小話1-3 ◇◆ 国民感謝のお当番
完結まで見守っていただきありがとうございました。
活動報告の方でいただいたリクエストにお応えして
・アスレイ視点の第27期生同期会
・アスレイの妻メナー視点による回想
・ゼンとセレンディーナの邂逅
・クラウスの愉快な(?)エピソード
の4点を入れた一連の小話を書き上げましたので、投稿させていただきます(全4話)。基本、毎日投稿です。
今日は休日出勤日。「第1回 魔導騎士団主催 国民感謝バザー」の当日だ。
そしてここは第3部隊の出店の一つ、「クラウス隊長のお気に入り!パイ専門店ベルレンティーの特製アップルパイ」ブース。
オレたち第3部隊員は、その出店の当番真っ最中。
なんだけど……
「「いらっしゃいませー!」」
「…………ハァ。やっぱりクラウス様いないんだ。並んで損したわ。」
………………じゃあ「いない」ってわかった時点で帰ってくれよ。
わざわざオレたちの目の前で言うなよ。
オレは何度目か分からないお客様のぼやきに、心の中で毒を吐いた。
……まあ、向こうからしたら並んでるうちにクラウス隊長が来る可能性もあった訳だし。とりあえず最後まで並んで粘ってみたんだろうな。
でもさすがに、こうも毎回毎回ご令嬢たちに溜め息をつかれて露骨にガッカリされ続けるとオレだって腹が立ってくる。そして自己肯定感がゴリゴリ削れる。
しかし、そんなオレの横で、我が隊が誇る「愛嬌の鬼」ユンは見事な人たらしの才能を発揮していた。
「あはは、申し訳ありません。」
そう言って困ったように眉を下げながら笑うユン。それからユンは、少し悲しげにこう続けた。
「俺もクラウス隊長みたいに格好良ければよかったんですけどね。すみません。隊長はもう少し後の時間帯ならいると思うんですけど……。」
笑顔のままちょっとだけシュン……となるユン。
そんなユンを見たお客のご令嬢は、自分の失言にハッとして慌てた。
「あっ!ち、違うんです!そういうつもりじゃ──……!」
ご令嬢が焦ってフォローしようと何か言いかけたところで、ユンはにっこり笑って元気に続けた。
「──でも、クラウス隊長がいいなって思う気持ち、俺、すっごくよく分かります。俺たち部隊員もみんなクラウス隊長に憧れてるので。
隊長って、本当に格好いいし強いし、普段から俺たちにもすっごく優しいんですよ。自慢の隊長です。」
そう言って、ユンはふわりと微笑んだ。
「だから、お客様にもそうやってクラウス隊長のことを思ってもらえて、嬉しいです。ありがとうございます。」
ユンの予想外の反応にびっくりしたのか、目を丸くして固まるご令嬢。
まさか自分の失礼なぼやきに感謝までされるとは思っていなかったんだろうな。
それからユンは、そんなご令嬢の反応を大して気にすることもなく、流れるように商品説明に入っていった。
「あ、それでですね。
アップルパイはいくつか種類があるんですけど、クラウス隊長のお気に入りはこれです。一番シンプルな定番の『アップルパイ』。今日一番よく売れてます。
でも、どれも美味しいですよ!ゆっくりお選びくださいね!」
そしてユンは「にこっ!」と強烈な笑顔をご令嬢に押し付けた。
………………ユン。お前。
すごすぎるだろ。
ご令嬢はユンの笑顔の押し付けに流されて、そのまま「あっ、じゃあえっと……この『アップルパイ』を二ついただきます。」と従順におすすめ商品を選んだ。
「ありがとうございます!アップルパイをお二つですね!」
にっこり笑って頷くユン。ご令嬢はそんなユンの胸元の名札を確認しながら、遠慮がちに続けて質問をした。
「ちなみに──……ユンさんのおすすめはどれですか?」
ここで「自分のおすすめはコレです」と、素直にすんなりとおすすめを教えてしまうのが普通の人間だろう。だけど「愛嬌の鬼」ユン様は格が違った。
「え?俺ですか?」
ユンは意表を突かれたように目をくりっとさせてキョトンとして、コテンと首を傾げた。
そしてユンは、それから一拍の間をおいて──こっちまでつられて笑顔になってしまいそうな、とっても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あはは!ありがとうございます。
俺は個人的に、このレーズンが入ってるやつが好きです。
……さっき試食させてもらったのが美味しくって。自腹でこっそり自分の分も買っちゃいました。」
それを聞いたご令嬢は、ユンにつられてにっこり笑って頷いた。
「じゃあ、それも二つください。食べてみます。」
「わぁ!ありがとうございます!やったぁー!」
自分のお気に入りを選んでもらえて無邪気に喜ぶユンを見て、ご令嬢は嬉しそうに笑って「こちらこそ、ありがとうございました!これからも応援してます!」と言って、それからお会計をして商品を受け取り、募金箱にさり気なく小銭を入れて、オレたちにお辞儀をして帰っていった。
「…………ユン。」
「なぁに?クロド。」
「……お前、やっぱえぐいわ。」
オレは次のお客様たちに聞こえないよう、小声でユンに端的に感想を伝えた。
お前のその一連のムーブ、オレがやったらただただ気持ち悪くなるだけだぞ。他の団員もだけど。……というか、成人男性でそのムーブが許されるのは正直ユンだけだと思う。
もしかしたら可愛い系の奴らならギリいけるかもしれないけど。同期の中衛の奴みたいな。でも、それでも普通だったら「あざといなーコイツ」って感じるはずなのに、ユンがやると何故かあざとさすら感じない。「ユンなら自然だよなー」って違和感なくすんなり受け入れてしまう何かがある。
……そこも含めてえぐ過ぎる。
ユンはオレの感想に「何言ってんの?」とでも言いたげな顔をして軽く首を傾げながら、次のお客の別のご令嬢にも、見事にアップルパイを2種類売りつけていた。
ちなみに次のご令嬢には、おすすめを聞かれて「このチーズ入りのやつ、俺、さっき初めて食べたんですけどすっごく美味しくてびっくりしたんですよ。意外とクセになると思います。チーズがお好きならぜひ!おすすめです!」と言っていた。
……ユン、お前。満遍なく売り捌いてなるべく均等に減らそうとしてるな。器用過ぎるだろ。
チーズ入りアップルパイが意外とクセになるのは完全に同意だけど。
「──あ!ごめんクロド。
ちょっとトイレ行ってきていい?」
何だかんだで順調に接客をしていたら、ユンが突然思い立ったようにオレに言ってきた。
「え?ユン、さっきも行ったじゃん。」
「うん。そうなんだけど。また行きたくなっちゃった。ごめんね?」
ユンはそう言って、オレの返事を聞かずに「じゃ!」と言って風のようにサッと去っていった。
………………。
腹を下している訳ではなさそうだな。
多分「トイレに行くのは嘘じゃないけど、トイレに行く理由がトイレ以外の何か」……ってところだろうな。
広義では「サボり」なのかもしれないけど……まあいいか。さっきも割とすぐ戻ってきたし。
ユンのお陰で、隊長がいなくてもお客様が満足して笑顔で買い物していってくれてることは確かだし。
オレは相変わらず掴みどころのない謎行動をするユンを適当に見送って、ユンを少しだけ見習って愛想良く接客を続けることにした。
◆◆◆◆◆◆
◇◇◇◇◇◇
「「いらっしゃいませー。」」「……ッス。」
「あの、すみません!このビールとポテトのセットを一つください!」
「ッス。……800リークになります。」
「あ、あの!これからもお身体に気をつけて頑張ってください!」
「あざっす。」
「っきゃー!あっ、ありがとうございました!その、応援してます!」
「……あざっす。ども。」
………………ゼン。お前な。
「……お前、接客業向いてないな。」
俺は「ッス」と「あざっす」しか言えない究極の人見知りの部下を見て呆れ返った。
……お前、その顔面に産んでくれたご両親に感謝しろよ。お前のその態度で成立しているのは、ひとえにお前の見た目がいいからだぞ。
周りの第1部隊員たちも、そんな人見知りのゼンを温かく……いや、生温く見守っていた。
ゼン。お前に理解のある仲間たちの懐の深さにも感謝しろよ。普通だったら「もっと真面目にやれ!」と怒られているレベルだぞ。
「っつーか、何でドルグス副団長がこの時間にいるんスか。
せっかくクラウスと同じ時間帯のシフト希望したっつーのに、ドルグス副団長もいんなら意味ねえじゃん。」
ゼンが俺の前で堂々と文句を垂れる。
──今回の魔導騎士団主催バザー。
その形式から、人気団員がいる出店のもとに客が集中するであろうことは企画の段階で容易に想像できた。それこそクラウスのような。
しかし、そこに一極集中されてしまっては収拾がつかなくなり、トラブルも発生する可能性が高い。そのため、知名度の高い団員──団長、副団長、各部隊長の7人は、同時間帯に複数名が別の出店に立つよう、シフトを調整することに決まったのだった。
俺とラルダは、今回はそれぞれ自分が以前所属していた第1部隊、第4部隊に入ることになった。
そして、今の時間帯は副団長の俺と第3部隊長のクラウスの二人が各出店のシフトに入っている。さすがに集客力はクラウスの方が上だが、狙い通り、最低限の客の分散はできていると言えるだろう。
ゼンはどうやら「第3部隊長のクラウスと同時間帯のシフトに入れば、第1部隊側の出店には客も来なくなり楽だろう」と踏んでクラウスの時間に合わせて希望を出していたらしい。
だが結果的に、同時間帯に俺が入ってしまったことで客がひっきりなしに来てしまい、当てが外れて不貞腐れているんだろう。
…………やれやれ。
「それにしても、意外と若い女性たちにも売れるな。」
俺は客の様子を見ながら感心した。
もちろん売っているモノの質は申し分ない。だが、俺が予想していた以上にこの第1部隊の出店は幅広い客層に刺さったようだった。
ちなみに第1部隊の出店の内容は、話し合い開始から10秒で決まった。
今回のバザーでは俺が第1部隊に組み込まれると聞いた隊長のベインが、「じゃあ一つは『モンド領の地ビールと芋』で良くないっすか?もう一つは『モンド領の天然鉱石アクセサリー』とか。」と言って、部隊員たちが「良いっすねー」と満場一致して終わった。
俺が一応「ベイン。現隊長のお前の要素は入れないのか?というか、現役の第1部隊のお前らの要素が入ってないだろう。それでいいのか?」と言ったら、ベインはあっさりと「いやいや何言ってんすかー。モンド領の魂は俺ら第1部隊員に脈々と受け継がれてるんで。伝統なんで。じゃ、そういうことでドルグス隊長、モンド領の方に依頼よろしくしゃっしゃっすー。」と返してきた。
そしてそれに続けて部隊員たちも「あざっすー。しゃっしゃっすー。」と言って俺に押し付けてきた。
……コイツら。適当にも程があるだろ。浅い伝統だな。
どうしてこんな風に育ってしまったんだ。上官の面が見てみたいな。…………俺か。俺の教育の賜物だ。……失敗したな。
というか、ベインはいい加減、俺をいつまでも「隊長」呼びするんじゃない。毎年新人たちが混乱しているだろうが。
と、こんな適当に決まった第1部隊の出店だったが、思いの外売れ行きは好調だった。
まあ、ビールと言えばモンド領だからな。そこら辺のビールとは文字通り一味違う。一度モンド領の地ビールの味を知ってしまったら、もう他のビールは飲めなくなると言っても過言ではないだろう。
国民たちにもちゃんとその違いが伝わり広まっているということか。……そう考えると悪い気はしないな。
俺が密かに地元の名産品の躍進を喜んでいると、隣にいるゼンが「さっきまでベインが接客しないで地ビール飲みながら店の前や広場をふらついてたらしいッスよ。そんで今、アイツを見た女性客が並んで来てんじゃね?」と言ってきた。
…………ベイン。お前という奴は。
武器の大槌を持っていないと本当にどうしようもないやる気ゼロの虚無人間だな。
隊長がそんな悪い手本になってどうする。ゼンの方がまだ真面目に接客をやっているじゃないか。
……だがまあ、皮肉にもその堂々たるサボり行動が結果的に店の宣伝になっていたということか。……まったく。
すると、店に並んでいる人々の列の先頭に、また第1部隊の出店のゆるい雰囲気には似つかわしくない、やたらとバリバリとしたオーラのある若いご令嬢が仰々しく従者たちを連れて現れた。
…………ん?
この令嬢はたしか──……
「お勤め、お疲れ様でございます。お義兄様。
初めてお会いしたご挨拶のとき以来でしょうか。ご無沙汰しております。」
その良く通った「お義兄様」という声に、出店にいる第1部隊員全員が振り向いた。
そしてその言葉を投げかけられたゼンは、少し驚いたような顔をして「あー、どもっす。お久しぶりっす。」と、少しばかり語彙の増えた返事をした。
この令嬢はパラバーナ公爵家のセレンディーナ嬢。
ゼンの弟、ユンの婚約者で間違いない。「お義兄様」という台詞から確定だ。
他の部隊員たちが興味あり気にゼンとセレンディーナ嬢の様子を窺っている。俺も不躾な視線にならない程度にそっと横目で観察をした。
ゼンはそんな仲間の視線に若干居心地悪そうにしながら、彼女に「今日はユンに会いに来たんスか?」と無難に当たり障りのない質問をした。
セレンディーナ嬢はゼンのその質問にピクリと反応した後、ぐっと口を結んで俯きがちになり、それからそっと首を振った。
「いいえ。違いますわ。今日はただ、こちらのバザーの様子を一人で見に来ただけです。
……ユンのところへ行くつもりはありません。
…………わたくし、……もう、ユンに……迷惑をかけて、嫌われたくないから。」
……………………。
上質そうなワンピースの裾をぎゅっと握りしめながらポツリと呟いた彼女の最後の一文の意味を、俺たちはそっと察した。
…………アレか。ユンの初討伐遠征のときの沿道トラブル。団内全体で噂になっていた、例の一件。
アレを未だに気にしているんだろうな。彼女は。
ゼンは気まずそうに視線を逸らし、「ッスーーー」と歯と歯の隙間から静かに長く息を吐いて、それから躊躇いがちに
「…………いや、……まあ、もう別に大丈夫じゃないッスか?
ユンも別に今日アンタが来る分には問題ねえっつーか……気にしねえと思うし。普通に喜ぶと思うんスけど。」
と、ぎこちないフォローを入れた。
「──そうそう。そうですよ。
きっとユン、今シフトが終わって交代したばかりですし、まだ近くにいると思いますよ。」
「せっかくここまでいらしたなら、ユンを探して一緒にビールと芋でも食べたらどうですか?僕たちもユンを見かけたら声を掛けておきますんで。」
あまりにも悲しい我慢をする健気な彼女にうっかり同情したらしい他の部隊員たちも、ゼンの後に続いて、そっと第3部隊のシフト表を確認しながらフォローに入ってきた。
無言のまま固く口を結んで、泣くのを堪えているような表情をするセレンディーナ嬢。
列の後ろの方が、なかなか列が進まないことに気付いて少しずつざわつき始めている。
「……お嬢様。」
後方の気配を察した従者の一人が、そっと優しく彼女に声を掛ける。
それを聞いた彼女は、うっすらと目に涙を浮かべながら、右手をワンピースから離してメニュー表を指差し、消え入りそうな声で
「こちらのセットを…………二つ、いただけるかしら。」
と言った。
それを聞いたゼンは珍しく、少しだけ眉を柔らかく下げて「どーも。あざっす。」と言って笑った。
こんなささやかな注文に一生懸命な弟の婚約者に呆れつつも──同時に、弟がここまで純粋に愛されているということに、心から安堵し喜んでいるかのようだった。
こんなゼンは、初めて見たかもしれないな。
……良かったな、ゼン。
お前がずっと大切にしてきた、たった一人の弟が、今こんなにも彼女に大切に想われていて。
そうして場の雰囲気がほっこりした──次の瞬間、
「──っ、は!?ユン!!?お前っ、まじ天才か!!?
マジすんません!!ちょっと外します!!」
と、いきなりゼンがビクッとして場の雰囲気をぶち壊す声を上げ、そのまま爆速で認識阻害魔法を掛けながら走り去り、その姿を消した。
………………?
残された俺たちとセレンディーナ嬢が揃って首を傾げる。
すると、直後。少し離れた広場の中央の辺りから、
「えっ!?──ちょっと!まさか今の声……!!
もしかしてゼン?!いるの?!ゼン?!ねえ、どこにいるの?!」
という、知らない女性の叫ぶ声が聞こえた。
…………………………。
「……お会計、1600リークになります。」
俺は無理矢理セレンディーナ嬢に声を掛けて軌道修正を図った。
……俺は何も知らない。俺は何も聞いていない。俺は何も考察しないからな、ゼン。
セレンディーナ嬢が俺の言葉に無言で頷いたのを合図にして、従者の一人がスッと支払いを済ませ、もう一人の従者がスッと商品を受け取った。
そしてセレンディーナ嬢は丁寧に俺たち団員に一礼をしてから、最後にそっと目を伏せて
「……お義兄様のこのご様子では、ユンも見つけられないかもしれませんわね。」
と言い残して去っていった。
…………まったく。困った庶民兄弟だ。
恐らく脳内への通信魔法で、ユンからゼンに何らかの警告が来たのだろう。
…………俺はこれ以上は何も考察しないからな。ゼン。
俺はとりあえず一旦「第1部隊長ベインのサボりを見逃してしまった手前、第1部隊員ゼンの突発的なサボりも見逃さざるを得ない」……と思うことにした。
サボりは10分までなら見逃してやるから、しばらくしたらちゃんと戻ってこいよ。
どうせなら、弟とその婚約者セレンディーナだけでなく、兄とその妻ラルダにも円満でいて欲しいからな。
今日くらいは団長への報告も控えておいてやろう。
そうして残された俺と他の部隊員たちは、無言で状況を察し合い、気を取り直して接客を続けることにした。




