13 ◇◆ 庶民的恋愛の着地点(前編)
タイトルの通り、庶民勢のそれぞれの恋愛の答え合わせ編(全3話)です。
第三部(全16話)執筆済。基本毎日投稿予定です。
王都の中心部から少し外れたところにある、庶民の憩いの場「クゼーレ・ダイン」。1階が大衆食堂で、2階と3階は宿屋になっている。
これが私の実家であり職場……なんだけど、今日から1週間は1階の大衆食堂はお休み。2階と3階も新規のお客様……要はゼン以外のお客様は受付停止。
年に数回設けている、お父さんの休暇期間というわけだ。
お父さんは昨日の深夜に荷造りをして、早朝にさっさと出掛けて行った。お父さんは旅行が大好きで、各地の名物料理を食べ歩くのが何より大好き。
でもすぐに職業病を発症させて、毎回行った先の接客や料理を必要以上に気にして、分析して、結局イラつきながら帰ってくる。はっきり言って面倒臭い。
……それに毎回思うんだけど、1日くらいは家でのんびりゴロゴロ休んで行けばいいのにお父さんはそういう日を一切設けない。毎回休暇を目一杯使って旅行してくるんだよね。
常に動いてないと落ち着かない、止まったら死んじゃうお父さん。多分、前世はマグロかカツオか……その辺りの回遊魚だったんじゃないかな。
それで私はというと、今回はのびのび一人でお留守番。一応ゼンの部屋だけは清掃をしてあげるけど、あとは何もしない予定。
それに、最近はなんやかんやでゼンも宿屋に帰ってこない日が週に数日あるから、毎日掃除する必要もないし。私にとってもこの1週間は実質休暇。
……ゼン、前に話してたときは「全然王宮なんて行く気ない」って感じの口振りだったけど、やっぱりちゃんとそれなりにラルダさんのいる王宮にも行ってあげてるんだよね。
うんうん。新婚さんだもんね。
……うんうん。偉い偉い。……ふっふっふ。
だから私は私で、この1週間で新しい服を買ったり、恋人のハルと一緒にずっと行ってみたかったちょっとだけ高いおしゃれなカフェに行ったりする予定。
中でも一番楽しみなのは3日後の、王国東部で人気爆発中の歌劇団の王都公演かな。平日ど真ん中のチケットを狙って申し込んだら奇跡的にペアチケットが取れた。それをハルと観に行っちゃう。
世間は普通に平日でみんなせっせと働いている。そんな人々を横目で見ながら、私は優雅に休日を満喫する。しかも、話題の歌劇団の王都公演!もう最高過ぎない?!
っはー!幸せ!今日からの1週間を想像しただけで、朝っぱらからビール飲みたくなってきちゃう!
そんなことを考えながら、お天気の様子を見ようと何気なく窓の方を向いたら、窓の外に見覚えのある後ろ姿が見えた。
ん?あれって──……
「ユンさん?!おはようございます!」
私は外に出て窓の外に立っていたユンさんに声を掛けた。
するとユンさんはいつものにっこり笑顔で振り返って、ぺこりとお辞儀をしてきた。
「あ、ミリアさん!おはようございます!」
「ゼンと待ち合わせですか?どうぞどうぞ!中に入ってください!……というか、声かけてくれれば扉の鍵開けますよ?」
「いやいや、そんな。閉店中なのに気を遣わせてしまって申し訳ないです。」
ユンさんはそう言いつつも、私が中へと促すと「いいんですか?すみません、ありがとうございます。」とお礼を言いながら普通に入ってきた。
個人的には「いいですいいです」「どうぞどうぞ!」「いえ、お気になさらず」「遠慮しないでください!」「でもご迷惑でしょう?」……みたいなやりとりを延々と繰り返すよりも、1回ですぐ諦めてくれるユンさんくらいの方が、正直楽でありがたい。お客様でもたまにすごく気を遣ってくれる方がいるんだけど、そういうときってお互いに引けなくなって疲れちゃうんだよね。
……微塵も気を遣わずにドアを蹴破って入ってくるゼンみたいな人間は論外だけど。
にこにこしながら部屋の隅の方のテーブルと椅子を選んでちょこんと座るユンさん。
ユンさんは半年くらい前からゼンと同じ魔導騎士団にも入団したらしく、最近この宿屋に来る機会が増えた。
だいたい平日は魔導騎士団の団服か、たまーにラフなただのシャツで、休日は私服の装備服。なんだけど、今日は違った。
庶民にしては素材が良さそうな貴族っぽいデザインの服。でも貴族服にしてはフリフリが少ないっていうか、ちょっと騎士服っぽい。庶民でもギリギリ冠婚葬祭のときには着るかな〜って感じのラインの服装だった。
ユンさんのこの服装を私が見るのは、実は二度目。
一度目はつい先月のことだった。
「ユンさん。今日もまた王城に行くんですか?」
先月はゼンとラルダ様の身内同士の顔合わせを兼ねた食事会があって、ユンさんはそのためにこの服を着てゼンと王城に行っていた。
あのときユンさんは「もう兄ちゃんとラルダさん結婚までしちゃったんで、俺、『王家側は親族紹介とかやるつもりないんだろうな』って最近油断してたんですよ。だからいきなり話持ってこられて本当びっくりしました。……はぁ。今から緊張し過ぎて体調がやばい……。」って、死にそうな顔色をしてゼンと合流して出て行ったんだけど……結局大丈夫だったのかな?
私がそう聞くと、ユンさんはそれまでの笑顔を崩して、まさに「今から愚痴を言います」って感じの険しい顔をして勢いよく話してきた。
「あ、そうそう。ちょっとミリアさん!聞いてくださいよ!
兄ちゃんってば最悪だったんですよ!俺、王妃様の話を聞いたとき本気で脳内に『国外逃亡』の文字が過りましたもん!」
「え?何があったんですか?」
「もう本当、ヤバすぎて信じられないんですけど。兄ちゃん、実は入団してすぐの頃にラルダさん相手に──……
「おいユン!勝手に話してんじゃねえよ!」
ユンさんがなんかヤバそうなことを言いかけた瞬間、3階の客室のドアが開いて、ゼンが怒鳴ってユンさんの声をかき消してきた。
ちょっと!邪魔しないでよゼン!ユンさんが言いかけた話、めっちゃ気になるんですけど!
「兄ちゃんこそ事前に俺にくらい話しといてよ!まじで心臓止まりかけたんだから!
もー!兄ちゃんとラルダさんの仲がなかなか認められなかった一番の原因って、絶対どう考えてもあの話のせいじゃん!入団早々何やってんだよ!」
階段を降りてくるゼンに向かって文句を言うユンさん。
ゼンはそんなユンさんの言葉を全部無視して、そのままユンさんの向かいの椅子にドカッ!と行儀悪く音を立てて座って私に図々しく「おい、ミリア。何か食うもんねえ?」と聞いてきた。
…………コイツ。あんな素晴らしい王女様と結婚したってのに、相変わらず素行不良の暴君すぎる。
ラルダ様は今からでもいいから、本当にゼンでいいのか考え直した方がいいんじゃないかな。
「……まあ、あるけど。昨日の夜の賄い飯が冷蔵庫に残ってますけど。」
「んじゃ、それでいいわ。」
すると、私とゼンのやり取りを聞いたユンさんが眉を顰めてゼンに文句を言った。
「えー?兄ちゃん、今から食べんの?……っていうかまだ着替えてもないし。兄ちゃんが支度すんの待ってから馬車借りに行くんじゃ、昼までに戻ってこれないじゃん。」
「んなもん、走ってきゃいいだろ。馬車なんかいらねえよ。」
「えぇー?んー……まあいいけどさぁ。じゃあさっさと食べてよ?俺、さすがに汗だくの状態で顔合わせすんの嫌だからね。」
私はそんな二人に疑問に思ったことをそのまま聞いた。
「え?今日はこれから王城行くんじゃないの?ゼン。馬車借りてどこ行くつもりだったの?」
私の言葉を聞いたゼンは怠そうにしながら雑に答えた。
「違えよ。今回はユンの方だっつの。」
「え?どういうこと?」
私が思わず聞き返すと、ユンさんが苦笑しながらゼンの代わりに答え直してくれた。
「今日の昼は、俺の婚約者の家の方々との顔合わせがあるんです。
で、その予定の前に、昨日兄ちゃんが近くの街で見つけた魔導銃を買いに行きたいーって言うから、それに付き合うつもりで早めに来たんです。……兄ちゃん、まだ全然準備してませんでしたけど。」
「ええっ?!?!」
私は思わず大声で叫んでしまった。
「ゆゆゆ、ゆゆ、ユンさん!!ユンさんって婚約してるんですか!?!?」
えー!?びっくり!
いや、ユンさんに恋人いても全然おかしくはないんだけど!でも本当にびっくり!
だってユンさん、宿屋に来るときは全然そんな雰囲気出さないんだもん!
いつでも「弟」全開って感じで、あんまり「男の人」感が無いっていうか……なんか失礼な言い方になっちゃうけど……でもとにかく意外!意外な一面!
私の中でのユンさんの印象が一気に変わっちゃった!
「あっ、ハイ。……一応。」
少し照れくさそうに笑うユンさんに、休暇初日の私のテンションはいきなり最高潮になった。
「えー!?おめでとうございます!っキャー!お相手はどんな方なんですか?!」
「おいミリア、うっせえよ。さっさと飯持ってこいよ。遅れちまうだろ。」
私がはしゃぎかけたところで、ゼンが横から厚かましく催促してきた。
「兄ちゃん!図々しいにも程があるって!」
ユンさんはゼンを咎めながらも、私に申し訳なさそうにしながら「……ということで、今日はあんまり遅刻もできないので、本当にすみませんが……兄ちゃん用にその賄い飯、いただいてもいいですか?」とお願いしてきた。
「……兄ちゃんが飯食ってる間に話しますんで。」
ユンさんが何かを諦めたような目をしながら、ボソッと付け足す。
兄の無礼のお詫びとして、私の雑談に付き合ってくれるつもりなんだろう。
……ユンさん。こんな暴君みたいなお兄さんを持っちゃって可哀想に。今までも尻拭いには苦労してきたんだろうな。
でも!私はユンさんの婚約者が気になるから、ユンさんには悪いけど話は聞かせてもらいます。遠慮はしません。
「もちろんです!すぐに持ってきますね!」
私はそう言って厨房に駆けていって、急いで冷蔵庫からビーフシチューを取り出した。
◇◆◇◆◇◆
「はい、どうぞ。一晩寝かせた冷製ビーフシチュー。」
「冷製っつーか、温めんの面倒臭がっただけだろ。」
「出してもらっておいて文句言わないの!兄ちゃん。さっさと食いなよ。」
「そうだそうだー!」
私とユンさんの方を見て軽く舌打ちをしてから、ゼンは大人しく冷製ビーフシチューを食べ始めた。私は二人と同じテーブルに着いて、さっそくユンさんに質問をした。
「──それでそれで!?ユンさんの婚約相手って、どんな方なんですか?」
さすがにゼンみたいな驚愕の展開は無いだろうけど、それでもやっぱり気になっちゃう。だってこのゼンの弟さんだもん。
ユンさんは私の期待に満ちた眼差しを受けて、困ったように眉を下げながら笑った。
「いやぁー……全然、兄ちゃんと違ってそんな面白い話はないですよ。普通に、学生時代の同級生です。」
「キャー!いいじゃないですか!素敵じゃないですか!王道!鉄板!それはそれで最高なんですよユンさん!」
「オイ。どこが『普通』なんだよ。付き合い始めから婚約まで一部始終やべえだろうがテメェはよ。」
冷製ビーフシチューをスプーンで掬いながらゼンが横槍を入れてくる。
そんなゼンを今度はユンさんが完全に無視して、私に「そうですかね?……何だか照れますね。ありがとうございます。」と言ってにっこりしてきた。
………………。
…………分かる。分かるよ?
ユンさんが今のゼンの不穏な言葉を笑顔で誤魔化して無理矢理スルーしようとしてるのは分かる。深く突っ込まれたくないんだろうな。
……うん。人としては完全にユンさんの方を取ってあげたい。ユンさんの気持ちを尊重したい。
悪人のゼンよりも善人のユンさんの思いを汲んであげたい。
けど──ごめんなさい!ユンさん!!
「え?ユンさんの彼女って、普通じゃないんですか?」
私はユンさんの気持ちよりも自分の興味を優先して、ゼンの発言を拾うことにした。
「はいユン〜お前の負け〜。ミリアの野次馬根性と性格の悪さを見誤ったな。コイツのこと信用しねえ方がいいぞ。」
ゼンがニヤニヤしながらユンさんを揶揄う。
「もー!余計なこと言わないでさっさと食ってよ!」
ユンさんがゼンのことを睨む。
「でもミリアさん。別に本当に普通ですよ?本当にただの同級生ですし。それ以上のことは何も無いです。」
えぇー?本当かなぁ?
まあ、それでも全然いいんだけど。王道かつ鉄板の平和な彼女の話を聞くのも、それはそれでときめけるし。どっちにしろ聞きたい。
「そういえばユンさんって、どこの学校に通ってたんですか?」
「王立魔法学園の中央校です。ここからけっこう近いところですよ。」
「ああー!あのバカでかい要塞みたいな学園ですか!へぇー、そうだったんですねー……って、えぇええぇーっ?!」
私の驚く声にユンさんがビクッと怯える。
「えっ?!何ですか?!急に!」
「いやいやユンさん!王立魔法学園ですか?!それ全然普通じゃないじゃないですって!
だってあそこって、超超超超超〜お金持ちの貴族の人たちしか行けない学校ですよね?!っていうか、庶民は普通入れないですよ?!そもそも魔法使えないと──」
そこまで言いかけて私はハッとした。
「あっ!そっか!ユンさんもゼンも魔法使えるんだっけ!」
そういえばそうだった。
二人とも魔導騎士団に入ってるわけだし、もちろん知ってはいたんだけど……どうしてもこう、庶民同士で話してると魔法の存在って忘れちゃうんだよね。貴族様が使ってたり、ウチの冷蔵庫や通話機みたいな魔導器具に使われてたりするイメージしかない。
ゼンは「お前、今さらかよ。」って呆れてて、ユンさんは「まあ、気持ちはわかります。普通に生活する分には魔法なんて使いませんしね。」って頷いて同意してくれてる。
……この人たち、本当に兄弟かな?ユンさんに善人成分を全部吸い取られちゃったんじゃない?ゼン。
でも、それからユンさんは屈託のない笑顔で、
「たしかに学費はものすごく高くて大変だったんですけど、でも7年間ずっと、兄ちゃんが頑張って稼いで仕送りし続けてくれたお陰で通えたんです。」
と言って、嬉しそうに私に話してくれた。
「『こんなに高いところじゃなくてもいいよ』って思って、実際そう兄ちゃんにも言ったんですけどね。地方の魔法学校とかもありましたし。
でも兄ちゃんが『どうせならお前が満足できるところに行け。せっかく勉強できんだからケチんな。』って言って、それでいて本当に俺のことを一番いいところに通わせてくれたんです。
無事に卒業して仕事にも就けたし、兄ちゃんには感謝しかないです。」
「……そうだったんですね。」
……そっか。それでゼン、魔導騎士団員のくせに万年金欠っぽかったんだ。
宿代も毎回ギリギリの支払いだったから「本当は野良不良冒険者かのかも」なんて疑ったこともあったけど……そういう事情だったんだね。
なんだ。ゼンは弟のユンさんのために、ずっと生活費を切り詰めて、毎日すっごく頑張ってたんだ。
「……ゼン。アンタ、いいお兄さんじゃん。」
私が素直にゼンを褒めると、ゼンは白けた目で私を見ながら指摘をしてきた。
「馬鹿か。ユンにいいように話逸らされてんぞ。」
「──ハッ?!」
ユンさんがゼンの方を睨みながら「チッ!」と小さく舌打ちする。
意外。ユンさんも舌打ちなんてするんだ。
……やっぱり兄弟かも。この人たち。
「ちょっとユンさん!誤魔化さないでくださいよ!
……っていうか、そうですよ!そんな学園の同級生ってことは、もしかしてユンさんの彼女、貴族のご令嬢なんですか?!」
「ええ、まぁ。」
話題逸らしに失敗したユンさんがちょっと不貞腐れ気味に答える。
「キャー!?兄弟揃ってすごいじゃないですか!逆玉の輿!格差婚!小説みたーい!」
ゼンが「テメェはまじで金のことしか頭にねえな。」って言って呆れてるけど、仕方なくない?
「だって『貴族の人と恋に落ちて、身分の壁を越えて結婚する』なんて、庶民なら誰もが一度は憧れる一発大逆転の大金持ちドリームじゃん!」
「俺はまだ結婚してませんけどね。」
「ミリアお前、そんなん考えてたことあんのかよ。あーあ、ハルに次会ったときに言っといてやるか。」
「ゼンは黙れ!言ったら承知しないからね!」
私の場合は、子どもの頃に読んだただの絵本の話だから!
お年頃の女の子は誰だって物語の中の王子様に憧れる時期があるもんなの!それこそクラウス様みたいなね。
……でも、だんだん大きくなってきて気付くんだよね。現実はそうロマンチックなことばかりじゃないって。
庶民の女の子の前に白馬に乗った王子様は現れない。
実際は庶民は庶民同士で、平和に等身大の恋をして、変わらず慎ましく生きていくもんなんだ……って。
そんな平凡な日々が、庶民の私たちの「幸せ」なんだ……って。
まあ、諦めずに夢を見続けてる人もたまにいるけど。
知り合いにも何人かいる。貴族の人たちが行くようなお洒落なお店ばっかで働いて、必死にご令息にアプローチして、あわよくばお付き合いしようとしてる子。あと、クラウス様と本気で付き合えると信じて毎回討伐遠征の隊列にアピールすることに命を懸けてる子。
でも、ゼンとユンさんはそんな一見無謀な夢を二人して叶えちゃってるんだよね。
そう考えると、そういう知り合いの子たちも、もしかしたらもしかしちゃうのかもしれない。なんだか私の庶民としての感覚が麻痺しちゃいそう。
「ユンさんの彼女ってどんな人なんですか?同級生って言ってましたけど、学生の頃から付き合ってたんですか?きっかけは?告白はどっちから?!」
「……普通の公爵家のご令嬢です。知り合ったのは高等部1学年のときですけど、付き合い始めたのは卒業してからです。
きっかけというか、告白はまぁ……向こうからお話をいただきました。さすがに俺からはちょっと。庶民ですし。」
ユンさんはいよいよ本格的に諦めたのか、淡々と事実を教えてくれた。
なんだか、黙秘や偽装を断念してついに自白し始めた犯人みたい。
「……告白、な。」
ゼンがビーフシチューを食べながら意味ありげにポツリと呟く。ユンさんはそんなゼンの足をテーブルの下で蹴りつけた。
「イッテ!」「いいから早く食って。」
へーぇ、ふぅーん。卒業してからかぁー。
ユンさんってけっこう誠実そうだし冒険もしなさそうだし、一人の人と長く穏やかにお付き合い続けそうなイメージがあるから、てっきり在学中からずっとお付き合いしてるのかなーって思ってた。けど、違ったんだ。
卒業してから……っていうと、ユンさん、たしかまだ仕事始めて1年半くらいしか経ってないよね?庶民の私からすると、お付き合いから婚約までけっこう早かったんだなーって思う。
政略結婚とかがある貴族の人たちはまた感覚が違うのかな?割とすぐに婚約するもんなのかも。
それにしても、なんならゼンとラルダ様の方がお付き合い期間が長かったっていうのが、またちょっと意外。ゼンの方が破茶滅茶な恋愛してそうなイメージあったし。
…………って、ん???
「……ユンさん、今『公爵家のご令嬢』って言いました?」
「ハイ。」
「公爵家って、アレですよね?あの、貴族の中でも一番偉いお家。」
「そうみたいですね。」
「たしか王家の次に偉い家格じゃなかったですっけ?」
「そうらしいですね。」
「ひえぇええーっ?!超絶大金持ちじゃないですか!ユンさん、そんなところのご令嬢を落としちゃったんですか?!」
ゼンのお相手は王女様でもう格が違いすぎて論外だけど、ユンさんもすごすぎない?!兄弟揃って何者なの?!
ゼンが宿屋に来てからかれこれ8年以上の付き合いだけど、こんなすごい人たちだと思わなかったよ!
私が興奮していると、ユンさんがちょっと顔を赤らめながら不満気に口を尖らせて、それからボソッと小声で呟いた。
「…………別に俺、金目当てで彼女と付き合ってる訳じゃないんですけど。」
………………えっ、
「えー!?!?ユンさん可愛いー!!」
やばい!今キュンときちゃった!!
ユンさんの彼女様ー!見てますか?!あなたの彼氏、今すっごく可愛いですよー!!
ユンさんはそんな私の反応を見て、顔を真っ赤に染めながらムッとして頬を膨らませた。
「キャー?!ユンさん!何ですかそれ?!リスみたいで可愛いー!!」
「……兄ちゃん。ミリアさんがいじめる。」
「だから言ったろ。コイツ性格悪いって。」
「ハッ!?ごめんなさいユンさん!そういうつもりじゃないんです!でもユンさんが可愛かったからつい!」
「可愛いって……全然嬉しくないです。」
私の弁明に不満を漏らすユンさん。
いや本当に!悪気はなかったんです!ごめんなさい!でも今のは可愛かったから仕方がない!
街角で私と同じ年頃の女性100人にアンケート取ったら99人は確実に「可愛い」って判定すると思う。
私が「ユンさん〜違うんですよ〜!本当すみません!いい意味ですから!」と必死に伝えると、ユンさんは恥ずかしそうにしながら「まぁ、いいですけど。格好良くない自覚はありますし。」と言ってちょっと拗ねた。
そんな姿も可愛いー……んだけど、もうこれ以上ユンさんの機嫌を損ねる訳にはいかない。
ということで、私は気を取り直して話を続けることにした。
「ユンさんは彼女のどこに惚れたんですか?どんなところが好きなんです?」
お金目的じゃないのはもちろん分かってるし、今ユンさん自身もそう言ってたけど……ってことは!じゃあ他にちゃんと惚れちゃうポイントがあったってことですよね?!恋愛的な意味で!
ユンさんは「あっ、まだ質問続くんですか。」と死んだような目で宙を見た。
「ユン。ミリアの厚かましさを舐めんなよ。」
「ユンさん、ごめんなさい。ゼンが食べ終わるまでの辛抱ですよ。」
私たちの開き直った態度を見たユンさんは溜め息をついて「ってか、兄ちゃんまじでさっさと食えよ。」と今日何度目か分からない催促をした。
私はそんなユンさんに質問を再開する。
「で、どこら辺に惹かれたんですか?
やっぱり、ユンさんも彼女の『笑顔』に惚れちゃったとか?」
ゼンはラルダ様の笑った顔にやられてたみたいだし。ユンさんもそうなんじゃないかな。兄弟だもんね。
……っていうか、恋人の笑顔は誰にとっても特別なんじゃない?なんやかんや、私も恋人のハルの笑った顔が一番好きだもん。
そう思って私が前のめりになって訊いたら、ユンさんは今度は照れたりせずに、何故か目を見開いて私の方を見て、黙り込んでしまった。
「……………………。」
「……ユンさん?」
急に静かになったユンさんに何だか少し不安になる。茶々を入れながらだらだらと賄い飯を食べていたゼンも首を傾げた。
すると私たちの困惑に気付いたユンさんが、ユンさん自身も驚いたような顔をしながら、驚くべきことを口にした。
「そういえば俺、彼女が笑ってるの……まだ見たことないです。」
「「はぁ?」」
私とゼンが揃って声を上げる。
「えっ?だってユンさん、もう婚約してるんですよね?え?そんなことあります?」
「高等部の1学年から関わり自体はあったんだろ?知り合ってもう4年以上じゃねえか。」
「うん、まぁ……そうなんだけど。」
ユンさんが何だか自信無さげにしょんぼりとしていく。
「ユンさん!ちゃんと思い出してください!本当の本当に、一回も見たことないんですか?彼女が笑ってるの。
ほら!えーっと、お付き合いし始めたときとか、プレゼントあげたときとか。」
「お前、まじでどんな奴と付き合ってんだよ。アスレイからもお前からも碌な話聞かねえんだけど。」
思わずそう口にした私たちを見て、ユンさんは何だか拗ねたように口を尖らせた。
「そんなこと言われたって……俺も今気付いたんだもん。」
ユ、ユンさん……。
同情とも憐れみとも言えない微妙な空気が流れる。
ユンさんの彼女……本当に、どんな人なんだろう?たしかにゼンのいう通り「普通」ではなさそう。
私が少し静かになっていたら、ユンさんが壁の時計を見て「あー!ってか、もうこんな時間じゃん!まじで兄ちゃん早くしてよ!」と声を上げた。
「もー!あと10分で用意できなかったら午前中は別行動にするから。銃は一人で買ってきてよね。昼前に手土産も調達しなきゃいけないんだから。」
それを聞いたゼンはささっと残っていたビーフシチューを飲み干して「ごっそさん。着替えてくるわ。」と言って3階の部屋に入って行った。
「え、ゼン。急に素直じゃん。そんなにユンさんと一緒に買い物行きたいのかな?」
私がそう言って首を傾げると、ユンさんが呆れたように笑った。
「違いますよ。ただ兄ちゃんは銃をちょっとでも安く買いたいだけです。俺を連れてって値切らせようってだけですよ。
でも早く買わないと誰か他の人に買われちゃうかもしれないんで。週は跨ぎたくないんだと思います。」
……値切り?
「ユンさんって、値切るのが得意なんですか?」
「うーん……まあ、自分で言うのもなんですけど、割と得意な方ですかね。俺たちずっと貧乏だったんで、値切らざるを得なくて仕方なくやってたら、不本意ながらちょっと上手くなりました。
さすがに食品や日用品なんかはいちいち値切りませんけど……魔物狩りに使う武器や装備なんかはやっぱり高いんですよね。だからそういうでかい買い物をするときには交渉します。」
「なるほど。」
私は武器や装備の相場が分からないから、どのくらいの金額の話なのかさっぱり見当つかないけど……でも、たしかにけっこうなお値段になりそう。
「ちなみに、ユンさんの今までの最高記録は?」
私が質問すると、ユンさんは首を捻って目線を上に向けながら考えた。
「うーん……最高かどうかは忘れちゃいましたけど、兄ちゃんが今使ってる魔導銃はけっこう安く買えた気がしますね。3年前くらいかな?
一丁200万リークのやつを130万リークで買いました。」
「えぇぇえぇ?!凄すぎますって!!」
っていうか、魔導銃ってそんなにするの?!
ゼンがいつも部屋のテーブルの上に放っておいてるアレ、一丁200万もするの?!
「70万も浮かせるなんて……ユンさん天才ですか?!買い物王?!」
「いやぁ、それほどでも。」
「いやいや謙遜しないでください!もっと特技として誇るべきですよ!そりゃゼンも一緒に買い物行きたがりますって!」
ユンさんは「ケチくさくて恥ずかしい特技なんであんまり大っぴらに自慢はできないんですけど。」と苦笑して、それから「金額がでかいと交渉にも時間がかかるんで、本当に早くして欲しいんですよね。兄ちゃん。」と不満を言った。
そういうことだったのね。それで今日ずっと早く行きたがってたんだ。ユンさん。
……っていうか、婚約者のご家族との大事な顔合わせの前に値切り交渉させられるユンさん、ちょっと可哀想かも。
ただでさえ緊張で落ち着かないはずだもん。せめてゼンはもっと早く準備してあげなよ。
「それにしても、そんな高いものを3年くらいで買い替えなきゃいけないなんて、魔導騎士団って過酷なお仕事なんですね。お給料が高いのも頷けます。」
しかもゼンはずっとユンさんの学費も払ってたし。本当に去年まではジリ貧だったんだろうな。
私がそう納得していると、ユンさんも一緒になって頷いた。
「そうなんですよ。討伐だけじゃなくて日頃の訓練でもだいぶ使い込むんで、思ったよりも消耗が激しいんです。
だから俺の双剣も、魔導騎士団に入った途端にすぐに刃がダメになってきちゃって。
……そもそも俺、今すんごい安物使ってるんですよね。いい加減買い替えなきゃなーって最近ずっと思ってはいるんですけど。王都じゃ双剣自体あんまり売ってなくて、いいのが見つからなくて困ってます。」
「ちなみにユンさんの双剣は、おいくらなんですか?」
「2本で23万です。値切り前は30万。」
「安っ?!」
武器の相場は分からないけど、ゼンの使ってる銃に比べたら安すぎない?!
「しかももう、かれこれ4年くらい同じもの使ってるんで。予備も持ってないんでまじでヤバいです。
クラウス隊長と手合わせする度に、あの大剣の一発で折れるんじゃないかって毎回ヒヤヒヤしてます。……ってか実際折れると思うんで、双剣では受けずにずっと逃げてます。」
「ユンさんこそすぐに買い替えるべきじゃないですか!」
「ですよねぇ。ミリアさんもそう思います?
はぁー……やっぱり、あのとき氷牙豹のやつ買ってもらっちゃえばよかったかなぁ。アレも魔導騎士団で使うには安めだったけど。こうなるなら前借りってことにしちゃえば良かったかも。勿体無いことしちゃったなぁ。……でもあのときは無理だったよなぁ。さすがに予想できなかった。」
ユンさんが一人でぶつぶつと何かを後悔をし始めた。
「うーん、やっぱり特注にするしかないかなぁ。
ふっ……俺が特注武器を持つ日がついに来ちゃうのかぁ。まぁ、仕事始めてから金も貯まりだしたし?ちゃんと自分で稼いだ金だし、いいよね?ちょっとくらい奮発しても許されるよね?
……いやぁー!やばいなー!素材何にしよっかなー!基本属性何にしよっかなー!純粋強度も大事だけど、とにかく魔力伝導率高いやつがいいなー!」
かと思ったら、ユンさんが一人でにやけだした。
……何だかすっごく楽しそう。両袖を捲って両手を不自然に動かしながらニヤニヤするユンさんは完全に不審者だけど。……何してるんだろ。
「おいユン。さっさと行くぞ。」
散々ユンさんを待たせていたゼンが、3階から降りてきて悪びれもせずにユンさんに声を掛けてきた。
「おおー!悔しいけど、まともな服着るとやっぱり格好いいね!ゼン。」
私は素直に感想を漏らす。
ゼンも今、ユンさんに似たような騎士服っぽい貴族服みたいなのを着てきたんだけど、背が高くてスタイルがいいからばっちりビシッと決まってる。
しかも強そう。貴族様特有のお上品さに欠ける分、逆になよなよした印象がないっていうか、頼りになる騎士様って感じがする。
「っつーか、首が凝るんだよなーこれ。まじでアスレイ尊敬するわ。毎日よく着てんな。こんな怠い服。」
ゼンが私の感想を聞いて眉を顰める。そして首に手を当てながら回してゴキゴキと鳴らした。
「分かるー。なんか貴族向けの服って、首元までかっちりしてて嫌だよね。俺、学園の制服のネクタイですら耐えられなくて外しちゃってたもん。」
「動き辛えー……脱ぎてえんだけど。」
「兄ちゃんはまだ1分しか着てないじゃん。俺もう1時間も着てるんだよ?もうちょっと頑張んなよ。」
「そう言うお前も腕捲ってんじゃねえよ。皺になんぞ。」
「あっ、無意識だった。この袖口が嫌で仕方なくて。」
……二人とも、黙ってれば似合うのに。言動で台無しになってるよ。
でも私も貴族様のドレスを着たら、そうなっちゃうんだろうなぁ。コルセットなんか絞められたら「ぐぇっ!」とか言っちゃいそう。
いかに見た目を一瞬だけ取り繕おうと、庶民の付け焼き刃では限界があるってことね。服の着こなしって難しい。
「んじゃ、行くか。走り辛えけど。」
ゼンの言葉にユンさんが立ちあがる。
「それじゃ、ミリアさん。朝からお騒がせしました。お邪魔しました。」
「いえいえ!こちらこそ調子に乗っていろいろ聞かせてもらっちゃってすみませんでした!ありがとうございました!」
そうして二人は宿屋の外に出て行った。
私も少し遅れて外に出て「顔合わせ、頑張ってくださいくださいねー!」と後ろ姿に向かって手を振ると、ユンさんは振り返ってお辞儀をしながら「ミリアさんも!良い休日を!」と笑ってくれた。
ゼンは何も言わなかったけど、いつもよりも機嫌が良さそうにユンさんを見ながら笑ってた。
……さてと。そろそろ私も動きますか!
朝からいろんな話を聞けたし。なんだかいい日になりそう。
今日は早速、新しい服を買いに行こうっと。
服を選ぶときって、つい「仕事日でも着れるやつ」とか「家で洗濯しやすいやつ」って考えちゃうんだけど。
今日のゼンとユンさんを見ていたら、お洒落で綺麗めな服もたまにはいいかもって気分になってきた。
せっかくだから、今日は思いきってずっと憧れてたあのお店に行っちゃおうかな。20歳を超えてもっと大人な女性になってからーって思ってた、ちょっと高級な服飾店。
そこで、ドレスじゃないけど、貴族様も着るような綺麗なワンピースを見てみよう。そういうのを着てお姫様気分を味わうのも悪くないよね。
そんなことを考えながら、私は出かける支度をした。




