15 ◇◆ 庶民的恋愛の着地点(後編)
タイトルの通り、庶民勢のそれぞれの恋愛の答え合わせ編(全3話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
まだ若干ユンさんに不信感を募らせているハルを隣に座らせて、私はユンさんに確認をした。
やっぱりユンさんは、私が彼女のことを「お金持ち」って言いまくって、ユンさんが拗ねたのを揶揄ったことを根に持っていたらしい。……揶揄ったつもりはないんだけどな。
まあでも、朝の件については私が全面的に悪いよね。
ユンさんはゼンのことを待つ間に私との雑談に付き合ってくれてただけだし、そもそも、その彼女のご家族との大事な顔合わせの日だったんだもんね。
……はい。私がもうちょっと気を遣うべきでした。
「ごめんなさい、ユンさん。」
ただ、ユンさんはどちらかというと怒っていた訳じゃなさそうだった。
「あ、いえ全然。そんなに腹は立てていませんよ?
ハルさんにご挨拶したときは、さすがに兄ちゃんも目の前にいるし、名前も似てるし、すぐに兄弟だって気付かれると思ってました。だから仕返しにもならない軽い気晴らし程度のつもりだったんですけど。
意外とハルさんが焦ってきたんで、ちょっとどこまでいけるかなーって試してみたくなっちゃいました。」
と、最悪な好奇心を疼かせていたことが分かった。
「お試しで無関係なハルをいじめないでください!」
「それはすみませんでした。……でも一応、嘘は言ってませんし。」
「えっ?!ミーちゃん……?じゃあ、ミーちゃんはユンさんに本当に『可愛い』って言ったの?『私が可愛いなって思う男の人はハルだけだよ!』ってこの前言ってたのに……。」
「ハル!違うの!誤解!誤解なの!!」
「何が誤解なんですか?俺にも言ってくれたじゃないですか。」
「ユンさんはもう黙ってください!!」
「繰り返してんじゃねえよ。馬鹿かテメェら。」
ハルって、実はけっこう嫉妬深いところがあるんだよね。それで私に何か文句を言うことはないんだけど、けっこう気にして不安になったりしちゃうみたい。
それから私はなんとか頑張ってハルに説明して、ユンさんへの疑いはようやく晴れた。
「──なるほど。そうだったんですね。
……ミーちゃんって、そういうところありますよね。ずかずかと踏み込んで聞いてくるっていうか、こっちが照れるとすぐはしゃいでくるっていうか。」
「ハルさんも苦労しますねぇー。お疲れ様です。」
「考え直すなら今のうちだぞ。ハル。」
「ちょっとゼン!変なこと言わないでよ!」
私がゼンに抗議していると、ハルは照れくさそうに笑った。
「でも、僕はそんなミーちゃんの明るくて元気なところも好きなんで。」
「……っ!ハルぅ〜〜〜!!可愛い〜〜〜!!」
「そういうところですよ、ミリアさん。」
「うっざ。」
ユンさんとゼンがツッコんできたけど気にしない。だって、他でもないハルが「そんな私が好き」って言ってくれたんだもん。
「ねえねえ、ハルは他に私のどんなところが好き?私のどんなところに惚れてくれたの?」
「ここぞとばかりに言わせようとするなんて、ミリアさんって貪欲ですね。」
「うっっっざ。」
ユンさんとゼンが呆れてるけど気にしない。だって、せっかくハルが人前で堂々と惚気てくれてるんだもん。
こんな貴重な機会、逃す方が勿体無くない?
多分、二人にしっかり「自分がミーちゃんの恋人です」アピールをしようと頑張ってるんだろうな。
……正直、ユンさんもゼンも私には絶対そんな気を起こさないだろうから、何も心配する必要ないと思うんだけど。
でもハルが一生懸命で可愛いから応援しちゃう。煽ってくれたユンさんに感謝。
「ぼっ……僕がミーちゃんに最初に惚れたのは、ミーちゃんが昔、僕が近所の男子たちにいじめられてたところを助けてくれたときです。
歳上の男子たちにも立ち向かって、僕のこと守ってくれて……そんな強くて優しいミーちゃんが好きになりました。
そっ、それで僕も、僕がちゃんともっと強くなって、今度はミーちゃんを守れるような人になりたいって思って……。」
「ハル!?それ、初耳なんだけど!」
そんな風に思ってくれてたんだ。
……あっ!もしかして昔、ちょっとぽっちゃり体型だったハルがいきなり毎朝ランニングをするようになって痩せたのって……そういう動機だったの?!
可愛い!っていうか、愛しすぎない?!?!
「あと、その……僕はやっぱり、ミーちゃんの笑ってる顔が一番好きです。
ミーちゃんはどんなに疲れてても……どんなに辛いことがあっても、お客さんの前では絶対に笑顔を絶やさないんです。
そんなミーちゃんを尊敬してるし、それに……かっ、可愛いなって。……いつも見惚れちゃいます。」
「ハルぅ〜〜〜!!」
私は思わず隣に座っているハルに抱きついた。
もー!ハル可愛すぎでしょー!
デレデレする私を見て、ゼンは砂糖を吐いたような顔をして、しかも「うげっ」て声にまで出してきた。
……失礼極まりないな、コイツ。「うげっ」て何よ。
すると、そんなゼンに向かってユンさんがにっこり笑いかけた。
「いいなぁー、ハルさん。
いじめっ子たちから守ってくれた優しさに、接客してるときの可愛い笑顔──だってさ。
共感しかないよ。ねー?兄ちゃん。」
ユンさんの何だか含みを持った言葉に、ゼンが呆れてハルが慌てた。
「……ユン。お前、まだそんなこと言ってんのかよ。」
「えっ?!やっ、やっぱりユンさん……もしかしてミーちゃんのことが……?!」
動揺するハルに、ゼンが投げやりに説明した。
「違えよハル。コイツが言ってんのは別の奴ら。ミリアじゃねえよ。」
「えっ?そうなんですか?ゼンさん。……じゃあ、ミーちゃんじゃないなら……一体、誰のことですか?」
「………………。」
ゼンが顔を顰めて黙秘する。その一方でユンさんは、ゼンとは真逆でニコニコしていた。
「俺たち兄弟の幼馴染の話です。
ハルさんが言ってたような魅力を持った人たちがウェルナガルドにいて、俺と兄ちゃんはそれぞれその人たちのことが好きだったんです。その当時。」
「ユン!お前、いい加減にしろよ。いつまでも引き摺ってんじゃねえよ。」
ゼンがユンさんを嗜める。
でもその声は怒っているというより、どこか心配しているような、少し焦ったような声だった。
……うん。たしかに、婚約者ご家族との顔合わせから帰ってきたその日に、昔好きだった人の話はするもんじゃないよね。
まあ、さっきゼンもオリヴィアさんとビビ何とかさんを掘り返してイジってたけど……その2人とはまた違う感じするもん。私にも分かる。
弟がそんなこと言ってたら、兄としては不安になっちゃうよね。わかるよ、ゼン。
でも、ユンさんはゼンの心配を嘲笑うかのように、堂々と言い返した。
「……ねえ兄ちゃん。真面目で誠実なのはいいことだけどさ、兄ちゃんは真面目過ぎだよ。
俺、別に引き摺ってないし。ただ、今でも俺の中では『好きだった』って事実が変わってないだけ。今でもサラ姉には幻滅してないってだけ。
切り替え自体はもうとっくにできてるもん。
兄ちゃんは逆に、ナナリー姉ちゃんの名前もサラ姉の名前もあの日から全然口にしなくなっちゃったけどさ。
兄ちゃんは何も悪いこともやましいこともしてないじゃん。何でそんなにあの頃の思い出を避けてんの?」
◇◆◇◆◇◆
「………………。」
ゼンが険しい顔をして押し黙る。
──ナナリー姉ちゃん。サラ姉。
それが、ゼンとユンさんが好きだった人の名前なのかな。
ユンさんは黙りこくったゼンに構うことなく、マイペースに話し始めた。
「まあ、昔の恋愛相手を生々しく覚え続けてたり、それを今の彼女の前で語るのはさすがに良くないとは思うよ?
でも俺としては、他の人と婚約したから、もう結婚したから──って、あの二人の存在まで封印しちゃう必要はないと思うんだよね。
あの二人は別格っていうか……やっぱり特別だもん。恋愛感情どうこう以前に、俺たちの大切な幼馴染だったし。
ナナリー姉ちゃんはちゃんと純真無垢で、優しくて、あんな田舎の顔見知りだらけの町でも毎日笑顔で頑張って接客しててさ、すっごく可愛い人だったじゃん。
サラ姉だって、兄ちゃんが一番気楽に素の自分でいられた、一番大事な幼馴染だったでしょ?俺のこといじめてた奴らを兄ちゃんと一緒に怒ってくれてた、本当に格好いい人だったじゃん。
それこそ、未練たらたらで引き摺ってるわけじゃないんだし、もういない相手に浮気なんて絶対できないんだし。
ちょっと『あの頃は好きだったな』って振り返ることくらい許されるって。
あんないい人たちを忘れちゃうなんて勿体無いよ。たまには思い出してあげようよ。
それにさ、あの町の人たちのことを知ってるのは、もう俺たちくらいしかいないんだし。」
「………………。」
眉間に皺を寄せた難しい表情のまま、堅く口を結んでいるゼン。
ユンさんはそんなゼンを見て、眉を下げながら少し苦笑いをして──それから、ゼンから視線を外した。
そして両手で頬杖をついて、遠い目をしながら幸せそうに笑った。
「俺ね、自分の初恋がサラ姉で良かったなーってずっと思ってるんだ。
惚れっぽいから今までいろんな人のことを好きになってきたけど、その中でも我ながらサラ姉は一番センスあったなって思う。」
ユンさん……。
「でも別に、今でも『セレンディーナ様よりもサラ姉の方が良かった』なんて思って悲しんでる……とかはなくて。
うまく言えないけど、初恋はサラ姉で良かったし、今婚約してるのがセレンディーナ様で良かった。
いろんな人のことを好きになってきて、今こうしてセレンディーナ様を選べたのも我ながら一番センスある気がする。そんなことない?」
ユンさんは頬杖をついたまま、またもう一度ゼンの方を見て──今度はとっても優しく微笑んだ。
「兄ちゃんもそうだよ。
弟の俺から見た感想だけど、兄ちゃんは初恋のナナリー姉ちゃんと今の結婚相手が、歴代の中で一番センス良い。
……それでね、今の兄ちゃん夫婦が、一番お似合い。
ナナリー姉ちゃんには悪いけど、今の兄ちゃんには、ナナリー姉ちゃんよりもあの人の方が相応しいと思う。
だから、大丈夫だよ兄ちゃん。『未練』でも『浮気』でもないって。
俺たちの初恋は、ちゃんと10年以上前に終わってるよ。
ちゃんと、もう『思い出』になってるって。」
「……………………。」
ゼンはそんなユンさんを見て、それから手元に視線を落として、長い間、ずっと何かを考えながら黙っていた。
そしてしばらくして、溜め息混じりに静かに「……そうだな。」と一言だけ言って笑った。
──ようやく、どこか救われたように。
◇◆◇◆◇◆
私はユンさんの言ってる「サラ姉」も「ナナリー姉ちゃん」もまったく知らないけど、何故だか涙が止まらなくなってしまった。
今日一日、お相手が王女様と公爵令嬢って聞いて二人を遠く感じたり、案外俗っぽい恋愛遍歴を聞いて二人に親近感が湧いたりしてた。
どっちもあって不思議な感覚でいたんだけど……そっか。ゼンとユンさんは別に何者でもない。二人とも私と同じで、最初はただの庶民だったんだ。
それで、私と同じように幼馴染に初めて等身大の恋をして……でも二人は私と違って、その初恋を置いてきちゃったんだ。
大事な大事な初恋を。今でも振り返って一番センスが良かったって思えるくらい、とってもとっても素敵な人を。
ウェルナガルドで一度、亡くしちゃったんだ。
だけど、それからゼンとユンさんはちゃんと立ち上がって前を向いて、たくさん失敗したりお互い心配し合ったりして、今こうやってもう一度、それぞれが一番お似合いだって思える相手に出会えたんだ。
──世界一格好良くて芯の強い素敵な王女様と、自分のことを大好きでいてくれる素敵な同級生のご令嬢に。
「ゔぅぇええ〜ん!ユ゛ンざん!ゼンん〜!二人ども、しっ、幸ぜになっでくだざいねぇぇ〜!」
もういろいろ考えてたら号泣しちゃって、私はハンカチから顔を上げることができなかった。
そんな私の頭上で、ユンさんが困ったように笑って、ゼンが呆れたように笑う声がした。
「あはは。えーっと……ありがとうございます?」
「っつーか、何でお前がそんな泣いてんだよ。泣く要素ねえだろ。」
「何゛言っでんのぉぉ!泣ぐ要素じがないぃ〜!!」
「……ミーちゃん、大丈夫?」
ハルがそっと私の背中に手を添えてくれる。
……私の幼馴染で大好きな恋人。穏やかで優しくて、私にとっては誰よりも……誰よりも一番の存在。
ハルとは違うキラキラの王子様を夢見た時期もあったけど、ハルに告白されて迷ったりもしてたけど、ほんっっっの一瞬だけゼンに一目惚れもしてたけど……。
でも、私は私で、私にとって一番の恋人と今ちゃんと両思いになれてるんだなって……「幸せ」なんだなって、心の底からそう思えた。
故郷の大切な幼馴染を、今でも誇れる初恋の人を、一度は悲しい理由で失っちゃったゼンとユンさん。
その二人の話を聞いて初めて、私は今、最高に恵まれてるんだなって実感できた。
だって、私にとってはハルが最初で最後で、ずっと一番なんだから。
「ハっ……ハルうぅ〜!私だぢもっ、絶対に幸ぜになろうねぇ〜!!」
「ふぇっ?!」
「……お?」
「おぉっ?!」
衝動のままに出た私の言葉に反応して、ハルの驚いた声と、ゼンのニヤついた声と、ユンさんの煽るような声が連続して頭上から降ってきた。
「ミリアがまた勝手に何か感化されてんな。……おい、ハル。良かったな、幸せになれよ。」
「おめでとうございますハルさん!お幸せにー!」
「えっ?!あっ、あり、ありがとうございますっ。」
ゼンユン兄弟に勢いで祝われて戸惑うハルの声。
私は涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、何とかハンカチから顔を上げてハルを見た。
そんな私と目が合ったハルは、何かを決心したようにグッと気合いを入れて真剣な顔をして、私に真っ直ぐ向き合った。
「……ミーちゃん。
ミーちゃんは僕の幼馴染で、初恋で、一番大切な人なんだ。僕が絶対、一生ミーちゃんを幸せにするよ。僕たちも絶対に幸せになろうね。
だからミーちゃん。ぼっ……僕と!僕と結婚してください!」
◇◆◇◆◇◆
………………ゼンが指笛をスタンバイして、ユンさんが拍手のスタンバイをしている。
なんか無言のまま構えてる二人が気になるけど、私はその鬱陶しい背景を無視して、ちゃんとハルに向き合った。
ここで私に言わせたままにしないで、ちゃんと言い直してくれるハルが好き。
……別に「うん。僕たちも幸せになろうね。」だけでも充分なのに。プロポーズまで行っちゃうなんて。
うまく話の流れに乗ろうとして、でもちょっとどこかズレちゃってる、そんな不器用で誠実なハルが大好き。
そんなハルとなら、私は一番、幸せになれる。
私はそう確信しながら、涙でぐしゃぐしゃな顔のまま思いっきり笑って頷いた。
「……うん!ありがとうハル!結婚しよう!!」
「ピューーーー!!!」
「おめでとうございます!ミリアさん!ハルさん!」
私の返事の直後に、ゼンの指笛とユンさんの拍手が盛大に鳴り響いた。
めっちゃ音を綺麗に鳴らす無駄に指笛の上手いゼンがすんごい腹立つし、ユンさんの「幼馴染!初恋成就!王道最高ー!」っていう賑やかしもさっきの話を聞いた後だと壮絶な自虐に聞こえて複雑。
しかもなんか異様に拍手の音が多く聞こえる。……もしかして、魔法か何かを使ってわざわざ音をかさ増ししてる?
何なの、この鬱陶しい兄弟。
「酒開けようぜ酒〜!」
ゼンが勝手にカウンターの奥に行って酒のボトルを持ってきた。
「あ、じゃあ俺、適当に晩飯買ってきますね〜!
苦手なものあります?ありませんね!分かりました〜!」
そう言いながらユンさんが爆速で外へ出て行った。
……図々しくパーティー始める気だよ。この兄弟。
少なくとも「あとはお二人でごゆっくりどうぞ」っていう気の遣い方をするつもりは微塵も無いらしい。
──でも、まあいっか!今すっごく幸せだし!
隣でハルが目を白黒させながらも、幸せそうに頬を赤らめて笑ってる。
私にとっては、それが何より最高に嬉しかった。
「そのお酒はゼンの宿代の前払い分から引いておくから。」
「お前……ここでも金の話すんのかよ。ま、いいけどな。」
「グラスと氷持ってくるね。あとはフォークとナイフと……ご飯を取り分けるお皿かな。」
「あ、僕が持ってくるよ!ミーちゃんは座ってて!」
「ハル〜。お前、気が利くな〜。いい夫になるわ。」
「ちょっとゼン。ハルにウザ絡みしないで。」
そうして準備をしている間に、あっという間にユンさんが帰ってきた。王都の庶民の大正義「ハンナ・ピザ」の箱を持って。
「ハンナ・ピザだー!ユンさん天才!大正解!」
「ちなみに全部チーズ増しです。ポテトもトリュフポテトにグレードアップしました。さらにはデザートのアップルパイも人数分買ってきました。……完璧です。」
「恩着せがましい!アピールすごい!だけどユンさん!大正解!!」
みんなが席についたところで、私はグラスを高く掲げる。
「よーし!乾杯しましょう!……それじゃ、ハルに無事プロポーズされた王都一幸せな私を祝って──……乾杯ー!!」
「ミーちゃん乾杯ー!」「ミリアさんおめでとうございまーす!」
ゼンの「クッソ自己中な音頭だな。」ってツッコむ声が聞こえたけど気にしない。
珍しくゼンも、素直に楽しそうに笑ってたから。
◇◆◇◆◇◆
それから私たちは、閉店中のクゼーレ・ダインで盛大なピザパーティーを開催した。
とりあえずピザをはしゃいで食べて、ポテトをつまみながら私とハルのいろんな話をした。
小さかった頃の思い出、最近あった出来事、休暇期間に遊びに行く予定、それから将来の人生計画。時系列なんて滅茶苦茶で、話の流れや思いつきで、その場その場でたくさん話した。
「この一週間はハルとカフェ行ったり劇場行ったりする予定だったけど、宝石店に行って指輪も見ちゃおっかなー!」
「うん!行こう、ミーちゃん。一緒に選ぼう。」
「いいですねー指輪。素敵なのが見つかるといいですね。」
「オッサンびびんだろうなー。旅行に行ってる間に娘が婚約してて指輪まで買ってたら。」
「まあね。でもお父さん、ハルと私にクゼーレ・ダイン継がせる気満々でいつもハルに料理教えてるし。最近ずっと『お前らはいつ結婚するんだ』って言ってたし。普通に喜んでくれると思う。」
「えっ?!そんなこと言われてたの?!ミーちゃん。」
「うん!だから、実は私も最近ちょっと結婚のこと意識してたんだ。
ハルが勇気を出してプロポーズしてくれて、すっごく嬉しい。ありがとう、ハル。」
「……ミーちゃん。」
「わぁー……甘いねぇ。兄ちゃん。」
「一瞬で俺らの存在を消したな。」
「二人だけの世界ってやつだね。ご馳走様です。」
「今日一日でこいつらのどうでもいい情報を一生分仕入れたわ。いらねー。」
私とハルがいい感じになっていたところに、ゼンとユンさんがこそこそと喋る声が聞こえてきた。
ゼンの失礼な物言いに文句を言おうと二人の方を向いたら──……二人は意外にも、本気で羨ましそうな目をしてこっちを見ていた。
「……はぁーあ。っつーか、婚約なんてこんなもんで充分だろ。なー、ユン。そう思わねえ?」
「ほんとそう。やってらんないよ。パーティーだって、ピザ食って酒飲んでればそれでいいじゃん。ねー?」
それを聞いたハルが首を傾げる。
ハルはピンと来なかったみたいだけど、私はちょっとだけ分かっちゃった。
──1年と数ヶ月前の、ラルダ様の「婚約者様の非公表」騒動。
婚約一つが世間を揺るがす大ニュースになっちゃって、速報の新聞がばら撒かれて、王国中で噂になった。
仰々しくラルダ様がクラウス様とアスレイ様を連れて、わざわざ頭を下げに来て。「生涯伴侶を非公表」って、ものすごい覚悟を決めていた。
それで、もう一度改めてラルダ様が国民に向けて非公表永続を宣言して、そこからさらに結婚するまでもう一年。
その肝心の結婚も、王都全体がお祭りになって盛大に祝われたっていうのに、ゼン本人は結局何にもできてないもんね。
もしかして……ゼンも本当はこんな風に、庶民なりに庶民らしく、平和に幸せになりたかったのかも。
ゼンはそういうのをまったく表に出さないけど。もしかしてゼンなりに、何か理想があったのかも。
何でもない日のただの仕事帰りに「そろそろ俺ら、結婚しようぜ。」なんてさり気なく格好良くプロポーズして、週末に二人で堂々と手を繋いで王都を歩いて、お揃いの指輪を買いに行って。
それからユンさんとお相手のご家族と、ちょっといいレストランで一緒に豪華なご飯を食べて。
その半年後には、故郷に近い南部の街の、景色が綺麗な小さな結婚式場を借りて、お友達を呼んで、最高に平凡で幸せな挙式をする。
……そんなありふれた、庶民の形。
ラルダ様がゼンと同じ庶民だったら、そういう夢もあっさり叶えられたのにね。
「ねえ、ゼン。ユンさん。
私たちが羨ましくなったなら、ウチに言ってね。特別にこのクゼーレ・ダインを完全貸切にして、パーティー会場にしてあげる。
どんな身分の人でも大歓迎。誰でも呼んでいいからね。『庶民流』を体験させてあげちゃって。
あ、でも予約は最低でも3ヶ月前。一晩10万リーク(※料理代、飾り付け代は別途)で、サプライズのプロポーズ用ケーキは要予約で追加料金1万5千リークです。」
私が冗談半分、本気半分で笑ってそう伝えると、ゼンとユンさんは「完全にぼったくりじゃねえか!どこが『庶民流』なんだよ!」「王都価格でもケーキ1万5千はやりすぎですよ!」と次々に文句を言ってきた。
二人とも魔導騎士団で超稼いでるくせに。もう貧乏じゃないくせに。
けど……ゼンもユンさんも、そのうちどんどんお金が貯まっていって、だんだん王家や公爵家にも慣れていって、こんな金銭感覚も忘れていっちゃうのかもしれない。
銃も双剣も値切らずにポーンと買っちゃって、毎日上等な生地の貴族服をあっさり着ちゃって、何も疑問に思わずにケーキに1万5千リーク払っちゃって……王宮の豪華なお部屋にも慣れて、この宿屋に帰ってこなくなっちゃって。
……それで、だんだん庶民の私たちから、十年、二十年かけて、離れていっちゃうのかもしれない。
……なんか、それは寂しいかも。
「二人とも。……その金銭感覚、忘れないでね。」
私が急にしんみりしながらそう呟くと、ゼンとユンさんは顔を見合わせて、それから二人でけらけらと笑った。
「それは俺もまじで怖えわ。」
「うん。すでに俺、ちょっと金に余裕ある今の生活が怖くなってるもん。」
ゼンは笑って「やばくなったらユン連れて一週間くれえ野宿の旅でもしに行くかー。」って言いながらお酒を飲んで、ユンさんはそれに笑って頷いた。「定期的にあのひもじさを味わってスッキリしないとね。」と独特な相槌を打ちながら。
──ゼンに出会って8年半。
私はようやく今日初めて、素の庶民のゼンを見れた気がした。
ゼンって、意地悪を言うとき以外でも、割とこうしてよく笑う人だったんだ。
気を張らずに弟のユンさんと一緒にいるときは、こんなに楽しそうなお兄ちゃんなんだ。
ユンさん相手にはちょっと間延びした喋り方するし。弟に甘えてるような気さえする。
それに、今日初めてたくさん話したユンさんは、意外とゼンに似て雑だし粗野だし、思ったより意地悪な一面もあった。
今まで「兄ちゃん、兄ちゃん」って笑顔で懐っこく呼んでるところばっかり見てきてたけど、だいぶ印象が変わったかも。
前に宿屋でみんなの前でゼンが「ユンには勝てない」って言ってたけど、その言葉通りの人だった。やっぱりユンさんはしっかりしてるし、ゼンを優しく支えてる。
だって、ユンさんがゼンに「サラ姉」と「ナナリー姉ちゃん」の話をして……自分たちの初恋をちゃんと認めて、今の自分たちを許してあげてから……明らかにゼンの空気が変わったもん。
ゼンは今、すっごく自然に笑えてる。
……きっと、たくさんの悲しみと苦しみを抱える前の、ウェルナガルドにいた「本来の」ゼンは、こういう陽気で明るい人だったんだ。
本当に二人は、普通に庶民で、普通にやんちゃな──とっても仲良しな兄弟だったんだね。
なんだかまた泣けてきちゃったけど、「ゼンの素が見れて感動して泣いちゃった」なんて恥ずかしくて絶対に言えないから、ハルに「……ミーちゃん?」って心配されたけど、私は笑って誤魔化した。
◇◆◇◆◇◆
それからまた私たちはデザートのアップルパイをだらだらと食べながら、いろんな話をした。
もはやパーティーとは言えなくなってる、このぐだぐだな飲み会。このまま続けるのかなーってちょっと思っていたら、ゼンがいきなり時計を見て「10時か。……んじゃ、行くかー。」っていきなり立ち上がった。
「え?ゼン、どこに行くの?部屋に戻るの?」
私が思わず尋ねると、ゼンがわざとらしく溜め息をついて、白々しく片眉を上げて私を見下ろした。
「はぁー……んな訳ねえだろ。こんな日に宿屋に居座るほど野暮じゃねえよ。なー?ユンー。」
………………は?
私がゼンの言葉の意味を一瞬理解できずにいたら、ユンさんがわざとらしく首を振ってやれやれといった表情をした。
「ねー?心外だねー兄ちゃん。俺たちそんなに気が利かない人間じゃないのにねー。」
………………?
「………………はっ!?」
私がピンときた瞬間、ゼンが今までに見たことない、不自然すぎて気持ち悪いくらいの爽やかな笑みを浮かべてこう言った。
「安心しろよ。明日の朝も帰ってこねえでいてやるよ。」
すかさずユンさんがゼンに笑顔で提案する。
「兄ちゃん、兄ちゃん。どうせなら団服と銃だけじゃなくて、1週間分の着替えも持っていきなよ。1週間は帰ってこなくていいように。」
「ユンお前やっぱ頭いいなー。そうすっか。」
「ちょっ、ゼン!!ユンさん!!」
私が抗議しようとすると、二人は腹立つくらいの満面の笑みを向けてきた。
「オッサンも客もいねえし。お前らちょうどよかったなー。ちゃんと有意義に過ごせよ。」
「じゃ、俺たちはそろそろ去りますんで。あとはお二人でごゆっくりどうぞー。」
「二人とも最っ低ーーー!!!」
顔を熱くしながら怒る私とピシリと固まったハルを無視して、二人は3階のゼンの部屋に行って団服と荷物を持ってきて、一緒にけらけら笑いながらあっさり外へと出て行った。
カランカラン……とベルを鳴らしながら閉まる扉に向かって、私は思いっきり怒鳴りつけた。
「ちょっとゼン!ユンさん!馬鹿兄弟!!せめて片付けぐらいはやっていけ!!」
あと、どうしてくれるの!この空気!!
──お膳立てするなら、せめてもっと丁寧にやっていけ!!
クゼーレ・ダインの休暇初日。
時刻は午後の10時8分。
1階の大衆食堂の大テーブルには、食べ散らかされた食器と空き箱たち。
そしてお互いに顔を真っ赤にした、私とハルだけが残された。




