幕間 ◇◆ 傷の在処と記念品
おまけの寄り道。答え合わせをする気がない第27期生二人による予想編です。(これを除いて、全16話です。)
時は少し遡り、ラルダの婚礼式典の1ヶ月前になります。
クゼーレ王国第一王女、ラルダの婚礼式典まであと1ヶ月。
王都の店ではどこもかしこも、第一王女の婚礼式典にちなんだ記念グッズやら特別メニューやらを展開している。
商魂たくましいな。ご苦労なことだ。
「……俺はこの『第一王女婚礼式典記念 タゼル・ローストビーフの黒トリュフソース』にでもするか。」
俺がレストランのメニューを開き真っ先に目に入ったものを素直に選ぶと、向かいの席に座っているクラウスが笑った。
「アスレイが頼むとただの嫌味にしか思えないね。
じゃあ僕は『第一王女婚礼式典記念 タゼル・ローストビーフのラズベリーソース』の方にしようかな。」
クラウスは俺と違ってただの好物の肉を注文しているようにしか見えないな。
俺たちはさっそく店員に注文し、料理を待ちながら赤ワインを飲み始めた。
「それにしても、『黒トリュフ』に『ラズベリー』か。
ラルダの髪の色に瞳の色……安直だな。」
「まあね。でもそのくらいしかやりようがないでしょ。分かりやすくていいんじゃない?
あとは何だろうね?……ああ、今日ここに来る前に紅茶店の前を通ったけど、そこは『王室御用達』『ラルダ様ご愛飲』って感じでいろいろ謳ってたよ。ラルダは紅茶好きだから、やりやすそうでいいよね。」
「俺は雑貨屋なども軽く覗いてみたが……まあ、ラルダ単品の商品ばかりだったな。白い花嫁衣装のミニラルダ人形が乗ったオルゴールもあったぞ。少々値は張るが、オルゴールも人形も意外と質は良かった。……あとは黒剣の模擬刀もあったな。」
「あ!そんなのあるの?じゃあその2つをゼンへのプレゼントにしちゃう?変な顔して怒ると思うけど。絶対面白いでしょ。
それに、なんだかんだで良い記念になると思うし。」
同期思いな心優しい俺とクラウスは、同期のゼンとラルダの結婚祝いのプレゼント選びのために、今日は二人で会っていた。
もともと婚約祝いだけのつもりだったのだが、渾身のプレゼントを贈ったときの反応が予想以上に面白……嬉しそうだったことで、俺たちは味を占めた。結婚まで1年も間が空いたことだから、もう一回贈っても良いだろうという話になったのだ。
それはそれで良いサプライズになるに違いない。婚約祝いをもう既に貰っているから、まさかもう一度プレゼントが来るとは思わずに油断しているはずだ。
この不意打ちで、またもう一度面白……喜んでもらうとしよう。
お互い多忙な中で時間を割いて、わざわざ二度もプレゼントを真剣に選ぶなど……ああ、なんて友情に厚い人格者なんだ。俺たちは。
感謝しろよ、特にゼン。
まあ、今日決まりきらなくても問題はない。1ヶ月後の婚礼式典──の後の、次の同期会の日までに用意できればいいからな。1ヶ月半ほどの猶予はある。
「ラルダに贈る用に、花婿衣装を着たミニゼン人形のオルゴールもあればいいのに。婚約者の非公表が悔やまれるね。」
クラウスが冗談半分で軽くぼやく。
実際、リレイグ第一王子とフィリア・コーリンベル嬢の婚礼式典のときは、二人をモチーフにした商品が多かった。
二人の瞳の色……茜色と新緑色のグッズが王都中に溢れていた記憶がある。
それに対して、ラルダの場合はラルダ一人のものばかりだ。
今日のレストランのメニューも、無理矢理2種類にして「対になっている」感を演出しているが、ラルダとラルダのローストビーフだ。……ただのラルダじゃないか。第一王女の誕生祭と何も変わらないな。
国を挙げての盛大な祭りの中に、このようにゼンの存在が微塵も感じられないというのは……同期の友人としては、少しばかり虚しく感じる。
──だが、それ以上に「あの二人らしい」と感じるな。
どこにいても何をやっても最終的に誰よりも目立つ、天性の華とカリスマ性を持つラルダ。
高い身長に目立つ顔面、最強の実力を持ちながら、根っからの照れ屋で恥ずかしがり屋のゼン。
第一王女と平民という身分差があろうとなかろうと、単純に二人の性質を考えれば自然とこうなってしまうだろう。
……そう考えると「ラルダだらけでゼンがいない」というのは、虚しがるようなことでもないかもしれない。むしろ愉快な光景なのではないだろうか。
「渡すまでに期間もあることだ。土台となるオルゴールを買って、特注で上に乗せるミニゼン人形を作ることも可能だろう。
…………やるか。」
俺がそう言うと、クラウスは声をあげて笑った。
「あっはっは!アスレイってオーネリーダ公爵家の長男の割に全然服の特注とかしないけどさ、こういうときだけ思い切りがいいよね。」
「金はここぞというときに有意義に使うものだろう。」
「花婿ミニゼン人形が?」
「当たり前だろ。大切な友のためだからな。今使わなくていつ使うんだ?」
「それゼンに言ったら『今じゃねえだろ!ふざけんな!』って言われるよ。」
「照れ屋なゼンの照れ隠しだろう。素直に本音が言えないだけだ。」
「アスレイの考えるゼンの本音は?」
「『素晴らしいプレゼントをありがとう親友。……ラルダ、これからはこのミニゼン人形オルゴールをいつも側に置いてくれよ。俺らが討伐遠征で会えない日も、このオルゴールのメロディーを聴いて眠りな。』」
「それ言ってみたら?いい加減ゼンに殴られるよ。」
「四大公爵家の長男に暴行を加えるとは良い度胸をしているな。次は法廷で会うか。」
「じゃあ次々回の同期会の開催場所は法廷だね。」
あっさりと二人へのプレゼントが仮決定したところで適当にクラウスと会話をしていると、ほどなくして注文した料理が届いた。
そして俺たちは、黒ソースと赤ソースのローストビーフを食べ始めながら、互いの近況報告へと話題を変えた。
◇◆◇◆◇◆
「──そういえば、ユンの様子はどうだ?
お前の部隊に所属しているんだろう?俺は直接ユンの戦闘を見たことがないからな。実際のところ、うまくやれているのか?」
俺は笑顔でローストビーフを堪能しているクラウスに、彼の新たな部下となったらしいユンの話を振った。
パラバーナ公爵家の双子兄弟の誕生日パーティーでの「突然の愛の告白ショー」以降、俺はユンには直接会っていない。時折ゼンから話を聞く程度だ。
現在、俺の中でのユンの最新情報は「何やかんや例の公爵令嬢とは続いてるっぽい」と「ユンが魔導騎士団にも入団してクラウスの隊に所属した」だ。
まあ、セレンディーナに関しては今のところ問題ないならば別に良いとして……魔導騎士団の方については個人的に気になる。
ユンの戦闘力に関しては、俺たちが宿屋「クゼーレ・ダイン」で話したときにゼンとユンから聞いた情報程度しか俺は知らない。
あとは一応、講師として学園の授業で魔法は見ていたが……それは授業内容に沿って指定された魔法を使っていくだけのものだったから、恐らくあまり参考にならないだろう。
俺がそう聞くと、クラウスは笑顔のまま……少しだけ真剣な表情になり、俺に衝撃の事実を伝えてきた。
「ああ、そうか。アスレイはまだ見たことないか。ユンの戦闘。
僕も初めて見たときは衝撃だったんだけどさ、
──ユン、無詠唱魔法と詠唱魔法を同時展開できるんだ。」
◇◆◇◆◇◆
「……どういうことだ?」
意味が分からなかった。
俺が微妙な表情をしていると、クラウスが苦笑いをした。
「あはは。最近は僕も見慣れてきちゃったから感覚が麻痺しかけてたな。うん、アスレイの反応を見て改めて思ったよ。
……あり得ないよね。」
それからクラウスは詳細を語った。
「僕たちがゼンの宿屋でユンを魔導騎士団に勧誘したとき、ゼンが言ってたでしょ?『ユンは双剣で魔法撃つ』って。
僕、そのときは『ああ。ユンは双剣を杖に持ち替えなくても、そのまま中衛のような魔法も撃てるんだ。』って思ってたんだよね。
だから、『どっちも一つの武器でできるなんて器用だなー』って感心してた。」
「まあ、俺もそう思ったな。」
「でもさ、実際はそんな次元の話じゃなかったんだ。
ユンは、近距離で『無詠唱』の強化魔法を付与して双剣で打ち合っている最中に、攻撃魔法の『詠唱』を進めることができる。
それで、身体強化魔法を使って剣を振り続けながら、その場でいきなり大規模攻撃魔法も放ってくるんだ。」
俺は一瞬だけ間をとってクラウスの説明を咀嚼した。そして、当然の感想を言った。
「そんなこと、不可能だろう。」
「でもユンにはできちゃうんだよ。」
クラウスはあっさりとそう返してきた。
複数魔法の同時展開。「身体強化魔法を掛けながら属性魔法を剣に付与する」といったような別系統の無詠唱魔法の同時展開までならば理論上は可能だが、それでも難易度はかなり高い。
……まあ、魔導騎士団の前衛たちであればできるが。ラルダの得意技である闇属性を乗せた斬撃などが、まさにそれだ。
しかし、さすがに無詠唱魔法と詠唱魔法の同時展開などという芸当は誰もできない。
……超人的な天才ラルダであっても。
体内にまったく別の魔導回路を二種類持っているようなものだ。
例えるならば、体内に心臓が二つあって、赤い血液と青い血液の二種類が別々の血管を通って全身を巡り続けているような──そのレベルのあり得ない現象だ。
俺は驚きとともに、ただ強い興味をもって尋ねた。
「ユンはそれをどうやって実現させているんだ?
クラウスはユンに方法を聞いたことがあるか?」
俺の質問にクラウスは完全に笑顔を消して、真面目な顔になって答えた。
「うん。ユンの入団初日にね。『どうやってるの?』って部隊ごとの訓練のときに聞いてみたんだ。
そうしたらユンは……ただ首を傾げて不思議そうに『うーん、普通にやってます。』って言ってた。
『学園の授業で無詠唱魔法と詠唱魔法の同時展開を全然扱わなかったの、何でだろうとは思ってたんですけど。……そっか。これ、普通はやらないもんなんですね。』だって。
それから『え?これってなんかデメリットとかあるやつですか?やめた方がいいんですかね?……もしかして初等教育の範囲内の常識だったりします?そこら辺は俺、一応教科書を買って独学で読んではいたんですけど……』って、不安になって目を泳がせてた。
だから『大丈夫だよ。僕たちみたいに魔法を教科書通りに学んできた一般的な貴族は、ユンみたいに同時には扱えないってだけだから。我流でそのコツを会得してたなら、すごいことだよ。』ってフォローはしておいた。」
いくら我流だったとはいえ、やはりあり得ない。
…………普通ならば。
俺がそう感じていたら、クラウスが続けて言った。
「だから僕、ゼンにも訊いたんだ。
『あのユンの魔法、どうやって習得してたかゼンは知ってる?本人は普通にやってるだけって言ってたけど。生まれつきの才能っていうか、体質?』って。」
それから、クラウスは一瞬言葉を詰まらせた。
「そしたらさ、ゼンが教えてくれた。
『ユンが魔法をああいう使い方しだしたのは、ウェルナガルドが全滅したあの日からだ。』
……だって。」
◇◆◇◆◇◆
「……何となく、今のお前の表情から予想はついたが。やはりそうか。」
俺が呟くと、クラウスは頷いた。
「うん。ゼンが言ってた。
『あの日、ユンは最初、俺に無詠唱で身体強化魔法と回復魔法を掛けながら、防御魔法を貼り続けてた。
……ただ、それだけじゃ間に合わなかった。
俺らはあっという間に何匹もの上級魔物に囲まれて……俺の銃だけじゃ、倒しきれなくなった。
そんで、俺がいよいよ死ぬと思ったら、後ろでユンがいきなり震え声で詠唱も始めた。
間に合わねえ、このままじゃ死ぬ──って、アイツもあのとき思ったんだと思う。
俺らの目の前に無詠唱の防御魔法貼ったまま、アイツは覚えたばっかの広範囲の水属性魔法を詠唱しだして……で、周りにいた火属性の魔物たちの攻撃を弱体化させた。そのお陰で、俺は何とか隙をついて一体倒して囲まれてるところから抜け出せた。
そっからまた追ってくる魔物を倒しきってウェルナガルドから出るまで、ユンはずっと無詠唱魔法で俺を回復し続けながら詠唱魔法を撃ち続けてた。』
……それで、ゼンは最後にこう言ってた。
『ユンはその日の記憶を嘘で塗り替えちまったからな。ユンに習得方法なんて聞いても、アイツにも分かんねえだろ。
……っつーか、俺はもともと詠唱魔法自体ほとんど使ったこと無かったから、ユン見てても何とも思ってなかったけどよ。……やっぱアレ、あんま良くねえの?やめさせっか?』
って。ユンと同じようにちょっと不安がってた。」
………………。
「何というか……つくづく俺たちとは感覚がズレている兄弟だな。」
ゼンとユンの生い立ちには同情してもしきれない。しかし、二人の「強さ」はその生い立ちがあってこそなのだろう。
唯一無二の異常な「強さ」の代償が、あの日に負った大きな傷。
…………いや。むしろ「強さ」さえも、傷の一つなのかもしれない。
俺の言葉を聞いたクラウスは軽く溜め息をついて笑ったが、その目は珍しく笑っていなかった。
「僕たちは何だかんだゼンとは長い付き合いだけど……まあ、ゼンはもともと自分のことは全然話さない人間だったから、知らないところもたくさんあったじゃん?
ただ最近……ユンが入団してきてさ、それでまたいろいろと見えてくるようになってきた気がする。ゼンはユンのお陰でけっこう自分たち兄弟のことを話すようになってきたし、ユンからもゼンのエピソードをちょくちょく聞いたりするようになったから。
それで僕、思ったんだよね。
──『多分、ゼンにもあるんだろうな。』って。
ユンの『嘘』と同じような……それ一つで精神が砕け散って人生が終わっちゃうような、特大の傷がさ。
ユンみたいに無自覚かもしれないし、自覚してて隠してるのかもしれない。どっちなのかは分からないけど。」
◇◆◇◆◇◆
クラウスはそう言って、目の前の皿のローストビーフを一切れ食べた。
俺はそのクラウスの意見に頷いて、ずっと個人的に思っていたことを口に出した。
「そうだろうな。
……恐らく一生、それこそゼン本人かユンにでも聞かない限り、答え合わせはできないだろうが。
俺もゼンには、これまでにも少し歪みを感じていた。何かあってもおかしくはないだろう。」
するとクラウスは驚いたようにして俺の顔を見て、食事の手を止めた。
「え?アスレイはもう何か気付いてるの?ゼンのこと。」
俺は丸眼鏡を指で軽く押し上げながら、当時のことを思い出しつつ詳しく説明をすることにした。
「俺だけじゃなく、皆見ていただろう。ゼンが入団1ヶ月目にラルダと喧嘩したのを。
クラウスも当然覚えているだろう?そのときのことは。」
クラウスが無言で頷く。
「俺はその当時は違和感を覚えなかった。『いくら正論とはいえ、全滅した故郷についていきなりあのような言い方をされては、ゼンも怒って当然だろう。』と、単にそう思った。」
そのときはある意味、自然な流れに見えた。
ゼンが怒り狂ってラルダを投げ飛ばし、剣でラルダを打ち負かしたことが。
「……ただ、同期としてゼンと関わっていくうちに、俺は遅れて違和感を覚えたんだ。
たしかにゼンは表面上は、庶民らしく暴力的で粗野な男だ。軽い蹴りや威嚇射撃をしてきたり、すぐに『バカ』などの暴言を吐いてきたり舌打ちをしたりな。露骨に機嫌が悪くなることも多々ある。
だが……ゼンはその実、根はかなり辛抱強く、寛大な男だ。滅多なことでは本気では怒り狂わない。
それこそ、あのラルダとの喧嘩の日が最初で最後だっただろう?
……だからこそ、俺は疑問に思うようになった。
──『何故あの日、ゼンはいきなりラルダを投げ飛ばすほどに激昂したのだろうか。』と。」
俺の話を聞いたクラウスは、正しく俺の考えている話の続きを汲み取った。
「言われてみれば、アスレイの言う通りだね。
……うん。僕たちの知るゼンだったら、もしあんな風に言われたとしたら『ふざけんなテメェ。いい加減黙れ。二度と話しかけてくんな。』って低い声で言って、その後さっさと帰っちゃうだろうね。顔も見たくないって感じで。
自分が相手に本気で手を上げちゃう前に、ちゃんとコントロールすると思う。
ゼンってけっこう、本気で不愉快になったり機嫌が悪くなったりしたときには『その場からいなくなる』って選択肢を取る気がする。自分の気持ちの収拾がつくまで。
僕たちがゼンの宿屋に勝手に来ちゃってたのがバレたときなんかも、まさにそうだったけど。
……そう考えると、たしかに不自然かも。
喧嘩した次の日にゼン自身も言ってたけど、よりによって相手は女性で、しかも王女様だったのにね。」
俺はクラウスに同意した。
「ああ。そういうことだ。
ゼンにしてはあり得ない。今思えば、あまりにも不自然だ。
故郷のウェルナガルドのことに触れられてそうなってしまったのかと考えたこともあったが……。
だが、その喧嘩以降の場面では、ゼンは意外と普通に『ウェルナガルド』自体には触れていただろう?それを怒る様子もなかった。
同期会でのラルダの志望動機の話のときもそうだった。
俺は第1部隊でよくゼンと共にいたが、当時ドルグス隊長にゼンが不眠の件を問い詰められていたときも同様だ。嫌そうではあったが、結局素直に話していた。
だから……俺は一つ予想をしている。
恐らく、ゼンにとっての逆鱗は──……『ゼンの両親』だろう。
そしてそこに何らかの傷があるはずだ。」
◇◆◇◆◇◆
「…………なるほど。」
クラウスが静かに相槌を打つようにして呟いた。
「さすがに単語自体を拒否している訳ではないと思うが。『親父』『お袋』というのも、ゼンからはこれまでも何度か聞いているしな。
それこそ俺たちがクゼーレ・ダインを訪問したときも、宿屋の主人から間接的に父親の形見の銃のことを聞いた。
それから、ゼンが語ったウェルナガルドの悲劇当日の話。あの話のときも、ゼンは両親の死の場面について淡々とした口調で触れていた。……不気味なくらいにな。」
「うん。……たしかに、そうだったね。」
クラウスは俺の話を聞きながら一度頷き、それから遅れて首を傾げた。
「……ん?
じゃあ結局『ご両親』の話題も、さっき言ってた『ウェルナガルド』の話題と変わらなくない?ゼンは普通に話してるじゃん。
その後に僕たちと夜通し飲んだときも、ゼンはユンと普通に話してたよね?似ていない兄弟って話題の中で、ユンが『兄ちゃんは本当に見た目も中身も父ちゃんそっくりで、母ちゃん成分ゼロだもんね。』ってゼンに振ったときも『そう言うテメェはお袋まんまだかんな。』ってあっさり返してた記憶があるけど。」
その疑問はもっともだ。俺はクラウスの言葉を特に否定することもなく頷いた。
「まあな。
俺が必要以上に気にしすぎているのかもしれない。ただの勘違いの可能性も高い。今言った理由も後付けに過ぎないからな。
……だが、たしかにゼンは、ラルダに両親のことを触れられた瞬間に逆上した。その事実が俺の中で引っかかっている……というだけだ。」
俺は最後に、現時点での自分の推測を言った。
「まあ、何と言うことはない。あの状況でのゼンの発言を額面通りに受け取っただけの、俺の単純な予想だ。
ラルダに激昂したときの『テメェが親父とお袋を語るんじゃねえよ』の言葉……そこに恐らく何かがあるんだろう。
──自分とユンはいいが、他人には両親を語られたくない。
──何か基準があり、それ以上は両親に言及されたくない。
そんなところじゃないか?
あまり嫌な想像はしたくないが……そうだな。
例えば、生前の両親とのやりとりに何かしらの心残りや激しい後悔があった──もしくは、ユンの『嘘』のように、ゼンも両親の死の場面の記憶を無意識に改竄してしまっている──あたりは考えられるな。
少なくとも俺はそう考えて、ゼンには両親の話を振らないように注意しているぞ。お前やラルダと違って、俺はゼンに本気で殴りにかかられたら一瞬で死ぬ自信があるからな。」
俺の推測を聞いたクラウスは、苦笑しながら頷いた。
「うーん……アスレイにしては珍しく根拠薄弱な推理だね。でも、けっこういい線いってそう。」
そしてそれからクラウスは、軽く溜め息をついてまた気持ちを切り替え、いつも通りの顔に戻った。
「ま、アスレイの言う通り、答え合わせはできないだろうね。……っていうか、しない方がいいと思う。
ユンの『嘘』みたいにうっかり指摘しちゃったらマズイやつだろうし。それにユンに確認しようにも、それがユンにとっての逆鱗の可能性ももちろんあるから。
わざわざ僕たち外野が躍起になって解明するものじゃないよね。そんなことしても意味ないし。」
クラウスの言う「意味ない」は、つまり「自分たちでは救えない」ということだろう。
いかに同期といえど、親友といえど、教え子といえど、部下といえど──……俺たちには、何もできない。
ゼンの妻となるラルダであっても、ユンの恋人となったセレンディーナであっても……二人を本当の意味で救うことは一生できないだろうな。
ゼンとユン、二人の兄弟が心の傷を塞ぎ合って、二人で何とか生きていく様をただ見守ることしかできない。
…………虚しい話だ。
「俺たちにできるのは、何とかこのままうまくゼンとユンが人生を全うするのを祈ることだけだな。」
俺が大切な友人とその弟を思って素直に思ったことを口にすると、クラウスはそれを聞いて笑った。
「そうだね。でも、大丈夫でしょ。」
あっさりとそう言うクラウスに、俺が「どうしてそう言い切れるんだ?」と尋ねると、クラウスは何でもないことのように、いつものように雑に答えた。
「だって、二人とも『強い』もん。
今までこうして、ここまで生きてこれたんだから。
だから大丈夫だよ。あの兄弟は。これからもちゃんと生きていけるよ。」
…………やれやれ。
俺の友人は、本当に少数精鋭だな。つくづく思い知らされる。
「相変わらずクラウスは『信じる』ことが上手いな。
お前がそうやって言い出すと全部何とかなる気がしてくる。……尊敬するよ。」
すると俺の感想を聞いたクラウスは、まったく裏のない爽やかな笑顔でこう言った。
「あはは!僕はアスレイを尊敬してるよ。
僕たち同期の中で、一番みんなをよく観察して、一番みんなに気を遣ってバランスを取ってくれてるのはアスレイだからね。」
……クラウスのこういうところが憎めないのだ。これまでの付き合いで、今の言葉がお世辞ではないと分かる。
俺は小っ恥ずかしい賛辞の言葉をありがたく受け取りつつ、小言で返した。
「そう思っているのなら、少しはお前たちも俺に気を遣え。」
◇◆◇◆◇◆
そして俺たちは、食後にラルダの好きな紅茶を一杯飲んだ後、とりあえずオルゴールを買いに雑貨店へと向かった。
俺たち二人が即決……いや、熟考の末に辿り着いた渾身のプレゼントだ。
ラルダだけの記念品が溢れるこの街の光景を、ラルダ本人は誰よりも寂しく思っているに違いない。
そんな中で同期から贈られる、唯一のゼンとの揃いの品。
……きっと、ラルダは本当に、心から喜ぶに違いない。
ゼンはどうせ恥ずかしがりつつ割と本気で怒るだろうが。
それでも、次々回の同期会の会場が法廷になることはないだろう。
俺の予想が正しければ、ミニラルダ人形のオルゴールと模擬刀は、ゼンの逆鱗にはなり得ない。せいぜい避けられる程度の蹴りしかしてこないはずだからな。
安心して二人に渡してやろう。
幕間まできたので一休み……ということで、次回の投稿は1〜2日あけさせていただくと思います。




