の思考。皆に愛されて育った世間知らずな王女様の、長所でもあり短所でもある。
僕も比較的前向きな性格をしている自覚はあるけど「さすがにラルダほどじゃないな」と思う。
ラルダは王女なのに、自分の恋がいかに無謀なのかを理解していなかっただけ。深刻に捉えていなかっただけだ。
あのときはまだ、ラルダは覚悟が足りていなかったんだ。
◇◇◇◇◇◇
ラルダが僕とアスレイに打ち明けてくれたときのことはよく覚えている。
「もう二人には気付かれていると思うが、私はゼンが好きなんだ。恋が成就するよう協力してくれとは言わないが……どうか見逃してくれないか。」
恒例の同期会でゼンが席を少し外した隙に、ラルダは僕たちに照れ笑いをしながら告げてきた。
「もちろん、あくまでもこれは私一人の暴走だ。貴方たちは──オーネリーダ公爵家とサーリ侯爵家は決して巻き込まないと約束する。私のこの恋が表沙汰になったとしても、私は決して貴方たちのことは口にしない。貴方たちは何も知らないふりをしてくれて構わない。」
そう言って僕たちに気を遣うラルダに向かって、アスレイが
「馬鹿か。巻き込む気がないならわざわざ俺たちの前で宣言するな。」
ってキレ気味に返していたのが印象に残っている。
ラルダはそんなアスレイに「すまない、アスレイ。……ありがとう。」と、まるで受け入れてもらえたかのように一方的に真面目な顔をして感謝を述べた。強引過ぎる了承の得方に僕は思わず笑ってしまって、勝手に感謝を押し付けられたアスレイは「ふざけた王女様だな。」と呆れ果てていた。
そうして、僕たち第27期生の中だけでひっそりと、ラルダの無謀な恋が始まった。
◇◇◇◇◇◇
ラルダは恋の仕方も本当にささやかだった。
……というか、ささやかにしかできなかった。
理由は簡単。許されるわけがなかったからだ。
恋が成就する前にラルダの狙いが王宮側にバレたら、絶対にさっさと他の結婚相手を宛てがわれてしまう。本来ならラルダは、年齢的に数年以内には政略結婚をして魔導騎士団を引退すべき人間だ。
だから、王国中の誰よりも人目を忍んだつまらない恋をしないといけなかった。
王侯貴族らしく優雅にお茶会なんてのは以ての外だけど……そもそも、魔導騎士団の敷地外で平民と無許可で一対一で会うこと自体、ラルダは立場上許されない。二人で休日一緒に出掛けて博物館やら劇場やらに行って楽しんで、疲れた頃にちょっとカフェに寄ってひと休み──なんてことは当然不可能だ。
ギリギリ……まあ、第27期生4人で王都に買い物に出るくらいならできた。年に数回くらい。それでも認識阻害魔法は全員必須で、特にラルダは絶対に店頭で立ち止まって商品を吟味なんてしちゃいけない。認識阻害の効果が薄れるのを避けるために、他人の目に一定時間以上留まらないようさっさと移動し続けなければいけない。
ゼンといい雰囲気になるどころじゃない。周囲に王女だとバレないよう忍びながら歩く、緊張感漂う特殊訓練のようだった。
結局、開き直って恋に邁進するラルダができたことは、それまでと変わらず「魔導騎士団にいる限られた時間の中で、楽しくお喋りをする」だけだった。
◇◇◇◇◇◇
「クラウス。少し相談に乗ってはくれないか。」
ラルダは前衛の訓練で僕と一緒にいるとき、よくこっそり休憩中に恋愛相談を持ちかけてきた。
「ゼンのこと?」
「ああ。後悔せぬよう全力を尽くすと決めたのはいいのだが……いまいち行動に移せている気がしないのだ。これまでと変わらず、同期で集まる際に会話をすることくらいしかできていない。
このままでは、何も進展しないままただ時が過ぎてしまう。……何とか現状を打破する術はないだろうか。」
「うーん。そうは言っても、ラルダにはそもそも自由時間なんてほとんどないし、仮にあったとしてもそこでゼンに会えるわけでもないんでしょ?」
「まあな。」
「だとしたら、その会話の中で何とかするしかないんじゃない?」
「やはりそうか……。」
「僕とアスレイがさり気なく席を外すくらいならできると思うけど。」
「……ふむ。私にとってはクラウスやアスレイと過ごす時間も貴重なものなのだが……背に腹は代えられないな。協力を頼めるだろうか。」
それで僕は、いつもの勉強会のときにゼンとラルダを残してアスレイと攻撃魔法の実践をしに演習場の方に行ったり、昼食のときにゼンに声を掛けられる前にしれっとアスレイと外に出たりした。
まあ、かなり不自然だったとは思うけど仕方ない。ラルダの時間と場所の縛りと、僕の気回しと演技力の限界から、それが精一杯だった。
◇◇◇◇◇◇
アスレイは毎回そんな僕の不自然なラルダへの協力を察して、白々しく丸眼鏡をクイッと上げながら「やれやれ、仕方ないな。」とか言って僕についてきた。
あの頃アスレイと話したことも、僕はよく覚えている。
「アスレイさ、ラルダから『ゼンが好きだ』って打ち明けられたとき怒ってたじゃん。その割には協力的だね?」
「別に怒ってなどいない。ただ『馬鹿だな』と思って呆れただけだ。」
「そう?じゃあ訂正。『馬鹿だな』と思ってる割には協力的だね?」
僕が素直にそう聞くと、アスレイは僕とは目を合わせずに遠くを見ながら
「王女のくせにまともに恋愛をしようなどと、よくやる気になるなと感心はしている。」
と言った。
そして、それから少しだけ間をあけて、いつものような笑い方に戻ってこう付け足してきた。
「万が一にでもそんな馬鹿なことが成立するなら、それはそれで愉快じゃないか。他人事だと思って見ている分には面白いからな。」
当時の僕はそのアスレイの言葉を聞いて「アスレイも四大公爵家の後継として、政略結婚には何か思うことがあるんだろうな。何だかんだで優しいじゃん、アスレイ。」と思っていた。
……今振り返っても、このアスレイの件に関しては買い被りだったかどうかは判断がつかない。
半分は確実に、ただ言葉通り面白がっていただけだと思う。アスレイはそういう奴だから。
昼休憩終わりに第1部隊の隊列に並びながら、白々しくゼンに「ああ、ゼン。俺はクラウスと食事に外に出ていたんだが……お前はどこにいたんだ?」とか言って絡んで、当時ラルダとの距離感に困ってたゼンに「……オイ。まじでふざけんなよテメェ。」って割と本気でキレられて脛に蹴りを入れられたりしていたし。
ゼンの怒りの沸点ギリギリを攻めることに関しては、アスレイは誰よりも上手いと思う。いつも紙一重で激怒を回避しているように見える。あれは僕にはできない芸当だ。
でももう半分は……多分、本当に優しさだったんだろう。それか、ラルダのことが羨ましかったのか。どっちかだと思う。
アスレイはラルダと違って変に諦めずに粘ったり、みっともなく足掻いたりしない。ちゃんと冷静に自分の置かれた立場を理解して受け入れて、うまく立ち回れる人だと思う。
ただ、ラルダの諦めの悪さが長所でもあり短所でもあるように……アスレイのその物分かりの良さは、長所でもあり短所でもある。
アスレイを見ていれば分かる。僕が剣を振るうのが好きなように、アスレイは相当な魔法好きだ。本当はアスレイは、公爵家のことさえ無ければ、僕と同じようにずっと魔導騎士団にいて魔法の研鑽を積んでいたかったんだろう。
魔導騎士団に入団したのも、その後に魔法学園の非常勤講師になったのも、アスレイは「ただ家に入り浸るのがつまらないから」って言っていたけど、それはアスレイなりに精一杯の自由を模索した結果で──もしかしたらアスレイなりの精一杯の、決められた人生への抵抗だったのかもしれない。
だからアスレイは、王女でありながら決められた人生に堂々と立ち向かって魔導騎士団に居続けようとするラルダを……自由に心のままに恋愛をしようとするラルダを、見届けてみたくなったんだろう。
自分は数年後には魔導騎士団を引退して、婚約者と結婚をする──その運命を大人しく受け入れていた分。
僕はそうして、思ったよりもラルダに理解を示したアスレイと共に、露骨に彼女の恋路を応援していった。




