小話2-3 ◆ 悪役令嬢が贈りたいプレゼント
連載作品を投稿した記念に書きました。
ユンとセレンディーナの平和な凸凹恋愛模様と、そんな二人を見守る、また別の二人のお話。
全6話(執筆済)で基本毎日投稿の予定ですが、前半3話と後半3話の間に数日とらせていただきます。
よろしければ連載「御主人様は悪役令嬢」とあわせてお読みください。
「ちょっと聞いてよ、アルディート。」
開口一番、ユンが何とも言えないテンションで僕にそう言ってきた。
今日は休日。ここはパラバーナ公爵邸。
セレナは今日、ご令嬢限定の学園卒業生向けの定例茶会に参加しているため外出中だ。ちなみに僕の婚約者も同じ茶会に行っている。
僕が私用で掛けた通話ついでにそのことを話したら、ユンの方から珍しく「あ、ちょうどいいや!じゃあその日、アルディートのところに遊びに行ってもいい?」といきなり提案してきたのが今週の頭の話。
恐らく何か、僕に話したいことがあるんだろう。
「話は聞くけど……それ、いい話?悪い話?」
ユンのテンションが絶妙すぎたから、僕は心の準備も兼ねてまずはそれだけ聞くことにした。
「どっちかっていうといい話。向こうからすれば多分、悪い話なんだけど。」
「何だそれ。」
「いや、なんかとにかく面白くってさ。予想の斜め上行っててびっくりしちゃって。
でも面白がっちゃいけないやつ。もう本人の前で笑っちゃったから手遅れなんだけど。
まあ客観的に見たら一応は惚気話に分類されるやつ。」
ユンのとっ散らかった説明に僕は納得した。
「要はセレナの珍妙な話ってことだろ。」
「要約するとそう。でも珍妙って言って笑っちゃいけないやつ。……もう本人の前で笑っちゃったから手遅れなんだけど。」
ユンは繰り返しそう言いながらも、反省はしていないようだった。
そしてユンは絶妙なテンションのまま、先週末のセレナの珍行動を僕に教えてくれた。
◆◆◆◆◆◆
「俺ね、実は婚約パーティーの後に、セレンディーナ様にプレゼントあげたんだ。」
「ああ、アレだろ?紫速竜の眼宝玉。」
「そうそう。あ、アルディート知ってたんだ?」
「セレナがこの前届いたイヤリングをずっと家で嬉しそうに眺めてたからな。」
するとユンは少し照れくさそうに笑いながら「あ、そうだったんだ。」と言った。
「……それでね、この前セレンディーナ様から『お返しに何か欲しいものがあるか』って聞かれたから、ちょっと恥ずかしいんだけど……俺、セレンディーナ様に『笑った顔を一回見てみたい』って言っちゃったんだよね。」
「それも知ってる。」
……セレナが僕に泣きながら相談してきたから。
頷いた僕を見て、ユンは目を見開いて「え!それも知ってたの!?」と言いながら赤面した。
それから一旦火照りを冷まして、ユンは気を取り直して続けた。
「それで、俺は別にそこから特別に何かしてもらうつもりなんてなかったんだけど……先週、普通にデート行こうとしたらさ、セレンディーナ様が急に『目的地を変えましょう』って言ってきて。
……で、俺に王都劇場のチケット渡してきたの。
…………人気漫才師の『お笑い』の。」
「うん。何となく話が見えてきた。」
僕は呆れた。
……セレナ。どうしてそういう結論になったんだ。
「俺、その時点でもうすでにちょっときてたんだけど、一応笑っちゃいけないと思って我慢しながら聞いたんだよね。セレンディーナ様に。
『……もしかして、これで笑おうとしてます?』って。
そしたらセレンディーナ様が戦場に赴く戦士みたいな覚悟決めた顔して神妙に頷いたから、俺もうそこで耐えられなくて吹き出しちゃった。」
なんてくだらないやりとりをしているんだ。この二人は。
「でね?まあ、チケットもすでに手元にある訳だし、セレンディーナ様の希望だからってことで予定を変更して、とりあえず劇場に行って、客席に並んで座ったの。
そしたらセレンディーナ様が真面目な顔して『ユンはわたくしを見ていて。』って言ってきたんだ。
そのときは俺、笑わなかったんだけど。でも開演を待ってる間にじわじわきちゃって。
だって変じゃない?わざわざチケット買って劇場に来て、舞台じゃなくて横にいる彼女を凝視するって何?
その『わたくしを見ていて』って台詞も、状況によってはときめけるんだろうけどさ、少なくともそれ絶対にお笑いライブの開演前に聞きたい台詞ではないよね?しかもセレンディーナ様は出演者じゃなくてただの客じゃん。」
「お前たちの存在がすでに漫才じゃないか。」
僕がそう漏らすと、ユンは「ほんとそう」と頷いた。
「で、一人でじわじわきてたら開演時間になって、漫才が始まったの。
俺はもうすでにだいぶ笑えてたから満足?してたんだけど。でもせっかく劇場に来たんだし、お笑いの舞台も楽しむぞーって気持ちを切り替えて、一応セレンディーナ様を横目で見ながら始まった漫才を聞くことにしたんだ。
……そしたらね、その漫才がさ、なんていうかこう……面白いっちゃ面白いんだけど、すごい笑えるっていうほどでもない感じだったんだよね。」
「やけに中途半端だな。」
「うーん。俺は普段劇場とか全然行かないからよく分かんないんだけど、多分お笑いが好きで劇場に行き慣れてる人なら笑えるって感じ。
実際、けっこう周りの人たちは笑って盛り上がってた。
ただ、俺みたいな素人からすると『面白いなぁ』とは思うけど、声上げて笑っちゃうとか、ついつられて笑っちゃうってほどじゃなかったかな。
……あれかな?仲良い友達との話ならしょうもないことですぐ笑えるけど、初対面の人相手だと同じ話でもそこまで笑わないじゃん?ああいうのって、やっぱり慣れの問題もある気がする。」
「……ああ、まあ、何となく分かった。」
しかしユンは「笑えなかった」と言いながら、何故か思い出し笑いをし始めた。
「それで……んふふっ……!あ、ごめん。それでね、俺、もしかしたらセレンディーナ様は俺と違ってお笑いが好きで、劇場にも通い慣れてるのかなーって思ってたんだけどさ。
そう思ってたら、セレンディーナ様がめっちゃ険しい目でその漫才を必死に見ながら『……これで笑えというの?』って呟いたんだよね。」
思い出したら込み上げてきたのか、ユンは涙目になって震えながら続けた。
「ふっ……ふふっ!でね?それで、なんか面白くなりそうな予感がしたから、俺、ちゃんと言われた通りセレンディーナ様を見続けてたんだ。
そしたらセレンディーナ様がさ、だんだん漫才を見ながら『ボケが分かりにくいのよ!』とか『もっと違うツッコミはないの?インパクトに欠けるわ!』とか小声で文句言い始めてさ。
多分、うまく笑えなくて焦りだしたんだと思うんだけど。
それでも一生懸命その漫才を見ながら『もうダレてきてるじゃない!いつまでもそのネタを擦り続けないで!』とか言ってんの。」
……何やってんだ、うちの妹は。
「でね、結局セレンディーナ様、全然笑えてなくって、その漫才の最後についにキレちゃったの。
──『オチが読めてるのよ!!』って。
そのタイミングが完っ璧だったの!
もう本当おかしくってさ!俺そこで耐えられなくなって、めっちゃ爆笑しちゃったんだよね。
多分俺、劇場内の誰よりもその漫才の最後のオチのところで笑ってたと思う。」
…………ユン。………………セレナ。
「……お前たちのデートが楽しそうで何よりだよ。」
明らかにいろいろとズレてるけど。
「それで、セレンディーナ様は上手くいかなかったと思ったのか劇場出てからしくしく泣き出しちゃったんだけど、もう俺、それどころじゃなくって。
セレンディーナ様が泣いてんのもおかしくってさ。申し訳ないけど泣いてるセレンディーナ様を見ながらめっちゃ爆笑しちゃった。
……っていう話。」
そうしてユンは笑いの峠を越えて、スンッと真顔になりながら報告を終えた。
「セレナ、怒ったんじゃないか?」
僕がそう聞くと、ユンは真顔のまま開き直ったように言った。
「うん。まあ、怒ったっていうか『何がそんなにおかしいのよ!』って泣きながら文句言われた。でも、だっておかしかったんだもん。俺、悪くなくない?」
「まあ、ユンは悪くないな。悪いのはセレナだろ。」
「でしょ?
一応その後、適当になんとかしといたけどさ。でも俺、完全にツボっちゃっていちいち笑っちゃって、その度にセレンディーナ様に泣きながら文句言われた。
理不尽にもほどがあると思わない?もうびっくりだよ。面白かったからいいけど。」
ユンは友として、本当に素晴らしい、誰よりも尊敬できる人物だと思う。
ただ、敢えて短所を挙げるとするならば……割とユンは「言い方が悪い」。
たまに他人に対して「無神経」なところがある、と言うのが一番しっくりくるかもしれない。
セレナが珍妙なのはもう言うまでもないが、それでも泣いている婚約者を適当になんとかって……正直、その言い方はどうかと思う。
僕だったら、婚約者がどんな理由であれ傷付いて泣いていたら、絶対にそんな言い方はしない。というより、できない。
とはいえ、先週ユンとのデートから帰ってきたセレナは落ち込んでいるというよりも完全に浮ついていたから、恐らくユンはちゃんとセレナを喜ばせるようなことをしてくれたんだろうとは思うが。
ユンは言い方が悪く無神経な瞬間こそあるが、セレナを大切に想ってくれているのは明らかだから。
「なんとかしといたって、何したんだ?ユン。」
どうせ答えないだろうなと思いつつ聞いてみたら、ユンは案の定「あ、そこはセレンディーナ様から聞いてないんだ?じゃあ内緒〜。」と言ってけらけら笑った。
「まあ、やりすぎてなきゃいいよ。何してくれても。」
僕の言葉を聞いて、ユンは不満気に口を尖らせてムッとした後、両手を上げて白々しい態度をとった。
「はーいお兄様。大丈夫でーす。ちゃんとしてまーす。やりすぎてませーん。
……っていうか、やりすぎも何も、普通にカフェ行って宥めただけだよ。何もしてないよ。
ずっと言おうと思ってたんだけど、アルディートって学生の頃から俺のこと何だと思ってるの?俺、そこまで節操なくないんですけど。」
僕はそんなユンに失笑した。
……僕の勘だけど、ユンは割と女性経験が豊富だと思う。
学園時代、会話の中でそういった雰囲気が滲み出る瞬間がごく稀にあった。周りの奴らはほとんど気付いてすらいなかったと思うし、多少気付かれていてもユンはうまく「庶民と貴族の文化の違いからくる感覚の差」程度に誤魔化していたように思う。
ただ……妹のセレナがユンに惚れていたから、兄馬鹿の僕は一時期ユンのことをそういう観点からどういう人物なのか意識的に探ろうとしていた。ユンに直接過去の恋愛事情を聞いたこともある。
ユンは笑って「えー?庶民の人並み。でも俺、あんまモテないから。なんなら人並み以下かも。」とだけ言っていたけど……何だかこう、要は相当手慣れていそうな気配がした。
ユンは学園では「貴族のご令嬢ってみんな婚約者いたりするじゃん?俺、そこら辺よく分からないから。」と言って、謙虚に身分を弁えてセレナとも他のご令嬢ともしっかり距離を取っていたが、恐らくもう一つ「異性相手にボロを出さないようにするため」という理由もあったんじゃないかと僕は睨んでいる。
ユンが不誠実な人間じゃないことは分かっていたから、それ以上は探らなかったけど。
もしかしたら恋愛においては豹変して不誠実になる可能性も無きにしも非ず──と疑ったこともあるが、ユンは少なくともセレナに関しては本当に誠実だ。だからそれでいいと、今の僕は納得している。
きっと何か理由があるんだろう。
生い立ちからしても、ユンの性格からしても、もしかしたら致し方ない事情だったり、ユン自身にとって嫌な記憶があったりする可能性もある。
これは無いとは思いたいけど……例えば、金が足りなくなって身を売った経験がある、とか。
ユンは辛いことも悲しいことも苦しいことも、人前では全部笑って誤魔化すから。そのくらいのことを裏で抱えていても不思議じゃない。
僕が「妹が心配だから正直に白状しろ」としつこく脅せば、ユンは申し訳なさそうに笑って本当のことを教えてくれるかもしれない。
……でも、僕は親友のことを傷付けたくない。ユンの生い立ちを聞いてしまった、あの日のように。
だから、このくらいの匙加減でいいんだ。
ユンの今の線引きが「まあアルディートにはこのくらいはバレててもいいかな。」なら、僕はそこまでは踏み込んで話すけど、それ以上は踏み込まない。
「ユンはさ、そういうのは貴族の僕たちよりも、すでに経験があるっていうか……よく分かってるだろ?」
僕がその許された線ギリギリのところまで踏み込むと、ユンはやれやれといったように溜め息をついた。
「いやぁ、それほどでも。
……っていうか本当、アルディートって俺のこと何だと思ってるの?」
「………………尊敬できる『先輩』だと思ってる。」
僕がそう返すとユンは爆笑した。
そんなユンに向かって、今度は僕が白々しく困り顔を作りながら訴えた。
「むしろユン先輩にはもう少し本領を発揮してほしいくらいなんですよ。お願いしますよ。
……ここ半年くらい、本気で困ってるんだよ。
セレナが毎週のように『お兄様は、婚約者様とどこまで進んでいらっしゃるの?』『お兄様。普通、恋人というものは一回のデートで一度はキスをするものなのでしょう?お兄様はどうなのかしら?』って聞いてくるんだ。」
「ぶっは!キッツ!」
「……他人事みたいに笑うなよ。
どうせユン先輩が『誠意』を持って『慎重に』お付き合いしてくれてるせいなんですよね?
僕、さすがに双子の妹を相手に婚約者との事情を赤裸々に語りたくはないんですけど。毎回なんとか『それは人による』とか『僕を基準にするんじゃなくてユンと向き合え』とか『セレナが大切にされてる証拠だ』とか言って躱してきたけど、そろそろ僕も限界です。先輩。」
するとユンはひとしきり笑った後──、急にスッと冷静になり、それからげんなりした顔をした。
「…………いや、これよく考えたら全然笑えないや。
セレンディーナ様、アルディートにほとんど全部筒抜けにしてるってこと?最悪なんだけど。
むしろ文句言いたいのは俺の方だよ。アルディートは頑張って躱せてるみたいだけど、俺には黙秘権すらないってこと?嫌だよそんなの。今度セレンディーナ様を口止めしとこ。」
「セレナは具体的には言ってないけどな。あくまでさっき言ったような質問の仕方をしてくるだけで。」
「でもアルディートがすぐ察しちゃうから同じことじゃん。」
「……それを言われるともう何も言い返せないな。」
死んだような目をして虚空を見つめるユンに軽く同情しながらも、僕は少し真面目にお願いをした。
「……まあ、だからさ。これからはユンも変に気を遣い過ぎずに本領発揮してくれよ。」
「『本領発揮』って言い方やめて。」
「もっとセレナに成人の恋人同士っぽいことしてあげて。」
「その言い方もちょっとどうかと思うな。」
「……我儘で夢見がちなセレナのことを、もう少しだけ安心させてやってくれ。」
ユンはそんな僕を見て、苦笑しながら首を傾げた。
「っていうか、そんなこと俺に言っていいの?
自分で言うのもなんだけどさ。俺がセレンディーナ様のこと傷付けちゃうかもしれないじゃん。
セレンディーナ様もアルディートも、『恋人だから』『友達だから』って油断しないで、もっとちゃんと警戒心持った方がいいと思うよ?」
………………。
ユンは笑っているけど……珍妙な行動ばかりのセレナ以上に、婚約者に対する距離感に戸惑っているのは、実はユンの方なんじゃないかと思う。
二人を見ているとそう思う。セレナが焦って空回っているのは、もちろんセレナ自身の性格せいでもあるけど、半分は恐らくユンのせいだ。
ユンが、セレナを──……いや、何かを怖がって、変に距離を取ろうとするから。
ユンは真面目ないい奴だから、きっと今の言葉通り、ユンはセレナを傷付けることを過度に怖がっているんだろう。
セレナを大切に想ってくれているからこそ、こうして定期的に自分を蔑むようなことを言って、まだセレナを手放す隙を必死に作っているんだ。
セレナはもうとっくにユンから離れることなんてできなくなっているのに。ユンはまだ、それができると思っている。
ユンの方が恐らく……とっくにたくさん、傷付いているのに。
セレナには、ユンと離れること以上に傷付くことなんて、もう何もないのに。
とはいえ、僕は二人の仲については微塵も心配していない。ユンが今さらどれだけ慎重になろうが無駄だろうとは思っている。
セレナを相手に、ユンが逃げられるわけがないから。
卒業パーティーのあの日にセレナの背中を押した僕の責任でもあるとは思うけど。
……まあ、3年間の猶予があったのに、気付かなかったユンが悪い。
……その後に3ヶ月も猶予があったのに、断らなかったユンが悪い。
……「双子の片割れの僕ならば、最終的には妹の味方をするに決まっている」──って、見抜けなかったユンが悪い。
いい加減、考えるのをやめてさっさと腹を括ればいいのに。
まったくユンは。これだから。
僕は首を振ってユンの言葉を否定した。
「違うよ。別に『友達だから』言ってるんじゃない。『ユンだから』言ってるんだ。……ユンなら信頼できるから。
むしろ経験のあるユンの方が、なんならいろいろ知ってる分、婚約者のことを傷付けずに大切にできるだろうと思ってるよ。僕なんかより。」
ユンは僕の言葉に意表を突かれたらしく、目を丸くしてしばらく固まって、それから呆れたように笑った。
「『ユンだから』って。……何それ。
俺のこと信頼しすぎでしょ。期待が重いんだけど。
本当に兄妹で同じこと言うんだね。さすが双子。」
◆◆◆◆◆◆
それから僕たちは、とりとめもなく数時間ほど会話を繰り広げた。
ちなみにユンは、セレナが笑ってくれない件については「こうなったらいっそのこと、『婚約者の笑顔を見たことがない』記録をどこまで伸ばせるか挑戦してみてもいいよね。セレンディーナ様が頑張ってくれるならそれはそれで面白いからいいし。もうどっちでもいいや。」と、なんともユンらしい虚しくも前向きな開き直り方をしていた。
とっ散らかった雑談の中で、僕はふと思ったことをユンに伝えた。
「──そういえば、ユンのプレゼントの話。
あれさ、最初は『婚約者に魔物の目玉を贈るってどうなんだ?』って思ってたけど、意外といいかもしれないな。自分の魔力を込めるから特別感あるし。同じものは二度と作れないからこそ、プレゼントに相応しい気がする。
僕も眼宝玉を作ってみようかな。僕は結婚の日取りももう決まってるからさ、それに合わせて贈れるように。」
僕がそう言うと、ユンが前のめりに「あ!それじゃあアルディートもせっかくだから魔物狩るところからすれば?アルディートは剣も魔法もすごいし、大丈夫じゃない?やろうよやろうよ!俺も一緒に行くよ。」と提案してきた。
「いいのか?僕は実戦経験が無いから眼球自体はギルドに発注でもしようかと思ってたんだけど……ユンが一緒に来てくれるなら心強いな。頼んでもいいか?」
「もちろん!やったー!初心者のアルディートと狩り行くの、なんか面白そう!」
「よろしくお願いします先輩。」
「うむ。遠慮なく頼ってくれたまえよ。……まあ、実際そんなに難度高いやつ狙わなければ俺いなくても余裕だと思うけどね。アルディートなら。」
「紫速竜を狩って贈った奴に言われるとなんか腹立つな。」
「あはは!まあ、そこは俺、一応それで10年以上稼いできてる訳だし。
……あと、アレはただ足が速いだけで全然強くはないから。難度は別に高くないよ?」
「まず追いつけるユンがおかしいって言ってるんだよ。」
ユンは「逃げ足の速さだけが取り柄だからね、俺。今回は追いかける側として使ったけど。」と言って笑って、それから斜め上に視線をやりながら首を捻って考え始めた。
「うーん、どの魔物にしよっか?」
「欲しい色味や大きさを先に決めるべきか?」
「まあね。でも大体でいいんじゃない?眼宝玉を錬成するときの魔法次第で多少の色味調節はできるし、二色以上も狙って作れるしね。
何度も試行して納得いく発色をさせたいなら、個体数が多い、狩りやすい魔物がいいかも。」
「……『何度も試行』って聞くと、けっこう残酷だよな。…………やっぱりやめようかな。」
「えぇ〜?やろうよ〜。一緒に行こうよ〜。狩り体験からの眼宝玉作り、楽しいよ〜?」
「何でユンの方が行きたがってるんだよ。」
「ね〜行こうよぉ〜。雪尾黒兎とか超可愛いよ?女性受けも抜群だよ?多分。」
「その超可愛くて女性受けのいい小型魔物を燃やして眼宝玉を取り出すんだろ?元が可愛いとかえって残酷さが増すな。」
「気付いちゃったか。さすがアルディート。」
「でも実際、雪尾黒兎あたりはいいかもしれない。確か元の瞳の色は銀だもんな。彼女の瞳は灰色だし、けっこう近い。」
「お!そこにお気付きになるとは!さすがアルディート!」
そうして僕たちが魔物選びで盛り上がっていると、茶会に出ていたセレナが帰ってきた。
「ユン?!貴方、来ていたのね。」
驚くセレナを見て、ユンはにっこりと笑った。
「セレンディーナ様!おかえりなさい!お茶会お疲れ様です。楽しかったですか?」
双子歴20年を突破した僕は、目を見開いて固まるセレナが何に反応し何を思っているか、余裕で分かってしまった。
セレナはユンの「おかえりなさい!お茶会お疲れ様です。楽しかったですか?」の台詞から、結婚後のユンとの暮らしを連想してときめいて、今は一人脳内で盛り上がっているんだろう。
帰る家にユンがいて、疲れた自分を出迎えてくれる、最高のシチュエーションを噛み締めているに違いない。
しかし、しばらくセレナからの反応がなかったせいか、僕とは逆で勘の鈍いユンは「いきなりお邪魔してしまってすみませんでした。お疲れのところ驚かせちゃいましたね。」と的外れなことを言って、席を立ち上がった。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな。ありがとね!アルディート。また今度、日にち決めようね。」
「もう帰るのか?せっかくだから夕食も食べていけばいいのに。」
僕は、ユンが帰ってしまうことにショックを受けてまた固まっているセレナのために、そっと助け舟を出した。
妄想力が人一倍たくましいセレナは、結婚後の妄想と同時並行で、今日のこの後の流れも考えていたはずだ。少なくともユンが公爵邸に一晩泊まっていくところまでは想像して内心はしゃいでいたに決まっている。
最近はユンのお陰でだいぶ落ち着いてきたものの、もともとは「平民の魔力持ちが学園にいる」という情報一つだけで、恋愛小説と結びつけて出会う前からいきなりユンを敵視して宣戦布告しようと決意していたような奴なんだ。
なんなら今日のお泊まりをきっかけに、ユンが今後公爵邸に同居することに決まるところまでは当然妄想していて──セレナのことだから、敷地内にユンとセレナ用の別邸くらいはもう建てていたかもしれないな。……脳内で。この一瞬で。
それでもやはり、まったく空気の読めない鈍感なユンは僕の出した助け舟をあっさりと沈めた。
「だってもう5時だし。今からいきなり『俺の分も晩飯ください』なんて、図々しいし迷惑でしょ。帰るよ、普通に。」
……夕食の一人前程度の変動は、はっきり言って我が家にとっては何の問題もない。申し訳ないが、庶民の食卓事情とは違うのだ。
ただ、それを庶民のユンに指摘するのは野暮であり失礼だろう。ユンの「一食をありがたがる」質素で謙虚な感覚こそが、美しく正しい本来あるべき姿なのだ。常に余剰分を用意させ、その場の流れで好き勝手に使用人たちを振り回す僕ら貴族の傲慢さの方が、醜く間違っているのだから。
セレナがしょんぼりしているが、ユンはそんなセレナを見て本当に疲れていると思ったのか、優しく微笑んで「お会いできてよかったです。今日はゆっくり休んでくださいね。」と勘違いしながら労った。
……この後セレナは「『お会いできてよかった』なら、もっと一緒にいればいいじゃない!婚約者のわたくしを何だと思っているのよ!あり得ないわ!あの男!」と言って怒るだろうな。
僕が近い未来を完璧に予知したところで、ユンは「ではまた!……じゃあね!アルディート!」と僕たちにそれぞれ別れの挨拶をして、最後までセレナの想いに気付くことなくあっさりと帰っていった。
「…………セレナも苦労するな。ユンが鈍くて。」
僕は初めて、ユンではなくセレナに同情の言葉を投げかけた。
それを聞いたセレナの台詞は、完全に僕の予想と一致した。
前書きにも書いた通り、一旦ひと休みということで、後半3話投稿まで2〜3日空けさせていただきます。
なお、後半3話は連載「御主人様は悪役令嬢」の主人公視点となります。
完全初見でそのまま後半3話を読んでいただいても、あらかじめ連載作品の方に目を通していただいても、どちらでも大丈夫なように書いたつもりです。お好きな方でお楽しみいただければと思います。




