14 ◇◆ 庶民的恋愛の着地点(中編)
タイトルの通り、庶民勢のそれぞれの恋愛の答え合わせ編(全3話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
クゼーレ・ダインの休暇初日。
時刻は午後の4時25分。
私は日中に買ってきたワンピースとバッグが入った紙袋を眺めながら、誰もいない1階の大衆食堂で一人優雅に紅茶を飲んでいた。
う〜ん。紅茶の落ち着く、いい香り。
飲んでいるのはいつものそこら辺の業務用の紅茶なんだけど、気分はまるで王女様。いつもは香りなんて気にせず飲むけど、今日はつい動作までお上品になっちゃう。
ワンピースを2着……だけじゃなくて、ついついバッグも買っちゃった。
これに私の持ってる一番お洒落なパンプスを組み合わせたら、全身お嬢様になれるんじゃない?それこそ王女様の休日って感じの服装!
……は、さすがに言い過ぎだけど。でも言ったもん勝ちよ。こういうのは調子に乗ってはしゃいだ方が人生楽しめるの。
はしゃぎすぎて破産しなければね。ちゃんと貯蓄もしてますから、私。
よーし!今週のハルとのデートで、このワンピース2着を惜しみなく見せちゃおう!カフェも劇場も楽しみだなー!
そんなことを考えながら私が寛いでいると、扉の方からガチャリと鍵が開く音がして、その扉の向こうから今朝聞いた兄弟の声がした。
「え!兄ちゃん、鍵なんて持ってるの?」
「オッサンがいねえ期間だけな。ミリアいねえと入れねえし。」
お!ゼンとユンさん、帰ってきたんだ。
私はカランカラン……とベルを鳴らしながら開く扉を見て、中に入ってきたゼンとユンさんに声を掛けた。
「ゼン!ユンさん!お帰りなさい!」
すると二人とも私の声に反応してこっちを見て、それぞれ挨拶を返してきた。
「おー。」
「ミリアさん!度々お邪魔します。」
私はそんな二人に「よければ座ってください。お茶淹れてきますね!」と言って立ち上がった。
今の私は機嫌がいいし、二人の様子を見るに、ゼンもユンさんもご機嫌そう。
せっかくだからユンさんが帰ってゼンが部屋に引っ込んじゃう前に、ちょっとくらいみんなでお茶しながらお話してもいいんじゃないかな。
私のそんな意図を察したのか、当然のように座ったゼンはもちろん、ユンさんも遠慮なく「あ、わざわざありがとうございます。」と言いながら椅子に座った。
さて、お互い充実したであろう休日の夕方の、庶民の優雅なティータイムといきましょうか。
機嫌のいい私は、紅茶のお供にするために、こっそり棚からお気に入りのチョコレートを取り出した。
◇◆◇◆◇◆
私が紅茶とチョコレートを持って戻ってきたときには、二人はユンさんの鞄から取り出したのか、銃と双剣を見せ合いながら何かを話していた。
あの銃には見覚えがないから、今日買った新品だろうな。
これまではゼンの銃を部屋で見ても「ふーん。いかついデザインだなー。」くらいにしか思ってなかったけど、今朝のお値段の話を聞いた後だと、見ているだけでもちょっと緊張しちゃう。
「無事に買えたんですね。ゼンの銃。」
私がそう話を振ると、ユンさんが嬉しそうに頷いた。
「はい。そこでついでにまあまあいい感じの双剣も買えちゃったので、俺としても行ってよかったです。」
「あ、そうだったんですか!」
「魔導騎士団で使うにはまだちょっと安物ですけど。もっといいのが見つかるか、特注武器を作るかする間の繋ぎとして使うには充分かなーって。
その後でも予備にできますし。訓練のときに使い分けてもいいですしね。いい買い物しました。」
手癖なのか、鮮やかにクルッと両手で双剣を回すユンさん。そんなユンさんにゼンが釘を刺した。
「立て替えた分、ちゃんと払えよ。」
「ハイハイ。明日払うって。30万。」
「40万っつっただろ。減らしてんじゃねーよ。」
「値切ったの俺だよ?手数料考えたら30万でも良心的だと思うけど。」
……兄弟間でお値段交渉が始まっちゃった。
私は気になったからちょっと聞いてみた。
「その銃と双剣、おいくらで買えたんですか?」
するとユンさんは良いとも悪いとも言えない、普通の顔をして答えた。
「んー、まあまあでしたかね。兄ちゃんの銃225万と俺の双剣60万を合わせて、210万リークで買いました。」
「おおー!ユンさんお見事!75万リークも浮かせるなんて、さすがですね!」
「いえいえ。……まあ、本当は200万以内に収めたかったんですけど。今日のはこれが限界でしたね。」
ユンさんはそう言ってるけど、考えようによってはこれ、ゼンの銃を15万リーク値切った上に、双剣を無料で貰ってきちゃったようなもんじゃん!
その値段で売ってくれたってことは、向こうにも一応利益は出てるんだろうけど……私はどうしても商売人視点で考えちゃう。……ユンさん、恐ろしい人。
ただ文句を言ってケチつけて安くしようとしてくるお客さんはひたすら不快なんだけど、ユンさんみたいな値切りが本っ当に上手い人は逆。全然不快じゃないし、とにかく絶妙なんだよね。
売る側が「それなら買ってもらえた方が助かる」って思えるラインを突いてくるから売っても後悔はしないし、何故か値切られてるはずなのに不思議と乗せられて、なんなら良い気分にすらなっちゃうんだよね。
きっと今日武器を売ったお店の人も、最終的にユンさんに「やったー!本当にありがとうございます!助かったぁー!最高の買い物ができました!」なんて満面の笑みで言われて、思わず「いいってことよ!またウチに買いに来な!もっと上等な双剣仕入れたら連絡してやるよ!」なーんて返しちゃったりしたんだろうな。
ひーっ、怖っ!ウチが武器屋じゃなくて良かったぁ。
こっそり身震いしたところで、私は個人的にもっと興味のある話に進んだ。
「それで、無事に顔合わせには間に合ったんですか?」
やっぱり聞きたいのはそっちよね。武器のことはよく分からないけど、恋愛のことならいくら聞いても飽きないもん。
私の質問に、ユンさんはにっこり笑って「はい。そっちもつつがなく終わりました。」と答えた。
……いきなり終わりまで話を飛ばしたな、ユンさん。
今朝のゼンの指摘で学んだ。
ユンさんって、こうやって誤魔化そうとするんだ。一度気付くとけっこう分かりやすいかも。とにかく口が堅いゼンとは違う形の照れ隠しの仕方だなぁ。
すると、自分のことは言わないくせに他人にはお構いなしな性悪のゼンが、ユンさんが飛ばそうとした話に普通に触れていった。
「ユン。お前の婚約者……セレンディーナってやつ。」
「……何、兄ちゃん。」
ユンさんが笑顔のまま若干警戒したような声を出す。その声を聞いたゼンは、紅茶を一口飲んでからしれっと話した。
「お前、帰る前に一度、席立ったろ?」
「うん。」
「お前が席離れてる間は普通に笑ってたぞ。」
「エ゛ッ?!」
ユンさんが変な声で驚く。ゼンはそんなユンさんを見て、少し憐れむように、そして半ば呆れたように目を細めた。
「俺に笑って礼言ってきた。『ユンをここまで守り育ててくださって、本当にありがとうございます。お兄様がいなければ、わたくしはこうしてユンに出会うことができませんでした。』っつって。まあ他にもいろいろ言ってたけど。」
「えぇー???何でぇ???」
ユンさんが萎れる。
……ちょっと、ユンさん可哀想だな。
ユンさんが4年以上見たことのない彼女の笑顔を、初対面のゼンがあっさり見ちゃったんだもんね。そりゃ萎れたくもなるよ。
「んー…………まあ、会ってみて分かったわ。」
ゼンがちょっとどこか遠くをみながらそう言ったから、私は思わず質問してしまった。
「何が分かったの?ゼン。」
私の質問を受けて、ゼンは少しだけ苦笑いしながら答えた。
「『ユンの前では笑ったことない』ってやつ。いつもあんな感じなんだろうなって思った。
ま、別にあっちもわざとやってる訳じゃねえし、いいんじゃねえの。
……お前、昔からああいう奴が好きだし。納得。」
「えー?」
私よりも先に、ユンさんが意外そうな顔をした。
「俺、好みがそんなんだったことある?」
ユンさん……婚約者なのに「そんなん」って……まあ言わんとしてることは分かるけど。
ゼンは何でもないことのように言った。
「それは笑う笑わねえの問題じゃねえよ。
ただお前、昔っから『自分に惚れてる奴』に弱えじゃん。お前チョロいから。」
「へっ?」
自覚のない癖を暴露されたユンさんは、声を裏返らせて固まった。ゼンはそんなユンさんを見て、それから目を逸らして何かを考えて──また視線をユンさんに戻して、ニヤつきながらユンさんに残酷な事実を教えた。
「俺らが6年前くらいか?一時期ハマってよく週末通ってた王都の異国風食堂あんだろ?あそこで働いてたアイツ……オリヴィア。
あれ、普通にいけたかんな。お前勝手に告白しないで諦めてたけど。っつか、あっちの方が先にお前に惚れてた。勿体ねー。」
「…………っ!!嘘?!?!」
ユンさんは顔を真っ赤にして、声を忘れたかのように数秒くらい口を無音でパクパクさせてから叫んだ。
「あと、その次、お前がいいっつってたビビ「兄ちゃん!!!」
ユンさんが赤い顔のまま絶叫する。
「……っ、あ゛ぁ〜〜〜も〜〜〜!!」
そしてそのままテーブルに突っ伏したユンさんは、突っ伏したまま唸るようにして言った。
「兄ちゃん、それ絶っっっ対に他の人に言わないでよ。誰にも言わないでよ。」
「だとよ。言うんじゃねえぞ、ミリア。」
「は?!私?!」
今のは完全にゼンが悪いじゃん!ユンさん可哀想過ぎる!!
癖の暴露だけならまだしも、今この瞬間に2回もいけてたはずの恋を見逃してたことまで知っちゃったんでしょ?!恥ずかしい上にダメージが大きすぎるって!!
「うぅ……ミリアさんも誰にも言わないでください……お願いですから……。」
ユンさんが死にそうな声で哀願してくる。
「ももももちろんですよ!」
私はユンさんが居た堪れなさすぎて、100%ユンさんの味方になるしかなかった。
ゼンがラルダさんに宿屋で話したときは、ユンさんはちゃんと優しく加減してくれてたってのに……ゼン、アンタって奴は!
「ユンさん!こういうときはやり返しちゃいましょう!ゼンの癖も暴露してユンさんの傷を薄めればいいんですよ!」
「おい!ミリア!テメっふざけんな!」
「うぅ……じゃあ、兄ちゃんがこの宿屋を見つけるちょっと前に一瞬だけ付き合ってた人の話なんですけど──……「おいユン!!」
「えっ!ゼン、そんな人いたの?!何で別れちゃったの?!」
「それが実はその人、裏で兄ちゃんに内緒で、さ「ユ゛ン!!!」
突っ伏したままのユンさんの頭をゼンが容赦なく引っ叩く。
ユンさんは頭を少しだけ持ち上げて、突っ伏したときに組んだ両腕の上に顎を乗っけて、ゼンの方をじっとりと睨みながら言った。
「兄ちゃん、昔っからめっちゃモテるんで。みーんなすぐ兄ちゃんに一目惚れしちゃうんで。
だから兄ちゃんは兄ちゃんで、そういうのが苦手っていうか……ガツガツくる人よりも『純真無垢っぽい雰囲気の人』が好きなんですよ。
まあ、よく無垢っぽいだけの腹黒い人に騙されてましたけど。兄ちゃん鈍くてチョロいから。」
「…………オイ。」
ゼンが耳を赤くしながらユンさんを睨み返す。
「鈍くてチョロいのはテメェの方だろうが。」
「兄ちゃんよりマシだもん。」
「テメェの方がタチ悪い奴にホイホイ騙されてただろうが。」
「兄ちゃんほどじゃないもん。」
…………つまり、似た者兄弟ってことでしょ。
っていうか、大丈夫かな。この人たち。
鈍くてチョロい兄弟二人だけで思春期を生きてきたんだし……多分、いろいろ失敗したり痛い目見たりしてきたんだろうな。
ちょっと同情しちゃう──っていうより、そんな大変な日々の中でも果敢に恋愛してきてたなんて、二人ともある意味図太くて尊敬しちゃう。
ゼンは今や王女様の旦那様で、ユンさんもまさかの公爵家のご令嬢の婚約者なことが今日判明したけど。
でも、それはたまたま結果的にそうなっただけで、二人ともそれまでの恋愛事情は思いっきり「お年頃な庶民男子」だったんだね。
今さらだけど、こうして話を聞いてると同じ庶民としてなんだか親近感湧くなぁ。
ユンさんは「はぁーあ」と大袈裟に溜め息をついて、それから悲しい自己分析を始めた。
「でも、たしかに……俺、兄ちゃんの言う通りかも。
だって今まで出会った歳が近い女の人、ほとんどみーんな兄ちゃんのことが好きだったんだもん。そりゃ、珍しく兄ちゃんよりも俺に興味持ってくれてる人がいたら嬉しくもなるよね。惚れちゃうよね。……うん。分かるよ俺。きっとそういうことだったんでしょ。…………はぁ。」
「ユ、ユンさん……。」
「あーあ。俺、今までどのくらいそういう惚れ方しちゃってたんだろ。まさか全員じゃないとは思うけど。」
「知りてえ?お前の中で時効のやつから教えてやるよ。」
「ゼン……アンタ、悪魔なの?」
ゼンの悪魔ようなドぎつい提案に、ユンさんは半目になって答えた。
「いい。聞きたくない。俺の中ではもうその2人だけってことにしとく。
……そうじゃないと多分俺、まじで立ち直れなくなるから。」
それからユンさんはお返しとばかりにゼンに聖人のような優しい提案をした。
「兄ちゃんも、歴代の惚れた人たちの裏の顔、知りたい?兄ちゃんの中で時効の人から教えてあげる。
兄ちゃんがいないところでいろいろ話してたの俺けっこう聞いて知ってるから、だいたい分かるよ。」
「いらねえよ!」
「え?ゼン、聞いときなよ。今後のために。」
「今後なんてねえよ!もう結婚してんだろうが!」
ゼンの言葉に、私とユンさんは目を見合わせてにっこりした。
「聞きました?ミリアさん。今の兄ちゃんの発言。
ほーんと。ラルダさんがちゃんと純真無垢な人で良かったよ。ラッキーだったね、兄ちゃん。お幸せに。」
「ほんとほんと。ラルダ様みたいな裏表のない素敵な御方に拾ってもらえて、ゼンは最高に運がいいよ。見捨てられないようにせいぜい頑張ってね。お幸せに。」
「テメェらふざけんなよ。」
ゼンがまた耳をほんのり赤くしながら私たちを睨む。
でもそんなゼンにまったく怯えることなく、ユンさんは口を尖らせながら返した。
「ふざけてなんかないよ。本心だもん。
兄ちゃんが変な人に騙されて不幸にならなくて良かったーって、俺ちゃんと思ってるよ?
弟として、鈍くてチョロい兄ちゃんのことずっと本気で心配してたんだからね?」
そんなユンさんを見て、ゼンは呆れたように溜め息をついて力を抜いた。
……きっと今、ユンさんの本当の気持ちが伝わったんだろうな。
今でこそこうやって笑い話というかネタの一つみたいにして言い合ってるけど、きっと当時はお互いにお互いの危なっかしい恋愛や人付き合いを見て、本気で心配したり、本人に伝えるかどうか悩んだりしてたんだろうな。
ゼンは溜め息混じりに……でもちゃんと真面目に、ユンさんに本音を話した。
「んなこと言ったら、お前だってそうだろ。散々心配させやがって。
まあでも、お前も良かったんじゃねえの。ちゃんといい相手で落ち着けそうで。
今日会ってみてようやく安心したわ。……話聞いてるだけだと正直やべえ印象しかなかったからな。」
私は興味のままにゼンに聞いた。
「ねえねえ!ユンさんの彼女、どんな人だった?
優しかった?ほんわか系?それともキリッとしてる系?ユンさんの前では笑わないっていうくらいだから、厳格な感じ?それとも顔に出ないだけ?
公爵家だし、やっぱりすっごく高貴な感じ?あ、もしかしてラルダ様みたいな感じかな?」
ゼンはそんな私の方を鬱陶しそうに見た。
「ラルダとは全然違えよ。っつか、一回会って軽く話したくれえで分かる訳ねえだろ。一気に質問してくんな。」
「ええー?じゃあ何で『安心した』なんて言えるの?」
するとゼンは、まるで甘いものの食べ過ぎで胸焼けでもしたかのような顔をして答えた。
「とにかくユンにベタ惚れだったから。
それにまあ、いろいろと向こうなりにユンのこと考えてるっぽかったしな。盲目なだけじゃなくて案外理解がありそうな感じはした。」
「へぇー。」
「癖はまあまあ強そうだったけどな。つっても、悪い奴じゃねえだろうし。
家族もなんか知らねえけど全力でユンを持ち上げてたし。俺も会った瞬間から全肯定されてたわ。……あれ何でだ?怖えんだけど。」
それを聞いたユンさんが苦笑する。
「うーん。よく分かんないんだけど、初対面のときからご両親も異様によくしてくれるんだよね。たしかにちょっと怖いくらいかも。」
……そんなになんだ。
でも、彼女にはすごく惚れられててご家族も協力的で優しいって、最高にいい環境じゃない?
彼女もご家族もすっごくいい人そう。
「聞けば聞くほど気になるなぁ〜。ユンさんの彼女。私も一回見てみたいなぁ〜。」
私が冗談半分でそう言うと、ゼンも冗談半分で返してきた。
「見てどうすんだよ。おいミリア、引っ掻き回して破局させんなよ。」
「そんなことする訳ないでしょ!」
「どうだかな。お前ら歳近えし。下手に勘違いされて嫉妬でもされたら、また面倒くせえことになんじゃねえの?知らねえけど。」
「ちょっ……やめてよ兄ちゃん。不穏なこと言わないでよ。今一瞬、嫌な予感がしたんだけど。」
「え?ユンさん?……どうしよう。本当に破局させちゃったら。私ってば魔性の女?」
私がふざけてちょっと悪ノリをした直後。ゼンでもユンさんでもない、聞き慣れたとある人物の声が、いきなり後ろの方から聞こえてきた。
「……ミーちゃん、『破局』って何?『魔性の女』ってどういうこと?……その人、誰?」
◇◆◇◆◇◆
「ハル?!」
驚いてカウンターの方を見たら、裏口から合鍵を使って入ってきていたらしい、私の幼馴染で恋人のハルが青ざめた顔をして立っていた。
「ミーちゃんが一人で大変だろうと思って、掃除の手伝いとか夕飯作りとかできれば……って思って。……黙っていきなり来ちゃってごめんね。
…………もしかして僕、お邪魔だったかな?」
優しいハルは、誤解したまま私をいきなり責めるなんてことは絶対しない。今もハルは何も悪くないのに、まず真っ先に謝ってくれた。
……でもその目線は、思いっきりユンさんに釘付けになっていた。
「あっ!ううん!全然お邪魔なんかじゃないよ!ハル、来てくれてありがとう!」
焦る私をニヤニヤしながら見るゼン。そんなゼンを睨みつけてからハルにそう言っていたら、まさかの方向から私に敵が現れた。
「ミリアさん、この方は?ハルさん……って言うんですか?
ハルさん、初めまして!ユンです。ミリアさんとはいつも仲良くさせていただいています。」
そう言って、ニコッと笑ってハルに堂々と挨拶をするユンさん。
……ん?
なんか余裕のある雰囲気っていうか……こう言っちゃ失礼なんだけど、急にユンさんから間男感が出た気がする。
……って、あれ?これもしかして、ちょっとだけマズイ感じ?
「えっ?あっ、は、はい。初めまして、ユンさん。ハルです。
……えっと、ユンさんはミーちゃん……ミリアの知り合いなんですね。」
内気なハルが頑張って初対面のユンさんに挨拶をしつつ、会話をしようとしている。しかも今、一生懸命「ミリア」って言い直してた!
ユンさんはそんなハルに穏やかに笑顔を向けつつ、また誤解を深めそうな発言をした。
「はい。よくこのクゼーレ・ダインにもお世話になってます。ゼルドーさんにも良くしていただいていて。
……今日も一日、ありがとうございました。楽しかったです、ミリアさん。」
そう言ってユンさんは首を軽く傾げながら私の方を向いて、にっこり笑いかけてきた。
絶妙に「ゼンの弟」という最大の情報を伏せながら、実際よりも明らかに私に対して親密度の高い言い回しをしてくるユンさん。
……ぶっちゃけ、ユンさんと私ってそこまで仲良くはないですよね?なんなら、こんなにたくさん話したのって今日が初めてですよね?
しかもハルのことだって、名前や私との関係は知ってるはずなのに思いっきりすっとぼけてた。極め付けはこの満面の笑み。
ハッ!もしかして……!
ま、まさかユンさん……っ!
「ユンさん!わざとですね?!もしかして今朝の仕返しですか?!」
私が今朝ユンさんを質問責めにしたり、恥ずかしがる姿を「可愛い」って言ったりしたせい?!
──あっ!それよりも、お金お金って言い過ぎて、ユンさんと婚約者のことを馬鹿にしたように思われちゃった?!
そっ、そうですよね!真剣に好きでお付き合いしてる相手について、身分やお金のことばっかり言われたら、さすがに不愉快になりますよね!
……うぅっ、やっちゃった!
ひぃーん!ユンさん!本当にごめんなさい!
でも、まさか根に持ってたなんて!今までずっと普通にニコニコ会話してたじゃないですか!
何でいきなり、よりによってハルが来たこのタイミングで仕返しを!?
「え?今朝ですか?俺、ミリアさんに『可愛い』って言ってもらえて嬉しかったですよ?」
白々しくコテンと首を傾げて笑うユンさん。そんなユンさんを見て青ざめるハル。
「えっ?みっ、ミーちゃん……?」
「ハル!違うの!誤解っ!誤解なの!」
「何が誤解なんですか?本当のことじゃないですか。」
「ユンさん!ごめんなさい許してください!!」
「……二人とも、僕に何か隠してるの?」
「何も隠してない!やましいことなんて何もないからね?!本当に!」
「あ、そうだミリアさん。あのことは誰にも言わないでくださいね。もちろんハルさんにも内緒で。」
「ユンさん!本当、謝りますんで!お願いですからもう黙ってください!!」
一連のやり取りを眺めていたゼンが呆れたように「ユンが引っ掻き回して破局させようとしてどうすんだよ。」と溜め息をつく。
「ゼン!助けて!!」
この際、もうゼンでもいい!お願いだからこの悪質極まりない発言を繰り返すユンさんを止めて!!
ハルは繊細なの!とってもピュアなの!私が悪かったのは分かったから、ハルのことはいじめないで!!
私が藁にも縋る思いでゼンに訴えたら、ゼンは私を思いっきり馬鹿にしたような目で見て言った。
「お前、ユンの陰湿さ舐めんなよ。コイツすっげえ根に持つかんな。
……ユン。テメェも調子乗んな。」
ゼンに止められたユンさんは「陰湿じゃないもん」と軽く口を尖らせてから、ハルの方を向いて申し訳なさそうに眉を下げて笑った。
「申し訳ありません、ハルさん。ハルさんは初対面で関係ないのに意地悪しちゃいました。
改めまして、ユンです。全然似てませんけど、ゼンの弟です。よろしくお願いします。」




